【ホラー小説】熱血運動部!

※オバケ等は出てきませんし、血が出るような残酷描写・暴力描写は一切ありませんが、ホラー小説としております。怖い話が苦手な方はご注意ください。

 息を切らして峠道のてっぺんにたどり着くと、ヒロシはロードバイクから降りた。激しい呼吸が白い水蒸気になって吐き出されていく。
「13分48!」
 顧問の戸田先生がストップウォッチを持って、そう声を張り上げた。
 記録更新だ。頬を伝う汗をぬぐいながらヒロシは喜ぶ。
 少し遅れて、トモヤが到着した。
「13分59!」
 トモヤは放り出すようにロードバイクをアスファルトの上に置くと、そのまま座り込み、大きく肩で息をしている。
 続いて、ほかの二年生部員や一年生部員がやってくる。
「遅いぞお前ら! 本気出せ!」戸田先生が叫んだ。
 この峠道は平均斜度が5%ほどで、てっぺんまでおよそ5キロとなっている。
 目標タイムは15分。
 全員到着するのを待って、
「お前ら、ちゃんとやってんのか? きちんとやるべきことをやれ!」
 戸田先生の怒号が飛ぶ。
 しかし、これでもだいぶ優しくなったほうだ。
 去年までは、15分を切れなかったものは、部室に帰って30分正座させられていた。さらに昔は、鉄拳制裁もあったという。さすがに今はめったにやらないが。
 そんな厳しい指導にも部員たちが着いて行くのは理由がある。
 戸田先生が自転車競技の選手としてずば抜けた実績を残しているからだ。先生は大学生のときに日本チャンピオンになり、その後実業団にも所属した。いくつかの日本記録も樹立している。腰を悪くしてから、後進を育成したいと体育教師に転職したらしい。
 部員にとってそんな実績を持つ戸田先生は、まるで神様のような存在だ。直接指導してもらえることは、本当に光栄なことだ。
「お前ら、最近たるんでるな。本来ならここで終わるとこだが、今日はあと一本だ!」
「はい!」全員が声をそろえた。
 そして峠道を下り始める。
 先生はよく、
「どんなに辛い練習でも、やり遂げればきっといいことがある。たとえ将来プロの選手にはなれなくても、部での経験はきっとお前たちの後の人生で役に立つときが来る。それは間違いない。だから必死で練習しろ!」と言う。

 ヒロシが家に帰ると、午後8時を過ぎていた。
 すぐに風呂に入って、皮膚にはりついたベタつく汗を流す。
 風呂から出ると食卓に着いて箸を取ると、「いただきます」と言って、どんぶりに盛られた白飯をかきこんだ。
「今日も、公道で練習だったの?」母が問う。
「うん」飯を食べながらヒロシが答えた。
 そして、
「おかわり」とどんぶりを母に向かって差し出した。
 山のように白飯が盛られて、返ってくる。
 自転車競技は、ほかのスポーツとは比べ物にならないくらいの大量のカロリーを消費する。1レースで200キロを超えて走ることもあり、そのときの消費カロリーは5000キロカロリーにも及ぶ。
 ヒロシは毎晩、約3合の米を食べる。
 母はいつも、「食費がかかって仕方がない」みたいなことをぼやいている。


 ヒロシが自転車競技部に入部したのは、中学校に入学したときに勧誘を受けたことがきっかけだった。
 どの部活に所属しようか悩んでいるときに、ぜんぜん見知らぬ三年生に声を掛けられ、ほぼ強引に部室に連れて行かれた。
 そこで先輩は、自転車競技がいかに素晴らしいか、熱く語った。
 自転車競技に全く関心がなかったヒロシは「早く帰りたいな」などと思うだけだったが、いろいろ話を聞くうちに少しだけ興味が出てきて、
「とりあえず、一回だけ乗ってみようよ」
 先輩に言われるまま、生まれて初めてロードバイクというものに乗った。
 慣れないためかハンドルがうまく操作できなかったが、ペダルを踏みこむと普段乗っているママチャリとはまったく違う挙動をした。ひと漕ぎで進む距離が、ぜんぜん違うのだ。
「1か月だけでもどうだろう? それであわなければ、辞めてもらっても全然かまわないから」先輩はそう言った。
「でも、お金かかるんじゃないですか?」ヒロシは先輩に問う。
「バイクは部のものを使えばいいし、タイヤやチューブやブレーキシューは毎月の部費を集めてそこから賄ってるから、心配ないよ」
「じゃあ、ちょっとだけやってみようかな……」
 そういうと、先輩たちは拍手をしてヒロシを歓迎してくれた。
 部費は、毎月5000円ということだった。

 二年生の秋、ヒロシは自転車競技部の部長を務めるようになった。三年生は今年の夏の大会で引退している
 ヒロシは今、後輩を指導していく立場にある。

 日曜日は、いつもはほぼ車の通らない峠道も、それなりに車が通るようになるので、危険回避のために峠道には出ない。
 部室での筋力強化のためのトレーニングをすることになっている。
 自転車競技はもっぱら持久力を要するスポーツだが、きつい坂道を登るにはある程度の瞬発力も欠かせない。
 バーベルを担いでスクワットやデッドリフトをして、脚や尻の筋肉を鍛える。
 日曜日のトレーニングは任意の参加ということになっているのだが、欠席する部員はほとんどいない。

 夕方まできっちりトレーニングをやり、解散となったが、
「ヒロシだけは残っているように」と戸田先生が言った。
 ほかの部員が皆退出し、部室は先生と二人きりになった。
 いったい何なんだろうとドキドキしていると、先生はロッカーからとあるパンフレットを取り出して、それをヒロシに示した。
「これ、買ってみないか?」
 パンフレットのロードバイクを指さして、そう言った。
 それはスイス製の高級ロードバイクだった。
「え……?」ヒロシは絶句する。
 そのバイクは、プロが使用するようなもので、中学生が扱うにはあまりにレベルが高いものだった。
 パンフレットには値段も書いてある。
 なんと、完成車で120万円。
 一度乗ってみたいという気持ちはあるが、とても手の届くものではない。
「お前は見込みがある。もっと速くなれる。でも、今のバイクでは限界だ。お前の能力を十全に発揮できるバイクがお前には必要なんだ。俺の知り合いのショップを経由して取り寄せれば、おそらく90万円くらいにはなる」
 先生はヒロシの目をまっすぐに見て言った。
「まあ、無理にとは言わない。家に帰って両親と相談しろ。お前は日本一になれる素質が、きっとある。そのパンフレットは持って帰っていい」

 約一か月後、峠のてっぺんにたどり着いた、高級ロードバイクにまたがったヒロシの姿があった。
 タイムは13分05秒。
 一気に早くなった。

 新しいバイクを買うことに、両親は強く反対した。
「そんなお金、出せない」と母は言った。
「たかが自転車なのに、100万円もするのはおかしい。軽自動車のほうが安いじゃないか」と父が言う。
 そういう両親をなんとか説き伏せ、「もうお小遣いはいらないから、このバイクを買ってください」と頭を下げた。
「もっと安全でお金のかからないスポーツはいくらでもあるのに、なぜ自転車なんだ」
 父はそう言ったが、これ以上の出費は認めないことを条件に、ヒロシの要請を受け入れた。

 遅れて副部長のトモヤが峠道のてっぺんにたどり着いた。
 トモヤは、少し悔しそうに、
「やっぱり、勝てないか。お前の新しいバイク、性能が違いすぎる」と言った。
 自転車競技は団体スポーツだが、やはり個人間のタイムの競い合いは発生する。
「ぜったいに勝ってやる」トモヤはヒロシに言った。

 二週間後、トモヤはイタリア製のバイクにまたがって部室にやって来た。
 プロがレースで使うものとまったく同じものだ。値段はなんと150万円もする。トモヤの親は、ローンを組んでそのバイクを買ったらしい。もちろん先生の知り合いのショップを経由して。
「俺はお前のアシストで終わるつもりはない。来年の大会のエースは俺だ。互いに切磋琢磨しよう」
 ヒロシとトモヤは強く握手をした。
 その日以降、ヒロシとトモヤは以前のように勝ったり負けたりを繰り返すようになった。
 アイツがいるから、俺ももっと強くなれる。
 良きライバル。互いのことをそう認識していた。

 ヒロシと同じく二年の部員であるショウが、いきなり部を辞めたいと言い出した。
 理由は、
「来年の受験勉強に専念するため、練習がなくて自由参加の文化部に移籍したい」というものだった。
 ショウはたしかにあまり強くなく、レギュラーになれる見込みはほどんどなかった。
 部長であるヒロシは、部員をみんな集めて、ショウを説得した。
「今辞めたら、全部無駄になってしまうんだぞ。絶対に、辞めたらダメだ」
 繰り返し何度も言った。
「勉強なんか、秋から始めたのでじゅうぶん間に合うよ。ショウは頭がいいんだから」トモヤが言った。
 とある一年生は、涙を流しながら、
「先輩に辞めてもらいたくないです。先輩が辞めるなら、僕も辞めます」と言った。
 ヒロシは、
「仲間を失っても平気な部活なんか、なんの意味もない。ショウがどうしても辞めるというなら、自転車競技部は解散するべきだ!」と言った。
 それらの説得を受け入れて、ショウは塾通いをするぶん練習への参加を減らすものの、自転車競技部に留まることを選んだ。
 部員みんな、抱き合ってそれを喜んだ。

 あれから15年が経過した。
 今ヒロシは、清光神苑会の在家信者となっている。
 家で毎日欠かさず聖句を唱え、神様と教団指導者である大牟田霊峰先生に対する感謝を欠かさない。
 大牟田先生は、降霊術はもちろんのこと、手から波動を出すことによってあらゆるものを浄化することができる。
 まさにこの世に降臨なさった神様と呼ぶにふさわしい。

 中学三年の夏、ヒロシは練習中の事故で大腿骨を骨折した。
 そのせいで、全国大会どころか地区の大会にも出られなかった。高級バイクも厳しい練習も、全て無駄になってしまった。
 自暴自棄になったこともあったが、今は厳しい練習を課してくれた戸田先生に感謝している。
 先生が言っていたとおり、部活動での経験は、今のヒロシの生活にとってたいへん重要なものとなっている。

 清光神苑会では、一年に二回、春分の日と秋分の日に、夜明けから日没まで12時間正座をして聖句を唱え続けるという修行がある。その間、食事はもちろんトイレに立つことも許されない。
 途中で脱落するものが多いのだが、むかし部活で厳しい練習を経験したおかげか、ヒロシはこれをなんとかやり切ることができている。
 在家信者は新たな信者獲得のノルマが課されているのだが、ヒロシはそれも好成績を収めている。
 むかし自分が部に勧誘されたときのように、とにかく新しく信者になってくれそうな人を教団の事務所に連れこんで、強く強く説得すればいい。
 そして、住所や電話番号を聞き出し、次に来ることを約束させるまで、帰してはならない。
 我ながら強引な気もするが、これも迷える衆生を救うためだ。
 ヒロシは多数の信者獲得を表彰され、
「あなたはきっと天に召される」と直接、大牟田霊峰先生に言っていただいた。
 もうその言葉だけで、胸が幸福で満たされた。

 清光神苑会の毎月の会費は五万円。少し高いが、それで救済を得られるのだから安いものだ。中学校の部活の部費でも5000円だったんだから、それほど法外な額というわけでもないと思っている。
 毎月の会費のほかにも、お布施をしている。
 去年の大牟田霊峰先生の誕生祭では、貯金のすべてである800万円をお布施した。
 今年はもうお金がない。消費者金融でヒロシの借りられる金額は300万円なので、今年のお布施はそれだけになってしまうが、仕方ない。
 たかが自転車三台分ほどしかお布施できない自分を、不甲斐なく思う。
 今のヒロシには子供はいないが、妻はいる。ヒロシが清光神苑会の在家信者になる五年前に、結婚した。
 教団の活動に関して妻はあまり関心がないらしく、ヒロシの説得には応じず、「信者にはなるつもりはない」と言った。
 ただ「迷惑かからない範囲なら、宗教活動は好きにすれば」などと言っている。
 不埒な女だ。
 物分かりの悪い妻は、借金してお布施をしたなどと知ると、きっと烈火のごとく怒るだろう。
 知ったことか。
 勝手に地獄に堕ちればいい。
 そもそも、高額なお布施をすればするほど、それ以上の見返りを神様と先生からいただけることは確定しているのだから、何を悩むことがあるだろうか。


 今日は、先週脱会届を出した信者の家に行って、教団に連れ戻すことを管区長から命令されている。
 その脱会届を出した男はヒロシが勧誘して信者となり、ずっと熱心に修行していたのだが、悪魔に取り憑かれた親族に誘惑されて、脱会したいなどと狂ったことを言い出したようだ。
 なんとしても教団の施設まで連れ戻し、脱会を思いとどまらせなければならない。そうしないと、彼がこれまでやってきた修行やお布施が無駄になってしまうのだ。
 もし彼に脱会を思いとどまらせることができないならば、彼の魂をいったん神様の御許に返して、浄化していただいて、また現世に戻してもらうということも、必要だろう。

 さて、そろそろ行かなければならない。
 本当に、あのころに部活で厳しい練習を経験して良かったと思う。
 あの経験があるからこそ、今こうして正しい信仰ができているのだから。


最後までお読みいただきありがとうございます。