見出し画像

性を否定されることがどうしても許せなかった。

私は以前ネットワークビジネスをやっていた。
あのビジネスはとにかく多くの人に会わないといけないので、
そのために意味のない集まりや、
パーティーやセミナー、
お茶会や勉強会なんかによく顔を出していた。

何かの勉強会で知り合った人たちと
ちょっと気が合って
配信をやろうということになった。
私はラジオが好きで、実はラジオ番組をやることが夢のひとつとしてある。

喋ることとか全く得意じゃないし、
書くことの方が向いているとは思うけど、
ラジオだけはどうしても好きでやりたいのだ。

そのこともあって、好きな曲をかけたりするラジオ番組さながらの配信を始めた。

メンバーは、私と他二人の男で、
なんか現状にもやもやしていて、
何かでかいことをやりたい、
でも何がしたいか分からない、
みたいな人たちだった。


最初の1、2回はまさにそんな感じでカラオケルームで配信したりと色々楽しんでやっていた。

何を喋っていたか覚えてないけど、
くだらない雑談と、成功するにはとか成功したいとかいうことをつらつら語っていた。

そしてそこに新しいメンバーが加わることになる。地方に住んでいるシングルマザーの女性で、彼女も何かビジネスをやっていてる人だった。

その彼女と、男の一人が親しくなり、その女性が東京に来ることになり、その時にみんなで一緒にホテルに泊まって配信しようということになった。

最近は女子会とか推し活なんかで、パーティプランがあったり、グループで泊まれるホテルがある。そこに4人で泊まることになり、配信をすることになった。


私は別にその人たちに風俗嬢だったことは言ってないが、性の話はよくしていた。
新メンバーの女性のも、ちょっとしたスピ系に傾倒していて、子宮がどうとか愛のパワーとかそういう話は好きだったので話しやすかった。


そして4人で始まった配信で、性の話題になり、どういうセックスが好きかとか
性の話になった。どういう内容を話したのか覚えていないけど、
私はその当時好きな人がいて、その人の話もしたり、早くしたいとか、そのことしか考えてないみたいな話もしていた。


もちろんお酒も飲んでいて、少し酔っ払っていたこともありみんな話がヒートアップしてきていた。
その配信を見ていた人が結構いたらしく、配信後しばらくしてから結構批判的なことを言われた。私がやっていたネットワークビジネスのグループのメンバーの一人から、信じられない、あんな下品なもの今すぐ消してくださいみたいなLINEがきていて、私は思わずかっとなってすごく攻撃的な反論ラインを送ってしまっていた。


今思うとかなりやばいやつだった。私は自分が好きなこととか自分自身を批判されるのが耐えられなくて、本当にキレた時は衝動的な行動をするし、暴言を浴びせるし、小学生の時に友達を叩いたこともあるくらい、コントロールできなくなってしまう性質なのだ。

実は私は自分のその部分が本当に嫌で、そんな本性が出ないように、そうならないように人と付き合っている。

でも実は、そのLINEに大反論したのは、自分でも認めていた部分があったからだった。配信を見返す勇気はなかったが、なんかかなり下品だったし、何のテーマもなく伝えたいこともなく、中途半端で私自身も違和感を感じていた。


だから指摘された時に図星だったから腹が立ったのだろう。
でも、私の本質では、今のように性のことを発信したい伝えたいという思いが根底にあったからこそ怒りが湧いたのも事実だし、本当はその人に対してでなく、
自分自身に怒りを感じて失望したのだろう。
私のしたかったことはこんなことじゃないのに何やってるんだろう・・・と。


ある人にドン引きだったみたいなことを言われたり、その仲間内で見ている人が結構いたこと、そしてその時仲が良くて何か一緒にコミュニティみたいなことをやろうと言っていた女ともだちも見ていて、もなんかもう一緒にやれないみたいなことも言われた。


結構見ていた人がいたこともショックだったし、逆に何も言ってこない人からも前と違う空気を感じて辛かった。


もし私が有名人だったら大炎上して、誹謗中傷されて立ち直れないのと同じくらいの大ダメージを負った。しかし、こういう炎上もどきみたいな経験ができたことは、これから発信をする上での教訓になったし、当時は後悔したし辛かったけど、
無名な一般人時代の時に失敗を経験できて良かったとは思う。


今思うとそのメンバーも良くなかった。共通理念もなく、私が言うのも何だけどちょっと合わないと感じていたし、この頃関わっていた人たちは私に合っていなかった。


やはり自分の使命から外れたことをやると関わる人間もおかしいし、違和感だらけになる。心地いいと思えない、やることが裏目に出てしまったりと、そうじゃない、そっちじゃないよという出来事が起こり、それはもうこれ以上ここにいてはダメだという警告でもあるのだ。


ネットワークビジネスは本当に私の道じゃなかったからその後辞めてよかったし、この時に離れていった友達も最終的には私に合わない世界の人だったから、どのみちご縁はなかった人だった。


この出来事で、私が性のことを批判されて怒りを感じたことこそ、今の発信に繋がっている。前回も書いたけど、今私は本を出版して、このnoteで発信しているのに
批判的な人は一人もいないし、むしろ応援されている。


いくつか記事にコメントももらったけれどそのどれもが的確でしっかり理解しており、嬉しい愛のあるコメントだった。怖くてなかなかコメントを読めなかったのだけど、フォロワーも増えていて順調で驚くほどだ。


なぜなのか今ならわかる。あの時にあんなに批判されて絶望していたけれど、
あの失敗がなかったら、もしかしたら今、
取り返しのつかない大失敗をしでかしていたかもしれない。
そう考えると凄く怖くなった。

人は、しっかりと自分にぴったりの形を見つけられるし、来るべきタイミングで環境も整う。


もしやりたいことをやっているのに全然うまくいかないのなら、
環境とか関わる人間が違うのだ。
あるいは、まだその時期ではないのかもしれない。だけど私のように、必ずベストなタイミングが訪れる時が来る。


私はあのとき批判された怒りを隠さなかった。言い方は良くなかったけど、
相手の発言に反応して、そうだよね、ごめんなさい、やめるわとならなかったし、形は不適切だったけれど、性の発信をすることを否定されたことを許さなかった。この気持ちを持っていたからこそ今がある。


人には絶対に譲れないもの、怒りを感じることの中に、自分のアイデンティティーを形成する自分にとっての大切なものがある。


私はそれを見つけられたから、大失敗をしながらも強い気持ちを持つことができたし、今は何があっても大丈夫だと思えるくらい、自分の発信に対しての自信がある。そしてそれはしっかりと伝わっている実感がある。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?