見出し画像

「省エネ男子、空港に行く」第2話

第1話はこちらから


腕が痺れて目が覚めたのは、正午を少し過ぎた頃だった。腰とか首とか、あちこち軋む。変な体勢で寝るんじゃなかった。

寝ぼけた頭が冴えてくると、急激に空腹感が襲ってきた。冷蔵庫を開けると、昨晩の夕飯の残りが入ってたけど、煮物とかそういうのばっかりで、これじゃあ男子高校生の胃袋は満足しない。

お盆期間中は、そうめんとか和食ばっかりが食卓に並んで飽き飽きしていた。カップラーメンとか唐揚げとか、そういうのが猛烈に食べたい。僕は財布とスマホだけ持って、部屋着のまま近くのコンビニに向かった。

コンビニまではチャリで数分の距離。相変わらず蒸し暑い空気にぼーっとしながらペダルを漕いでいたが、白い機体が頭上を通過する音で我に返った。


そう、僕の自宅の近所には、県内唯一の空港がある。


地方の空港だから、いくつもの飛行機がひっきりなしにという訳ではないが、1日中それなりの数が離着陸を繰り返している。

子供の頃に一度家族旅行で乗って以来飛行機には縁がないものの、物理的に飛行機は身近なものだった。小さい頃は大きなエンジン音が怖かったけど、今となってはもう慣れた。最近の飛行機は、機体がカラフルだったりアニメのキャラクターがプリントされたりして結構凝ってる。昔はもっとシンプルというか質素だったのにな。


あ、そうか。
あったじゃん、被写体。


身近過ぎて気づかなかったけど、写真部の課題をやっつけるにはちょうど良い被写体だ。どうせ家に帰れば動きたくなくなるんだから、今のうちに片をつけてしまいたい。サッと行って適当に数枚撮ってこようと思い、空港の方角にハンドルを向けた。

飛行機の写真なんて、いちいち空港まで行かなくともそこらへんの路肩からも撮れる。なのにわざわざ空港まで行こうと思ったのは、子供の頃よく空港に連れてってもらっていた記憶が残っていたからだ。

飛行機に乗る人以外空港には足を踏み入れてはいけない、なんてことはない。空港の中にある飲食店や土産物店はもちろん誰でも入れるし、手荷物検査場や搭乗ゲート付近だって、周りの迷惑にさえならなければ彷徨いたって怒られない。

そして、空港にほぼ必ずと言って良いほど「展望デッキ」が存在する。

駐機場が一望でき、飛行機の離発着が間近で見られるのだ。家族や友人の出発を見送ったり、ただただ飛行機を眺めていたり、色んな人がデッキを訪れては各々の時間を過ごしている。お金もかからない、自由に出入りできる場所。

僕がまだ小さかった頃、じいちゃんはよくこの展望デッキに連れてきてくれた。飛行機が離陸する直前、駐機場に鳴り響く大きなエンジン音が怖くて、じいちゃんの手をぎゅっと握って離せなかったのは今でも覚えている。それでも、でっかい乗り物が空を飛ぶ様を眺めるのは嫌いではなかった。

そう言えば、じいちゃんは空港の中にあったセブンティーンアイスの自販機で必ずアイスクリームを買ってくれたっけ。もしかしたら、飛行機が好きだったというよりも、アイスを食べられるのが嬉しくて空港に来ていたような気もする。まぁ、子供心なんてそんなものだよな。

何年振りだろうか。懐かしい入り口から空港の中へ。

入った正面には搭乗手続きカウンター、その横を通り過ぎてエレベーターに乗り込む。2階の手荷物検査場を横目に、展望デッキにつながる階段を登っていく。


デッキの入り口の前に……あった、セブンティーンアイスの自販機。


あの頃、アイスの自販機はでっかくてカラフルで、絵本の世界出てくるお菓子の工場みたいだと思っていた。高校生にもなると背も伸びる、知識もつく。そこにあった自販機は見慣れた大きさで、どこからどう見てもお菓子工場ではなくただの機械だった。


ああ、なんだか大人になっちゃったな。


そう思いつつも、この自販機を目の前にしたときの、言語化できない高揚感は未だに健在だった。

既に棒アイス2本をたいらげていたけれど、せっかくだから帰る前にどれか買っていこうと心に決め、僕は展望デッキへ向かった。

デッキはちょうど駐機場の真上あたりに面していて、管制塔から滑走路の端まで広く見渡せる。

遮る物が何も無く、空と空港が一望できるこの景色。僕が小さい頃から眺めていたこの景色がとても懐かしかった。今風に言うならば、エモい。そのエモさに浸っていたとき、僕から少し離れたところで滑走路を見つめていた子供の声で我に返った。


「きた!ひこうき!ねぇ!ぼくが先にみつけたんだからね!」


その子が指差す先には、小さな小さな飛行機の姿。

あー、そういえば自分もこんな感じだったな。

飛行機を見つけたら必ずじいちゃんに教えてたのは、自分が先に見つけたんだとアピールしたかったから。じいちゃんが先に飛行機を見つけたときはものすごく悔しくて、不貞腐れながらアイスを食べた。そう言えば、いつの間にかじいちゃんより僕の方が先に飛行機を見つけることが多くなったっけ。


「今日も僕が一番に見つけたんだよ!」


家に帰ってこんな風に報告するたび、すごいじゃないと母は褒めてくれた。あの頃は、誰よりも先に見つけたことがとにかく嬉しかったんだ。

そうか。あの優越感は、先に飛行機を見つけても僕に黙っててくれたじいちゃんの優しさの上に成り立っていたのだと唐突に理解した。

その途端、急にじいちゃんに会いたくなった。と同時に、今会ったら叱咤される気がした。

「あの頃はあんなに生き生きしてたのに、どうしたんだよ」

幼少を思い出したエモさから今の自分に対するほろ苦さまでを噛み締めているうちに、滑走路の右手上空のはるか向こうから飛行機が近づいてきた。みるみる大きくなって、滑るように着陸した白色の機体。

ゆっくりカーブしながら駐機場へ移動する機体を眺めていた時、僕の視線は飛行機ではなく別の対象に釘付けになった。


駐機場に、派手なしゃもじを持った人がいる…?


第3話に続きます。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?