おやじパンクス、恋をする。#022
この小説について
千葉市でBARを経営する40代でモヒカン頭の「俺」と、20年来のつきあいであるおっさんパンクバンドのメンバーたちが織りなす、ゆるゆるパンクス小説です。目次はコチラ。
俺は思わず頭をゴリゴリと撫で回した。
先週床屋で刈ったばかりだから左右の毛もジョリジョリと気持ちがよく、自慢のモヒカン――オレンジ色に染めたトサカ――は滑らかにウェーブし、吹き込んでくる風に揺られている。
俺はこの髪型をこよなく愛しているし、今はこれ以外のスタイルなんて考えられねえ(まあ、実際のとこ三ヶ月前までは腰に届くくらいのロン毛で、同じように「これ以外のスタイルは考えられねえ!」って言い張ってたんだけどな)。
でも、とはいえ、そうだよな。こりゃどう考えても「一般的」なヘアスタイルじゃねえし、驚くのも無理ねえよ。
しかも、彼女の知っている俺ときたら、あの真面目な、暗い、いつも俯いて長い前髪で顔を隠してるようなヘタれたガキなんだ。あれから三十年経ってるったって、俺がこんな髪型してるなんて夢にも思わなかったんだろう。
「ああ、これね、いいだろ」
俺は、よく分かんねえけど照れながら言った。
「いや、別に褒めてねえだろ」相変わらず無慈悲な涼介。
まあ、とにかく俺は完全に、彼女が「あの彼女」だってことを確信していた。三十年の月日なんてなかったことになるくらい、彼女は彼女だったんだよ。
「ずいぶん雰囲気が変わったね。でも、顔はそのまんま」
そう言って彼女はケラケラと笑う。いや、そっちだってそのまんまだよ。でも、よく考えたら彼女の顔を間近で見たのは一回だけだったんだよな。
一度しか見てない彼女の顔。その記憶にこんな自信があるなんて、それくらいあの一回が印象的だったってことだよな。……ところで彼女、いつまで笑ってんだろう。そんなに面白いかな。
「いや、笑い過ぎだろ」俺がツッコむと、「ごめんごめん」と彼女はさらに笑って答える。
「つうか、覚えてんの、俺のこと」
勢いに任せて聞いてみた。
いま思や、「顔はそのまんま」なんて言われてるわけだから覚えてるって事なんだけど、いや、俺だってそれは分かってたんだけど、何て言うんだろう、本当に覚えてるのか、あるいは、どれくらい覚えてるのか、俺はなんだか確信が持てなかったんだよ。
俺の方は、今まで忘れてたとはいえ俺は彼女を「強烈に」覚えていたわけで、その青臭え想いと、彼女の俺についての記憶がどれくらい「つり合って」いるのか、確かめたかったんだよな。
笑い過ぎてなのか、それとも昔を思い出してなのか、彼女は目尻に浮かんだ涙を拭いながら俯いて、「そりゃあね」と言った。
そりゃあね、と来たか。うーん、どうなんだろう。
つうか「そりゃあね」っていうのはつまり「そりゃあ覚えてるよ」て事で、つまりそれってなんて言うか、逆に言えば「忘れられるわけないじゃない」みたいなことじゃねえの?
言葉や態度を自分に都合よく受け取る、ってのは男の特技だよな。俺の中で、彼女にとっての俺は「忘れられるわけがない」くらいに大切な存在だった、ってことになって、俺は自分でもそうと分かるくらいに満面の笑顔になって、「そうか、そうか」なんて言いながら頷いた。
「それは、何つうか、嬉しいな」
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