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山田詠美の「つみびと」を読んで思ったこと

「そうだ、ママならさ、山田詠美の“つみびと”読んだ?」

読書家の知人にたまたまそんなことを聞かれ、私はその場でスマホを手に取りAmazonでこの本をポチった。

数年前、世間を騒がせた「大阪二児置き去り事件」。

若いシングルマザーが夏の灼熱のマンションの一室に我が子を閉じ込め餓死させたという、聞くだけで身が切られそうな痛ましい事件を題材に、あの山田詠美さんがフィクション小説を書いたというのだ。

あのニュースが日本中のワイドショーをハックしていた頃、私はDINKSを謳歌し妊娠出産などほとんど意識しておらず、ただ「ひどすぎる」と強い印象を抱いていた。

それが母となった今、小説という形で当時とは比べ物にならない重みを持って現れ、強烈に胸を抉られている。

※これはあくまで、実在の事件ではなく小説についての私の感想です

読んでる間は、とにかく胸が痛い。普通に涙でてくる。

特に事件の犠牲となった長男・桃太(4歳)の視点で語られるシーンを読んでいるときは、何だかもう痛くてやるせなくてどうしようもなくなる。

暴力、貧困、虐待、抑圧...様々な負の連鎖が重なった結果、社会のはみ出し者となってしまった弱い母親がモンスターと化していく下りは、映画「ジョーカー」に少し似てるとも思った。

彼らの特徴は、不運な出来事に見舞われた時に、ことごとくマイナスな選択をしていくこと。問題に真っ当に立ち向かうことも勇気を持って声を上げることもなく、時に受け入れ、時にはさらなる悪循環を自ら招き、そして時に、逃げる。

そんなシーンに苛立つことは多かったけど、彼らを「愚かだ」と腹を立てて批判するだけでは、何だか消化しきれない。

そしてこれは「自己肯定感」の問題なんじゃないかと個人的に思う。

幼少期に虐待やネグレクトを受け

「お前はダメなんだ」「役立たず」「何をしても失敗する」

なんて負の言葉を浴びて育つと、人はその言葉をそのまま“自己イメージ”として確立してしまう。「ダメな自分」「不幸な自分」が当たり前になるのだ。

少し話変わって、ママ友と話す時によく聞くし私も経験があるのが「思考停止」という言葉。育児というこれまでに経験のない困難に直面し、また外部との接触が絶たれるとこの現象が起きやすいと思う。

物忘れが激しくなったり、人と話すのも関わるのも、助けを求めるのも億劫になる。とにかくすべてが面倒になる。

でも人並みの自己肯定感があれば、きっとほとんどのママたちは辛いながらも様々な手を尽くし、なんとか“本来あるべき自分”でいられるように努力する。

けれど時にモラハラや暴力、何かしらの不遇によってその道を阻まれたり、そもそも自己肯定感(≒本来の自分)が低い人もいるのだ。

だいたい彼女たちに自覚はなく、その場合「私の人生なんてこんなもの」「仕方がない」と辛い状況から脱することができずに流されていく。あまりに過酷な環境で、流されざるを得ない場合だってきっとある。

そして思考停止のまま状況が極限まで悪化すれば、いつか崩壊が始まり、最悪なパターンとして......小さな子どもが犠牲になってしまう。

少し前に、三つ子の母親が夜泣きした赤ん坊の一人を床に叩きつけてしまった事件もあった。「つみびと」の母親と三つ子の母に共通するのは、途中までは“がんばっていた”こと。

……前置きが長くなったけれど、誤解を恐れずに言います。

悲しいことに、私はこの母親たちに共感できてしまう部分があるのです。

そして同じような共感を持つ母親は、少なくとも私の周りには多くいる。

「なら産むな」なんて意見も理解できる。私も子どものいない時間が長い方だったから。

『子育てと虐待なんて、紙一重だよね』

そうハッキリ言った先輩ママもいる。彼女は社会的にかなりの成功を収めているし、お子さんも立派に育てている母の鏡のような人だ。

結局何が言いたいかというと、こういった事件は、決して他人事ではないということ。

桃太と萌音は、それこそ「食べちゃいたい」くらいに、可愛かった。だって、自分の体から出てきたんだもの。食べちゃってから、また産み直したって良いくらいだ。

物語の中で、「鬼母」として日本中で有名になった母親は、事件後にこんな風に述べている。三つ子の母も、自ら通報した救急隊員が駆けつけたときは、泣きながら我が子の心臓マッサージをしていたらしい。(書いてるだけで涙でる...

要は、起きてしまった痛ましい事件と、その心理状態がリンクしていない。幸せに子育てをしているように見える母親たちも、こういった虐待事件に僅かながら共感を抱くことが多い。

結論として思うのは、この令和時代において、子育てに心のケアは絶対に欠かせないモノなのではないかということ。

いや、そもそも日本人の自己肯定感が低いというのは有名な話。

私の古い記憶を探ると、義務教育の中に「道徳」という授業は2週間に1回の一コマくらいしかなかったような気がするけど、心の教育の時間はもっと増やして欲しいと切に思った。

とにかく胸が痛い内容なので、手放しでオススメですとは言い難い小説だけど......。

物語の中で唯一の救いであり、同時に一番胸が痛むのは、長男・桃太が命の途切れる直前まで母親との幸せな思い出を回想していること。

小さな子どもにとって、母親は唯一神のようなものなのかも知れない。

だから私は少なくともこの本を読んでから、息子に「大好き」と伝えることが増えた。もっとたくさん向き合って遊んであげようと思った。

子どもにとって1番の幸せは、何より親との楽しい時間ということが痛いほど分かった。

興味のある方は、少し覚悟を持った上で手に取ってみるといいかなと思います。



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