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中学国語科の教員です。本と映画が好き!

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最近の記事

蜘蛛の糸をたどる

目の前の答案用紙を前に僕は本気になれなかった。 身体に力が入らず、やる気が起きない。興味が湧かない。 そう、単純に興味が湧かないのだ。 通信制の大学で、国語の教員免許を取っていたときの話だ。四年制大学を卒業後、学童保育の仕事をしながら、通信制の大学で国語科の免許をとるために勉強していた。 勉強の流れは、家で文献を読み、レポートを仕上げる。それが済んだら、大学に行きテストを受ける、という工程だ。 初めてテストを受ける日、大学最寄りの駅で降り、そこから徒歩5分。大学生のころ

    • ”絨毯の下に”            絵本『ハリス・バーディックの謎』から

      ロッソ氏は今年40歳になる、独身の男性だった。職場である市役所から歩いて10分のところにアパートを借りて一人で住んでいる。ローマの住宅事情を考えれば、それはなかなか豪勢な住まいと言ってもよい。2LDKで広めのリビングには、最新のオーディオ機器と大きめの本棚があり、休日に、彼はそこでクラシックを聴いたり、読書をしたりするのが楽しみだった。 その日も彼は、お気に入りのゴルドベルク変奏曲を満ち足りた気持ちで聴いていた。カフェオレを飲みながら、膝に猫をのせ、音楽を聴く。彼にとってこ

      • 鉛筆と人生(自由詩)

        短くなった鉛筆は、いつもどこに行くのだろう。 僕はすぐに物を無くす性格で、机の上には鉛筆が 1、2本あるが、気づいたら何処かへ行ってしまう。 使えば使うほどすり減り、ある程度の短さになると、 捨てられたり、部屋のすみに落ちたりして、 いつのまにか存在が忘れられる運命。 鉛筆の人生に希望はないのだろうか。 あるとすれば、その鉛筆で書いた文字や、描かれた絵にあるだろう。 書かれた字や絵はうまくいけば、鉛筆そのものよりも長く残る。 ちょうど僕たちの存在が消えても、成したことは

        • 病について語るとき僕の語ること

          僕は病気を持っているので、給食は摂らない。当時は副担任の教員だったが、それでも昼は生徒と一緒に教室で食べることが推奨されていた。初日、僕が弁当を持ってきてる理由を生徒に説明しようとすると、そのクラスの担任の先生が、僕が口を開けようとするのを制止して、「特別の事情があるので、○○先生はご飯を自分で持ってきます」と言った。 当時の校長に、入職前に「病気があるので、土日の部活は極力勘弁してほしい」と伝えていた。そのときは分かった、と言っていたが、数ヶ月後に呼び出されて「土日の部活に

        蜘蛛の糸をたどる

        • ”絨毯の下に”            絵本『ハリス・バーディックの謎』から

        • 鉛筆と人生(自由詩)

        • 病について語るとき僕の語ること

          本屋は必要か

          最近、街から書店がなくなっているというニュースを耳にする。アマゾンなどのネット書店に押されて、本屋の売り上げが落ちているというのだ。 僕は人後に落ちない本好きであるが、本を買うときは9割がネットで購入している。そのため正直、街の書店はある程度淘汰されても仕方ないと思っている。 以前、大手書店で長田弘さんの詩集を探していたときのこと、店員さんに聞くとまずは刺繍コーナーに案内された。「あの、長田弘さんの本なんですけど」と言っても、店員さんは「長田弘」なんて名前も聞いたことがない

          本屋は必要か

          おすすめ本『橋ものがたり』藤沢周平

          時代小説って古くさい、おじさんが読むものってイメージありませんか。今日はそんな方にこそおすすめしたい一冊を紹介します。 藤沢周平『橋ものがたり』(新潮社)。 江戸時代に生きる市井の人々(下は十才の少年から上は初老の男性まで)を主人公にした短編小説集。タイトルにある橋は江戸時代の人々にとって町と町を区切る境を表し、人々はそこで出会い、別れます。 僕が個人的に好きな作品は『約束』『小ぬか雨』『殺すな』の三編。それぞれ簡単にあらすじを紹介します。 『約束』 錺職人見習いの若い

          おすすめ本『橋ものがたり』藤沢周平

          ”七つの椅子”            絵本『ハリス・バーディックの謎』から

          その椅子に座れば、どんな発想も湧いてきた。仕事で疲れていても、眠いときも、落ち込んでいるときでさえ。 彼女は詩人と名乗っている。もちろん、生計を立てるのはそれでは足りないので、他に仕事を持っている。でも基本的には自分のアイディンティは詩人であると認識していた。 詩はいつも明け方の4時から6時に生まれる。その後は朝食を食べ、仕事に行かなくてはならない。彼女にとってその2時間はいつも至福のときだった。 椅子は、木で出来ており、座る場所と、少しかしいだ背もたれには、本革が貼って

          ”七つの椅子”            絵本『ハリス・バーディックの謎』から

          ”別の場所で、別の時に”       絵本『ハリス・バーディックの謎』から

          第二次世界大戦が6年続き、ぼくたちユダヤ人は、世界に分散していった。 ぼくたち家族は故郷であるフランスの土地を捨て、あてのない旅に出た。父と母、弟のマルセルにぼく、ジタン。四人でとにかくあちこちを旅した。 ヨーロッパ中、戦火は激しかったから常に移動をしていた。当然学校なんか行けない。 ある日、ぼくたちはユダヤ人が身を潜められる城が、デンマーク北部の街スカーゲンにあると知った。そこでは、子どもは教育を受けることができ、大人は近くにある工場や農場、商業施設などで働くことができ

          ”別の場所で、別の時に”       絵本『ハリス・バーディックの謎』から

          過ぎ去りし時間(五行歌 四首) 

          大学生の頃 電車の窓に映った自分を見て驚いた かつてのレールから外れた少年は そこにはいない でも、何か忘れているような気もして 青葉の森の公園で スーツ姿で食事を摂る 学生たちがダンスの練習をしている 去年までは何の憂いもない自分 ルールが変わったことを知る 初夏 「いい日旅立ち」という 移動書店があった 家を出る日 そこで本を買った 自らを励ますように この都会の夜空は 明日への期待をはらむグレー あの海辺の街の夜空は すべてを包む毛布

          過ぎ去りし時間(五行歌 四首) 

          生徒との時間(五行歌 四首)

          人は、今が幸せでないと 過去を懐かしくできないのかもしれない 以前働いていた学校の文化祭で 会った生徒の あきらめたような表情 生徒を育てるには 努力や待つことだけでなく 祈りさえも必要だと 『カラマーゾフの兄弟』を読んで ふと思った 「先生、理科の資料集なくしちゃいました。」 「先生、連絡帳配り忘れてますよ。」 いつでも笑顔のこの子 きっと すべては家庭なんだろうな 15歳の頃 独りで見ていた映画を いま生徒と共に見る あの頃、遭難してい

          生徒との時間(五行歌 四首)

          独りの時間(五行歌 四首)

          最近 夜の散歩をしている 住宅街で車通りもあるので 登山用のライトを持って まるで20年ぶりに犬を連れているように 森の中で はるかな梢を見上げる ちらちらと陽が差し、風がきまぐれな妖精のように枝をゆらす 神さまを感じるとしたら こういうとき 初めてその部屋に泊まったとき 白い壁が少しずつ迫ってくる 夢を見た この壁を自分で広げること それが僕の使命 学校なんか行かなくていいよ と合唱する大人のそばで 自分と向きあい(向き合えずに)苦しむ

          独りの時間(五行歌 四首)

          あの頃、夜の街で

          台風のあと、雲が圧倒的な速さで空を駆け抜けるのを見たことがあるだろうか。 僕はある。あれは19歳の頃で、初めてのアルバイトとして新聞配達をしていたときだった。 なぜ、新聞配達か?それは、①人に会わずに出来る仕事②一人で黙々とできる仕事、であるからだ。 中学の教員をしている今とは大違いだ。だけど、その頃は違った。僕は3年間の引きこもりと、1年間の病気療養期間の後だった。 毎日が生まれ変わった気分だった。表情は日に日に明るくなり、体力もどれだけ動いても疲れを感じなかった。18

          あの頃、夜の街で

          自分の楽器を奏でるには

          当時住んでいた家から海は徒歩3分くらいの場所にあった。家の外に出ると、いつも波のかすかなさざめきと潮の匂いがした。 よく一人で海岸沿いの道を歩いた。海のせいで空気はもやっと生暖かいが、潮風が吹いているので不快ではない。隣に目を向けるとそこにはアメリカまで通じている太平洋がある。 僕にとってその広大な太平洋の海は、開放的な場所ではなく、僕を閉じ込め、この先行き止まりを示しているように見えた。ちょうど僕の人生がこれ以上は先に進めないと感じているように。 その海辺の町で4年間、

          自分の楽器を奏でるには

          美味しい授業をつくりたい

          最近、パン屋がパンを作る動画をよく見ている。 パン屋の多くは深夜から作業を始め、朝(ときにはお昼)までかかってパンを焼く。 大きくて鈍重な生き物のようなパン生地をこねたり、成形したり、惣菜をパンに混ぜたり。それが焼かれておいしそうな姿に変わっていく様子を見るのが楽しいのだ。 たぶん、これは、僕がもともと職人的な作業に憧れを抱いているからだろう。 思えば、幼稚園のころなりたかった職業は大工だし、両親からも一人で黙々とする仕事が向いていると、子供のころから言われていた。

          美味しい授業をつくりたい

          Old Friend

          8年ぶりに友人と会う、僕はその事実に緊張していた。電車で上野駅に向かいながら、僕は彼とのいくつかのささやかな(でも大事な)出来事を思い出していた。 彼と初めて出会ったのは、予備校だった。予備校といっても、それは不登校や高校を中退した生徒が行く予備校で、僕は18歳のときにその予備校に入学した。 3年間、引きこもり生活をしたうえでの入学だったので、入学してからの数ヶ月は友達が一人も出来なかった。 そんなある日、一人で自習をしている彼を見つけて、勇気を振り絞って話しかけたのだった

          Old Friend

          星は語りかける…(ショートショート作品)

           その少女が星空観察会に参加したのは、今年で3回目だ。そして、おそらく今年で最後にしようと思っていた。少女は今年から中学生になり、真冬の空の下、おもちを食べながら星を見るなんてイベントにはもうだいぶ飽きていたのだ。小学生の頃には一緒に参加していた友達も「寒いから」「勉強があるから」「見たいテレビがあるから」という理由をつけて、来なくなっていた。 ―今年で最後にしよう  彼女はあらためてそう思い、夕方の6時に、すでに真っ暗になった夜道を歩き、この山の上にある集会所まで来たのだっ

          星は語りかける…(ショートショート作品)