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自分が心地よくない好意は断っていいと知った日。

こちらはワーホリ備忘録です◯

こんな人に読んでほしい
・良い人からの好意を断ることに罪悪感を感じる人
・人間関係の中で、自分の不快感に気付いているけど、行動にうつすことに臆病になっている人


このnoteの結論

・人からの好意を断ることは、自分を守る行動である。
決して我儘でも協調性がない行動でもない。

・あなたが不快だと感じた場所からはいくらでも離れていい


私は元来人からの好意を断れない人間だった。

それは私が青年時代を個人の意志より規律がすべてという部活で育ったからかもしれないし、
社会に出てからも日本社会の集団主義の中で生きてきたからかもしれない。

集団の中において、
チームの方針ともし違う行動を取るのであれば、とんでもない罪悪感を感じてきた。

しかし元来、私の考えは
『チームが私のやりたいこととイコールにならないのであれば、
はそこから離れて自分の道を歩みたい』という、
協調性とは相反するものであった。

その一方で私の思考とは別に、
私にはセンシティブな感覚派な一面も持ち合わせていた。

その私は
『人として誠実な人の好意を拒否することはとても悪いこと』のように感じてしまうたちであった。

主な理由は2つ。
1つ目は、自分が相手の痛みに共鳴してしまうこと。
2つ目は、周りから協調性が無い、我儘、と判断されれば孤立に繋がるからだ。
孤独に抵抗は無いが、孤立してしまうと、生存の為にシェアする相手が居なくなるという危機に直結することが恐怖であった。


けれど、
少し先の未来を予想してみると、
自分が他者からの(望んでいない)好意を受け取り、我慢や自己犠牲をした分、
どこかで本来の自分との感情のひずみが生まれるのである。


そしてその感情のひずみはある時
怒りという感情を生み出す。

なぜなら、本来の自分が自分の気持ちを大切にケアされていないと自らに訴えるためだ。


そして大抵の場合、
その怒りは嫌悪感となって、
相手もしくは自分に向かう2パターンで出てくる。

他者嫌悪
例えば、旦那さんにある時、ブチギレる妻。口を聞きたくない程に嫌悪感を感じる例。


自己嫌悪
例えば、自己犠牲をして、行った行動が、自分の望む結果に繋がらなかった場合、自己嫌悪や更なる不安に苛まれる。自己効力感や自尊心も減り、
とかく良いことは無い。


つまり、自分が本来心地よいと感じなかった他者からの行為を受け取った場合、

遅かれ早かれ、後にはもっと悲惨な感情の末路が待っているのだ。

これはとても
自分のメンタルにとって負担である。


だからこそ、早い段階で
自分にとって心地よくない他者からの好意は断ってしまっていいのだ。


面白い形のお花を見てひといき☺️


さて、今回私がこのように感じたのは、
以下のような経緯がある。

あるジャパニーズレストランで働くことになった私。
1ヶ月も前にレジュメを配った所から、ぜひ働いてほしいと連絡が来た。
仕事内容もトライアルを経て、
自分のポテンシャル的には、
なんとかなりそうではあった。
しかしそんな時、
マネージャーから週5~7で働いてほしいと言われた。

私は実は10月からシドニーに行くことが決まっていた。
働いても9月末で辞めることになる。
更に、その仕事をしている最中のリズムヴァイブス、作業はすべて自分に合わないと感じていた。

私はどこかの集団に属した時、
その集団に溶け込むスピードが早い。
が、今回は溶け込みたくないと思う何かがあった。

そんな中で、チームとして働くことに
とてつもない恐怖と不安を覚えた。
物理的に心臓が痛くなるレベルであった。
完全にこころからのサインである。


しかしその時、
こころからのサインを素直に行動に移すことを妨げる3種類の恐怖が存在した。

【お金】【空白】【無所属感】への恐怖であった。

①お金への恐怖
なんだかんだで🇦🇺生活は1ヶ月で14、5万ほど飛んでいく。
少しでも生活費の足しにしたかったし、
10月に諸事情で1ヶ月シドニーに滞在することが決まっていたので、
少しでもお金はあって越したことはない。

ざっと計算して10万くらいは稼げそうであった。
しかしここであるクエッションが浮かんだ。
Q.ザッと10万稼ぐことが自分の心を豊かに保つためになるのだろうか?
答えはもちろん【No】
心身の体調を崩し、動けなくなったら、損質は10万どころの騒ぎではない。


②空白な時間への恐怖
やることが無いと、人はネガティブな方向にどんどん考え出す。
🇦🇺生活、なんだかんだでホリデーの時期が長く、働いていない私を責める自分が居ないわけではなかった(今は折り合い済)。
なので、暇な時間をなるべく作りたくなかった。
けれど、ここでもまたクエッション
Q.暇だったら自分の好きなことに使えるのに、(仮にお金がもらえたとしても)自分のメンタルが病むかもしれな仕事に時間を費やす意義はどこに在るのか?
A.答えは【No】だ。
暇潰しを自分の為に活用すればいいだけである。

③無所属で居ることへの恐怖
ワーホリという冒険に出た際に一番不安になるのは、
自分が属する組織がないということだ。
🇦🇺に来て3ヶ月が経ち、お金以上に、
どこかに属していないことのほうが、
私を不安にさせた。
それは私の孤立感をダイレクトに刺激し、増幅し、時に闇に突き落とすものであった。

しかしここでもまたクエッション
Q.自分が所属したいと思えない環境に居続けようとして、それは私を助けることなのだろうか?
A,答えはもちろん【No】だ。
その職場は私以外中国人。優しい人も中には居たが、私以外のスタッフは中国語で喋る。正直疎外感が大きかった。

これはただの寂しさを埋めるための執着だと気が付いた。


これらの問に全部答えた後、私は気が付いた。


これは今、私が乗り越えるべき試練なんだと。

他者にNoという練習なんだと。

そう思ったら、
乗り越え無くては、、、、!という
言葉にできないエネルギーが込み上がってきた。


そこから結局辞めますとマネージャーに言うまで
結局3時間程かかった笑
メッセージは恐怖を緩和させるため
開放的な空の下で送った。笑



ブリスベンサインの目の前の樹の下。



本当にメッセージを送ることは怖くて
死ぬんやないかと思った。
3、2、1とカウントダウンをしたら
1,2,3と数字を数え出した自分に
どんだけ怖いんだと笑ったw

けれどそこでふと決意が固まり
メッセージを送ることが出来た。
送った後は一仕事終えた気分だった。

メッセージを送信するのにエネルギーを使いすぎて、爽快というよりは
ぐったりと言った感じだったが、
なんだか自分が一皮向けたような気がして、ちょっぴり嬉しかった。


自分の勇気ある行動のお陰で、
自分自身を守れたことに
少し自信が付いた。


適応障害になってしまったのは、
もちろん環境要因はあるけれど、
自分側の要因として、
Noと言えず、自分で自分を痛めつけてしまったからだという反省があった。


そんな過去を乗り越えられたような気がした。

生きていれば、悪意の無い好意に接することは多々ある。
けれど、それが自分にとって心地よくない、Comfortableではないのであれば
自分のために、Noと言ってあげることが必要なのだ。

それが、この先の見えない世の中で
自分を救うことに繫がる。

聖母マリアのように生きる必要はない😇
まずは自分を助けよう😇

またしばらくはニート生活(というか🇦🇺に居る間ずっとニート生活かもしれん🤣)
けれど、まぁそれはそれとして、
ゆるゆる、暇も楽しみながら、
新たにまた挑戦していきたいと思います◎🤩

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