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「和賀英良」獄中からの手紙(19)  創造と破壊

―コントラプンクトとはなにか―

烏丸先生にはあまり基本的な作曲技法は教わったことがなく、もちろんピアノもろくに弾けません。内弟子になってからも、どうやって音楽の勉強しようかと常に思っておりました。

先生曰く「とにかくベートーベンはエモーションとリズムの基本だよ、ケルト音楽の影響が凄くあるね、交響曲の七番なんかはリズムというよりもケルティックダンスビートだね」とか

「ポップスとか今流行りのロック音楽はけっこうバロック音楽に通じるものがあるので、バッハとフーガ、それとコントラプンクトは勉強したまえ」
とよく言われました。

コントラプンクトという言葉はその当時はまったくわかりませんでしたが、後々調べてみたところ、英語では「カウンターポイント」日本語では「対位法」という言葉だと知りました。

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対位法は、複数の独立したメロディーやモチーフが幾重にも重なって、同時に演奏される作曲の技法で、バロック時代のフーガはその頂点ともいわれます。これは複数の主題が次々と複雑に模倣・反復されていく対位法的な楽曲。つまり遁走曲(とんそうきょく)であり、語源はイタリア語の「fuga」で「逃走/駆け落ち/遁走」「逃避、逃げる」を意味します。

音楽における対位法はポリフォニーであり、単なる伴奏の上に乗ったメロディーであるホモフォニーとは構成が違います。これはリズムでいえば多元的な拍子の軸を持つ「ポリリズム」と同様であって、聴衆や演奏者にトランス的な意識変化を与える重要な要素となっています。

この「コントラプンクト」という用語ですが、音楽のジャンルとしてだけではなく、文学や映画などの作品において、既存の物語や予想される展開に対して、意図的にカウンター的な要素やハプニングを導入する手法のことも意味します。

フランスの作家であるアンドレ・ジッドはその説明で「作品において、想像力と読者の期待を挑発することが重要だ」と主張しました。コントラプンクトは物語の予想される進行やクリシェ、つまり予定調和と常套句を打ち破り、読者や観客に新たな視点や驚きをもたらすこと、を目指します。

具体的な例としては、小説の中で主人公が思いもよらない行動をとったり、映画のラストで予想外の結末が訪れる、あるいは純朴そうな登場人物が一転して本性を現す、などが挙げられます。

これにより、予測可能なストーリーラインに対して新たな解釈や意味が生まれ、作品に深みや興味を与えることができます。

コントラプンクトは、映像の展開にも利用されます。たとえば、美術作品や映画においても同様で、従来の期待を裏切り、新たな視覚体験を提供することが映像表現におけるカウンターポイントとなります。

これらの考え方はまさしく私の芸術表現や生活信条に当てはまると思っております。

幼い時の放浪から戦後の混乱、そして今に至るまでの人生は、コントラプンクト的な表現を標榜しており、周囲から同調性を求められることなく育った自分は、前衛芸術家的な感性におけるカウンターパワーを常に探求しています。

さて「殺人」もその自己表現に含まれるものなのでしょうか?
自問自答の毎日です。

自分の芸術的な姿勢について、まるで論文を書くような回りくどさで、説明してしまいまいました。私の考えを述べる場所はこの手紙しかないからであります。

刑務所の中では「これも慰めのひとつ」なのでございます。

長々と失礼いたしました。

「宿命」を演奏する和賀英良 © 松竹株式会社/橋本プロダクション©

第20話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/n881a3939fee7

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