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「和賀英良」獄中からの手紙(25)   動き回る10円玉

―講習会に行け―

烏丸先生から聞いた不思議な話がまだございます。

その方は先生が藝大の4年の時に江古田の居酒屋の隣席で偶然知り合った、西武池袋線沿線にある総合大学芸術学部の女性です。

彼女の実家が元々は九州の鹿児島ということで、先生とは同郷であり、すぐに意気投合。その後もよく一緒にお酒を飲むようになったという「先生にとっては珍しい異性の友人」といえるでしょう。

以下の話はその酒席で「なんで音大に行ったのか」という話題が出た時に、彼女がマジメに語った内容です。

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彼女は、仮に「涼子さん」としましょう。

涼子の高校は千葉県にある私立の女子高で、のんびりとした学生生活を送っていました。そして高校三年になり進路をどうするか?全くイメージがないまま過ごしていたある日の放課後の出来事です。

教室の窓際で涼子の前にぼんやりと座っていたK子が、急に振り返って、目をぱっちりと見開きながら元気な声で言いました。

「ねえ涼子、良美ちゃんに進路のこと聞いてみようか!」

良美とは、クラスでも知られているサイキック、俗にいう霊媒体質の女の子でコックリさんができる、というもっぱらの噂でした。でも教室では彼女と話したことがない人が多く、みんな少し距離を置いてつきあっている、そんな感じの間柄でした。

「あのさ~ちょっとコックリさんに聞いてもらいたいことがあるんだ」
「よかったらやってくれないかな?無理だったらいいよ」


K子が、すこし遠慮ぎみに良美に頼みました。

「う~ん、今日はたぶん調子がいいからできると思う」

「一人だけならいいよ」
すぐにオーケーが出て、みんな少しびっくりした。

「じゃ、涼子、やってもらいなよ、進路のこと聞いてもらえばいいよ」

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そして始まったコックリさん。

教室の放課後なので、特にあたりは暗くもなく、みんなワイワイと紙にコックリさんの図柄を書いて始まりました。
涼子と良美は図柄の上で十円玉に人差し指を当てながら質問しました。

「コックリさん、コックリさん、私はどこの大学に行ったらよいでしょうか?どうか教えてください」

涼子が恐る恐る聞くと、なにかに引きずられるように十円玉が動き始めました。一文字ずつ動いて止まるので、すごく時間がかかります。

「〇・〇・〇・だ・い・が・く・げ・い・じ・つ・が・く・ぶ」

そこにいた皆は思わず顔を見つめ合いました。それはその大学の学部のことを誰も知らなかったからでした。

「コックリさん、わたしはなんの専攻ですか?」
「・・・・・・・・・・・」

「お・ん・が・く・が・つ・か…….」

涼子は子供のころからピアノをやっていたが、音楽の大学に進む希望などこれっぽっちもなく、ましてやその日本で有名な巨大な総合大学に音楽の専攻があるなどとは全く知らなかったのです。

「コックリさん、どうしたらその大学に行けますか?」

「こ・う・し・ゆ・う・か・い・に・い・け……」


皆はシンクロしたように声を合わせた。

「講習会に行けって……なにそれ!」

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そのあたりで怖くなったみんなは、もうやめようということになり、コックリさんの紙をゴミ箱に捨てて、十円玉を財布の中にしまいました。

良美は淡々として言った。

「これ、たぶん合ってると思う。これって私の考えじゃないよ。だってこの大学のことぜんぜん知らないし、涼子ちゃんが音楽できるなんて今日初めて知ったから」

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家に帰った涼子は母親にその話をした。

「ちょっとそれって不思議な話だね、あしたその大学に電話して聞いてみたらどうなの?」

そして翌日大学に電話してみたところ、その受験講習会の締め切りが今日だと言われ、慌てた親子はその日のうちに大学まで行って講習会の申し込みをしたそうです。ようするにコックリさんのアドバイスから1日で彼女の進路が決まったわけです。

コックリさんをやろうと言い出したのは自分ではないけど、それに乗ったのはなにかの必然だし、涼子さんの運命なのかもしれません。

その後、涼子さんはそのN大学芸術学部を卒業し、しばらく音楽教師をしてから東京藝術大学別科オルガン専修に進んだ涼子さんは、パイプオルガンの演奏家になったそうです。

自分の備忘録として書いておりますので、読んでいただけなくても結構でございます。

勢いにまかせた乱文にて失礼いたしました。

東京藝術大学音楽学部「新奏楽堂」© Ryohei Imanishi

第26話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/na162e8ce139c

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