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知ったかぶりした先輩


18歳の春。パシフィコ横浜で大学生活がスタートしようとしていた。


新たな門出を祝うべく満開の桜が咲いていた。
生暖かい風が吹く中、今後の大学生活に希望を抱く学生達が募った。


僕はサッカー部に入部した。
それまでずっと続けてきたし、入部は決まっていた。


同僚達は名門校を卒業してきた精鋭だと聞いていた。


また新しい競争のはじまりだ。


僕は自分に言い聞かした。


「負けるんじゃないぞ」と。


練習に参加した。



思った以上に優しい先輩が多かった。


特に優しくしてくれた先輩がいた。



U君だ。



U君はなんでも教えてくれた。

「キャプテンはあのひと」

「あの人はレギュラー」

「あの人は先週寝坊したから坊主」


本当に頼りになる先輩だった。

そしてなにより優しかった。


練習が終わればアルバイトで稼いだ
なけなしのお金を叩いて、すき家に連れて行ってくれた。


疲れ切った後に食べる牛丼の味を
今でも覚えている。


本当に優しい先輩だった。





当時の僕は1人暮らしに憧れていた。

1人で家に住むという行為に凄く憧れを持っていたんだ。

もちろん食事•洗濯•掃除•その他諸々こなさなければいけない。

親元離れて1人で暮らすことは簡単なことではない。

隣の人が凄く嫌な人だったと嘆くゼミの友達もいた。

とにかく近隣住民ともうまく付き合わなければいけない。

ただ、すごく憧れていた。

自分1人だけの空間を作ることができる。



それを実現している同世代がかっこよかった。

なにをしてもいい。

もちろん人様に迷惑をかけない範囲で。

大学で出来た友達を連れてきて、ピザパーティーを開いている子もいれば

彼女と半同棲している子もいた。 

凄く大人に見えた。

僕は思った。

自由とはこの事かと。


自由を欲していた。


その頃、僕は実家暮らしだった。

お世辞にも広いとは言えない部屋に兄と二段ベッドで暮らしていた。


僕が下で兄が上

息苦しかった。


1人暮らしの学生が本当に羨ましかった。





先輩U君は1人暮らし2年目に突入していた。



僕と年が1つしか変わらないのに凄く大人に見えた。



この人は家賃も光熱費も水道代も自分で払ったうえで、食事も洗濯も掃除も全てひとりでこなしている。



もう立派な大人じゃないか



僕はそう思った。




ある日の部活帰り、U君は言った。



「家寄ってくか?」



本当に優しい先輩だし、ひとり暮らしの様子が気になった僕は
そのお言葉に甘えた。



結局ご飯もご馳走してくれた。



面倒見がいいとはこの事



早くも心の支えだった。


僕も後輩ができたら同じくらい面倒見の良い先輩になろう。
当時の僕はそう誓った。





とても綺麗とは言えない部屋だったが



男が1人暮らし。



なにも驚くことななかった。



ふと僕はU君に聞いた。





「ゴキブリって出ますか?」



興味本意だった。虫が特別苦手という訳でもないが、誰でもゴキブリは嫌だろう。


どのくらいの頻度で出るのか。気になった。


U君は教えてくれた。




「んー出やんなぁ〜」






U君は関西人だ。普段から関西弁で話す。



僕はそれまで関西人とまとめに話した事がなかった。



新鮮だった。



エセ関西弁なら聞いた事はあったが、この人の口から出る言葉は本物だ。



本物の関西弁。



関西の兄貴だ。



なんだかカッコよかった




と同時に無性に聞きたくなった。



「なんでやねん!」


が聞きたかった。


どうしても聞きたかった。



「なんでやねん!」をU君から引き出そう。



そこで僕は考えた。


相手は笑いのプロだ
くぐり抜けてきた場数が違うだろう。



だが僕はボケた。


臆せずにボケた。



それはまるで
井の中の蛙が大海に飛び込むが如く



僕はボケたのだった。


「アリクイって、出ますか?」

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