冷蔵庫には幸せが詰まってる ショートショート21

こんにちは、冷蔵庫です。
先輩から仕事を引き継いで早十三年。私は田中家の食品衛生管理の職に携わってきました。
先代の冷蔵庫さんは十六年も働いていたそうです。いやぁ、頭が上がりません。
そんな先代からの引継ぎも兼ねれば、二十九年分の田中家の歴史を知っています。
もうすぐ私の役割も終わり、この家の歴史も同時になくなります。私で最後となります。せっかくなので、私語りという田中家に歴史を聞いてください。

先代は田中清さんと陽子さんの新婚生活と共にこの家にやってきました。それはそれは仲睦まじい夫婦だったようです。
田中家の冷蔵庫として働きだして少し時が経ち、長男の光太郎君が生まれました。
光太郎君はすごくいい子で、先代も大層可愛がられていたようです。
私が引き継ぐときには色褪せたアニメのキャラクターシールを大量に張られていました。
光太郎君が五歳の頃、彼は椅子を先代の前まで持って来ては、よじ登り、冷蔵室の上段にて冷やしてあるプリンを盗み食い、陽子さんに怒られていました。
また、清さんが好きだったビールも大量に冷蔵されていたそうで、清さんが一日に二本以上飲むと怒られていました。
陽子さんは二人の家族のために、机に沢山の料理を並べることを楽しんでおりました。
先代は光太郎君の成長を、田中家が形成されていく様を見守っていました。

また少し時は経ち、光太郎君はどんどん成長し、小学校、中学校を卒業しました。
そして、先代の寿命がやってきました。彼は田中家に惜しまれながら家を後にし、私がやってきました。
先代からは、清さんと光太郎君がよくドアを開けっぱなしにして、冷気を外に逃がすから気を付けてくれと注意事項を引き継ぎました。
そして、陽子さんはこのことで二人によく注意していました。
光太郎君はよく食べる子で、そのためか私の中身は常に食材で溢れていました。
陽子さんはどんな日も絶えず、沢山の料理を清さんと光太郎君にもてなしていました。

私が着任してから時は経ち、光太郎君は高校を卒業し、大学生となりました。
彼はどれだけ成長しても、プリンだけは冷蔵庫に常備しております。
更に時が経ち、田中家に変化がありました。光太郎君が就職を機に上京することとなりました。
今まで三人家族の食料を冷蔵・冷凍していた私としては仕事が減りましたが、寂しい気持ちでいっぱいでした。
光太郎君はいっぱいご飯を食べるので、光太郎君がいなくなったことによって私の中身は寂しくなりました。
しかし常備していたプリンだけは、絶えず常備されていました。賞味期限が迫ると清さんがよく食べていました。
それから間もなくしてビールの数も減っていきました。

ビールが冷蔵室からいなくなって数年後、清さんがこの世を去りました。
私の中身は更に減り、物寂しくなりました。相変わらず、プリンだけは私と共にいます。
ドアを開けっぱなしにする人は田中家にはもういません。
当たり前ですが、陽子さんも私が田中家に着任してから歳を取り、老いていました。
清さんにも光太郎君にも作る料理はなく、ただ一人、陽子さんだけが生きるための食料だけを私は管理します。
しかし、私の寿命も近いようです。
そして、この田中家にも終わりが近づいていました。
私はただ、陽子さんだけが心配でたまりません。私の後任はおらず、引き継ぐ先も知らないまま、私はただ田中家を去ることになりました。
陽子さん、光太郎君、どうかお元気で。

ーー数年後

「お義母さん、今日は私が夕飯作りますよ。」
「いいのよ、たまには作らしてちょうだい。」
陽子は光太郎の妻である由美の制する声を丁重に断る。
「おばあちゃんが来てから、冷蔵庫の中がいっぱいだね。」
そのように笑顔で話すのは孫の光介だった。
「冷蔵庫がいっぱいだと幸せだからね。」
「なんで?」
「お腹いっぱいだと幸せでしょ。冷蔵庫の中がいっぱいってことは幸せがいっぱいってことなのよ。」
「そっか!」と納得する光介と「すみません、お願いします」とお礼する由美。
冷蔵室は沢山の食材で埋め尽くされているが、プリンとビールは常に冷やされていた。
血は絶えないなと嬉しそうに陽子は笑う。

少しして光太郎が仕事から帰ってきた。
田中家が全員揃ったところで料理も完成し、テーブルに並んでいた。
「いただきます!」
田中家は今日も沢山の料理に囲まれていた。

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