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【短編小説】藍に染める#2

#1はこちらから

春から始まったガイダンスの日々が終わり、本格的な履修申告期間に入る。1年の前期はほとんど必修の授業だから、一般教養くらいしか選べる授業はない。

藍くんにどれを受講するか聞いてみれば、面白そうな授業ないからどれでもいいやとぶっきらぼうな返事しか返ってこない。

「だいたい君が取りそうな授業も予想がつくから、僕も同じやつでいい」
「ちょ、君に意思というものはないのかいな」
「同じ授業取るっていう意思があるじゃん」
「あのねぇ……」
「だってさ、高校と違ってテストの形式とか先生によって違うんだよ?対策とかも違うから、それぞれでテスト勉強するより2人でやった方が確実じゃない?どうせ君のことだから期末に焦るでしょ?」
「はーいそうですね、おっしゃる通りごもっともです」
「…返事、適当すぎるんだけど」

こうして、私たち2人とも全て同じ授業を受講することになった。

いくら大学生とは言え、男女が常に2人でいるというのは、傍目から見れば…そうではないかと誤解されるんじゃないか?君はそれでいいのか?

そう思ったが流石に直接伝えるわけにもいかず、他に友達作らないのって馬鹿なフリして聞いてみたら、「あのさぁ、僕と付き合い長いなら分かるでしょ、積極的に友達作るタイプに見える?」と、不機嫌そうに一蹴された。自己紹介とかダルすぎて無理、とか何とか、ブツブツ呟いている。

そりゃ分かるよ、君がそういう性格じゃないことなんて。一緒にいてくれて個人的にはうれしいけども。

その先は追及できるわけもなく、まぁそうだよねという曖昧な返事だけをして彼の隣を占領させてもらっていた。

そして、君が言い放った「期末に焦る」という予言が見事に的中することになる。

「……ああもうほんっと意味わかんない、こんなのどうしろっていうのさ」

8月1日の金曜日、真夏日の昼下がり、構内の中央食堂、窓際の席。ノートパソコンの画面を睨みつけながら悪態をつく藍くん。少しぬるくなったミルクティーを飲みながら、私はその様子を眺めていた。

金曜日の午前中に開講する一般教養の日本文学論、文学の先生は授業がゆるいと評判なうえ、期末レポートさえ提出すれば確実に単位をもらえるということで、私達も履修していた。個人的には、日本文学をちゃんと学んでみたいという興味もあったので選んだというのもあるけど。

授業そのものは今日で終了、あとは来週までにレポートを提出するよう指示が出ていた。テーマは「心に残っている作者を選び、その作品の中から1つを選んで考察を書くこと」だった。

当然、彼も同じ授業を履修していて、今まさにそんな「ゆるい」授業のレポートに苦しめられている真っ最中だった。

藍くんが課題に苦しめられている姿なんて、これまで一度も見たことがなかった。どんな教科もそつなくこなすが彼だ。春先に私に向かって言い放った予言が、数ヶ月後彼自信に的中するとは夢にも思わなかっただろう。

イラついている姿を見つめながら、もう一口ミルクティーを飲む。これはさっき彼に買ってもらったものだった。

ことの発端は、2時間ほど前に遡る。

金曜日は午後に体育の授業があった。大学生にもなって体育?と思ったが、これはこれで必修科目らしい。と言っても、高校までのようにクラス全員で同じ競技をするのではなく、バスケだのバドミントンだの各々好きな種目に分かれて行うというもの。

藍くんと私は別々の種目を選択していて、金曜午前の文学の授業が終われば、月曜からずっと続いていた藍くんとの時間はおしまい……今まではそうだった。


ところが、今日は違っていた。


体育の授業を終え更衣室で着替えていた時、何気なくスマホを見ると藍くんから着信が入っていた。今までこんなこと一度もなかったのになんだろう?と思いつつ、妙に心が浮ついた。早く連絡したいのをぐっと我慢して、平常心を取り戻すようにわざとゆっくり着替えを済ませた。

身支度を終えて外に出ると、じりじりと日差しが照り付けていた。どこからともなく微かに聞こえてくるさんさ太鼓の音が、盛岡に夏の訪れを告げていた。

1回深呼吸をしてスマホをなぞる。

「…もしもし、あ、遅くなってごめん、電話珍しいね、どした?」
「あのさ、今日この後時間ある?」
「ん、あるけど?」
「じゃあ中央食堂きて、入口のところにいるから」

数分後、指定された場所で彼と落ち合う。

夏空には向かないような色白の藍くんは、こんなに日差しがあるなか「暑さ」の概念など存在しないかのような涼しい顔で立っていた。そして、私と落ち合うなり、 おもむろに近くの自販機に500円玉を入れた。

「はい、好きなの選んで」
「え、何、怖いんですけど」
「いいから早く」

よく分からないまま、とりあえずミルクティーを選ぶ。彼はカフェオレのボタンを押す。出てきた2本を取り出して「ちょっと、レポート課題手伝って欲しいんだけど」と言い、こちらにミルクティーを手渡してくれた。

そして状態は今に至る、この超絶不機嫌ボーイ、どうしたものか。

#3に続きます



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