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近未来SF連載小説「惚れ薬アフロディア」No.5 リュイスの事情(3)

Previously, in No.1-4 (月1更新で全12回程度の予定):

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カタルーニャ共和国首相官邸のインドア・パデル・コートで3ゲームほど汗を流した後、リュイスは旧知のジョセップ・プチドモン首相と官邸内のサウナにはいった。

パデルは2036年のムンバイ・オリンピックで正式競技となったテニスとスカッシュを足して2で割ったような球技で、2050年にはスペインをはじめラテン系諸国では競技人口数でサッカーを越えるまでになっていた。


「お前は高血圧気味だから、医師としてのアドバイスとしてはね、サウナはほどほどにだな。お前のおじいさんのプチドモン自治州首相も脳梗塞だったからなあ」とリュイスは言う。

「初の独立運動ジュントス選出の首相、30年以上前の2017年にたった8秒だけ独立した(注)共和国の初代首相。じいちゃんに今の独立国カタルーニャをみせたかったなあ」と、リュイスと同年代にみえるアラフォーのジョセップが答える。

「しかし、この官邸は豪華だね。あんまり共和国国民の税金を無駄遣いするなよ」

「ここは自治州の頃からの官邸だよ。豪華といってもガラス張りのパデル・コートとジムがあるだけだけどな。今日は呼びつけてすまない。ここじゃないとゆっくり人とも会えないんだ。最近、セキュリティの問題とかもあってね」

「いや、今や共和国首相になって多忙な、かつての同士とさしで会えるだけで光栄です。最近活躍のようだけど、パデルの腕はかなり落ちたな」

「お前も保健大臣のオファーを受けてたら嫌でも毎日会えたのにな。その後、大臣の座も断って生きがいにしてる惚れ薬の開発はどうなんだい?」

「惚れ薬じゃないんだけどね。でも、最近、ギリシャ語語源の惚れ薬を指す造語のアフロディアクシムから取った『アフロディア』を薬としての登録名称にした。まあ、順調だね、臨床のデータが集まってるが、深刻な副作用も無さそうだ。正確に言うと、人を惚れさせるものじゃなくて、脳のある部分で恋愛感情を促進するドーパミンの分泌を高めるというものだけどな」

「それって、水道にこっそり混ぜて、国民の愛国的な政府支持率を高めるとかに使えないのかね?」

「おいおい、ナチスのゲッペルスじゃないんだから、それ、冗談でも政治的生命おしまいみたいな発言だぞ」

「絶対ここでお前にしか言えないジョークだよ。最近はSNSでの拡散があっという間だからな。この官邸内は完全に盗聴フリーだし、気を許せるのはもはや政治には関心がないお前くらいだよ。政治家は平気で仲間を裏切る人種だからな」

「アフロディアは月1回の筋肉注射なんで、水道にこっそりは無理だね。それに、特定の人を惚れてしまうような惚れ薬なんてありえるはずなくて、恋愛感情が高まると活性化する脳の部分でのドーパミンの分泌を調整するだけなんだ。

なので、表向きの効用は本人が希望する場合に限ってそのドーパミン分泌が極端に低レベルな状態を思春期の若者が初恋で感じるような通常のレベルまで増加させてあげるというものなんだ。

人口の1%くらいがアセクシュアルな傾向があるともいわれていて、その中に少数だが自発的に恋愛感情を感じてみたいっていう人たちがいるんだよね。アーティストとかも含めてね。そういう人たちが今、治験者になってくれている。

実は隠れた目的としてはね、その分泌が過剰なケースで、その分泌を抑制すること。つまり、恋で盲目になって極端なストーカー行為や犯罪に走ってしまう恐れのあるケースの予防的抑制というのがあるんだ。こちらは、使いかたによっては人の感情を抑圧する可能性があるから、倫理的にいろいろ問題含みで、敢えてこの目的をまだ公表していないんだ」

「そういえば、お前も独立運動に身を投じる前は、ずっと5年くらいひとりの女性を片思い続けてたよな」

「20代、もう10年以上昔の話だね。もう遠い思い出だ。でも、ここだけの話、オレ、去年からアフロディアと真逆のドーパミン分泌抑制の薬を実験的に自分に打っているんだ。それで、最近、惚れこみやすい性格、のめりこみやすいところがちょっと抑えられてる気がしている」

「ん、それで政治熱も冷めたんじゃないだろうな(笑)。熱血の独立派の医学生リュイスはSNSでバズってたのにな」

「情熱と狂信は紙一重だからね。前に話したけど、100年くらい前に日本の作家がバスクについて書いたエッセイに、民族的独立心が異常に昂揚する時期というのはどの国にもあって、そんな時はどんなに知的な人でも自国の成り立ちを神話的に絶対化してしまう傾向があるって書いてた。日本の第二次大戦の頃とか、まさに、我々カタルーニャ人のここ5年くらいがそうだと思うんだ。情熱は大切だけど、狂信は危ういよ」

「そうだな。お前のストーカー的な片思いも、友人として見ていて危ういと思ってたよ、パリのマリーだったっけ?」

「マリ、日本語で真実の意味で、聖母マリア様とは語源が違う。。。今なら、今のオレなら、彼女に会ったとしても、落ち着いた心でいれると思う。冷静に会話ができると思う。時が癒すということがあるが、まだ解明していないんだが、オレの薬がドーパミンの分泌を抑えることで、抗えないような強い恋愛感情が抑えられるのか、あるいはその時間による癒しプロセスを早めるような作用があるんじゃないかと思ってるんだ」

「なるほどね。案外、お前の薬が、ティーンの自殺とか犯罪を減らして、この生きづらい世の中を優しくするノーベル賞ものの発明かもしれないね。

ところで話は変わるけど、あの口先ばかりの未来学者ペドロ・マルチネス、熱狂の後には二日酔いだとか言ってたやつだが、やつが最近、反独立の右派のEU 統一派に接近しているらしいんだ。

現代のダボス会議、フィンランドのロヴァニエミ会議に集まる連中を中心に、2040年代の一連の国家独立をレビューしてもう一度国民投票にかけるべきだとか言い始めた。

やはり母国言語が復興しないような独立国は脆弱で文化的独立を語るべきじゃないなんておかしなことを言ってるらしいんだ。まあ、我がカタルーニャはカタルーニャ語がおかげさまで独立前は人口の半数くらいが母国語と認識していたのが最近の調査ではそれが8割まで上がってきている。逆にそれが気に障るらしくて、うまく独立後のプロセスを深化させているカタルーニャの熱を冷ましたいなんて思っていて、頭がおかしい右派のテロのやつらが俺を命を狙っているなんていう情報もある。フランコじゃあるまいし、スペイン再統一なんて時代錯誤なんだがな」

「たしかにカタルーニャはいいが、バスク語とか難しいそうだからな。ウェールズも言語リバイバルには同じ問題をかかえてると聞く。インド・ヨーロピアン言語から離れれば離れるほど学習が難しいんだよね。

ジョセップ閣下、頭がおかしい狂信的なやつはいつの世にもいるから、くれぐれも気をつけてくれよ。いまのカタルーニャ共和国にお前は必要だ。

おじいちゃんから3代、独立に命をささげてきた一家。でも、死なないでほしい」

「そうだね。まだまだやらないといけないことが沢山ある、ふんばり所だ。景気も今年後半から減速だというし、我が与党も国民支持率が若干だが低下してきているし、我らがバルサも今シーズンは調子がいまいちだしな。

ちょっと先だけど、来年に独立5周年の晩餐会があるからぜひ来てくれよ。

惚れ薬開発の成功も祈ってる」

(続く) 

注: SFでなく、実際の史実としては、2017年10月27日に、カタルーニャ州知事プッチダモン率いるカタルーニャ州議会が、カタルーニャ独立を宣言したが、スペイン中央政府は8秒後に独立を凍結している。


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