モテないことは、いいことだ
以前、Twitterでこんなことを呟きました。
もちろんですが、こちらはネタツイのようなものです。普段からこんなカルト宗教染みたことを考えているわけではありません。
しかし、非モテの男性が「どうして自分はモテないんだろう?」「もう諦めたほうがいいかもしれない」と思ったときに、こう考えると少しだけ気持ちが楽になるのではないかと思います。
僕自身も、ずっとモテない人生を送ってきました。
彼女がいたことなんて、これまでに一度だってありません。
こう言いますと「いい人見つかるよ」と言われることもありますが、ずっと彼女が居たことのない非モテには、その言葉自体がまるでナイフのようにグサッと来ることがあります。
「あぁ、この人も自分を恋愛対象としては見てくれていないんだ。やっぱり自分はモテないんだ」
このように受け取ってしまうためです(多くの非モテの方に「いい人が見つかるよ」「彼女いそうなのに」等の発言は、たとえ励ましであっても言わないほうがいいです!!)。
モテない現実が嫌で、過去にはなんとかしたいと思って行動したことがありました。
しかし、結果は変わりませんでした。
それが悔しくて悲しくて、リア充たちを羨ましく思ったり、妬んだりしたものです。
そんな僕でしたが、月日が流れていくうちに、考えが変わってきました。今は「学生時代からずっとモテなかったけど、モテなくて良かったかもしれないな」と思っています。
そう思うようになったのは「モテないことで得られたメリット」と「今からモテたらマズいことになるかも」という現実に気づいたことです。
そして「愛別離苦」から逃れられないことも知ったことが大きいと言えます。
僕と同じ非モテの方は、目を通していただけたらと思います。
時間もお金も自分の好きに使える!
モテないことで得られたメリットで、一番大きなメリットは、これです。
休日や空いた時間に、何をして過ごそうが誰と居ようが、全て自分で決めることができます。
趣味に注力してもいい。
勉強につぎ込んでもいい。
旅行に行ってもいい。
気の合う仲間と過ごしてもいい。
自分の時間をどう使おうと、全て自分の勝手。相手が居るのなら、こうはいきません。
さらにお金も全て自分で使い道を決められます。
デート代を少ない給料から捻出する必要はなし。
高額の買い物をしても、誰にも怒られない。
好きなものを好きなだけ食べるために使ってもいい。
モテることで相手が途切れない方や結婚した方は、逆立ちしても難しいことが多いです。
モテないのなら必然的に1人でいる時間が増えますので、時間もお金も全て自分次第!
この贅沢は、他ではなかなか味わえません。究極の贅沢かもしれません。
社会的・経済的に成功してからモテても意味はない(結婚したい人は別)
これまでモテてこなかった人でも、社会的な地位を獲得したり、仕事ができることでお金ができて、経済的に余裕を持ったりすることがあります。
そうやって気持ちに余裕が出てくると、モテるようになることもあります。
そうなると「やっと自分にも春が来た!」と浮かれてしまいそうになりますが、ちょっと立ち止まってください。
社会的・経済的に成功していなかったら、どうでしょう?
地位もお金もなかった時期のことを思い出してください。
今と同じようにモテてきましたか?
考えなくても、分かるかと思います。
純粋な恋愛ができるのは、学生時代までです。
つまり、モテているのはあなた自身ではなく、あなたの持っている社会的地位とお金がモテていると考えて差し支えないでしょう。
それを理解した上でお付き合いをしないと、場合によっては大変なことになります。
何かの出来事で社会的地位を失ったり手放した時。
お金を失ったり少なくなったりした時。
これまで寄ってきた人も、手の平を返すように去っていく可能性がとても高いと言えます。
そんなことを経験してしまうと、それが異性不信や人間不信につながります。
経験しなかったとしても「社会的地位や経済力でモテた」という事実は変わらないので「純粋に自分という存在が好かれているわけではない」という気持ちから、異性不信や人間不信になってしまうこともあります。
一度異性不信や人間不信に陥ってしまうと、克服するのは困難になります。場合によっては、カウンセリングを受けないといけなくなることもあります。
しかし、結婚したい人には社会的地位や経済力でモテることは、チャンスでもあります。
非モテが結婚できる機会は、ほぼほぼ無いと言っても過言ではありません。
数少ない結婚のチャンスを逃してしまったら、もう二度とそのチャンスは巡って来ないかもしれません。子供を持ちたいと考えている場合は、切実な問題になるでしょう。
結婚は恋愛と違い、社会的地位や経済力が重視されますし、家柄や家族関係なども関わってきます。そこではモテるかどうかなんて、正直どうでもいいことです。
むしろモテないほうが「誠実な人だ」と勝手に解釈されて、良い結果を招くこともあり得ます。
「これまでモテたことはないけど、結婚はしたいし子供は欲しい!」
そう考えているのであれば、社会的地位や経済力でモテている間に、少しでもいい人を見つけて結婚しておいたほうが安心です(なおその後の結婚生活が上手に行くか否かは、あなたと相手次第です)。
愛別離苦からは逃れられない
仏教の言葉に「愛別離苦」があります。
親子、兄弟、親族、夫婦、恋人。
これらの人とは、永遠に一緒に居たいと思うこともあるでしょう。しかし、それはできないという事実があります。
どんなに一緒に居たとしても、最後には「死」という永遠の別れが待ち構えています。そしてこれからは、どうあがいても逃れることはできません。
人はいずれ死にますし、どこで死ぬかは誰にも分かりません。
何十年後かもしれませんし、明日かもしれませんし、数時間後かもしれません。
愛別離苦は、悲しい出来事です。
避けて通ることはできませんが、遭遇する回数を減らすことはできます。
愛別離苦に遭遇する回数を減らす方法。
それは「人付き合いを最低限まで減らすこと」です。
親や兄弟、親族との死別や離別は、どうしようもありません。
友人知人は、人数が少なければその分少なくなります。
恋人や夫婦は、恋愛したり結婚しなければ遭遇することはありません。
そのことを知った時に、僕は気づきました。
「あっ。自分のようなモテない奴は、恋人ができることもないし、結婚することもない。それなら、それだけ愛別離苦で苦しんだり悲しんだりすることは少ないのか。悲しい出来事が少ないのは、いいな!」
そのときに初めて、モテなくて良かったと思いました。
愛した相手と別れるなんて、悲しくて苦しいこと以外の何物でもないことです。
モテないのであれば、それを経験する回数は、モテる人よりも圧倒的に少なくなります。
どんなにモテたとしても、最後は1人
それにどれほどモテたとしても、相手として選べるのは1人だけです。
複数人と付き合っていることがバレたりしたら、それこそ修羅場に発展することは避けられないでしょう。一度に多くの信用を失うことにもなりかねません。
結婚する相手も1人だけです。
イスラム社会のように、何人とも結婚することなんてできません。そもそもそんなに養っていけるほど収入も無いという人がほとんどでしょう。
そして旅立つ時は、誰しも1人で旅立ちます。
人はみんな最初は1人で生まれて、みんな最後は1人になるように、世の中はできているものです。
1人になるのが耐えられない人もいる中、モテない人は1人が当たり前ということが多いです。
モテないことを、それほど悲観する必要はありません。
モテないほうが、人生はいいことが多いものです。
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