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「省エネ男子、空港に行く」第3話

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駐機場に、派手なしゃもじを持った人がいる…?

飛行機が到着したときの光景は小さい頃から何度も見ていたはずなのに、全く記憶になかった姿。

誰だあれ、なんでしゃもじ持ってんの?ってか、ほんとにしゃもじか?んなわけないよな。

観察してみると、しゃもじを持った人の他にもスタッフらしき人がいる。どうやら到着した飛行機を誘動しているらしい。

道路に描かれたラインを見ながら手を振っている人、派手なしゃもじを振っている人、小さい車のようなものを運転している人。

あっという間に飛行機はいつもの定位置に止まり、乗客が使う移動式の通路と合体する。

知らなかった。

小さい頃は大きくてカッコいい飛行機本体にしか目がいかなかったけど、その周りに生身の人間がいたなんて。巨大な機体を目の前にして、怖くはないんだろうか。

ここで唐突に思い出した、写真撮らなきゃ。

わざわざこんな暑い中、空腹を我慢してまで空港までやって来たのは、写真部の課題を片付けるためだ。スマホのカメラを起動して、とりあえず数回シャッターを切った。よし、課題クリア。

予定外だったのはここから。

正直なところ、適当に撮ったらすぐ帰るつもりだったのだけど、見たこともない仕事をする人たちがどうも気になってしまい、帰るのが何だか勿体ないと思えてしまったのだ。

眼下では、しゃもじの人たちが次々と作業をこなしている。

飛行機から降りてきた人たちのための通路をくっつける、いつの間にか横付けされていたトラックから太いホース取り出して翼の辺りに差し込む、機体の側面の扉を開けて荷物を出し入れする、機体全体を見回して点検する。

どれもこれも流れるようなスムーズな作業だ。その手際の良さにも驚いた。

どれくらいの時間眺めていただろうか。荷物と乗客を入れ替えた到着機は、次の目的に向けて離陸を待つ出発機になった。

小さな車に繋がれた棒状の物に押され、大きな機体が誘導路をゆっくりバックしていく。その機体の横を歩いていくしゃもじ軍団。

あ、正確に言うと、派手なしゃもじを使っていたのは最初だけだったけど。

何かを色々確認された後、飛行機は滑走路に向かって動き出す。しゃもじ軍団は、その横で一列に並んで乗客に手を振り、飛行機に一礼した後、くるりと背を向けて駐機場に戻ってきた。

やべぇ、あの人たち、むちゃくちゃかっこいいじゃん。


一仕事成し遂げた彼らの姿に心が震えた。超大作映画でも見終えたかのような充足感。こんな感覚は味わったことがない。

もっと見ていたかったが、時刻表を確認すると、次に飛行機が到着するのは一時間後。さっきまで暑さも忘れて見入っていたのに、時間を意識した途端に残暑が襲ってくる。これ以上ここにいるのはさすがにキツい。

この日は大人しく帰ることにしたが、妙な高揚感に心はざわつきまくり、放心状態に近かった。

ちなみに、食べようと決めていたセブンティーンアイスは、買うのをすっかり忘れていた。


『あーーー夏休み終わっちゃう、今日も暑いし最強にだるい、しんどい耐えられない無理』

こんな感じでベッドから起き上がれない自分を想像していた約24時間前。

さて、夏休み最終日の朝を迎えた実際のところの僕だけど。

それなりの時間に起床して簡単に朝ごはんを済ませ、サクッとシャワー浴びて、チャリを漕いでいた。行き先は、昨日も来た近所の空港。目的は、例のしゃもじ軍団を見に行くため。


何事にも興味関心が持てない自分の前に突如現れた、どうも気になる存在。


部活の課題をやっつけにいくためだけに足を運んだ空港で出会ってしまった彼らに、翌日もまた会いに行ってしまうなんて。これは予想外、自分でも自分の行動力が信じられなかった。

昨日空港から帰った後、彼らについては調べていた。「空港 しゃもじ」で検索すると、液晶には見慣れない単語がたくさん表示された。こんな適当な検索ワードでもちゃんと出てくるんだな。ありがとう、IT技術。

どうやら、昨日見た人達が行っていた一連の作業をグランドハンドリングといい、派手なしゃもじを振る人はマーシャラーという専門職のスタッフであることが分かった。

ちなみに、しゃもじの正式名称は「マーシャリングパドル」で、パイロットに誘導の合図を送るために使う専門の道具らしい。

こんな付け焼き刃の専門知識を引っ提げて、僕は展望デッキに足を踏み入れた。

予め時刻表は確認してある。次の到着機は間もなくやってくる時間だ。昔なら空を見上げて今か今かと飛行機の登場を待ちわびていただろうが、今は違う。

僕の目線は地上に釘付けだった。

建物から現れた4人のスタッフは、一旦1ヶ所に集まって何やら打ち合わせた後、各々の持ち場に移動する。1番最初に目で追ったのは、「しゃもじ」改めマーシャリングパドルを持ったマーシャラー。地面に描かれた停止線をマーシャラーに伝える「チョークマン」や両翼を確認する「ウイングウォッチ」と思しき人もいる。

ほんの少し予備知識を入れるだけで、見え方はかなり変わるんだな。

そうこうしているうちに、滑走路の右手奥から飛行機がやってきた。

お、今日も振ってる振ってる、やっぱ目立つな、あのしゃもじ。

4人が1チームになって着陸機を迎え入れ、安全に停止させたあと、荷物と乗客の入れ替えていく。昨日は気がつかなかったけど、グラハンのスタッフは機内にも出入りしている。飛行機の中と外、作業の範囲は多岐にわたるらしい。

たくさんの確認業務を経て、到着機は飛び立つ準備を整えていく。そして、すべての作業を終えた機体は、トーイングカーに押されてバックしていき、滑走路まで移動していく。この押し出す作業はプッシュバックって言ったっけな。

グラハンの人たちは出発前最後の確認を終えると、飛行機の横に並んで乗客に手を振り一礼。

この光景、昨日も見たのに。なんだよ、やっぱり今日もかっこいいじゃん。

この一連の過程、このあと結局2回も見続けてしまった。だいたいの作業の流れが分かったあたりから、タイミングを見計らってスマホで何枚も写真を撮った。

写真部に入ってから、こんなに連続でシャッターを切ったことはなかったと思う。夢中で撮っているうちに、持っていたスマホはかなり熱くなっていた。


第4話に続きます。



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