”別の場所で、別の時に” 絵本『ハリス・バーディックの謎』から
第二次世界大戦が6年続き、ぼくたちユダヤ人は、世界に分散していった。
ぼくたち家族は故郷であるフランスの土地を捨て、あてのない旅に出た。父と母、弟のマルセルにぼく、ジタン。四人でとにかくあちこちを旅した。
ヨーロッパ中、戦火は激しかったから常に移動をしていた。当然学校なんか行けない。
ある日、ぼくたちはユダヤ人が身を潜められる城が、デンマーク北部の街スカーゲンにあると知った。そこでは、子どもは教育を受けることができ、大人は近くにある工場や農場、商業施設などで働くことができるという。
ぼくは両親に提案し、スカーゲンのお城に行くことになった。
道はどこまでも続いてる。ぼくたちはお城まで通じている秘密のトロッコに乗った。デンマークに吹く偏西風を利用して帆で進む、4人乗りの荷車のようなものだった。
線路は海の上に作られており、ここが今まで過ごしてきた現実とは別の世界に入ったことを示している。行手には霧が見え、遠くうっすらと目指す城が見える。
「お兄ちゃん、これで僕たち安心だね」マルセルが言う。
でもその目を見ればまだ安心していないことが分かる。
はっと、僕は目を覚ました。
今は2023年の12月で、あと数日で今年が終わろうとしていた。
自分がなぜ、こんな夢を見たのか全く分からない。でも、夢のなかで14歳のユダヤ人になった僕は帆をゆらす風や、その城に向かうときの不安と期待を感じることができた。
なんでこんな突拍子のない夢を見るのだろう。
でも、夢で見たジタンの気持ちはどこまでもリアルに感じられた。
自分が世界から迫害され、殺されるかもしれない危険があるなか、噂で聞いただけの場所にいこうとする寄る辺のなさ。
それは僕が中学に入学して以来感じる弱肉強食の世界に似ている。理由もないのに、通りすがり、同級生に笑われたり、突然威嚇するような声をかけられたりすることがよくあった。授業が分からないと、先生から鼻で笑われ、宿題をやらないと2時間、3時間と残された。たぶん、勉強が苦手なこと、太っていること、おどおどしがちなこと、休み時間に、漫画を描いてることが、彼らが僕をバカにする理由なのだろう。
年が明けたらすぐに受験だ。僕は地元の人と違う高校にはいるために、少し離れた定時制の高校を受験することにしていた。そこでなら、関わる人間も少ないし、勉強も今よりは付いていくことができるだろう。
そこで今度こそ、自分で居場所を作るのだ。妄想するのではなく、自分の居場所を小さくてもいいから作っていく。友達を作ったり、好きな漫画を描き続けたりすることで。
この夢は僕に与えられた課題なのかもしれない。もし、この家族が生き残る漫画を描けたら、僕はどんな場所でもある程度やっていけるかもしれない。
彼らはその城にたどり着き、終戦まで生き残ることができるのか。
僕はベッドから起き上がり、「別の場所、別の時」に思いをはせた。集中し想像するのだ。それしか、彼らの、そして僕を救う道はない。集中し想像する。
僕は、鉛筆を出し、ラフスケッチに取りかかった。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?