見出し画像

「和賀英良」獄中からの手紙(24)  ある音の記憶

―バイオリニスト奇談―

芸大時代に先生が作曲したバイオリン曲を、期末試験の演奏で弾いてもらったのが縁で友人になったというバイオリン専攻の学生の話です。

彼は、仮にA君としておきましょう。子供のころよりバイオリンの英才教育を受け、現役で東京藝術大学に進んだ音楽エリートでした。

クラシックはもとよりジャズやロックミュージックも大好きで、父親は地方に住む一般の会社員で特に音楽一家ではなかったようです。

このA君には人には言えない幼少期の体験があったのです。そのトラウマとも言うべき出来事は、地元である長野県のある川のほとりで起きました。

小学校の四年であったA君は、その日のバイオリンのレッスンが少しいやで、珍しくサボって遊んで時間をつぶそうと考えました。

なぜそんなことが閃いたのか今でもわからないそうですが、天空からの指示が頭の中に閃いて「○○川の河原に行け」という言葉が突然浮かんだそうです。

-----------------------------------------------

曇り空のなか河原に行くと誰もいなかったので、平たい石を見つけて川に投げて何度も跳ねる遊びをやり始めました。

夢中になって何度も投げていると、あたりがいつもと違う暗い空気に包まれて急に夕方のようになり、かすかな重低音と高周波を混ぜた、うねるような律動音が鳴り始めました。

「あれっ?なんだろう?」

投げる手をとめて何気なく上を見ると、なんとも言いようがない円盤型の巨大な物体が頭上百メートルくらいに浮かんでいました。

びっくりしている間もなく気が付いた時には、その円盤に吸い込まれて機体の中に入っていたそうです。

中には誰もいない。椅子と操作盤のようなものがあるだけだった。

そしてしばらく円盤と共に飛行して、ほど近い自宅の上空まで行ったとのこと。

これはUFOによる誘拐事件でしょうか。

-----------------------------------------

その話を聞いた先生と仲間は薄笑いを浮かべながら、彼にこう質問したそうです。

「なんで自宅ってわかるの?円盤の窓から見たの?」

彼はアハハと笑って答えました。

「自宅が下に見えるんだよ、母ちゃんが外で洗濯物を干してるのが上から見えたんだよ!」

「なんで真下が見えるのかって?」
彼は真面目な顔になってこう答えたそうです。

「円盤の床が・・・急に透明になるんだよ!」

その時にニヤけて聞いていた友人たちは、そこで黙ったそうです。その話が嘘でないことが分かったからでしょう。
そしてA君は怒ったように言いました。

「硬いものだから、透き通って見えないってことは無いんじゃない?それって世の中の常識に縛られてるだけじゃないの!」

「だってガラスだって硬いけど見えるよね、ガラスって実は固体と液体の中間だって話を聞いたことあるよ、だから床が透明になってもそんなに不思議じゃないし・・・」

「だって、その円盤には窓はなかったんだよ」

------------------------------------------------

でも、この話には続きがあるのです。

我に返って、ふと気が付くとÅ君は河原の元の場所に立っていた。その足元には置きっぱなしであったバイオリンケースがあった。

急に不安になって大切なバイオリンを抱えて教室に行ったところ、先生が笑顔でこう言いました。

「あら、こんにちは!」
「時間より少し早いわね、でも始めましょうか~」

??あれ、レッスン時間に間に合ってる。じゃ、あの円盤の中にいたのは数分か、数秒?夢だったのか?まったく解らないまま、レッスンを終えて自宅に帰ったそうです。

----------------------------------------------------

でも、この話にはもっと続きがあるのです。

その後に東京藝大に入ったA君はレッスンや試験、そして演奏会で忙しくしていました。

あるときロック音楽がラジオから流れているのを聴いたとたんに、急に過去の記憶が蘇ったのです。

それはあの円盤の中で鳴っていた「音のかすかな記憶」でした。

円盤の中で流れていた音楽、今までに聞いたことのない漂うような広がりを持つ環境音のような電子なサウンド。

それはいまFMラジオから流れている「シンセサイザー」の音と同じだったのです。

衝撃を受けたA君はそれからすぐに当時はまだ珍しかったシンセを購入して、バンドを組みプログレッシブなロック音楽に向かったそうです。
もちろん現在もバイオリンを弾いているとのことです。

円盤のなかに運ばれて白昼夢のような経験をし、それがきっかけで思いもしなかったシンセサイザー音楽の道に進む、これもなにかの運命かもしれません。

なにやら取り留めのないお話しと乱文でございます。

誠に失礼いたしました。

© 2024 GetNavi Web

第25話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/na7c73e57e3d7

////////////////////////////////////////////////////////
 


この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?