『高校生社会人奮闘記』第3話「田舎者の挑戦とフランクな隣人」

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 正直なところ、倍率6倍なんて予想もしていなかった。学校にあった資料によれば、今まで受けてきたOBたちは全員受かっていて、その際の倍率は高くても2倍程度だったからだ。いくらリーマンショックの影響が長引いているとはいえ、急に倍率6倍はないだろう……。

 とはいえ、いつまでもショックを受けている場合ではなかった。あと数分で採用試験が始まるのだ。切り替えなければ。

「ば、倍率6倍がなんだ……。俺が愛してやまないアイドルグループの推しの子なんて、倍率4,000倍だぞ。それに比べたら余裕じゃないか……」

 比較対象の規模が大きすぎて慰めにすらなっていない気もしたが、そんなことはもはやどうでも良かった。推しの子よ、どうか俺に力を……。

「こんにちは。どこの高校から来たんですか?」

「え? あ、こんにちは……」

 推しのアイドル子を思い浮かべていたところへ、隣りに座っていた人物が唐突に話しかけてきた、ように見えたが、たぶんこれは俺が悪い。

「えーと、佐賀の高校から来ました」

「佐賀なんですね! 自分は福岡なんですが、結構北の方なので、来るのに時間がかかっちゃいました。今日はお互いライバルになりますが、自分の力を出し切れるように頑張りましょうね!」

 えらくハキハキと喋る人物だな、というのが第一印象であった。ライバル、か。さっきの小久保も含め、普通にやれば勝てるだろう。確信はなかったが、理由なき根拠にはなぜか自信があった。たぶん、今話しているこの人物にも勝てるだろう……。

「自分は陸上部でキャプテンをやっていまして」

「キャプテン」

「学校全体では生徒会長も務めていました。校内外のボランティアも積極的に参加して。その経験を今日のアピールに活かせたらなって」

「生徒会長、ボランティア」

 あれ? 勝てるのか? キャプテン、生徒会長、ボランティア。高校生就活生における三種の神器的なものを全て備えているではないか……?

 一方の俺はというと、高校1年生の1学期の序盤、それもゴールデンウィーク前に、顧問の先生の厳しさに耐えかねてテニス部を退部。それから部活に入るでもなく、かといってボランティア活動などに精を出すわけでもなく、ひたすらSNSに潜って彼女探しに東奔西走していた。

 おかげさまで、大してイケメンでもないにもかかわらず彼女には困らなかったし、部活動がない分自分の好きなように時間を使うことができたが、いかんせん就活でアピールすることができないのである。高校3年間で1番頑張ったことはなんですか? という質問に、彼女探しです! なんて答えることはできない。

「そ、そうですねっ! お互い頑張りましょう!」

 もはや、頑張ろうと言うことさえおこがましいのではないかと感じた。対等に喋ってすみません。申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 それからしばし、試験開始を待つ。咳一つすることはおろか、呼吸音ですら響きそうな静寂。まるで辺り一帯の重力を背負っているかのように、この待機室の空気は重かった。

「えー、お待たせ致しました。みなさん、こんにちは。遠くからいらっしゃった方もいますね。無事にお会いできて嬉しいです」

 採用担当者らしき人物が待機室へ入るやいなや、挨拶をする。これにより、待機室の空気はより重たくなった。

「試験を始める前に、まずは交通費の精算の手続きを行いましょう。書類をお配り致します。たとえば、電車の場合、それぞれどこの駅から乗って、またどこの駅まで帰るのかを記載してください。試験が終わって解散する際に、該当する金額をお渡し致します」

 俺は最寄りの駅から博多駅まで乗り、そして博多駅から最寄りの駅まで乗る予定、つまり最寄り駅と博多駅の往復である。その旨を、配られた書類に記載した。

 交通費の精算。なんか一気に社会人ぽいことやるじゃない。でも、よかった。試験に落ちても交通費は支払われるということは、「わざわざお金を支払って落ちる試験を受けに来ただけ」ということを回避することができる。次はどこを受けようかな……?

 ……いやいや! まだ落ちるとは決まってない!

 そもそも最初からこんな気持ちでは、ますます合格が遠のいてしまう。帰宅部の意地、見せたろやないかい。

「まずは筆記試験から行います。君たちの高校の先輩方に、以前この会社の試験を受けられたことのある方がいれば、筆記試験の傾向などの資料などが残っていると思います。それを見られる人は対策してきたことでしょう。しかし、うちは過去の傾向なんてあまり関係ないから、どうぞ新鮮な気持ちで試験に臨んでくださいね」

 どういう意図で、この緊張感の中でそういう発言をしたかは分からなかったが、一つ確実に言えるのは、この待機室の張り詰めた空気がより張り詰めてしまったということである。俺の前に座ってる人にいたっては、小刻みに震えだしてしまった。

 しかし、裏を返せば、全員に平等になったということ。しっかりと対策をしてきたから有利に立てる、ということはなくなったのである。

 実のところ、面接の対策ばかりして筆記試験はあまり対策していなかった。これはチャンス。筆記試験で遅れを取ることはないであろう。もしかして、受かる可能性もあるのでは……?

「全員に試験用紙は行き渡りましたかね? 試験時間はこれより一時間です。それでは、はじめ!」

 裏返しにされていた試験用紙を表に返す。名前を書き、ざっと問題を見渡す。

 ……あれ? デジャビュかな? 初めて受ける試験なのに物凄い既視感。まるで初めてではないようだ……。

 試験は過去の傾向そのままであった。

「はい、やめてください。後ろから回収しますね。みなさん、お疲れ様でした。少し休憩を挟んで、面接を行います。しばし、お待ち下さい」

 手応えは、……うーん、なんともいえない。「マモウ」するって、「摩耗」だっけ? 「磨耗」だっけ? 定滑車や動滑車の計算、SPI試験かよ……。  「美容師」を表す英単語なんか知るか! いつ使うんだ! 他の人の出来次第だな……。

「難しかったですね! 出来ました?」

 ボランティア活動に精を出す、生徒会長の陸上部キャプテンが話しかけてくる。えらく社交的だなこいつは……。

「んー、まぁぼちぼちですかね。工業高校だから、普通教科は慣れないもんです、ははは」

「僕は結構分かりました! 採用担当者の人、傾向なんか関係ないって言ってたけど、まんまでしたね。対策してて良かったです!」

 それを言うな……。こちとら、傾向が分かってるにもかかわらず、ろくに対策してこなかったんだぞ……。

「面接も頑張りましょう! 僕は面接の確認しますので、のちほど」

 お前から話しかけてきたんだぞ?

 しばらくして、採用担当者が戻ってくる。

「では順番にお呼びしますので、呼ばれた方は応接室に起こしください。ここを出て左に曲がるとオフィスがあり、その中に応接室があります。よろしくお願いします。まずは、浜田くんだね。どうぞこちらへ」

 浜田と思しき人物が待機室を出ていこうとする。緊張しているのか、学ランの袖あたりをギュッと握りながら歩いていた。

 採用担当者が待機室を出ていくと、張り詰めていた空気がほんの少しだけ、時間の経った風船のように萎んでいく感じがした。

 少しだけ気が緩んだのか、頭がぼーっとし、顔全体が熱くなっていくのを感じた。そういえば、緊張感で忘れてしまっていたが、朝から体調が悪いんだった。今日はさっさと寝よう。明日も学校だし。

 それから俺も、隣の「ボランティア生徒会長、陸上部キャプテンフランク人間」と同じように面接の確認をする。

 志望者数が多く、なかなか順番が回ってこなかった。面接の問答集も何度読み返したか。志望動機など、機械的に出てくるようになった。

「次は、中野くんだね。準備ができたら、応接室へ起こしください」

 いよいよか。1時間くらい待った。待たされすぎて緊張はあまりない。座りっぱなしでおしりが痛い。泣いても笑ってもこれで決まるんだ。気合い入れていくぞ……!


次話・第4話「田舎者の理想と現実と奈落の底」はこちらから!


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