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2017年に読んだ150冊から選ぶ3冊のブックレビュー(長谷川リョー)【#3:今月のテーマは「今年読んだ本ベスト3」】

ややベタにはなりますが、今月のテーマは「今年読んだ本ベスト3」でいこうかと思います。

ここ数年はバタバタでなかなか年間の読書の振り返りはできていなかったのですが、学生時代は毎年やっていました。

2013年に読んだ250冊から選ぶ10冊のブックレビュー
2014年に読んだ170冊から選ぶ10冊のブックレビュー

ブクログによると、今年は約150冊の本を読んだそうです。(毎年緩やかに減っているので、このくらいのラインは死守したいものですね...)
今回はその中から私的トップ3と、おまけで最後に何冊か紹介したいと思います。

イノベーションの根底にある、"顧客の片づけたいジョブ"

宇野さんの番組に出演したときにも紹介したのですが、まず1冊目はクレイトン M クリステンセンの『ジョブ理論』。

クリステンセンといえば、ハーバード・ビジネス・スクールの教授で、「破壊的イノベーション」を提唱した理論家として知られています。
本著は実務であらゆる企業のイノベーション創造に携わってきた氏が、当てずっぽうではなく、フレームワークでイノベーションを起こすための道筋を数多くの事例を交えて論述しています。

根本思想はとてもシンプル。

顧客が「商品Aを選択して購入する」ということは、
「片づけるべき仕事(ジョブ)のためにAを雇用(ハイア)する」ことである。

ジョブ理論を理解するために一番分かりやすい例に、「ミルクシェイクのジレンマ」があります。btrax (ビートラックス)のブログが分かりやすいので引用。

ある時マクドナルドがミルクシェイクの売上を増加させるために製品開発に取り組んだ。

<中略>面白い発見があった。なんと最もミルクシェイクがよく売れるのは、早朝で、長距離運転しなくてはならないドライバーの男性達。彼らは他に何も買わず、ミルクシェイクだけを片手に店を出ていく。

<中略:調査の結果分かったことは>「長くてつまらない運転中に時間をつぶすこと=a job needed to be done (達成したいこと) 」だったのだ。ミルクシェイクの代わりに、バナナだとすぐに食べ終わってしまい、朝からそこまで空腹ではないのに食べる気が起きないことも多い。またドーナツは好きすぎて3、4個と食べ過ぎて妻にしかられてしまう。ベーグルは乾燥しすぎているし、食べづらく手がふさがりすぎて逆に困ってしまう。それに対してミルクシェイクは片手で簡単に持つことができ、飲みきるのに23分もかかるということで、彼らの達成したいことを適正に満たしてくれることで選ばれていることが分かったのだ。

少々長くなりましたが、概略はお分りいただけたでしょうか。
この調査の過程で重要だったのは、年齢や性別、エリアや人種といった典型的セグメントからは顧客像は浮かび上がってこないということです。

クリステンセンはこのことを指し、「ビッグデータは顧客が『誰か』を教えてくれても、『なぜ』買うのかは教えてくれない」や「数値化できない『因果関係』にこそ、成功するイノベーションの鍵がある」と強調しています。

本著でキーワードとなる「無消費者」は顕在ニーズのあぶり出しではなく、観察による「顧客の片づけたいジョブ(用事・仕事)」の特定にこそ鍵があるのです。

飢饉・疫病・不死を乗り越え、人類は神になる?

2冊目に紹介したいのは、『Homo Deus: A Brief History of Tomorrow』(未邦訳、2018年日本でも刊行予定)。
日本でもかなり話題になった世界的ベストセラー『サピエンス全史』(ユヴァル・ハラリ著)の続編です。

humanity's next targets are likely to be immortality, happiness and divinity. Having reduced mortality from starvation, disease and violence, we will now aim to overcome old age and even death itself.
having raised humanity above the beastly level of survival struggles, we will now aim to upgrade humans into gods, and turn Homo sapiens into Homo deus.

まず、ざっくりと本著を要約します。

飢饉・疫病・戦争を克服したあと、人類に残る課題とはなにか。ハラリは大きく「不死の獲得」と「幸福の再定義」をアジェンダに設定します。

永続的な幸福を得るためには、人間のリエンジニアリングが必要になる。そして、人間性がハックされれば、権力は個人主義からネットワーク化されたアルゴリズムへ移行していく。バイオテクノロジーとコンピューター・アルゴリズムによって、私たちはより力強い虚構や完全な宗教を創造する。不死と幸福の獲得により、ホモ・サピエンス(ヒト)はホモ・デウス(神)へ変身していく。

歴史哲学をベースにテクノロジーと未来の社会像を語る意欲作であり、知的興奮をビンビンに駆り立てられながら2-3日で一気読みしました。

ただし、突っ込みどころも少なくありません。一方で、バイオテクノロジーによって不死を獲得し、超人化される個人が描かれます(さながら、『ブレードランナー』における"レプリカント"のような)。

twenty-first century technology may enable external algorithms to ‘hack humanity’ and know me far better than I know myself. Once this happens the belief in individualism will collapse and authority will shift from individual humans to networked algorithms.

他方、人間性がハックされた個人主義はネットワーク化したアルゴリズムへ移行していくという見解も示しているのです。これを矛盾とみるか、同時並行的に多次元で起こりうる事象とみるか、読者によって判断は分かれそうなところです。

なお、(おそらく今月中?)ある媒体でより詳しく『Homo Deus』を深掘った記事が出ますので、そちらもぜひお楽しみに。

知の巨人たちの思考集成にどう、体系的にアプローチするべきか

三冊目は約3ヶ月かけて読み終えた『ハイデガーの根本洞察―「時間と存在」の挫折と超克』です。
この本は尊敬している編集者でもある稲葉ほたてさんがオススメしてくれて読みました。

ハイデガーに限らず、歴史的な哲学者の思想の全体像を把握することは容易ではありません。膨大な著書や講義録を一冊一冊確認していく作業は骨が折れ、それこそ研究レベルで腰を据えなければ終わらないものです。

それでも700頁超えるこの一冊は、そんな知の巨人の思考集成にどう体系的にアプローチすれば良いのかを教えてくれます。

ハイデガーの全思考は徹頭徹尾、二つの思想を根本前提としている。すなわち、(1)存在の根源的な真理は、「将来および既在における非存在の否定」という二重否定性において現在の存在が現前してくるところに成立するという思想。つまり、「存在」の真理は本来的な「時間」との必然的な関係において成立するという思想。(2)古代ギリシャ以来の西洋の歴史の中で、一貫して存在の真理が思考されたことがなかったのは、西洋人の誤謬や怠慢に起因することではなく、歴史的必然性うぃもった出来事であるという思想。(601頁)

一般にハイデガーの思想は前期と後期に区分されますが、間違いなくその橋頭堡となるのは『存在と時間』という一冊でしょう。

なぜこの大著において、ハイデガーは挫折したのか。生涯を通じた著作・講義録・覚書・その他ハイデガーの研究書を渉猟しながら、根本的に洞察していきます。

あらかじめ、その結論部だけ引用すれば、以下がその核心です。

『存在と時間』の挫折を引き起こしている最終的な原因は、開示性と覆蔵性とを排他的に切り離して理解する、ハイデガーの思考法にある。(309頁)

その他ポイントは、別途ブクログにメモしているので、そちらを参照ください。

この一冊を選書した意図としては、訳の分からない難解な本を読むことに効用を見出しているからです。はっきり言って、この本を(わりと慎重にゆっくりと)読んでいるはずですが、3割も本意は掴めていないのではないかと思います。

それでも、1頁1頁噛み締めながら、立ち止まりながら、仮説を立てて、深く思考をしていく。分からない、だから分かりたいと、思考が創発される。

来年も『考えるを考える』を考えていきます...

今年になってから『PLANETS』で始めた僕の連載『考えるを考える』。
初回に登場してくれた山口揚平さんは30歳になってからほとんど本は読んでないといいます。読むとしても古典だけで、その理由も「著者の意識体系に触れたいから」というものでした。

また、二回目に登場してくれた石山洸さんは「思考には種類があっていい。深い思考から、即物的な思考まで、それぞれに役割がある」とおっしゃっていました。

普段からライター・編集者として情報を発信する立場だからこそ、こうした思考の類型に敏感でいなければならないと思うのです。
「情報を追っているつもりで、情報に追われているのではないか」ーー。インドで瞑想していたとき、ハイデガーの「情報は命令である」という言葉を想起しながら思ったことです。

深い思考に誘ってくれるのは何も難解な本に触れることだけではないでしょう。まさに瞑想もそんな機会を与えてくれる一つの営為。

そんなわけで、来月の下旬にMATCHAの青木さんと二人で「ヴィパッサナー瞑想」に関するイベントをゆるっと開催します。(詳細は後日...)

次回の更新は12月13日。書き手はアシスタントのオバラミツフミです!(最近、読書が捗っていないようですが...)お楽しみに!

【おまけ】
選書するか迷った三冊を最後に紹介。

・『お金2.0 新しい経済のルールと生き方』(佐藤航陽)
もうほんと、必読というほかないです。先週読んだばかりなのですが、佐藤さんが12年間「お金」というものについて思考してきた結晶とのことだけあり、その根源的本質だけ濃密に論述されており、資本主義から価値主義へ移り行く世界の動向が一手に理解できる超良書。社会は、会社は、個人は、どう動いていくべきなのかそのアドバイスもふんだんに詰まっています。

・『母性のディストピア』(宇野常寛)
宮崎駿・富野由悠季・押井守、日本アニメーションの三巨頭の作品群を辿りながら、戦後日本から現在に至る、日本の現実と虚構を暴く。世界と個人、公と私、政治と文学、まさに『考えることを考える』を教えてくれる一冊。

・『Airbnb Story 大胆なアイデアを生み、困難を乗り越え、超人気サービスをつくる方法』(リー・ギャラガー)
関美和さんの翻訳はいつも素晴らしい。9年で3兆円企業に至る過程をストーリーテリングをベースに構成された一冊。崖から飛び降りながら飛行機を組み立てる、スタートアップがテイクオフするまでのサバイバルストーリーが鮮やかに描写される。

【スタッフ募集】
チームでは企画・編集・ライティングのスタッフを新規で募集しています。ご興味ある方、下記のメールアドレスにご連絡いただければと思います。学生歓迎です。
obaramitsufumi@gmail.com

【パラレル親方】
(応募は締め切ってしまったのですが)今月19日、弟子をシェアして育て合う教育プログラム「パラレル親方」を始動させます!
http://blog.huuuu.jp/entry/parareruoyakata01

ケニアで無職、ギリギリの生活をしているので、頂いたサポートで本を買わせていただきます。もっとnote書きます。