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忘れっぽくなったって、憶えている

あぁ、まただ
その話さっきもしてたよ

耳も遠くなって、忘れっぽくもなった祖母。
同じ話をなんどもなんどもするようになった。
15分話をしてると5回は同じ話をしている、決して盛ってはいない。


みなさんは物覚えの悪くなってしまった身内、知り合いがいる、いたという経験はあるだろうか。

私は今、祖母と同じ家で暮らしている。数年前に祖父が亡くなった。と同時にこのあたりから、いわゆる「ぼけ」というものがひどくなった。

身内のぼけというのは最初はなかなか受け入れられない。(少なくとも私はそうだった。)
祖父は亡くなる1年前あたりからぼけがひどくなった。まだ一緒に暮らしていなかったころ、親友を連れて遊びに行ったことがあった。リビングでゴロゴロしていると、トイレから帰ってきたおじいちゃんは

「どちらさんですか、お帰りください」

と怒鳴ってきたのだ。
私だよ、私。孫、あなたの孫。怖くて、悲しくて、どうしようもなくて、親友の横で叫びながら泣いた。

それからというもの、トラウマのようになってしまい、会いに行きたくなくなって2ヶ月に1回会うか会わないかの頻度になった。会っても会話するのが怖くて、あの日が最後になるなんて思うわけもなく、そっけない態度で私はバイバイと言うのだった。

はじめての、身内の葬儀。
最後のお別れの言葉。何を言おうか、何をいうべきか、頭の中で組み立てるほどボロボロ涙がでてきた。写真を見ながら元気だったころの祖父を思い出し、なんて私は自分勝手だったんだろう、と。強く後悔した。覚えられなくなって、悲しくて怖かったのは祖父だっただろうに。

想像できるだろか。
自分の大切な、大事なものさえも忘れてしまうということを。ある日突然、思い出せなくなってしまうことを。

生きてれば、老いる。誰だってぼけたくてぼけるのではない、多かれ少なかれ忘れっぽくなってしまうのだ。仕方のないこと。
ただ、当時のわたしにはそう思うことが難しかった。


熱々のおでんを口に運びながら、あぁまた同じ話をしてる。多分これ4回目だな。そんなことを考えていると、次第に箸も動かなくなってきて、思わずため息が出そうになる。

いつもなら、それさっきも聞いた!さっきも言ってたよ!と言ってしまうが、今日はなんだかそういう気分ではない。 

とりあえず、うんうんと何も言わずに、あたかもその話は初めて聞いたかのように(3分前くらいに聞いている)静かに黙って聞いてみた。祖母は話すのが好きなのか、誰も話を止める人がいないからか、調子が良くなったのか、ひたすら話を続ける。(同じ話を)

しかし、辛抱強く(?)話を聞いていると、不思議なことも起きる。

祖母は確かに同じ話を何度も話してしまうのだが、その話をした後に、何かを思い出すのか、関連する新しいエピソードを添えてくるのだ。もちろん新しい話がでてくるには、思い出すきっかけとしてその話が必要なので、ハッピーセットのように毎度のごとくついてきてしまうのだが…

とにかく、これは私の中で大発見だった。
物覚えが悪くなってしまっても、全て忘れてしまっているわけではない。どこかで紐が弱くなっていたり、切れそうになっていたり。あるいはちぎれてしまっていたり。
しかし、ある何かをきっかけにその糸を手繰り寄せることはできるらしい。

何を言ってもどうせ忘れる。無駄。
ネガティブなことをいちいち考えてしまっていた自分が馬鹿らしい。元気な私だってちょっと忘れることなんてある。全部ぜんぶ覚えてなんていられない。
そんな当たり前のことに気がつかなくて申し訳なくなった。


だから
今日も私は、黙ってうなずく。


あの時は逃げてしまったが、
今はきちんと向き合えているだろうか?



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