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出来たほうがいい
最近ちょっと短いタイトルにハマっています。
何かと長いタイトルつけがちだから。
完全に、Xで見かけた
「いい企画は、どれも一行で思い出せる」
という言葉に影響を受けている。
というのは半分冗談で(半分本気で)。
文章で説明しようとするとついつい長くなっちゃう。
それってきっと不安だから。
”これで伝わるかな”
”情報足りてるかな”
そうやって不安になって、足して足して、
結果何言ってるかわかんなくなって。
だから伝わる文章の究極系は、
『短くて、イメージできる』だと思う。
自分はこの部分がまだまだ苦手で。
文章の長さに甘えてしまうところがある。
ただ出来た方がいいに越したことはない。
世の中ってそんな、出来た方がいいこと、で溢れてる気がする。
出来た方がいいって、ちょっとふわっとしている。
だって”出来なきゃいけない”わけじゃないから。
出来なくてもしょうがないけど、が内包されている。
でもここに甘えちゃいけないんだよなって思う。
先日Xにてこんなポストをした。
すべてを網羅できない可能性があることは承知の上で、「言葉にする」「説明する」を諦めない人でありたいなって思う。”言葉にできない”良さが部分的にあるのはわかる一方で、それでもやっぱり言葉に出来た方がいいし、説明できた方がいい。説得力が全然違う。
— 塩浦良太|言葉を紡ぐ支援員×広報 (@ryota_s006) May 28, 2024
出来なきゃいけないわけじゃないけど、出来た方がいいことの代表格として「言葉の扱い方」があがってくる。
自分のことを相手に説明する、とか、
相手に求めていることを説明する、とか、
私はあなたのこと大切に思っていますよというのを言葉にする、とか。
絶対に出来ないとダメってわけじゃないけれど、
出来た方が絶対にいいこと。
人間関係もよくなるし、自分も楽になるし、嬉しくなること。
でも簡単じゃないから蔑ろにしがちで。
後回しにしがちで。
だけどそんな細かい部分かもしれないけど、
その細かさを「諦めたくないなぁ」って思う。
月並みな表現で、きれいごとかもしれないけど。
自分以外の人のことなんて100%わかることなんて絶対ないし、
「こう説明すれば相手は絶対理解できます」なんてこともない。
だけどそこを目指して動くことは出来る。
そしてその動きを相手は理解しようとしてくれると思うんだよなぁ。
理解しようとしてくれている、説明しようとしてくれている、
そう感じるだけでちょっと相手も前のめりになるんじゃないかって。
だからこそ出来た方がいいことは、出来るようになることを諦めちゃいけないなって強く思う。
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