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【短編小説】藍に染める #3

#1はこちら



「…やっぱりレポートって個人作業が中心だから限界あるんじゃない?明確な答えがあるわけでもないから教えようにも…」

しかめっ面の藍くんに向かって、なるべく神経を逆なでしないように声をかけてみる。

「僕だってそれくらいわかってるけど、こういう正解のない課題が一番嫌いなんだよ」

うわー、これ完全にへそ曲げちゃってるな、こうなった藍くんはなかなかに曲者なんだよな。

「まぁ、藍くんはそうだろうね、読書感想文とか苦手そう」
「ほんと無理、でも自分以外の板書とか見ればヒントになるし、君の方がこういう課題向いてそうだし。なんか書く時のコツとかないの?」
「え、こういうのいっつも感覚で書いてるからコツとか言われても難しいんだけど」
「…やっぱりね、君って理論とかそういうのと対局な感じするから、どうせ何も考えてないんだろうなとは思ったけど、予想通りだった」
「辛辣すぎるでしょ、そんなこと言うとノート見せないよ」
「買ってあげたよね、ミルクティー」

相変わらずの上から目線だ。彼の一言にイラっとさせられない訳ではないが、結局許してしまうのは、相手が藍くんだからなのか、それとも私がお人好しすぎるのか。

期末レポートのテーマとして、私は太宰治の「斜陽」を選んでいた。太宰は授業でも時間をかけて取り上げた作家だし、何より有名、私自身も太宰の文体は結構好きだった。

流石に全く同じ作品を選ぶのは本人のプライドが許さなかったのか、藍くんは同じ太宰でも「人間失格」を選んだようだった。

しかし。

「ほんっとこの主人公人間として終わってる。っていうか太宰治、没後100年以上経つのに僕の課題にこんなに悪影響及ぼすとかなんなのさ、ほんと人間失格」
「だから他の作者にしときなって言ったじゃん、もっと他にも作品あるのに」
「だって、そうしたら作者変わって君の板書参考にできないじゃん」

ああ言えばこう言う、ちょっと、いや、結構めんどくさい。反抗期の子供を持つ親ってこんな気持ちなのかしら。

難しい問題も持ち前の論理的思考力ですぐ解いちゃうし、大体なんでも出来ちゃう彼にとって、不得意なことなんて人間付き合いくらいだと思っていた。まさかこんなに弱点があるとは。理論が通じないものには弱いらしい。

落ち合ってから早2時間、彼もそろそろ燃料切れかと思い、「ちょっと失礼」と言って私は席を立った。

中央食堂から直結している購買に向かい店内を物色、お目当てのものを手に食堂の窓際に戻った。日差しが西に傾き、空が少しずつオレンジに染まり始めている。

「ほら、休憩しよ、ずっとやってると疲れるから」

そう言って、さっき買ってきたイチゴ味のポッキーを机に置いた。

「あ、ありがと……分かってるじゃん」

不機嫌そうな表情が緩む。藍くんは大の甘党で、特にショートケーキとかイチゴのお菓子が好物だった。甘いものとか絶対食べなさそうなのに、人は見た目によらない。

「どうよ、ちょっとは進んだ?」
「うん、とりあえず構成は考えたよ」
「構成?」
「まずは作者と作品を選んだ理由、次に取り上げる場面、その中から主人公の心情を反映している情景描写を……」
「もういいもういい!相変わらずシステマチック、よくそんな風にできるよね」
「え、まさか君って構成とか考えてないの?」
「ざっくりとは考えるけど、あとは書きながら決めていくかな、感覚で」
「信じられない、感覚で物事進める僕には一生無理なんだけど」
「別に共感なんてしていただかなくて結構ですけど」

2人で袋を開け、ポッキーをかじる。受験生の時もよくこれ食べてたっけ。

ふと窓の外に目をやると、学内のさんさ踊りチームが練習の準備をしているのが見えた。

そうか、もうすぐ盛岡さんさ踊りが始まるんだっけ。

盛岡さんさ踊りとは、毎年8月1日から4日間、市内の中央通りで行われる夏のお祭りだ。うちの大学にはさんさ踊りのチームがあり、毎年出場しては県内の他大学と最優秀賞を目指して競い合っていた。

そして、なんと言ってもさんさ踊りは青春の巣窟である。恋人とさんさに行く、気になっている人をさんさに誘う、毎年数えきれないほどの恋物語が盛岡の街で生まれていると言っても過言ではない。

浴衣、夏休み、さんさ踊り

盛岡出身の私にとっては、青春の三種の神器だ。目の前にいる藍くんとさんさ踊りチームを交互に見つめ、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ心がざわついた。

最終話#4に続きます



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