現代版・徒然草【15】(第79段・人柄③)

今日で、本シリーズは、年内最後とする。第16回以降は、年明けである。

「人柄」をテーマにした記事も、今日までの3回で締めくくることにする。

一昨日から続いているが、77→78→79と順に書かれているので、今日は第79段の原文をみてみよう。

何事も入りたゝぬさましたるぞよき。よき人は、知りたる事とて、さのみ知り顔にやは言ふ。片田舎よりさし出でたる人こそ、万(よろず)の道に心得たるよしのさしいらへはすれ。されば、世に恥づかしきかたもあれど、自らもいみじと思へる気色、かたくななり。 よくわきまへたる道には、必ず口重く、問はぬ限りは言はぬこそ、いみじけれ。

この段は、5つの文で書かれている。

最初の文では、何が良いことなのか読み取れるだろうか。

「何事も入りたたぬさましたる」というのは、よく知らないという姿勢でいる意味である。

そして、続く2つ目の文で、「立派な人は、知っていることであっても、『私はそれを知っている』というような顔をして言うだろうか。(いや、言わない。)」と言っている。

3つ目の文は、「片田舎から出てきた人が、いかにもすべての分野に通じているかのように受け答えをしている。」というふうに訳される。

4つ目の文では、「世の中には、(そういう人を見て)恥ずかしく思う人もいるが、当の本人が『自分は物知りで立派だ』とうぬぼれている様子もみっともない。」と言っている。

そして、最後にこうまとめている。

「よく知っていることについては、口を重くして(=安易に語らずにいて)、人に聞かれない限りは言わないでいるほうが立派なのだ。」

今の時代でもそういう人はいるが、知ったかぶりで物を言うと、必ずどこかに落とし穴があり、聞いている相手に矛盾を指摘されることがある。

やはり、自分自身のために絶えず自己研鑽に努め、人が困っているときなど、いざというときに知識を活用して、その人の力になるほうがかっこいいのである。

今年の懺悔みたいになった人もいるかもしれないが、来年に向けてステップアップするための足がかりになれば幸いである。

私自身も、もっともっと向上心を持ち続けていきたいものだ。








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