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語学の散歩道#5 オシリスの謎

邦題は『アート・オブ・クライム 美術犯罪捜査班』という。日本ではシーズン4までテレビで放映されたフランスの人気ドラマである。

原題は『L’Art Du Crime』。フランス語のままだと理解されづらいので、例によって英語カナ表記のタイトルである。最初から『アート・オブ・クライム』というタイトルで覚えてしまったので、あまりタイトルに注目していなかった。

しかも『美術犯罪捜査班』という語が紛れ込んでいたから、そのまま「アート(美術)」「オブ(+)」「クライム(犯罪)」、すなわち美術+犯罪=美術犯罪だと思い込んでいた。

ところが、よく考えてみるとこのタイトルは曲者である。

英語のofには次のとおりいくつか役割がある。
A of Bとして主な使い方を確認してみる。

 ①部分・分量を表す(AはBの一部)
 ②所有・所属を表す(AはBに属する)
 ③出所・要素・原因を表す(AはBに由来する)
 ④性質・行為者を表す(AはBという性質を持つ)
 ⑤内容・主題を表す(BについてのA)
 ⑥同格を表す(A=B)
 ⑦主語・目的語の関係(BがAする、BをAする)

アートとクライムの関係は上記のどれに相当するのだろうか。A(=Art) of B(=Crime)として1つずつ見てみよう。

 ①美術は犯罪の一部
 ②美術は犯罪に属する
 ③美術は犯罪から生じる
 ④美術は犯罪という性質を持つ
 ⑤犯罪についての美術
 ⑥美術=犯罪
 ⑦美術は動作を表す語ではないためここでは不可

これがof を入れずにArt Crime アート・クライムとなっていれば、事は簡単だ。そのまま美術犯罪と解釈できるからだ。

ところが、ここではアート・オブ・クライムとなっている。上記の使い方から判断すると、いずれも美術は犯罪という性質を帯びたものになる。もしくは、artを「(技)術・方法」という意味で解釈して、犯罪術や犯罪の方法という意味だと捉えるべきなのか。


のっけからこんなつまらない話になってしまった。文法の話をしようと思ったわけではないのだが、タイトルを見てふと考え込んでしまったのである。日頃テキトーに語学を楽しんでいる私でも、たまにはこういうことを真面目に考える。

前後の名詞や句、節をつなぐ前置詞や接続詞または関係詞の関係を見破るのは、ときに難しい。
私は、この手の文法に苦労する。ところが、複雑な構造を持つ文であっても、瞬時に正しい関係を導き出す人たちがいる。もちろん、これには文法の知識に加えて文脈に即して解釈する能力も必要で、時として高次元な感性が要求される。自分にはセンスがないなと自省する一方で、難解なパズルを即座に解いてしまう人達にいつも感心する。

この場合を考えてみると、美術と犯罪は同格、つまり犯罪にもある種の美しさがあるという解釈から「犯罪という名の芸術」、あるいは「華麗なる犯罪」といった意味になるのではないかと私は判断した。語学の達人者からは、鋭い反論と反証をいただきそうである。

が、まちがったっていいじゃないか
にんげんだもの

…というところで、そろそろ話を元に戻したい。

さて、今回のドラマだが、2話で1つのエピソードが完結するシリーズものである。
話は美術品の窃盗だけでなく、美術品をめぐる誘拐や殺人なども発生する犯罪ミステリーだ。

パリ警察のOCBC(文化財密売取締本部)に、ある日、殺人課の刑事アントワーヌ・ヴェルレ警部が異動してきた。美術についての専門的知識が必要とされる部署にも関わらず、ヴェルレ警部は大の美術オンチ。そこで、その“不足”を補うために美術史家のフロランス・シャサーニュが捜査に協力することになった。美術品に纏わる事件が次々に発生する中、シャサーヌの美術に関する深い知識は、事件解決のヒントを与えてくれるだけではなく、まるでガイド付きの美術ツアーのようで、見ている者を楽しませてくれる。

<アート・オブ・クライム>

欧州のミステリーには、よく使われるモチーフがある。宗教、カルト、麻薬、自警団、諜報部などという社会問題に関するものと、「エジプト」に関するものである。

そもそもミイラやファラオの呪いというものが神秘的なので、ミステリーの謎解きと相性がよいのだろう。エジプトが題材となるエピソードは、どうしてもオカルト的な要素が強くなる嫌いはあるが、大英博物館やルーブル美術館を見てもわかるとおり、エジプトの魅力は人々を惹きつけてやまないようである。

『アート・オブ・クライム』のシーズン3にも、この「エジプトもの」がある。

《あらすじ》
ルーヴルに古代エジプトの箱を持ち込んだ女性が急死。遺体から毒物が検出されたことで、警察は他殺と判断する。箱に刻まれたヒエログリフの解読に当たるのは、フロランスの亡き母の教え子で、シャサーニュ家との関係が深いエジプト学の専門家ナタリー。一方、ヴェルレとフロランスは被害者の恋人が運営するオープン間近のリアル脱出ゲーム施設"オシリスの呪い"に足を踏み入れる。閉じ込められた2人はやむなくゲームに挑戦するはめに...。

ーBS11の番組案内よりー


エジプト絡みの毒殺となると、よく登場するのがマンドレイクという植物である。

<マンドラゴラの伝説>

マンドレイクは、Mandragora officinarum マンドラゴラというナス科の多年草で、地中海沿岸に分布する植物である。マンドラゴラの果実や根からは、アルカロイド系のアトロピンという物質が得られる。アトロピンには幻覚を引き起こす作用があり、古くは魔術的なものとして魔女と結びつけられていた。

マンドラゴラの根は奇怪な形状をしており、見方によっては人間の姿のようにも見える。引き抜くときに音を立てるので、マンドラゴラの金切り声を聞いた者は死んでしまうという伝説が生まれた。マンドラゴラを引き抜くには、まず人によく懐いた犬をマンドラゴラに結びつける。それから、遠く離れた場所から犬を呼び寄せる。呼ばれた犬は駆け出し、マンドラゴラが引っこ抜かれるというわけである。当然、その叫び声を聞いた犬は死んでしまうことになる。犬は生け贄にされるのだ。伝説とはいえ、世にも恐ろしい話である。


ヨーロッパではこの伝説は広く知られているようで、『ハリー・ポッター』でもホグワーツ魔法学校の温室で生徒たちがイヤーマフをしてマンドレイクの植え替えをするという授業があるし、BBCのドラマ『ニュー・トリックス』では犬の連続殺人(殺犬?)事件が発生し、やはりマンドレイクが毒薬として使用されている。


『アート・オブ・クライム』のエピソードでは、女性の遺体からマンドレイクと青い蓮の葉の粉が検出された。そもそも「青い蓮」が実在するのかどうかという問題は別として、「青い蓮」と聞いたヴェルレ警部が「”青い蓮”って  タンタンの?」と聞き返すところが可笑しい。

『タンタンの冒険』はベルギーのBande Dessinée(BD)漫画だが、どうやら大人にも市民権を得ていると見える。『青い蓮』の話は、満州事変の頃の中国が舞台になっている。したがって、日本人の印象があまりよろしくないエピソードである。

↓タンタンの冒険『青い蓮』(字幕版見つからず)


毒とならんでエジプトに欠かせないもう一つの要素が「神話」である。

このエピソードでは、冥界の神となったオシリスの話が事件の鍵になっている。

王位についたオシリスを妬んだ弟セトは、廷臣と謀ってオシリスを殺害。その後、遺体の入った棺をナイル川へ流してしまった。オシリスの妻イシスは、棺を探し回ってやっとのことで発見し、秘密の場所へ隠した。これに怒ったセトは、イシスが隠した棺を見つけ出すと、オシリスの体を14の部分に切断して四方八方へ撒き散らした。イシスは、四散したオシリスの体を拾い集めて復活させるが、どうしても体の一部が見つからない。そのため、オシリスは現世に復活できず、冥界の王となった。

ざっとこんな話である。


ヴェルレ警部は美術オンチなので、セトの名前ももちろん知らない。シャサーヌが「オシリスの弟のセトよ」と説明しても、トンチンカンな質問をしてしまう。

「De quoi, sept( セットって何だ)?」
「No. C’est Seth. S・E・T・H(違うわ、セトよ。S、E、T、H)」

こういうJeu du mots 「言葉遊び」も面白い。


ところが、このヴェルレ警部にも負けない語感の鋭さを持つ私の母は「オシリス」と聞いて、すかさずこう聞いてきた。

「オシリス? 何それ? オシリの複数形?」

< Osirisは単複同形か? >



文法もエジプト学も謎が深い。


<語学の散歩道>シリーズ(5)



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