おやじパンクス、恋をする。#092
ボンはこういうやつだ。俺らの中じゃ一番大人っていうか、さりげなく逃げ道を用意してくれる。
ボンに言われると、なんだか本当にその通りに思えてくる。
そう、そうだよな。俺には何の責任もねえ。梶商事が嵯峨野に乗っ取られようがどうしようが、俺には関係ねえんだ。
そう、関係ねえ。
関係ねえけど……。
「そういや、お前が欲しがってたガーゼシャツ、来週入ってくるぜ」
ボンは早々に話を変えて、束になった写真をペラペラとめくった。展示会で撮ってきたんだろう、写っているのは確かに俺の好きなブランドの服だ。
気の早いアパレル業界は、夏前にはもう秋冬の展示会をやる。これから本格的に夏到来!という時期に、長袖のシャツを予約するってのも変な話だけど、ガーゼシャツは人気があるから、早いとこ確保しとかねえと買いそびれる。
「そうか」俺は呟くように言って、ボンの肩越しに写真を覗きこんだ。けど、なんかじっくり見る気にはなんなかった。チラッと確認して、「Mサイズ一枚、取っといてくれよ」と言った。
そろそろ涼介にバイクを返さなきゃいけねえ。いや、別に何時に返すだなんて約束はしてねえけど、なんだか早くここを出たいような気分だったんだ。
「じゃあ、行くわ」
俺はエントランスの方に歩いていった。
その時には、俺は妙な惨めさを感じていた。
ボンに、お前の責任じゃない、お前には関係がない、だから気にすんなよって言ってもらえたのに、今の俺はここに来る前よりもっと強いモヤモヤを感じてる。
「よお」
トライバルな模様が描かれた自動ドアの手前で、ボンの声が聞こえた。
「なんだよ」
首だけひねって振り返ると、ボンは写真をパラパラしたまま、「ゲームだよ、ゲーム。ロールプレイングゲーム」と、言った。
「はあ? 何のことだよ」と俺。
ボンはチラッとこっちを見て、照れたように笑う。ボンはタバコをゆっくり吸って、少し考え、言う。
「勇者がよ、大魔王を倒す。RPGつったらそういうもんだろ」
「だから、何のことだよ」
俺はいよいよ分からなくて、体ごと振り返る。
けど、ちょっと分かってもいたんだ。
つまり、ボンが俺に言おうとしてることがさ。
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
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