武装甲女は解を求める 《プロローグ》第一話
馬蹄の闊歩が、繁華街に鳴り染みる。
レンガ造りの街並みを繋ぐ、石畳のメインストリート。
月夜に映された旅団。それがコルムナラクス王国の派遣隊であることは、彼らが纏う甲冑の刻印を見れば明らかだった。
このような夜更けに、その姿を目撃した住民たちは一抹の不安に駆られた。
ノルドモンス公国は、コルムナラクス王国と同盟関係を結んでいる。
かつて二つの国は一つだった。しかし王座を巡って、数世紀以前は大規模な戦争が勃発したのである。
時の流れた現在は、その関係も非常に良好。
攻め込んで来るはずもないことは、誰もが信じて疑わないだろう。
けれど、いざこうして前触れもなく他国の兵が現れれば、戦乱の懸念を抱くのは人の常であった。
「――なーんか、あちこちから視線感じません?」
酒場や宿から覗く住人たちが気にかかったようだ。
見習い騎士の少女・ミラが隊長に小声で話しかける。
それを受けて、顔まで覆った全身鎧の若き騎士――
「そうですね。民衆からの恐れが手に取るように分かります」
ジゼルは粛々と答えた。
「やはり、このような時間の訪問は避けるべきでしたか。しかし火急の要請ということもあります。街まで目前の距離となれば、野営など取るわけにもいかないでしょう」
「そもそもジゼル様が、道中で野盗の相手してるからこんなことになるんですよ」
「悪を断罪するのは当然のことです。それとも貴女は、むざむざ悪事を見過ごせと?」
「そうは言ってないですよ。ワタシはジゼル様の判断にはちゃんと従います。でもこれだけ見られてると、何も悪いことしてないのに、もやーっとした気分になっちゃいません?」
「やましいことはないのですから、堂々としていれば良いのですよ」
「うーん……まっ、仕方ないですね。ジゼル様がそういうのでしたら、そうします」
ミラはジゼルの言葉を実践するように、あまりキョロキョロしなくなった。
しかし周囲の目が変わったわけではない。
驚愕や畏怖の籠った眼差しで一行の挙動にビクビクする彼らに、ジゼルは悩まし気な嘆息を漏らす。行軍しているわけでもないのだから、もう少し気持ちを落ち着けてもらいたかった。
ともかくジゼルたちが向かう先は、この街の領主館。
夜分遅いとはいえ、元々は相手側の要請があって王国より派遣されてきたのだ。
さすがに日を改めてお越しを、などと訪問を拒否されることはないだろう。一行は繁華街を抜けて、領主館へと道を進む。
――そのときだった。
『ぐわぁあああっ!』
突如、闇夜に木霊する絶叫。
街中に響き渡った不穏な悲鳴に、ジゼルたちはすぐさま足を止める。
「何事ですか?」
ジゼルは隊を振り返った。
「わ、分かりません。ですが、もしや今回の任務に関連した?」
騎士の一人が予感を口にする。
それにジゼルが唸ると、ミラがすぐさま片手を上げた。
「ワタシが確認して来ましょうか?」
「貴女たちはだいぶ疲れているでしょう。ここは先に領主館へと向かってください」
そう言いながら、ジゼルは仲間からランタンを受け取る。
「地図によれば、この先の十字路を西に行けば着くはずです。あとのことは任せましたよ」
部下たちに指示を下すと、ジゼルは鉄鎧を響かせながら路地へと走った。
『…………』
隊長の素早過ぎる行動に、止める間もなく残されたミラたち。その後ろ姿をぼんやり眺めながら、口々に小言を募った。
「まったく隊長はお人好しが過ぎるよな」
「そうそう。何でも真っ先に首を突っ込むし、少しぐらい周りを頼って欲しいぜ」
「一番疲れてるのは自分でしょうが、って言いたくなるよ」
どうやら騎士たちは、隊長の独断に常日頃から思うところがあるようだった。
しかし誰もそれを非難しない辺り、部隊内での関係性が伺える。
「でもそれが、ジゼル様の良いところなんですけどね」
ミラはやれやれと首を横に振り、ジゼルの指示通りに、一同足並みを揃えて領主館を目指した。
【続く】
【プロローグ】
一話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n111ec62b8ba9
二話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nb14e6db6d6bf
三話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n8ecb615ad811
【一章】
一話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n2dc4b5421c3e
二話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n44db577348d0
三話 https://note.com/ruro_kirimi/n/ndd8e86d86d2d
四話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n1de957f97d64
五話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nd632cdbf4e0f
六話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n1acc6031b65b
七話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n49f44f10bf55
八話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n9343dae06612
九話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n1c0545f50ff6
十話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n1afe6d4d6794
十一話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nfb68f7678049
十二話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nce5e41cfa914
十三話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n4da69e201054
十四話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n7f601fa94617
十五話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n22ddf1f3a38c
十六話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n056764598abd
十七話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n60f860d3ecfa
十八話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nddf13f1f4258
【二章】
一話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n018267155cce
二話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nbd397c3ca466
三話 https://note.com/ruro_kirimi/n/na62435ca0836
四話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n824b1a7927f0
五話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n8be121525bbe
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【三章】
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二話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n8f6f5afca901
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六話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n8a02288ca16b
七話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nba5ea1bc0157
八話 https://note.com/ruro_kirimi/n/ne412c74e1925
九話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nbead7add2978
十話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nbc5633567e44
十一話 https://note.com/ruro_kirimi/n/naff786c506fd
十二話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n63c68cc5451c
十三話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n32a76eebbc08
十四話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n0e1968e88d73
【エピローグ】
一話 https://note.com/ruro_kirimi/n/nab9ee434f4b0
二話 https://note.com/ruro_kirimi/n/n7ebe16698849
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