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映画「糸」現代の小さな糸の縺れ合いを美しく映像化した瀬々敬久監督の職人芸。

クレジット前のラストの画が美しすぎる。皆が求める以上の高揚感をもって映画をまとめる凄み。人生とは、様々な糸が絡み合う。それが、もつれたり、切れたりしても、向かうべき元に結びつく。そういう意味で、菅田将暉の娘の名前は「結」というのだろうか?特に大きなドラマがあるわけではないが、観客の誰もが自分を重ねるところのある、優れた脚本だと思う。そして、出演している役者たちの演技が、その観ている人々を包み込むような感じであった。それだけで、「糸」という楽曲の世界観に見事にシンクロした感じである。瀬々敬久監督、職人芸というしかない映画であった。

観る前の目的は、小松菜奈であった。映画に出るたびに新しい顔を見せてくれる。ちょっと妖艶さを見せたり、幼さを見せたり、将来的には世界的に活躍して欲しい女優さんだ。浮き沈みの激しい人生を漕ぐ、強くて弱さも見せる女性像を、なかなか細かい表情を見せながら演じている。そして、ラストは思いっきり綺麗な菜奈さんでした。それだけでも満足ではあった。

話は平成30年間に渡る、菅田将暉と小松菜奈の人生を中心にして、その周辺の人々の時代のなかでもがく姿も綴って、一枚の時代の布を編み上げるような映画である。ある意味、その30年は昭和のそれに比べてドラマがない。30年間続けて、思いっきり景気が良かった人も少ないだろう。そんな、動かない時代の中でも、皆は必死で生きてきたんだと思ったりもした。

映画の舞台は、北海道から東京、沖縄からシンガポールにまで広がるが、こういう生活は、平成の中ではそれほど不思議なことではなくなった。それがドラマチックに見えなくなった時代だったのだ。それくらい、自分がどこに何に帰属しているのかさえ曖昧な中で絆を描くからドラマになる?

そして、それが令和の今に繋がり、コロナ禍の中で、再度、みんながそれぞれの立ち位置を確認している所だ。そういう今、観ると、人それぞれ様々なことを考えるのだろう映画だ。そういう意味で、すごく時代性を感じる秀作である。

そんな中、榮倉奈々の親である、永島敏行と田中美佐子という同世代に、すごい昭和を感じた映画でもあった。もちろん、倍賞千恵子の存在も、30年間、もがく彼らを見守る感じが印象的だ。そう、時代は巡っているのだ。

シンガポールで失敗した小松菜奈のバックに中国語の「時代」が流れるシーンも好きである。カラオケで「ファイト」を歌うシーンも2回出てくるが、程よい中島みゆきワールドも、良い加減にできていた。

主題歌の使い方も、最後で、曲のラストまで聴かせ、「人は仕合わせと呼びます」という歌詞に見事に映像をシンクロさせてくるのは、べたであるが、満足感があった。

これは、ある意味、昔でいうところの歌謡映画である。そして題材は、皆が聴き慣れた、中島みゆきの「糸」。それはハードルが高い。だが、この題材を瀬々監督に頼むというのも、なかなかの抜擢と思い、観に行ったわけだが、期待とは違う方向にしっかりした美しい物語を見せていただいた感じだった。

内容はよくある恋愛映画ですが、映画ってこういうものだよね!と唸る観賞後の私でした。そして、平成を終えた、令和の日本人も、この「糸」の歌のように、暖かい布を紡ぐように、生きていきたいものだと思ったりしました。

コロナ禍で少し疲れた方がいたら、ぜひ、観に行ってください。いろいろ、これからの生き方を考えられたりもできると思います。人それぞれに違う糸を引っ張っているのが世の中というもの。そこで繋がった布には、人を仕合わせにする温もりがあります。


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