おやじパンクス、恋をする。#015
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
「はいはい、なあに?」
「あのマンションってさ、分譲?」と向かいのビルを指さす。
「あのマンション? ええ、たぶん分譲よ。ずいぶん古いけどねえ」
涼介がニヤリと笑ったのが分かった。何考えてんのかは分かんなかったけど、まあ、とりあえず飯だ。思えば昼間っから飲んでばっかで、コンビニのおにぎり以外何も食ってねえ。
胃の中は大量のビールでパンパンなんだが、不思議なもんだよな、腹は減るんだ。いやむしろ、酔っ払えば酔っ払うほどバカ食いしたくなるっていうか、まああれだな、いわゆるマンチーってやつだ。
俺はチキンソテー、涼介はナポリタン、ボンとタカはいつも通りハンバーグ。まあ、なんていうか、可もなく不可もなくって感じで、感動もない代わりに失望もしない、ファミレスとそう変わりないレベルの料理だったけど、別に文句もねえ。そもそも、俺の目的としていたマカロニグラタンはなかったわけだしな。
俺たちは黙々とそれを掻き込んだ。まあ、見た目通りの味だった。いや、わざわざバスに乗って来るほどの店じゃあねえよ、実際。
「あー、食った食った」と言ってボンがでっけえゲップをする。
「ここビールねえのかな」とタカがメニューを裏返して見る。おいおい、まだ飲むのかよ。
そしたら意外にも涼介が、カシャンとジッポを閉じながら「いや、もうやめとけよ」なんて言う。
「あん? なんでだよ」思わず俺が口を挟む。
いや、実際のとこ、俺たちは飲み過ぎだよ。ライブ会場で缶ビールやらチューハイやらをガバガバ飲んでんだ。もうやめといた方がいいのは間違いない。ホント、こんな生活を続けているからガンマGTPが二◯◯とか超えちまうんだ。
「なんでって、足元フラフラじゃ格好つかねえだろ」
「なんだそれ」
俺は涼介が何言ってんのか分かんなかった。ただニヤニヤしてるだけでそれ以上説明しねえし。
ただまあ、いつも通りと言えばいつも通りだ。涼介って奴はなんていうか、こういう変な野郎なんだ。
いつも一人で悪巧みして、タチの悪いことに、無理に聞き出そうとするとへそを曲げやがる。だから俺もそれ以上は追及せずに、ボンとタカが話してる「なぜ一夜明けたビールの空き缶はあんなにも臭いのか」というどうでもいいバカ話に加わった。
しばらくしたらチリンチリンつって扉が開いた音がして振り返ると、水色の作業服来た四人組が入ってきたところだった。慣れた感じで、入り口脇にある棚から新聞やら雑誌やらを手にとって、こっちに近づいてくる。
そのうち先頭にいた若い兄ちゃんが俺たちに気づいて、ギョッとした顔つきになった。
まあ無理もねえ。きったねえ革ジャン着たオッサンパンクスに対する反応としては、しごくまっとうだ。だいたい、俺らはこういう態度には慣れてるもんで、別に嫌な気になったりしねえ。むしろなんつうか、驚かせちまってゴメンな兄ちゃん、てな感じでさ。
まあ、じゃあ行くかつって、相変わらずダンマリ決め込んでる涼介の方を見ると、その顔のニヤニヤがさらにすごいことになっていて、さすがの俺もゾッとした。
「お前、快楽殺人者の役とかやったら、なかなかいいんじゃねえかなあ」ボンが真面目な口調でそう言って、タカも「ああ、快楽殺人者の役とか合ってるかもなあ」と同意する。
「バカなこと言ってねえで行くぞ」って俺は席を立った。
こういう社会不適合者は、用事がすんだら早々に立ち去るべきだ。ボンとタカが先に出口に向かっていって、俺もその後をついて行こうとした。だけど、涼介がまだ立たねえわけだ。いい加減頭に来たんだけど、ふと、涼介がニヤつきながら見ているその視線の先が気になった。
つまりはあれだ、窓の外。
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