ロクデナシ 〜ネットストーカー地獄編~ 6.風船爆弾(バンバンバン)

 美樹本がブログに「天皇陛下のおつきの人が、「春日部の美樹本さんが言ってるよ」と私の提言をお伝えしています。陛下が、「美樹本君、平成になって国が安定しない。どうすればいい?」と尋ねられたので、「人心の安定をまず図りましょう。そこからです。二宮金次郎の思想に糸口があります」と答えました」という記事を上げ、なぜかまた音楽バースレッドに「れつだんを撃墜したら名無しになって、ネットゾンビになった。でもエスカレーションしたから、俺のエモーションは止まらない。上位世界にエスカレーションしたから、あとはコンピュータがIPパケット傍受してデータセンターにミラーリングされるだけ。俺がスーパーコンピュータで検索したら、れつだんの居場所はすぐ補足可能。俺はただ小説と絵を書くだけでれつだんは人生終了」と書き込んだ。
「言ってる意味がわからない。日本語でお願いします」と僕も名無しで反応した。
「うーん、5分前に家の前で煙草吸いながら、「れつだん先生を特定してください!」って大きな声で言ったのね。美樹本家の高精度マイクは未だ健在で、これで日本国の上位調査組織と米英のかなりすごい組織に俺のボイスメッセージが行ったから。君たちの想像を超えた組織がれつだんを特定しますから。怖い人たちがこれかられつだんの家に行くので、覚悟しておいてね」
「美樹本さんに報告と確認です。れつだん先生のIPが判明しました。このまま進めてもよろしいですか?」と美樹本の妄想に付き合ってあげることにした。
「こんにちわ、お久しぶりです。進めてください。お願いします。昨日、世界の忍者組織の方々からも、「美樹本先生をお助けします」と返事がありました。力を合わせてれつだんを社会的破滅に追い込みましょう」

 見たまえ、このクレイジーなやり取りを! なにがどうなっているのかさっぱりわからない。天皇陛下に提言した。エスカレーションのミラーリング。家の中にあるマイクに「れつだんを特定してくれ」と頼んだ。米英のとってもすごい組織。突然現れた世界の忍者組織とは。謎が謎を呼ぶ、先の見えない展開。

「世界の忍者組織ってなんですか?」と名無しが訊いた。
「特殊組織で、俺とか上位レベルの人しか知らない。アメリカ大統領とか日本の首相とか。俺がトップなんだけど、「れつだんを見つけろ」と言うと数分で見つけます」
「なるほど、すごい組織なんですね」
「陽子さんへの召喚魔法をもう一度します。小説の仕事を頼みたいのです。これからクライアントとの面談です。俺に会うには事前にアポイントメントが必要なのです。れつだんと違ってかなり先まで予定は埋まっています」
「なるほど、忙しいのですね」
「さて、こちらのスレはサポート終了ということで、IP板に移転します。では」
「なるほど、サポート終了なんですね」
 移転先のスレッドを更新する。
「今週は女子大の学園祭だ。今書いている「月野女子大模型部、やりますっ!」の取材のために行って、名刺を配り歩く。ではここで一曲」
 音楽バースレッドの続きをやるつもりなのだろう。音楽のURLを貼りつけた。
 しかし、強制的にIPが表示されるからだろうか、美樹本以外誰も書き込まず独り言を呟くスレッドになってしまっている。
 どこへ行った、なにをした、なにを食べた、こんな夢を見た、小説書いた、絵描いた。
 僕も相変わらず元々の音楽バースレッドで美樹本を煽り攻撃し続ける。内容はワンパターンでよい。46歳倉庫番アルバイト、低レベルな小説と絵、女を追いかけまわす、誇大妄想狂、頭がおかしい、友人も恋人もいない、口だけ男、有言不実行。このあたりを繰り返す。すると美樹本もIP音楽バースレッドで反論する。
「ネットストーカーれつだんは好きでも嫌いでもない。無関心である。俺が陽子さんと楽しく話していたのが気に食わない。陽子さんに俺が、「私って、陽子さんに愛されてるのかな」と言ったら、「お前なんか誰からも愛されてない!」連呼で、病気でもないのに生活保護で豪遊三昧、精神病を描けば文学になると考えている、俺からすれば、「れつだんなんかこの世に存在してないってことなんだよな」なわけで、とっとと上位組織に消してもらおうというわけです」
 反論はせず、前述した煽り攻撃のパータンを繰り返す。すると美樹本もIP音楽バースレッドで反論する。
「文学読めばいい小説が書けると思ってる。小説を書くのに読書なんて必要ありませんから。読書より、女性との交流や外へ出かけることが重要。スナックで大人の女性とコミュニケーション。これが人の心を育てます。書を捨てよ町へ出ようというわけですね」
 美樹本は小説の書きかた指南をやりたいのか。それに応えてやるべく、文章のプロ美樹本洋介先生が文章を批評するスレを名無しで立ててあげた。
 そして名無しで「こんなスレができたんですね! 小説書き始めたばかりなので、先生に教わりたいです!」だの「すげえ! 創作文芸板で一番プロに近い男美樹本さんの批評欲しい!」と一人で盛り上げる。別の名無しが「誰だよ美樹本って」と冷める書き込みをしたので「創作文芸板の文章のプロでアメリカで有名人で世界の忍者組織を指揮し天皇や世界の上位レベルの人たちと国を動かす美樹本洋介@ブルーロベリア先生をご存知ないとは」と言ってやった。僕のくすぐりが効いたのか、美樹本は即座にIPで反応した。
「あのスレッドは俺が立てたわけじゃありません。文章でお金をもらったことはないので、プロじゃありません。でも作家志望というわけでもないのです。ネットの投稿サイトに投稿してる投稿作家と、周りの人には言ってます。批評スレに俺のブログとSNSとここのURLを貼りつけておいてください。俺があっちに書き込むことはありません」

 仕方がないのでURLを書き込んでやる。SNSは非公開アカウントになっているので貼り付ける必要はなさそうだ。フォローは300人、フォロワーが200人。どんな投稿をしているのかはもちろんフォロワーでない僕にはわからない。これをどうにかして見る方法はないだろうかと検索してみるが、もちろんそんな方法など存在しない。見るなと言われると見たくなる。匿名掲示板とSNSでは内容も違うのだろうか。どんな会話をしているのだろうか。まともを装っているのだろうか、狂っているのだろうか。
「美樹本さんのSNSってなんで非公開なんですか?」と探りを入れる。
「女性の投稿作家だけとやり取りがしたいから。数年間の匿名掲示板リサーチングで、男は駄目だという結論に至った。若い女性は吸収力が早く俺も教え甲斐がある。本気で作家になりたいという人も多い。男は作家になりたいという真剣さが足りない。やる気のある女性作家さん、フォローお待ちしています」
 なるほど。若い女性で投稿サイトに小説を出している人だけがフォローが許可され美樹本のつぶやきを見られるのか。

 ひらめいた。女のアカウントを作ろう。名前は和泉カヲル。和泉は適当に思いついたものでカヲルは大好きなアニメのキャラクターから拝借した。画像は美女のほうがわかりやすくいいだろう。が、検索してすぐに出てくるようではいけない。SNSで馬鹿の一つ覚えのように自分の顔を晒しまくってる股の緩そうな馬鹿な美人の画像を拝借した。わざわざそのために小説を書くのは馬鹿らしいので、投稿サイトに登録はしているがまだ小説は書いていないという設定。「作家の人たちと交流したいです♪小説って難しいですね」というプロフィールにしておいた。そのアカウントで美樹本をフォローする。上手くいけばフォローの許可がされ、美樹本の発言が見放題となる。
 フォロー許可を待ちながら、美樹本を煽る。それに美樹本が反応する。美樹本を煽る。それに美樹本が反応する。美樹本を煽る。お互いが別の場所で反応しあうスタイルがここで確立された。単純にIPを晒したくないというのもあったが、同じ場所でやりあうと流れが早くなり把握するためにスレッドにかかりっきりになってしまう。空いた時間に煽って、また空いた時間に更新して、それに対して煽って、メールでのやり取りに似ている。

 フォロー許可がされやすいようなつぶやきを心がける。
「今日は美容院に行ってきた~。ばっさりとショートにしました♪さてこれから執筆しまーす♪」
「やっぱり小説って難しい……。小説の書き方指南みたいな本読んだほうがいいのかな。みなさんおすすめの本を教えて下さい!」
「やっぱり小説以外にマンガとかアニメも見ないとだね♪」
 待つこと半日、あっさりとフォローの許可がおりた。
 美樹本のつぶやきをさっそくチェックする。が、面白くない。SNSでは匿名掲示板と異なるキャラ設定をしているのか、今日はなにをしたなにを食べたどこへ行ったというものが続いている。
 軽く流しながら見ていると、あるアカウントに向けて一方的に大量の私信を送っていることに気がついた。相手の名前は水無月恋。プロフィールは「素人物書き。小説サークル幕開けの珈琲豆主催。文芸フリマに出没します。」というシンプルなもの。アカウント画像はサークル仲間が描いたであろう小さな女の子の絵。ちなみに美樹本のアカウント画像は太ったおでこの広い短髪の老けた男の写真。もちろん美樹本本人のものだろう。
 水無月恋が「今日は暑いな~」とつぶやくと美樹本が「エアコンつけて読書するかバイクで遠くに行くか悩むよ」と返し、水無月恋が「いいですね。私は執筆します♪」と返す。陽子に見せていた押しの強さはなくなっており、可もなく不可もない雑談に徹している。
「執筆頑張ってね。私は職安へ行きましたが微妙です。早く仕事を決めて出版社を立ち上げて同人誌制作したいのですが。その思いを詩にしてみようかな。昼飯も作らないと」
「就活大変ですね。頑張ってください」
「大変っていうか、なんの仕事をすればいいのか。なにが私に合っているのか。清掃でもして、空いた時間に小説、絵ですかね」
「頑張ってくださいね」
「この歳になると頑張るのも一苦労です。俺も年取ったなと思います。水無月さんは若くていいですね」
「大変ですね」

 聞いてもいないのに自分のことをぺらぺらと語ってしまう癖は相変わらずだ。相手の返信が短くて、明らかに面倒臭がっているのにそれに気づかないところも相変わらずだ。この潜入捜査をスクリーンショットしてスレッドに晒してやりたいが、今やってしまうと和泉カヲルが怪しまれブロックされてしまう可能性がある。スクリーンショットだけやってあとは水無月恋との会話を楽しもう。
 もちろん和泉カヲルのつぶやきも忘れない。設定は20代前半で大学卒業後就職したが仕事の大変さにストレスを感じている。発散に小説を書き始め、同じような創作者とのつながりを欲している」ぐらいでいいだろう。もちろんスレッドで美樹本への煽りも忘れないし、美樹本スレッドでの返信もチェックする。かなり忙しくなってきたが、充実感もある。とても気持ちのいい忙しさだ。
 和泉カヲルの「小説難しい」つぶやきに美樹本が食いついた。
「ストーリーをひらめくってどうすればいいか教えます。街に出て目に入ったものを頭に入れましょう。たとえばスナックあおいという看板が印象的なら、「そうだ、スナックあおいに出入りする客を描こう」とか考えながら寝ることです」
「ダイエット難しい」に対して「痩せる方法教えます。運動して食べないことです」と答えるような、当たり前のことを堂々と言われてしまい、和泉カヲルである僕は答えに窮してしまった。
 どこかで、男への返しは「さしすせそ」がよいと聞いたことがある。さはさすがですね、しは知りませんでした、すはすごいですね、せはセンスいいですね、そはそうなんですか。それを実践する。
「そうなのですね、勉強になります! ありがとうございます。さすがですね。小説も読ませていただきます」
 これに気持ちよくなったのか、また美樹本から返信が来た。
「私なんかは想像力が止まらなくなって言葉があふれて止まらなくなって執筆が止まらなくなってイマジネーションの波に襲われるときがあります。やっぱり言葉の選び方って重要ですよ。だからまず最初はショートショートを書いて勉強しましょうね」
 勉強しましょうねのあとににっこり笑う絵文字がついているのが吐き気を催すが、僕は20代前半の小説に手を出したばかりの可愛い女の子なので「そうなんですか。言葉があふれて止まらない、私も経験してみたいです。いきなり長編よりもショートショートから始めたほうがいいのですか。ありがとうございます」と返しておいた。
 美樹本をおだてて褒めて持ち上げて気持ちよくなってもらわないと潜入捜査の意味がなくなってしまうので気持ちが悪くても吐き気をもよおしても続けねばならない。
 美樹本スレッドでは相変わらず僕への攻撃が続いている。匿名掲示板で他人を罵りSNSで若い女に小説指南しブログで日常を垂れ流しととても忙しそうだ。
「れつだんなんか俺の印象としては最初から、「大したことのない、才能なしの、虚勢を張った能無しの馬鹿」という印象。匿名掲示板にはまる奴はみんな、「情報弱者の終わったやつなんだよな。だから相手しないんだよな」だから。実家があるのに東京で生活保護で豪遊三昧、俺は毎日倉庫で頑張って働きながら創作してるのに。「世の中おかしいな。なぜだ?」って思う。そんな奴の小説なんかつまらない読む価値もないゴミだ。「最初かられつだんはこの世に存在しないもの」だし、ちょっと匿名掲示板でちやほやされたからと調子に乗ったので俺が「軽く反撃」したら消えていった。さてここで一曲」
「俺、小説が書きたい。だから本を読む。これ、ナンセンス。今の小説は所詮サラリーマンやOLみたいな社会の歯車が日常の慰めに読んでいるだけに過ぎない。何冊読もうが無駄だから。読んだ数を競って、俺はこんな難しい文学読んだぞーって自慢してなにになります?」
「匿名掲示板とれつだんにしがみついてる男がなにを偉そうに言ってるんです」
「しがみついてませんが。このスレッドはあくまでも、非公開SNSへの窓口という役割です。れつだん好きじゃないです。ずっと無視してるのに何年も延々と絡んできて、うざい、です。30過ぎてテレビゲームやってる無職は相手にしません。あと、れつだんが「読了(ドヤ?」してたカラマーゾフの兄弟とか死んでも読みません。文学ごっこはやめなさい。さてここで一曲」
「れつだんの精神病は甘え。俺みたいに汗かいて体動かして働いて、毎日必死で生きていれば、精神病になんかなるわけない。バースレッドで楽しく雑談したいだけなのに、れつだんが荒らして陽子さんに嫌がらせして、貧弱で卑怯でゴミの神経のカス野郎、惨めな人生を小説にしてオナニーしてティッシュに精液垂れ流し続けてる脳みそ空っぽの実績なしの井戸の中の蛙、死にかけの浮浪者」
 よくまあここまで言えるよな。感心してしまう。美樹本の僕への強い怒りを感じる。その怒りを強くさせてやらないと。
「実績なしって、美樹本さんもなにもせず匿名掲示板でぐだぐだ言ってるだけでは?」
「実績? ありますよ。毎日やってますよ。匿名掲示板の人にはわからないようにやってますよ。同人誌、毎週打ち合わせ。出版社、勉強中。小説、書いてます。俺のブログを見て、「美樹本先生の小説とコラムを拝見しました。大変優秀な実績をお持ちですね。うちで書いていただけませんか?」っていくつもオファー来たけど、今は時期じゃないってペンディングした、数しれず」
「ついでだからこれ言っちゃうけど、俺のパソコン、特殊な装置が入っていて、匿名掲示板のIP自由に見れるようになってる。違法じゃないかって言ったけど「上の人には許可取ってます」って。だからどの書き込みがれつだんか手にとるようにわかる」
「どうした? また妄想が強くなってきたのか? ちゃんと薬飲んでるか? いろいろいい薬が出てるよ」
「薬? やめました。無理やり精神科に連れて行かれて頭の中覗かれて、最悪でした。副作用で太ったので、もう飲んでませんが」
 そうだったのか。家族もそばで見ていて心配になったのだろうか。自分の判断で勝手に薬をやめておかしくなった人を何人か見てきたが、美樹本もそうだったのか。
「月20万円保証のライタービジネスのオファーがある出版社から来たけど断ったのは、「俺ってやっぱ、顔が見えない仕事ってしたくないよね」っていう。それをちゃんとわかってもらうために、その出版社の社長に今日手紙を書きました。あー、手紙といえば、れつだんって新人賞に出したって年に何回か騒いでるけど、受賞はありえないから。なんでかっていうと、出版社にれつだんの書き込みをプリントアウトしたものを送ってるので。「どうも、美樹本ですがお世話になっています。この異常者を受賞させるとそちらにマイナスしかありませんから、忠告しておきます」ってメッセージを送ってる」
 そうだったのか。だから僕は何度新人賞に出しても一次落ちだったのか。おかしいなと思っていたんだよ。歴史に残るほどの面白い小説を書いているのに落選続きって異常事態だ。美樹本のせいだったのか。美樹本の裏回しがあったとも知らず能天気に出し続けていた自分が情けない。
「30歳の精神病の引き篭もりのネット中毒の終わった産業廃棄物がなぜ世の中に向かって小説を書くのか、わからない。自分の人生のつらさを誰かにわかってほしい? だったら俺みたいにIPアドレス表示させて発言しろよ。名無しでこそこそするな。ま、興味ないけど」
「俺がいたデザイン事務所の先輩で、人望もなにもないのがいて、でも上司に気に入られて出版関係の仕事してるけど、興味なしだな。デザイナーより現場で汗を流して仕事のほうが上。まあ匿名掲示板の能無し作家志望には言ってもわからないだろうけど。先輩、日本人に愛されなくて外国人と結婚した。俺も結局50歳まで独身だけど、幸せですが? ありきたりなデザインで金貰うより現場で汗流すほうが素晴らしいよね」
 相変わらず自分を持ち上げ他人を下げる。自分がなにをしているのかわかっていない。ここで一曲がなくなったが、それだけ余裕がないということなのだろうか。もう少し続けてみよう。
「美樹本さんに質問! もう何年もれつだんはゴミって言ってますけど、いつまで言うつもりなの?」と別の名無しが言った。
「うーん、まあ、死ぬまで生涯閉鎖病棟に閉じ込めが成功したときが終わりかな。そうなったらまあ許してやってもいい。普通の人間になるのはもう無理だから、美樹本裁判官に終身刑にしてやらないとな」
「美樹本ってガラケーなんだってよ」と別の名無し。
「誤情報。スマホですがなにか。最新のアンドロイド。iPhoneは流行りに乗せられた馬鹿が使うものですからね。れつだんみたいな誰も相手にしない孤独死行きは携帯自体が必要なし」
 どんなことでも反論しなければ気がすまないのだろうか。そしてそこに必ず僕への攻撃が入る。
「あっちのスレッド、繁盛しすぎ。鬱陶しいしパケットの無駄。見るのも大変だから、もう誰も書き込むな。いちいち俺の手をわずらわせるなって。現場で飲む水道水の旨さとか、一生わからないんだろうな。あっちのスレッド、もう新しく立てないでほしい。目に入れたくないので。俺の知らないところでやってくれないかな」
 スレッドを見ないができないからスレッド自体をなくせという。僕以外の名無しも美樹本への怒りの書き込みが続く。
「美樹本って女のことわかってないし小説でも女を描けてないよな。もしかして恋愛経験ゼロですか?」
「へえ、じゃあお前は女性経験豊富なの? だったらその知識で素晴らしい恋愛小説書いて、投稿サイトに出せよ。できないならゴミだからな。どれだけ経験があってもゴミ。俺が10年前埼玉で伝説的にモテたって話知らないのかな。電車で顔を見ただけで惚れられて大変だった」
 恋愛経験ゼロという煽りに、埼玉で伝説的にモテたという反応をしていsまう。50前の大人が。とんでもないパワーワードに、僕も名無しもテンションが最高潮に。
「また新しい自称が増えました。埼玉で伝説的にモテた男、美樹本洋介!」
「電車で一目惚れ? それ勘違いって言うんですよ。自意識過剰すぎますね」「中学生なら笑えるけど、これを50歳の男が言うと笑えないな」
「俺の携帯がハッキングされて女子中学生や女子高生に筒抜けだった事件、ご存知ない? なんでハッキングされたかわかったか、説明するね。俺の絵がアメリカ全土で大人気になったせいで、アメリカ国防総省で、「美樹本は邪魔だ。消せ」って指示が出た。で、アメリカが日本に情報戦を仕掛けたんだけど、当時の日本でITに詳しいのって俺だけだった。自衛隊が、「美樹本さん、俺達の力じゃ守れません」って泣きついてきたから、俺がマッキントッシュ一台で日本を救って救国の大元帥と崇められたってのは、歴史の教科書には絶対出ない裏の日本史」
「俺が伝説的にモテたって埼玉の人間ならみんな知ってる。最初に就職したときも、女子社員にあまりにモテすぎて男の社員から誹謗中傷と嫌がらせを受けて退社に追い込まれた。美樹本は仕事ができないってことにされた」

 書き込みを見て僕のテンションは一気に落ちていった。病気の人をあざ笑って馬鹿にしてるだけじゃないか。30過ぎた大人がそんなことで盛り上がって工作して。同じことを思ったのだろうか「病気の可哀想な人を貶して笑いものにして、なにが面白いのか。実に不愉快だ」と名無しで書き込まれた。それに対し別の名無しが「れつだんも病気だけど、美樹本に好き放題言われてるぞ。それはいいのか」や「美樹本の異常さは病気ではない。人間性」などと反論する。
 スレッドを見ていると気分が落ち込んでいくので、気を取り直してSNSを開く。相変わらず美樹本は水無月恋に一方的な私信を送り続けている。それをスクリーンショットする。美樹本からダイレクトメッセージが届いていたので開く。
「カヲルさん、お願いします、画像を変えてください。なぜかというと私は匿名掲示板で異常者にストーキングされており、カヲルさんのような美女があそこで食い物にされるのが嫌だからです。フォロワーに美人がいると言って叩かれます。ネットにはおかしな奴がうようよしてるんです。私は真面目に創作し同人誌を作ろうとしてるだけなのに、「あいつはネットで女漁りばかりしてる」とか言われてしまうのが私なのです。それだけやって、あとは仲良くしてください」

 気持ち悪い。
 僕が好きなアニメに同じ台詞があったよなと思いながら、そのダイレクトメッセージを「文章のプロ美樹本洋介さんのNSN公開」というスレッドを立てて晒した。同時に水無月恋への一方的な私信のスクリーンショットを「実録! 美樹本ナンパシリーズ!」としてすべて晒した。

 実録!ナンパシリーズその2 琥珀みおんと美樹本洋介

「普段車に乗ってるけど、車のことはよく知らない」
「私も原付きだと雨の日が億劫です。二段階右折もかったるい。自動車欲しいですがお金がありません」
「投稿サイトいろいろあるけどどれがいいかな」
「私はインターフェースがKのほうが好きでNは考えていません。昔からKが好きなので」
「両方やろうかな~とも考えるのでぼちぼち考えます」
「私はKとBです。Bも同人誌や個人に対応しました」
 以降、返信なし。

 実録! ナンパシリーズその2 水無月恋と美樹本洋介

「私のSNSプロフィール作りました。ご一読いただければ幸いです」
「幅広い活動、ご苦労さまです」
「読んでいただきありがとうございます。好きでやってるので苦労はないのですが、時間と体が足りていないですね(苦笑)」
「私も収入が安定している間はデザインだ電子書籍だ小説だ漫画だイラストだと走ってきました。今は文章だけにしたいです。その前に虫歯直さないと(苦笑)
 以降、返信なし。

 実録! ナンパシリーズその3 水無月恋と美樹本洋介

「こんな時間にスイーツ食べたくなってきた(泣)」
「ももとか美味しいですよ。私は別アカウント作ろうかと思って。5ちゃんねるの誹謗中傷が止まらない。ツイッターもバレているみたいで」
 以降、返信なし。

 実録! ナンパシリーズその4 水無月恋と美樹本洋介

「執筆中の物語がかなりシリアス展開に!」
「私はシリアスな小説はあまり書かないですね。50年近い人生で生と死を見つめて行きてきましたが、Kで書いた掌編は美しい描写で書いています。」
 以降、返信なし。

 実録! ナンパシリーズその5 水無月恋と美樹本洋介

「今度の文芸フリマに出す本が完成しました♪」
「おめでとうございます。購入しますので、場所がわかり次第連絡お願いします」

 ほかの名無しや美樹本は僕の潜入捜査を気に入ってくれるだろうか。緊張だ。
 しかし、SNS公開の受けは芳しくないものだった。「さすがにやりすぎ」という書き込みが目に入った。
 もうみんな飽きたのだろうか。病気の人を貶して笑いものにしている自分が嫌になったのだろうか。美樹本が僕への攻撃をやめない限り、僕もやめないと決めて今までやってきた。でもそれは、僕が攻撃を続けるから美樹本が反応していただけだった。今になってやっと気づいた。最初に僕が美樹本の小説を批判してから3年が経過していた。この3年間に意味はあったのだろうか。僕は相変わらず仕事も読書も創作もせず朝から晩まで匿名掲示板に入り浸っているだけだ。どうやって美樹本を叩いてやろうか、その気持だけで今までやってきた。もう、やめよう。終わりにしよう。和解を提案し、この無意味な争いを終わらせよう。
「れつだんがSNSでもストーキングしてくる。お金が貯まったら探偵を雇って、れつだんの家の住所を暴いて木刀を持って殴り込みをかけようか、まだ向かってくるならそれも選択肢。あと、ネット弁慶のネットゾンビの反日思想の堕落者だから、右翼団体の構成員を送り込むのも手か。そうやってれつだんを東京から排除すれば、埼玉県春日部市も平和な街になるだろう」
「【確認事項】俺はれつだん作品を読まないしツイッターも見ないしプライベートで付き合わない。美意識のかけらもない人格異常者は、出版社ブルーロベリアで採用しません。俺は今、女子高生や女子大生の新鮮な才能を持った人を育てるという段階にいるので」
「れつだんって、才能もないのに匿名掲示板でちやほやされたからと人生を無駄に消費した哀れな田舎者。匿名掲示板が忘れられないから、今でもれつだん名義を使っている。れつだんとかダサい上に意味がわからないので、俺が考えた創作者にふさわしい名前に改名を提案する。氷浦景寅とか大納言桜助とか。青春が匿名掲示板のれつだん先生だったのだろう。もう無関係ですが」
「まだ俺を不愉快な気分にさせるのであれば、法的対応も考えている。俺の天才性はれつだんに殺されてしまった。弁護士と法律と裁判所という軍隊で返り討ちにするつもり。それが嫌ならとっとと田舎に帰って、死ぬまで家に籠もってろ」
「れつだんと和解する気はない。裁判をやれば、俺は被害者なので慰謝料と損害賠償で億は取れる。その金で出版社ブルーロベリアを設立してもいい。まあれつだんは払えないだろうし、マグロ漁船とか、そういうネット接続不可のところで死ぬまで俺に慰謝料を支払い続けるという」
「いつまでれつだんれつだん言って粘着してるんだよ。気持ち悪いぞ」
「俺がれつだんに粘着? どこが? 匿名掲示板なんか電車の中の暇つぶし。俺がいつれつだんに粘着したのか? 君みたいな脳が匿名掲示板になってる人は、俺の視界に入ってほしくない」
「れつだんに提案。実家の兵庫に帰る方法。俺へのネットストーキング史をまとめて精神科医や両親に見せればいいだけ。自分が異常者だという自覚を持とう。他人に攻撃的なサディズム性を地元のソープランドに通って中和してもらって、落ちぶれた風俗嬢と結婚して、今よりまともな人生を歩め」
「帰りの電車の中でスマホでスレッドを見てて思ったのが、「れつだんって、被差別部落出身者なのでは?」と思った。れつだんって兵庫生まれだからその可能性は高い。仕事で兵庫に行ったことがあるけど、「美樹本さん、あれが部落差別の建物なんやで。関東にはないやろ」と言われてなんのことかわからなかった。30歳で働ける元気はあるのに生活保護を受け続けてる理由がわかった」

 僕が美樹本への攻撃をやめたところで、美樹本による僕への攻撃は止まらない。スレッドとブログで、いつまでもいつまでも続く。僕のほうから攻撃を止めて和解と停戦を提案して、それでも駄目ならもうスレッドを開かないで忘れよう。無駄に過ぎ去った3年を取り戻そう。外へ出て創作して読書して、人生を楽しもう。もう疲れてしまった。

 美樹本しか書き込んでいなかったIPバースレに「今後一切僕を攻撃しないと約束するなら、僕も美樹本を一切攻撃しないことを約束する」と固定ハンドルネームで書き込んだ。固定ハンドルネームで書き込むのは1年ぶりだ。まあ、無駄だろうけれど。

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