おやじパンクス、恋をする。#091
「なんか、よく分かんねえな」
ボンはそう言って、棒状のインセンスを香立てに差し込んで、火をつけた。
やがて細い煙がのぼって、甘い匂いがし始める。
ここはボンが雇われ店長している服屋。駅と問屋町のちょうど間くらいにあるトータル(TOTAL)って店だ。
雄大との電話を終えた俺は、なんかモヤモヤして、何にモヤモヤしてんのかもよく分かんなくて、こうしてボンのところにやってきた。
トータルは、服屋のくせにロードサイドに建ってて、駐車場もある。
ボンが好きそうなパンキッシュなTシャツやらチェック柄のボンデージパンツ、シルバーアクセサリーやベルト、リストバンドなんかが揃ってて、まあどう考えても一般人が立ち寄るような雰囲気じゃない。
だから客はいつも少なかった。今日も、ボンたちのバンドのグルーピーであるガキンチョが数人、店の前でたむろってるだけだ。
「だろ? どうしろってんだよ」
店の一角にあるソファセットで、俺はタバコに火をつける。テーブルの上に置かれた灰皿には、ウジ虫みてえなサイズの小さな骸骨がたくさんついている。ボンは俺の向かいに腰を下ろすと、いい感じにくたびれたベレー帽をかぶり直し、やっぱりタバコに火をつける。つうか前から思ってたけど、タバコOKの服屋っておかしいだろ。
「雄大が俺の店に来てから、そう長くは経ってねえんだぜ。それなのに、もう終わりです、とかってよお」
「雄大って、あいつだろ、彼女の家で会ったぽっちゃりくん。そういや彼、女を集めろとか、店はどうのとか言ってたよな。あれがパーティーのことだったのかも」
「え? んなこと言ってたっけ。よく覚えてんなあ」
「で、どうすんのよ」
ボンはそう言って、ズボンの裾をぐいっと持ち上げて、マーチンの紐を結び直す。顕になった脛には、青白い彫り物が見える。
「どうするもこうするもよ、問題はもう終わっちまってるようだし」
俺は何となく気まずさを感じながら言う。いや別にボンに対してこの件で引け目を感じるこたねえんだけど、なんかさあ。
「てことは、涼介は殴られ損だなあ」
ボンはそう言って笑う。
「お前、そういうこと言うなよ」
ほんとにグサッときた。涼介には確かに引け目を感じる。
「でもまあ、いいんでねえの。そもそもお前には何の責任もねえんだし、涼介だって勝手に乗り込んでったわけだし。だいたい、梶商事が誰のものになろうが、別にどうでもいいじゃねえか」
そう言って、ボンはパシッと膝を叩いて立ち上がると、段ボールに入った真新しい服を検品し始めた。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
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