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原書のすゝめ:#19 The Adventure of The Blue Carbuncle

クリスマスが近くなると読みたくなる本がある。

いくつかあるけれども、今回ご紹介するのは、
『The Adventure of The Blue Carbuncle 』(『青い紅玉ガーネット)。

本作は『The Adventures of Sherlock Holmes』(『シャーロック・ホームズの冒険』)に収録されている短編である。


霜が降りた寒い朝。
みすぼらしい帽子を前にホームズがソファでくつろいでいるところへ、友人のワトソンがやってくる。



The Adventure of The Blue Carbuncle 

  I’ve called upon my friend Sherlock Holmes upon the second morning after Christmas, with the intention of wishing him the compliment of the season. He was lounging upon the sofa in a purple dressing-gown, a pipe-rack within his reach upon the right, and a pile of crumpled morning papers, evidently newly studied, near at hand. Beside the couch was a wooden chair, and on the angle of the back hung a very seedy and disreputable hard-felt hat, mush the worse for fear and cracked in several places. A lens and forceps lying upon the seat of the chair suggested that the hat had been suspended in this matter for the purpose of the examination.

クリスマスが過ぎた二日目の朝、時候の挨拶をしようと、私は友人のシャーロック・ホームズを訪ねた。ホームズは紫色のガウンを着てソファでくつろいでいた。手近なところにパイプ架けがあり、そばには先ほど目を通したと思われる朝刊がしわくちゃにされて山のように積まれていた。長椅子の脇に木製の椅子が一脚あり、その背もたれの角には、擦れてあちこち裂け目ができた、なんともみすぼらしく、みっともない固いフェルト地の帽子が掛かっていた。椅子の上にルーペとピンセットが置いてあることから、どうやら調べるためにそうやって帽子を引っ掛けているらしかった。

< 邦訳は拙訳(以下同じ) >


本作がストランド誌に発表されたのは、1892年。
ひと昔前の、それもイギリス英語となると、馴染みのない単語が多くて案外手こずる。

AmongではなくAmid、implyの代わりにallude、ほかにもswarmやwhimsical 、rummage など普段なかなか見かけることがない単語のオンパレードである。


さらに、次の単語(太字)をWeblioで調べると、

You know Peterson, the commissionaire?
君は守衛のピーターソンを知ってるね?

上の文章がそのまま例文として掲載されていた。


1972年に the High Courtに組織改編されるまでEnglandとWalesにあったAssize 巡回裁判も登場する。

日頃の読書ではほとんど辞書を引かず、知らない単語はサクサク読み飛ばしている私でも、さすがにこうなると辞書を持ち出さずにはおられない。それに、短編だと辞書を引き引き読むのもそれほど苦にならない。むしろ、ホームズを読んで語彙を増やそうかという意気込みすら出てくる。


* * *


さて、今回の出来事について、ホームズは以下のように説明する。


And, first, as to how it came here.It arrived upon Christmas morning, in company with a good fat goose, which is, I have no doubt, roasting at this moment in front of Peterson’s fire. The facts are these:about four o’clock on Christmas morning, Peterson, who, as you know, is a very honest fellow, was returning from some small jollification and was making his way homeward down Tottenham Court Road. In front of him he saw, in the gaslight, a tallish man, walking with a slight stagger, and carrying a white goose slung over his shoulder. As he reached the corner of Goodge Street, a row broke out between this stranger and a little knot of roughs. One of the latter knocked off the man’s hat, on which he raised his stick to defend himself and, swinging it over his head, smashed the shop window behind him.

はじめに、この帽子がどうしてここにあるかということだが、クリスマスの朝に丸々と太った鵞鳥と一緒にやって来たのだ。鵞鳥のほうは、今ごろピーターソンの家で丸焼きになっているだろうがね。つまりこういうわけだ。君も知ってのとおり彼はまったくの正直者だが、クリスマスの朝の四時ごろ、ちょっとばかり楽しんだあとの帰り道で、トッテナム・コートにさしかかったときのことだ。前方に白い鵞鳥を肩にかついだ背の高い男が、少しよろめきながら歩いているのがガス灯の明かりで見えた。グッチ街の角まで来ると、この見知らぬ男と何人かのゴロつきとの間でケンカが始まった。ゴロつきの一人が男の帽子をたたき落とすと、男は自己防衛のためにステッキを持ち上げて頭の上に振りかざしたのだ。ところが、そいつが背後にあった店の窓ガラスを割ってしまったのさ。

文中のfellowは、blokeとともにイギリス英語で頻繁に使われるが、row( [ráu] 発音に注意)やa knot of という言葉は今回初めて知った。


こうして鵞鳥と帽子がピーターソンによってホームズのところへ持ち込まれたわけだが、鵞鳥はこの寒気にあっても傷みそうだということでピーターソンが持ち帰り、ホームズの手元には帽子だけが残された。

ホームズ作品の謎解きは概してトリッキーなものが多く、まるで手品でも見ているような気にさせられるが、私が好きなのは以下のようなホームズらしい推理の場面である。

持ち主不明の帽子から何が推理できるかとホームズに尋ねられたワトソンは、これだけでは何もわからないと答える。するとホームズは、

On the contrary, Watson, you can see everything. You fail, however, to reason from what you see….

その逆だよ、ワトソン。君は何もかも見ているくせに、そこから推理しようとしていないのさ

と、反論する。
そして、鵞鳥の足にあったタグとくたびれた帽子から、次のような推理を引き出したのである。

* * *

That the man was highly intellectual is of course obvious upon the face of it, and also that he was fairly well-to-do within the last three years, although he has now fallen upon evil days. He had foresight, but has less now than formerly, pointing to a moral retrogression, which, when taken with the decline of his fortunes, seems to indicate some evil influence, probably drink, at work upon him. This may account also for the obvious fact that his wife has ceased to love him.

この男が高い知性を持っていることは、もちろん明白だ。それに過去三年はかなり裕福だった。もっとも今は不運な日々を送っているがね。思慮深いが、以前ほどではなくなった。そのことは彼の品行が悪くなったことを示している。財産が傾いたころによからぬ習慣を身につけたのだろう。おそらく酒だな。そのため妻からは愛想を尽かされているということも明らかだ。


こういう具合に推理が続くわけだが、ホームズがどうやって上記のような推論をしたかという点については、ぜひ本書で確かめていただくとして、ピーターソンが鵞鳥の袋から見つけたという青い紅玉を持ってホームズの家へかけ込んできたことから、本件は数日前のコスモポリタンホテルで発生した宝石盗難犯罪事件と結びつくことになる。


この話の結末は、いかにもクリスマスらしい。
ジェレミー・ブレッド主演のドラマで、このエピソードの冒頭に流れた曲をずっと古いクリスマスキャロルの一つだと思っていたら、プロコフィエフの『キージェ中尉』組曲第2番「ロマンス」だということを、つい最近知った。

さらに、この曲はStingが『Russians』というタイトルでカバーしており、今ではワムでもマライヤ・キャリーでもなく、この曲が私のクリスマスソングになっている。



※Stingによるカバー曲『Russians』。
歌詞は冷戦時代を歌ったものらしいが、今もなお世界情勢が大して変わっていないのは悲しい。


<原書のすゝめ>シリーズ(19)

※このシリーズの過去記事はこちらから↓


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