おやじパンクス、恋をする。#021
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
「だからあんたとこいつが友達なんじゃねえのかってさっきから言ってるじゃねえか」
声を荒げる涼介にボンが、「そんな風に押さえつけてたら顔が見えねえじゃねえか」と冷静に言って、「ああ、それもそうだな」と、その細っこい腕のどこにこんな力がって思うような怪力で俺は襟首を引っ張られ、要するに首元を引っ掴まれた猫みたいな情けねえ体勢で、部屋の中をまっすぐに見ることになったんだ。
とつぜん舞台に引き上げられた俺は、視界の中央を占めていてどうにも無視できない彼女を、モロに見た。
でも、人間の意識って面白れえもんだよな、次の瞬間、まるでエロビデオのモザイクみてえにその姿がボヤけて、代わりにその背景、つまり短い廊下とそこにかかった暖簾、その向こう側に見える赤い座椅子と小ぶりなベッド、そして、そうだ、ここが間違いなくあの部屋なのだと伝える赤いカーテンと、その隙間からかすかに見えている、あのレストラン。
俺はさっきまで自分たちがいた向かい側のビル、同じ五階の窓の中に、イソイソと動いているあのおばちゃんの姿が見えていた。
「ちょっと、あんた……」
一メートルと離れていない所から聞こえた声に、映像を逆再生するように、俺の意識はワンルームマンションの狭い玄関先に引き戻される。
窓の中のおばちゃんが恐ろしいスピードで遠ざかっていき、代わりにそこに現れたのは……四十三にはとても見えねえ、いや、あの中学生だった頃とほとんど変わらねえくらいに見えたんだから、さすがにこれは俺の思い出補正かもしれねえが、とにかくさっきレストランで彼女の話をしてから頭の中で繰り返し想像していた彼女のイメージが、現実の彼女にシールみてえに張り付いてるようだった。
俺はその、眼前に立つ、色白の、ちょっとハーフっぽい女を、見てた。
間違いなかった。
そこに居たのは間違いなく、当時の俺の唯一の友達、ずっとあのレストランからのぞき見てたあの彼女、あの夕焼けの日、臭えドブ川沿いの道路で一度だけ話した、彼女だったんだ。
「ああ……」
俺の口から、情けない溜息が漏れた。情けねえ上にキモい溜息だ。まるでアイドルに恋するオタクみたいな。
だけど彼女は嫌がったりしなかった。
むしろ、それまでの厳しい表情――そりゃそうだ、突然涼介みたいな輩に突撃されたら誰だってこんな顔になる――がみるみる和らいで、皺の浮きかけた、だけど四十三にはとても見えねえ柔らかそうな頬を緩めて、パッと笑ったんだよ。
今度は溜息どころか、一発でイッちまいそうな笑顔だった。
ただ呆然と彼女を見ているだけの俺――ヨダレくらいは出てたかもしれねえ――に、彼女はやがて耐え切れないといった感じでプッと吹き出すと「なあに、それ」と俺の頭を指差した。
「え、何が?」
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