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3秒公衆電話

帰り道
立ち並ぶ飲食店から漂う香りと
テイクアウト商品を買い求める人々
夕焼けに染まる空に
真っ白い雲が流れる

夕方なのに茹だるような暑さが続くのは
ヒビの入ったコンクリートが
日中の暑さを抱きしめて離さないからだろう

人の波に乗りながら歩く
小さな書店の前に公衆電話を見つけて
こんなところに公衆電話なんてあったんだと
現代に子供の頃の名残りを感じる

今日は公衆電話の扉が開いていた
こんな暑い中扉を閉めていたら蒸し風呂になるもんなあ
そんなふうに思いつつ
公衆電話を握る彼から目が離せなかった

薄緑の作業着に身を包んだ彼は
70代になる頃だろうか
白髪とシワ、まくられた袖が
疲労と倦怠感を醸し出していた

私が彼を発見してから
少し曇った公衆電話の前を通り過ぎる
たった3秒だった

たったの3秒

彼は握った緑色の受話器をガチャン
通話が終わったようには見えず
数秒の呼び出し音の後に切ったのか
幾度と繰り返すも繋がらず諦めたのか
どちらともわからぬ表情だった

受話器を置くと同時に落ちてくる小銭
40円ほどだろうか
かちゃんかちゃん
落ちてくる銭を2本の指で取り出した

彼は誰に電話をかけていたのだろうか
帰りを待つ妻だろうか
連絡の取れない娘だろうか
お金を貸してくれる誰かかもしれない

携帯電話が普及したこの世界で
公衆電話を手に取る
10円で30秒で話せる内容ではない
彼が話した内容を一生知ることはないだろう

落ち込んでいないのに
落ち込んでいるように見える
どんな状況にいるかもわからないのに
何故か声をかけて励ましてあげたくなる

公衆電話は
不思議な世界の入り口
なのかもしれない

たった3秒で入れる
不思議な世界の
入口かもしれない

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