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祖父の日記(サバン島抑留)033 作業・首実検
作業 七月一日
キャンプ内での作業は、赤煉瓦についているコンクリートのかすを剥がすことだった。 何処かの塀に使用されていたであろう此の崩れた煉瓦の固まりには白いコンクリートがダニの様にへばりついている。
我々には作業用の手袋もなく、叩く槌もなく、拳大の石でコッンコツンと煉瓦を叩いて作業をつづけた。手には直ぐ肉刺が出来た。 此の単純な作業の繰返しは少しの休憩もなしに午前も午后も続いた。 昔、シベリアの流刑囚が広い野原で看守のきびしい監視のもとに、只意味もなく煉瓦の山を築き、築いた山を崩して山を築き、又崩したという。
此のの繰り返しの苦役を連想して、自分もその流刑囚になった様な気がした。そしてその流刑囚に似た我々の頭上に赤道直下、灼熱の太陽が容赦なく照りつけた。
何事も思ふことなく腰かけて
煉瓦を叩き暮れにけるかな
今はただ耐え得ることがいのちなり
何も思はず何も語らず
指の肉刺見つめいる今この我を
鍛え足らぬと思ひ見るかな
海の色の紫色に光りけり
山肌の濃きみどりの彼方に
七月二日
いふことも倦きて仰向きいねおれば
高きあお空雲の横切る
家なかに外をのぞけばまぶしかり
ひとときの間の作業の休み
祈ることのあらはさねども此頃の
祈ることこそ吾いのちなれ
七月三日
暮れ明けて早くも七日となりにけり
細き三日月空に懸りて
恨めどもいうこともなし炎熱に
只に耐えけり汗を流しつ
首実検 七月四日
今日はキャンプ外の広場に集合せしめられ、オランダ人の首実験を受けた。丁度ラジオ体操でもやる様に各人は広場一杯に拡がり、彼等の来るのを待った。 銀色のバスが二台も着いて、男女合わせて四十人位のオランダ人がゾロゾロ悠長な足どりで我々の顔を睨んで廻った。オランダ人側に知った顔もないが、赤い顔の長身の男、太ったズングリした派手な服を着た中年の女、そして茶色の目が列をなし或は群れて我々の前を通り、我々を恨みの籠った眼で睨んで行く。
戦犯者の指名はこんなにして行うのか。一方的戦勝国の此の様な滑稽じみた行為は、地球上に戦争の終らない限り更につづくことであろう。
そして小生が容疑の一人に指名され、列中から抽出された。英人ならともかく、オランダ側から摘出されるとは、どうも腑に落ちない為、宮本通訳を通じて問合わせた処、小生の左耳が潰れて変形している由だった。つまり、小生を指名したオランダ人は、日本戦車兵の耳の潰れているのを目安としていたらしい。
小生の耳の潰れているのは柔道の為で、当時の階級と勤務場所を述べ、オランダ人の謂う年月には小生は東京に在学中であることを強調したところ、日の暮れる頃誤りであることが判明、キャンプへもどされた。
人違ひ名指しをされておかしけれ
オランダ人の取調はじまる
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