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【新潟地区】森づくりから始まるコミュニケーションが人を育む

秋の始まりをいたるところで感じる9月の下旬。新潟各地から、そして東京から、総勢50名の老若男女の人々が、収穫の時期を迎えた小さな棚田に集まった。

田んぼの脇を縫うように目的地に向かう
続々と集まってくる参加者

ここは、新潟県上越市にある中ノ俣という集落。NPO法人かみえちご山里ファン倶楽部(以下「かみえちご」)が年間を通じて、お米作りを学ぶプログラムを実施している場所だ。なぜ、市街地から離れた小さな集落にこんなに大勢の人が集まってきたのだろう。


棚田に生まれる一体感

手慣れた感じで支度をする人、「何をしたらいいんだろう?」と少し様子を見ている人、各々が準備を進める中、前で挨拶をする人がいる。新潟県労働金庫(以下「新潟ろうきん」)の人事部アドバイザー石口力さんだ。「ろうきん森の学校」の新潟地区での活動を初期の頃から知り、森づくりや稲作のプログラムにもずっと参加されている。今回は、そんな石口さんはじめとした新潟ろうきんの方々に、「新潟ろうきん」から見る、森の学校の活動の意味や魅力について伺った。

石口力さん
刈った稲をまとめるための藁を腰につける


作業内容の説明が終わると、慣れた参加者は散り散りになり持ち場についた。今回は、稲を刈り、刈った稲をまとめ、ハサがけをするという、稲作の年間の作業の中でも田植えと並ぶメインの作業を行う。稲刈りがはじめてという人には、かみえちごの渡邉さんが手順を丁寧に説明する。ひょいっと簡単そうに、刈った稲を藁でしばっているが、実際にやってみるとこれがなかなか難しい。

稲をまとめるやり方を教える渡邉さん

稲を刈る人、刈った稲をまとめる人、稲を運ぶ人、慣れないながらも分担しながら作業を進めていく。ザクッザクッと刈る感触は新鮮で心地よい。泥の中を進むのは一苦労だが面白い。見ず知らずの人たちが、同じ目的に向けて、声を掛け合ったり、協力したりしながら作業していくうちに、稲の束はどんどん積み重なっていく。

分担しながら作業をしていく
まとめた稲を渡していく

作業のクライマックス、稲をハサまで持って行くのに、バケツリレー方式で力を合わせてテンポよく運んでいく。ふと周りを見渡してみると、その場に一体感が生まれているのを感じた。

どんどん運ばれる稲
田んぼからハサまで列が続く


つなぎ姿がよく似合い、場の雰囲気に馴染む石口さん。実は森の学校の活動が始まった当初は手探り状態で、どう参加すればいいのかわからず一歩引いて見ていたそうだ。今の姿からは想像できない。

ハサがけのサポートに入る石口さん

「森の学校の取り組みは知っていたんだけど、まさか新潟でも活動するとは思っていなかったんですよね。最初は傍観者だったんです。でも、少しずつやっていくうちに、『これは社会貢献活動、ボランティア活動に繋がっていくんだ。福祉金融機関らしい活動の一つだ。お客様や会員にもいいことやっていると言える。』と感じるようになったんですよね。」


若手を育てる人材育成の場

今でこそ、そのカラフルなロゴを見ない日がないくらいSDGsの機運は高まっているが、もちろん活動が始まった頃はそんなワードはなかった。SDGsの指針が新潟ろうきんの3本柱に加わったことで、役員の意識も変化していくようになり、次第に森の学校の活動は、SDGsの取り組みとしてもちょうどいいコンテンツだと認識されるようになっていった。さらに、活動の意義はSDGsといった社会貢献だけにとどまらず、人材育成の側面も大きく、そこに期待していると石口さんは話す。

「若手の職員向けに、かみえちごの方に講演してもらって、現地に行って活動してもらうと、その後のアンケートで返ってくるコメントの行数が、普通の業務研修とは全然違うんですよね。SDGsの理解も深まりますし、『地域の人たちがあんなに親切にしてくれると思わなかった』というような声からも、地域の方々との距離が縮まっているのを感じます。」

「地方の金融機関として職員に強く言っているのは、『地域との連携強化とは簡単に言うけれど、その前に地域に対して存在を認知してもらわないと生き残れない。』ということなんですよね。なので、かみえちごの方々が、地域との関わりを大事にしているのはとても理解できます。地域でなくなりつつある行事にかみえちごの皆さんが積極的に参加していることも、この組織が守られていく理由だと思います。ボランティアで支えてくれている人たちがたくさんいるんですよね。“なぜこの団体が残っていけるのか”を伝えることが、人材育成につながっていくと思います。」


世代や立場を超えて深まるコミュニケーション

組織として活動に取り組む意義を、様々な場面で感じてこられている新潟ろうきんの皆さん。実際に作業の様子を見ていると、とても清々しい表情をされている。その表情からは、「やらなければならない」という思いとは別に、そういった作業が好きだという思いも伝わってくる。

高田平野のど真ん中で育ったという総務部の塚田部長
レンズが向けられているのに気づきポーズをとってくださる

今の農業はドローン等も使って効率よく行うので、昔ながらの方法でやるかみえちごの取り組みは、石口さんの子どもの頃を思い出すという。

「稲作も昔ながらのやり方でやっているから、なんだか昭和に戻った感じがするんですよね。田んぼの中に長靴なんか履いて入らなくても、はだしで入って。ハサがけの時に『お前、邪魔だからあっち行ってろ』と言われた時の、夕焼けの風景がよみがえりますよ。」


きっとそこには、オフィスでは見られない姿がある。コロナ禍で減ってしまったコミュニケーションの機会も、森の学校の活動で補える部分があると感じている。新井支店の髙橋支店長は、実際に田植えの作業がきっかけで、支店でのコミュニケーションがよくなったと感じることがあったという。

「春先の田植えの時には、『普段自分たちが食べているお米がどうやってできているのか知ることもいいよ』と支店の職員に話したところ、子どもさんを連れて参加する職員が結構いたんですよ。みんなで泥んこになりながら田植えをしたり、虫を捕まえたりいろんなことを一緒にやることで、お互いの距離感が縮まり、確実に支店内のコミュニケーションも高まってきましたね。」

ご自身でも農業をされているという髙橋支店長

共に同じ作業をすることで、共通の話題ができ、年齢差を超えたコミュニケーションが生まれやすくなっている。それは、“年齢差や上下の立場に関係なく、風通しの良いコミュニケーション活動をしよう”という組織の方向性にもあっているのだという。


子どもたちに伝えたい、金融機関の役割と世の中の成り立ち

さらに、髙橋支店長によると、地域の人たちとコツコツと森づくり活動を継続していった結果、地域の高校生に対しても、金融機関の仕事の別の一面を知ってもらうことにつながったことがあるそうだ。

「2年前に、上越市から高校生向けにろうきんがどんな仕事をしているのか講演をしてくれないかと依頼があり、2つの高校に行ったんです。どんな職場でどんな仕事をしているのかというメインの仕事以外に、森の学校の紹介もしました。『行政や一般企業が収益やコスト面からなかなか手をだせないところにNPOの皆さんがしっかり入って、私たちの生活を支えてくれている。今やNPOがなければ私たちの生活が成り立たないというところまできている。例えば、皆さんが毎日飲んでいる水道水は“くわどり市民の森”に水源があり、そこを管理しているのが<かみえちご山里ファン倶楽部>というNPOの団体であり、ろうきんも<かみえちご>さんと一緒になって水源や森を守る活動を行い、支援をしている。』というようなお話をしました。すると、アンケートで『労働金庫がそういうことをやっているなんてびっくりしました』という感想があったんです。そういった活動を知って、ろうきんの仕事に興味を持ってくれたりしたら嬉しいですね。金融機関は堅苦しいイメージを持たれがちですが、森の学校の取り組みは、先生も驚いていたくらいです。そういうことで世の中が成り立っていると、生徒の皆さんに理解してもらえたんじゃないかと思います。」

まさに、前述の“地域に対して存在を認知してもらう”ことにつながっているのではないだろうか。


地域&NPO&金融機関が結びつける、人と人

今回、稲刈り体験には様々な人々が参加をした。参加のきっかけは人それぞれだろう。農作業が好きな人もいれば、社会貢献活動を意識している人もいるだろう。人に声をかけてもらって参加した人もいれば、この地域の人たちの温かさや雰囲気に魅力を感じて参加した人もいるだろう。きっかけは何であろうと、所属がどこであろうと、感じた達成感や一体感は、皆似たものがあったのではないだろうか。そしてその一体感というのは、「地域とのつながりを大切にしたい」という、新潟ろうきんとかみえちごの共通の思いから生まれたもののように感じる。新潟ろうきんの新入職員の方が、かみえちごでの研修で「地域の人たちがあんなに親切にしてくれると思わなかった」とアンケートで書かれていたそうだが、その“受け入れてくれる”という感覚は実は、かみえちごの方々も地域に入って活動していく中で感じていると仰っていた。そして私自身も今回、同じように快く受け入れてくださる気持ちを感じとった。きっとこの土地では、そうやって人々を受け入れる空気感が受け継がれているのだろう。

新潟ろうきんは今年70周年を迎えられたそうだ。そこで、記念のロゴ漢字として職員募集で選ばれた漢字が「結」だった。偶然にも、かみえちごのロゴにも「結」の文字が使われている。人々を受け入れる気持ちと、地域とのつながりを大切にしたいという思いが凝縮されているようだ。人が人とつながりを深めにくい時代、深めなくとも生きていけると錯覚してしまう時代に、きっとこの「結」は、伝統を誇りに生きる地域の人々、地域を大切に思い活動を続けるNPO団体、そして地域への感謝を忘れず地域との連携を深める金融機関、それぞれが発展していくための礎となっていくのだろう。



【投稿者】ろうきん森の学校全国事務局(NPO法人ホールアース研究所)小野亜季子​

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