『高校生社会人奮闘記』第4話「田舎者の理想と現実と奈落の底」

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 面接は大丈夫。たぶん、大丈夫。大丈夫だろう……。

 読み返しすぎて夢にまで出てくるようになった面接の問答集。魔法使いが呪文を唱えるがごとく、意識しなくても口が勝手に動いてくれる。そして、多少不利と思われるような質問まで網羅しているのだ。大丈夫、大丈夫。きっと大丈夫。

 面接は最初から最後まで元気よく、ハキハキと。間違えても良いので大きな声で。担任から口酸っぱく言われたことだ。これさえ忘れずに実践すれば、問題ない。……と思う。

 面接が行われる応接室までは、社員の人が普通に働いているオフィスを横切らなければならなかった。学ランの人物がトコトコと歩いている。目立たないはずがない。

「あの子も頑張ってほしいわね」

「緊張してると思うけど、乗り切ってほしいわ」

 ヒソヒソと話し声が聞こえる。明らかに俺のことを話してるな……。

「それにしても、毎年面接を受ける学生さん、可哀想よね。応接室は壁が薄いから、声が丸聞こえなんだもの」

「声の震えまで伝わってくるわよね」

 ……え? そうなの? え? 俺が答える予定のやつ、全部ここの人たちに聞こえちゃうの? え? は、恥ずかしすぎるんだが……。

 さっきまでの余裕は嘘のように無くなり、体が少しだけふわりと浮いている感覚に陥る。手と足は揃っていないか? 全身が震えていないか? 平常心は残っているか? それから、それから……。

 気が付くと、応接室の扉の前に立っていた。平常心は……、少しも残ってはいなかった。

 コンコン。

「し、しし、失礼します!」

「どうぞ。入ってください」

 もはや足の感覚さえ残っていなかった。自分がどうやって椅子の隣まで歩いてきたかさえ分からない。気付けば、自分の隣に椅子があった。

「な、中野晃行てるゆきと申します! よ、よよ、よろしくお願いします!」

「はい、よろしくお願いします。どうぞ、腰掛けてください。そんなに緊張しないで大丈夫だからね」

「は、はい! ありがとうございます! 失礼致します!」

 まずい。緊張で頭と身体がふわふわしている。口が回らない。焦点が定まらない。なんとかしなければ……。

「では、志望動機を教えてください」

 きた! 面接の鉄板質問! 何度も何度も練習してきた。志望動機を聞かれたらこう答える、もはやルーティン作業である。朝起きたら身体を起こすように、ご飯の前には手を洗うように、彼女とする際にはコンドームを着けるように。

 ここで一気に流れを変えるぞ。悪い流れを断ち切るぞ。

「はい! 御社を志望した理由は、御社の企業理念である……、企業理念である……、えーと……」

「「未来永劫社会から必要とされる事業を、今の私達が創造し、繋いでいく」ですか?」

「あ……、は、はい……。その企業理念に深く共感し……」

 覚えてすらいない企業理念に深く共感していると伝えたところで、誰が信じようか。

「えーと、はい。分かりました。志望動機は以上ですね? では、次に学生時代に頑張ったことを教えてください」

 志望動機で失敗してしまった時点で、もう何を聞かれてもダメであった。得意としているはずのテスト一日目の一科目目で失敗したような感じ。何を聞かれたか、それらに対して何と答えたのか、全く覚えていなかった。

 面接まで終わり、試験会場をあとにする。その際、「ボランティア生徒会長、陸上部キャプテンフランク人間」が話しかけてきた、気がしたが、それすらあまり覚えていなかった。

 帰りの電車の中。頭がボーッとする。今朝から続く熱のせいではない。理由は明らかであった。

 親に何と説明しようか。先生に何と説明しようか。友達に何と説明しようか。

 リーマンショックの影響からか、例年より倍率が高かったとはいえ、そんなのは言い訳にすらならないであろう。本来の力が発揮出来なかったのであるから。

 あ、いや、本来の力が発揮出来ていたとして、必ず受かるとも限らないのだが……。

 無意識に携帯をいじる。今日もアイドルグループが世間を賑わせていた。いつもならそのアイドルグループのニュースでニヤニヤするところだが、今はとてもそんな気分にはなれなかった。

「推しの子がオーディションに受かった時、倍率4,000倍くらいだったんだっけ。それに比べりゃ、俺なんてたかだか6倍だぞ。そんなのも受かんないなんて、ダメな人間だな俺って」

 規模が違いすぎて比較対象にも、慰めにもならないことをぶつぶつと呟く。本日二度目である。

 とりあえず、親を心配させないように、力は出し切ったと伝えよう。倍率のことは、うーん、後出しよりも先に伝えたほうがいいか。先生にも同じように伝えよう。友達には……。

 そんなことを考えていると、唐突に車内アナウンスが頭の中に滑り込んできた。頭がボーッとしているはずなのに、何故かその車内アナウンスだけスッと頭に入ってきたのは、次の停車駅が聞き馴染みのない名称であったからである。

「え? 今何駅って言った? 俺が帰ろうとしている最寄り駅までにそんな駅あったか……?」

 急いでドアの上に表示された次の停車駅の名称を確認する。そこには、全く知らない駅の名前が表示されていた。

「あはは……。乗り換える電車、間違えたんだ……」

 


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