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バンクーバー留学紀#4 〜挫折〜

僕は語学学校を卒業した後、仕事を探し始めた。仕事を探す方法は色々とあるが、「ネットで探し応募する」「履歴書を持って街にあるお店に飛び込みで入っていく」「人からの紹介」がもっとも代表的な仕事を探す方法だ。僕はバンクーバーに来て一ヶ月で、語学学校と部屋を借りるお金で、ほぼ全てのお金を使ってしまっていて、そのせいで、今すぐにでも仕事を見つける必要があった。スタントマンは僕に、「ワーホリで日本人ばかりが働いているところで仕事するなんてもったいないよ。」と、言った。だが現実的な話しをすると、日本人が働いていない場所で働くことは、僕にとって、とても怖くて難しいことだった。

英語をネイティブとして話す人間達と同じ場所で同じように働く為には、それなりの英語力が必要なのは当たり前のことだ。逆を考えて見ればよく分かる。日本で日本語が話せない外国人が、接客業なんてできないだろう。それと同じだ。カナダは日本と比べると比較にならないくらい多国籍な人間で成り立っている。スタントマンの家にあるサウナに行くと大体いつも、カナダ人が二人、イタリア人が一人、中国人が三人、韓国人が一人、インド人が一人、そして日本人が僕とスタントマン二人のような顔ぶれだ。街のどこに行ってもそれは変わらない。その中では、どこの国の人間であるかなんてことは全く関係なく、必要なのは、英語力と人間性だ。何の根拠もなく、「日本人というだけで信用されるだろう」と、幼稚な考えを持っていた僕が、バンクーバーで生活を始めてからこの現実を知ったときは焦りが出てきた。だからこそ、日本人が働いていない場所で、今の自分が働くことの難しさを理解していた。でも僕は、そのスタントマンのアドバイスを受け、少しだけ挑戦してみようと思った。アルバイトをすることも出来ない人間が、ハリウッドで活躍できるわけがない。

アルバイトができる職場で、日本人がいない場所、そして求人募集をしているお店を、僕はバンクーバーの街を歩きながら探し始めた。これがなかなかしんどい作業で、なかなか求人募集がない。求人募集の貼り紙を見つけたと思ったらそれは、中国語や韓国語だけが飛び交っている「テイクアウトのSushi屋」か、「ラーメン屋」だった。一日中歩き回ったあげく僕が見つけたのは、カナダ発のファッションブランド「Roots」の販売員だった。求人募集を見つけるなり僕はお店の中に入り、相手の声がほぼ聞こえないくらい大きく鳴っている心臓の鼓動にリズムを合わせ、「アルバイトを探しているから面接をしてほしい」と目があった店員に言った。するとその店員は、名前や住所やビザの種類、志望動機などを書く紙を僕に渡し、僕はその紙の空欄を埋めていった。
「男か女」のどちらかに丸をつけることと、年齢を書く必要がなかったことに、「外国」を感じ、志望動機の最初から最後までをGoogle翻訳で調べ、一枚の紙を書き終えるまで20分もの時間がかかってしまったが、無事、渡された紙を書き終え、「面接する場合は電話する」と、僕が書いた紙を取りに来た店長らしい人物に言われ、僕はお店を出た。

その日、僕は日本から来ていた友達と会う約束をしていて、お店を出た後、その友達とハンバーガー屋に行き、ハンバーガーとポテトとコーラというジャンクな夕食を食べていた。炭水化物と砂糖を食べ終え、血糖値が上がり過ぎて身動きが取れなくなっていたとき、僕のスマホに登録されていない番号から電話がかかってきた。その電話は、さっき「面接する場合は電話する」と僕に言ったRootsの店員で、「明日お店が開店する前の10時にお店に来てください」と言われ、次の日僕は面接に行くことになった。

お店が開いていないこともあり、まだ街には人がほとんどおらず、とても静かでポツポツと降る雨の音だけが鳴り響くバンクーバーの街を歩き、僕は「Roots」へ向かった。お店の前に僕が到着したのは9時40分、ちょっと早過ぎた。「お店の前で店員に会って気まずくならないように」と思い、僕はお店から少し離れたところで、誰も投稿していないSNSを何回も何回も更新して待った。スマホの時計が9時55分になったところで、僕はお店に向かった。お店に入ると、そこには店員が五人も立ち、僕を迎えてくれた。外で降り続ける雨とは対照的な太陽のような輝かしい笑顔が五つもあり、その太陽に緊張をほぐしてもらえると思ったが、結果は全く逆で、僕の緊張は、雨水と太陽光で育つ植物のようにどんどんと大きくなっていった。店長と一対一で話しをするだろうと思っていた僕は、昨日友達と別れた後、聞かれるであろう質問を考え、その質問に対しての答えを準備し、流暢に話せるよう練習してきた。「これでやれることはやった」と思うところまで練習した後、僕は寝た。だがそんな練習は何の役にも立たなかった。「Store Manager」と書かれた名刺を僕に渡した女性が、挨拶を終えた後、僕に言った。

「今からこのお店にある服を三つ選んでください。そしてその選んだ服を私たちに売ってください。」

僕の面接は、終了した。面接開始1分というところだろうか。

僕は必死に話せる限りの英語を使い、売り込んだ。だが緊張していて自分の状態がよく分からない自分自身でさえ、このときの自分は、赤ちゃんが大学生に向けて講義をしているように見えた。出てこない英語を頭の中で必死に探している間、その沈黙の時間に気まずくなった店員が、5人中3人もバックヤードに逃げていった。そんな10分ほどの地獄からようやく解放された僕に、「Store Manajer」は優しくこう言ってくれた。

「あなたの頑張りはその汗を見たらよく分かる。でもここではあなたに服を売ってもらわなければいけない。でも今のあなたがここにある素晴らしい商品達をお客様に伝えることができるかしら?私達はいつでもあなたを待っている。ここにある商品の素晴らしさをお客様に伝えれるようになったら、また帰って来てちょうだい。あなたの笑顔、ここにいる誰よりも素敵よ。」

僕は悔しさとその優しい言葉に心を打たれ、涙を流しながらお店を出た。
語学という壁は、自分が思っていたよりも何倍も高かった。英語を使って自己紹介ができるようになり、レストランで注文ができるようになり、スタバでカスタム注文ができるようになり、出会った人間と世間話しができるようになった僕は、物を売ることはできなかった。そして物を売ることができないことは、英語を使って仕事をすることができないことでもあり、「自分」という、俳優として仕事をする為には必ず売らなければならない商品も売ることできないということでもあった。僕は、自分が今どんな状況にいるのかを、自宅まで帰る道のりを歩きながら冷静に考えた。そして落ち込んだ。

次の日僕はスタントマンの家に行き、昨日の出来事を話した。

「Rootsに面接行ったんですけど、私達に服売ってくださいって言われて、全く英語話せませんでした。」

「それは大変だったね。」
スタントマンはそう言うと、冷蔵庫に冷やしてある「夢水」と書いた謎の怪しい水を、自分の分と僕の分持ってきてくれた。

「なんか一気に自信なくなりました、いろいろと。」

「まぁそれでも飲んで元気出しなよ。」

「これ何ですか?」

「夢が叶う水だよ。まぁ普通の水道水を、夢水って書いたビンに入れただけだけど。あいつと俺は落ち込んだときいつもこれを飲んでたんだ。」

「面白いですね。」

「その水もだけど、結局全て up to you なんだよ。」

「up to you ってどういう意味ですか?」

「日本語に訳すと、あなた次第っていう意味になるかな。世の中全てup to youだよ。」

「あぁなるほど。」

「結局、目の前に起こる出来事を自分がどう捉えるかなんだよね。昨日面接に行って、英語が話せなくて落ち込んだ。それは英語を勉強してるのに英語が全然話せなくて、自分がやってきたことが結果に出てないから落ち込むわけでしょ。でも考え方を変えたら、自分の実力以上のことに挑戦したってことにもなる。挑戦して、それが失敗に終わったとしても、挑戦したからこそ経験できたこともあるし、そもそも挑戦できた自分ってすごくない?」

「まぁたしかにそうかもしれないです。」

「てか俺なんてほとんど英語話せないよ。人前で英語が話せなくていちいち落ち込んでたら、多分俺死んでるよ。」

たしかにスタントマンは英語がほとんど話せなかった。サブウェイで注文するとき、店員に「トマト」を理解させるのに、毎回5回は言っているほどだ。

僕は笑った。

結局持っていたお金は底をつき、僕はデポジットを犠牲にしてせっかく借りた部屋を出ることと、小麦の上にグミのような肉と安っぽいケチャップのようなソースがかかっている1ドルピザばかりを毎日食べるのは嫌だったので、ラーメン屋で働くことに決めた。

僕が働き始めたラーメン屋は、朝から夜までお客さんが途切れることなくやってくる超人気店で、そこは、僕が「海外で働く」ということに持っていたイメージ、「ゆったりと楽しく仕事をする」なんてことができる場所ではなく、イケイケな日本人店長のもと、素早く、的確に、そして元気よく仕事をする場所だった。そんな、カナダにいながら常に日本を感じてしまう場所に身を置くことはとても苦痛だったが、僕はここで働き始めてから、週4〜5日ラーメンを作り、それ以外はスタントマンと男と会って、海に行ったり山に行ったり、路上に座ってホームレスと仲良くなったりする生活を送っていた。

僕がラーメンを作っている間、スタントマンと男は自分達でオーディション用のショートフィルムを作り、スタントや演技の稽古に励んでいた。
その姿を隣で見ていて、自分と彼らの、「夢に向かう行動」の違いを無視することはできなかった。毎日「自分はなぜカナダでラーメンを作っているのだろう」という、悩んでいるようで悩んでいないような日々を過ごし、僕のバンクーバ留学生活は、どんどん自分が思い描いていた理想とは違う方向へ向かっていった。このときなぜか、スタントマンや男から全く連絡が来なくなり少し奇妙に感じていたが、僕は「撮影か何かで忙しいのだろう」と思い、自分から連絡をすることはなかった。

ある日、スタントマンと男がたまたま僕が働いてるラーメン屋の前を通りがかったところを僕が見つけ、声をかけた。
するとスタントマンが、「今日仕事終わったら家来なよ」と言い、僕はラーメンを作り終わった後、スタントマンの家に向かった。

家に着くと、スタントマンと男の様子が少し変に感じた。沈黙が続く空間を、男が破った。

「お前は何をやりたいんだ?」

僕はいきなり聞かれたその質問に黙ってしまった。 

「え?」

「カナダにラーメンを作る為に来たのか?」

「違います。」

「じゃあなんでラーメン屋でずっと働いてるんだ?」

「生活する為にお金が必要だからです。」

「じゃあラーメン作ってるとき以外で何か夢に向かってやってるのか?」

「やってません。」

「、、、」

「俺らもハリウッドで活躍したいって言ってるお前が何もやっていないのを見て心配なんだよ。」
スタントマンは、出来る限りの優しい口調で僕にそう言った。

僕は何も答えられなかった。

「散歩するか。」
男がそう言い、僕たちは夜のバンクーバーを彷徨い始めた。

ほとんど会話をしないまま辿り着いたのは、イングリッシュベイだった。
闇に包まれたイングリッシュベイは、夕日が沈む頃に見えるものと同じものは何一つなく、そこには一定の感覚で静かに聞こえる波の音と、どこかから聞こえてくる奇声と、少しばかりの白い光だけであった。その暗闇の中心で、僕たち三人はただ遠くを見つめていた。

「自分も本当は何がやりたいんだよ。」
男はなぜか意外にも、スタントマンにそう言った。

「俺はジャッキーチェンと一緒に仕事をすることが夢だ。」

「その夢に向かってるのか?」

「あぁやってるよ。」

「、、、」

僕はこのとき、とても衝撃を受けた。男とスタントマンはお互いを尊重し合い、支え合い、励まし合いながら二人一組で頑張っていると思っていた。僕に全く連絡がなかったこの一ヶ月、この二人は夢に向かって歩み続けていると思っていた。でも男が僕に、「お前は何をやりたいんだ?」と聞いたのは、僕がスタントマンの家に行く前に、男とスタントマンがお互いの意見をぶつけ合っていたからだった。
沈黙の後、スタントマンは男に言った。

「そういうお前は何がやりたいんだ?ビザいつになったら降りるんだよ。」

「もうすぐ降りるはずだ。」

「本当にそうなのか?」

「疑ってんのか?」

「いや、別に。」

「夢を一緒に追いかけてきたやつに疑われるなんてな。俺だってビザが100%降りるかどうかなんて分からない。やれることはやったから後は信じるしかないのに、お前がその可能性を疑うなんて信じられないよ。」

「そういうわけじゃないけど、お前だってちゃんと考えないといけないんじゃないか?いつまで家賃も払わないで俺の家にいるんだよ。」

「、、、」

「人に色々言うのはいいけど、自立してからにしろよ。」

「は?」

男とスタントマンはそのまま取っ組み合いになった。そしてその勢いのまま、暗黒の海の中に入っていった。そして大声をあげながら二人は「何か」を言い合い続けた。映画のようで本当に僕の目の前で起こったことだ。僕は不思議とそんな二人の喧嘩を、「止めたい」とは全く思わなかった。そんな気持ちより、なぜか二人を「羨ましい」と思った。僕はこの日、「何がやりたいのか」を答えることができなかった。


「お前は何をやりたいんだ?」
その言葉が頭の中をまわり続けていた。ずっと答えを探したが、見つからない。でも微かに心の奥から、叫び声が聞こえる。それは男に、「お前は何をやりたいんだ?」と聞かれたときから僕は聞こえていた。

「日本に帰りたい。」

心の奥からはそう聞こえるのだ。でもこれは、挑戦することから逃げている気がした。「Roots」の面接で英語が話せなくて落ち込み、エキストラはできているものの、どうやったらハリウッド作品に出演できるか分からない。いや、分からないのではなく、圧倒的に英語力が足りていないから何も行動できないのだ。男は英語が話せるからこそ、オーディションを受けることができる。人と会い、自分を売ることができる。そんな姿がとてもカッコ良かったが、僕は英語が話せないからそれができない。これからハリウッドで活躍する為にやるべきことは、演技の練習でも、人と会うことでもなく、英語を勉強することだ。勉強していないわけじゃない。毎日時間があれば勉強しているものの、その結果は悲惨なもので、「これじゃ到底男のようになんて話せるようになれないな」と思って、僕は諦めかけていたのだ。だから本当に正直に言うと、日本に帰りたかった。日本に帰って、もう一度自分を見つめ直し、新しいスタートを切りたいと思っていた。でも、「ハリウッドに挑戦する」と大口を叩いて芸能事務所を辞め、日本にいる俳優仲間にもそう言い、家族にまでもそう言って、バンクーバーへやってきたのだ。何も成し遂げずに日本に帰るわけにはいかない。ここまで来るのに、ロサンゼルスで会ったハリウッド俳優を始め、力になってくれた人間達がたくさんいるのだ。そんな僕が日本に帰ることは、皆の気持ちを裏切ることであり、自分の夢を途中で諦めることなのだ。僕はそう思い、この心の奥で本当に思っていることを口に出すことができなかったのだ。でももうこれ以上、ラーメンを作るだけの生活はしたくない。小さい頃から憧れていた海外生活をしているのに、自分が送る海外生活は、自分が夢見ていた生活とは全く違うものなのだ。そんな生活をしている自分を毎日見ているだけで、僕はどんどん落ち込んでいく。世の中全てup to you なのかもしれない。今の状況だって、考え方を変えれば落ち込まなくて済むのかもしれない。でも僕はあえて落ち込む選択をして、自分をこの状況から脱出させたいと思っている。日本に帰ろう。俺は夢を諦めた男だ。皆の気持ちを裏切った男だ。それでもいい。俺の人生は俺が決める。誰がなんと言おうと、どう思おうと、そんなことは関係ない。自分の人生は自分が主役なんだ。俺は日本に帰って全てをやり直す。

そして僕は、

「僕、日本に帰ります。」

そう二人に伝えた。


Ryoma


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