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本読みの記録(2016)

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ブックレビューなど書物に関するテキストを収録。ブログ「ブックラバー宣言」に発表したものをベースにしていますが、すべての文章について加筆修正をおこなっています。対象は2016年刊行… もっと読む
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2017年3月の記事一覧

源ちゃんゼミの白熱教室!〜『読んじゃいなよ!』

◆高橋源一郎編『読んじゃいなよ! ──明治学院大学国際学部高橋源一郎ゼミで岩波新書をよむ』 出版社:岩波書店 発売時期:2016年11月 明治学院大学の高橋源一郎ゼミで行なわれた「特別(白熱?)教室」の講義記録です。一冊の本を徹底して読み、その上で著者に教室に来てもらって質疑応答するという形式で、哲学者の鷲田清一、憲法学者の長谷部恭男、詩人の伊藤比呂美の三人が登場します。 『哲学の使い方』の著者、鷲田の哲学教室は私には少し退屈でした。が、社会運動に関して述べている以下のく

日本美術的な感性を愉しむ〜『モネのあしあと 私の印象派鑑賞術』

◆原田マハ著『モネのあしあと 私の印象派鑑賞術』 出版社:幻冬舎 発売時期:2016年11月 アートを主題にした小説作品で知られる原田マハがクロード・モネの魅力について存分に語った本です。モネとの個人的な出会いの回想にはじまって、モネの生涯、彼が生きた時代の背景、印象派の美術史的な意義づけなどを要領良く解説しています。 話の内容は、日本の浮世絵からの影響やチューブ入り絵の具の開発と風景画との関連など、毎度おなじみのもので特に斬新な視点が打ち出されているわけではありません。

普遍的な概念でストーリーを語る〜『げんきな日本論』

◆橋爪大三郎、大澤真幸著『げんきな日本論』 出版社:講談社 発売時期:2016年10月 今や講談社新書の名物コンビとなった橋爪大三郎と大澤真幸の対談シリーズ第三弾。テーマは日本史です。当世の風潮に媚びたような安易な書名にはあまり共感できませんが、本書のいう「げんき」とは「自分なりのストーリーを見つけること」。具体的には「普遍的な概念をもって説明」することで「科学的な検証にたえる」ようなストーリーを再発見するという意味をこめています。 社会学者二人による議論なのであくまで「

民主主義に対する諸刃の剣!?〜『ポピュリズムとは何か』

◆水島治郎著『ポピュリズムとは何か 民主主義の敵か、改革の希望か』 出版社:中央公論新社 発売時期:2016年12月 ポピュリズムをキーワードにした政治学の書物にあまりおもしろい本はないというのが私のこれまでの読書体験から得てきた管見です。おしなべて、手垢のついた用語に恣意的な語釈をあてはめたような大味な論調という印象が拭えませんでした。 本書はタイトルどおりまさにポピュリズムを真正面から考察した本。結論的にいえばそれなりに勉強になりましが、既刊の類書と同じく疑問も残る一

権力企業が支配する暗黒世界!?〜『植民人喰い条約 ひょうすべの国』

◆笙野頼子著『植民人喰い条約 ひょうすべの国』 出版社:河出書房新社 発売時期:2016年11月 「ひょうすべ」とは九州に伝わる妖怪。「河童の仲間」と言われているらしい。けれども本書に登場する「ひょうすべ」はその妖怪とは無関係。「表現がすべて」略して「ひょうすべ」。というと言論の自由を守っている良いものみたいですが、実際は違います。 ひょうすべとは「逆に報道を規制してくる存在」で、しかも「芸術も学問も、売り上げだけでしか評価しないで絶滅させに来る、いやーな存在」で、「世界

国家の失敗を解決する道筋〜『憲法という希望』

◆木村草太著『憲法という希望』 出版社:講談社 発売時期:2016年9月 憲法学の対象は一般に「人権論」と「統治機構論」の二つに大きく分かれています。これは立憲主義の目的が人権保障と権力分立に分類されるのに応じたものらしい。本書では、前者のケーススタディとして婚外子の相続差別や夫婦別姓訴訟、後者では辺野古基地建設の問題をそれぞれ憲法学の観点から考察します。その前段に立憲主義の概説がおかれ、後半には国谷裕子との対談が収録されています。 夫婦別姓を認めない現行制度の問題は、女

浪花はシネマの都だった!?〜『大阪「映画」事始め』

◆武部好伸著『大阪「映画」事始め』 出版社:彩流社 発売時期:2016年10月 日本で映画の都といえば、京都や東京を想起する人が多いことでしょう。実際、この両都市と映画との関わりについてはすでに多くの言及がなされてきました。けれども大阪だって映画の黎明期においては重要な場所だったのです。 大阪は日本で最初にスクリーン投影式の映画興行が行なわれたところだというのは一部の映画ファンには知られている事実ですが、著者はそれ以外にも映画にまつわる「事始め」を発掘しました。 活動弁士

モラル・サイエンスとしての〜『経済学のすすめ──人文知と批判精神の復権』

◆佐和隆光著『経済学のすすめ──人文知と批判精神の復権』 出版社:岩波書店 発売時期:2016年10月 日本で「制度化」された経済学は「数学の僕」と成り果てながら人文知の欠如と批判精神の麻痺を招いた。今こそ文学・歴史学・思想史を学び、経済学を水面下で支える思想信条に基づく批判精神を培わねばならない……。本書がすすめる「経済学」復興の内容を要約すればそのようになります。 そもそも科学が「制度化」されるとはどういうことなのでしょうか。佐和は「科学の制度化」のための必要十分条件

苦い現実を直視して考える〜『「戦後80年」はあるのか──「本と新聞の大学」講義録』

◆一色清、姜尚中、内田樹、東浩紀、木村草太、山室信一、上野千鶴子、河村小百合著『「戦後80年」はあるのか──「本と新聞の大学」講義録』 出版社:集英社 発売時期:2016年8月 朝日新聞社と集英社による連続講座シリーズ「本と新聞の大学」第4期の書籍化。現代思想、憲法学、社会学、財政金融論の立場から、戦後70年の今が抱える問題と未来への展望を考えるという趣旨です。 内田の〈比較敗戦論〉は、白井聡の『永続敗戦論』を下敷きにして他の「敗戦国」の戦後のありようを問いかけたもの。そ

〈災後〉の社会を生きていく〜『日の沈む国から 政治・社会論集』

◆加藤典洋著『日の沈む国から 政治・社会論集』 出版社:岩波書店 発売時期:2016年8月 日本の戦後を考えるとき、国内的文脈と国際的文脈とのあいだにはズレがあります。さらに東日本大震災とそれに伴う原発事故の後、「災後」の問題が浮上してきました。加藤典洋の認識に従えば、災後の社会はそれ以前の社会とは異なった思考が求められているのです。それは端的にいえば「有限性」をめぐる問題です。戦後は終焉したが、災後の社会をいかに生きていくのか。本書はその問題を構想した一連の文章を中心に収

作家を買い、時代を買う〜『現代美術コレクター』

◆高橋龍太郎著『現代美術コレクター』 出版社:講談社 発売時期:2016年10月 精神科医である高橋龍太郎は現代アートのコレクターとしても知られています。草間彌生、森山大道、会田誠、山口晃、村上隆、奈良美智、横尾忠則、森村泰昌などなど所蔵作品は約2000点。高橋コレクション展は独立の企画展として何度も開催されているほどです。 高橋はアート作品を購入する喜びを率直に書きしるします。初めて草間彌生の作品を買ったときにはひとつの絵が自分を「祝福」し「興奮」を与えてくれたと述懐す

時代精神を表現した文書として〜『文学部で読む日本国憲法』

◆長谷川櫂著『文学部で読む日本国憲法』 出版社:筑摩書房 発売時期:2016年8月 憲法を時代精神を表現した文書として捉え、それを文学テクストに向かうように読み解いていく──。本書は俳人の長谷川櫂が東海大学文学部文芸創作学科で行なった講義記録をもとに編集した本です。 古事記や万葉集、夏目漱石や司馬遼太郎を引っ張り出してくるあたりは、なるほど文学部的な読みかもしれませんし、時に憲法をキャラクター化したような表現も面白いといえばおもしろい。 日本国憲法前文の第一段は、憲法起

ハーモニーを生きる〜『ピアニストは語る』

◆ヴァレリー・アファナシエフ著『ピアニストは語る』 出版社:講談社 発売時期:2016年9月 旧ソ連からベルギーに亡命し、活躍を続ける世界的ピアニストが講談社現代新書のために語りおろした記録。アファナシエフは文筆家としても知られ、2001年に和訳版が出たエッセイ集『音楽と文学の間』はとても面白く読んだ記憶が残っています。 本書では、第一部で旧ソ連からベルギーに亡命するまでのドラマティックな半生を振り返ります。第二部ではベートーヴェンへの新たな挑戦を具体例として、近年の演奏

安全・安心神話づくりの舞台裏〜『原発プロパガンダ』

◆本間龍著『原発プロパガンダ』 出版社:岩波書店 発売時期:2016年4月 地震大国・日本で多くの国民が原発推進を肯定してきたのはなぜなのでしょうか。国民の無知や無関心ということで済ませていい問題とも思えません。その問いに対して本書は明快に回答を与えます。──電気料金から得た巨大なマネーを原資に、日本独特の広告代理店システムを駆使して実現した「安全神話」と「豊かな生活」の刷り込みがあったのだと。 本書では原発推進のための一方的な情報の流布を「原発プロパガンダ」と呼び、その