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ただ、恋をした夏。

絵の具を撒き散らしたが如く、ビーチが鮮やかな色に埋め尽くされる…。夏が来た。
安岡夏希。26歳、バリバリの独身。
やっとッ。俺の季節だッ!
「ああ…。幸せだなーッ。俺ッ。君達の水着姿を見られただけで、今日は最高の一日だよッ。はい。おまちどおさまッ。かき氷イチゴとメロンね。」
身を乗り出しウィンクをして、渡す。
小麦色の肌に、布をこれ以上はケチれないって程、露出度の高いパステルカラーの水着ッ。
茶髪の髪は、ロングでクルクルのデジパーだ。
もろ、コギャルッ。
時代遅れと言われようが、最高だねッ!どっちも可愛いなぁ…。
「えーッ。女の子全員に言ってるんでしょーッ?チャラいなー。お兄さんッ!ハハッ。」
「ナンパッ?でも、お兄さんなら良いかもー。私。タイプッ。ハハハッ。」
カーッ。良いねぇーッ!二十歳は超えてるかい?
なんてねッ。これだから、夏。最高ッ!
今すぐに、インスタ交換でもしたい所だが…。
待ってるお客様が多すぎて。駄目だ…。
「ハハッ。明日も、俺を幸せにしてねッ?待ってるよーッ。有難うッ。」
投げキッスをして、ピラピラと手を振り眼福ちゃん達を見送った。
キャーキャーと、はしゃぎながら帰って行く。
可愛い、お尻だなぁーッ!ハハッ。
「はいはいッ。夏希さん、焼そばあがってますからッ。サッサと持ってってよッ!全くッ。鼻の下伸ばしてる間に、焼そばがのびちゃうよッ!」
バンッ!テーブルに焼そばを置き、顔を顰める。
上手いッ。座布団一枚ッ!ウフッ。
真面目人間で少々、憎たらしいコイツが大学生バイトの、山浦秀樹こと、秀だ。
今、居がちな草食系?顔は良いのにねぇ…。
何故、海の家のバイトに?と、訊きたい程、無愛想なんだからッ。秀は。
「ああーッ。重っ!暑ぃーなッ。腹減ったぁー!もう一往復だなッ。ヨッシャーッ!」
ビールの箱を重ね持ち、ガラガラと氷水の中に入れていく。
真っ黒に日焼けした、爽やかなスポーツ系の高校生バイト。中田遥こと、サーファーのハル。
笑顔に光る歯が眩しーッ!
バイト前や終わりにサーフィンをする。
ハルは海の家を選んだ訳は解るよな…。
体力仕事は殆ど彼にお任せで、超助かっている。
ほら…。色男って力と金は無いって言うじゃん?
チャラ男も同じだよ。てへッ。
親の営む民宿で毎年夏には出店している海の家。
この店は、勿論ッ。俺の担当。
一年の中で唯一、楽しみにしている仕事なのッ!
だってぇー。女の子が水着なんだもんッ。
それだけでも、毎日がパラダイスさッ。
俺的には、コギャル系が好みなんだけどね…。
色白の黒髪、シックなビキニの大人女子軍。
うーんッ。これ又、良いねぇー。
「お待たせ致しました。はあ…。目に毒だなぁ。お姉さん達の、大人の魅力に仕事が散漫になりそうだよ…。俺。」
焼そばを配りながら、頭を振った。
「フフッ。可愛い事を言うわねッ。思わず、甘やかしたくなっちゃうッ。」
うわッ。堪んないねぇーッ。今、直ぐにでも、ルームナンバーを…。
「夏希さんッ。もーっ。早く、帰ってよッ!」
秀が鬼の形相で叫んでいるよ…。
「あーあッ。甘えたいのにぃー。鬼軍曹がウルサいから…。又ねッ。明日も、待ってるよッ!」
又、ウィンクをして、手を振り、走り出す。
店の前は大混雑だッ。
「ゴメンねぇーッ。ええーッ!君達みたいな可愛い子が待ってるなら、空を飛んで戻れば良かったよッ!俺。」
「もーっ。調子良いなッ。私、ビールと焼そば。」
「ハハッ。本当ーッ?私、ビールとおでんねッ!」
キャーキャーと、お互いを叩き合って笑っている。
嘘か?本当か?なんて…。
この季節だけは関係ないんだよねぇ。
焼け付く様な日差しに、果てしなく広がる海が…。来る人々の心を自然に高揚させる。
まだ薄い日焼けの素肌に、これから始まる夏の恋を予感させるんだ…。
嘘さえも…真実にさせる様な恋をね。
「まあッ。しゅてきッ!新しい水着かな?」
おちびチャンにも声を掛ける。
「うんッ。まあね。ママとお揃いなのよッ。イチゴのかき氷を下さいなッ。」
おちびチャンは、おませな口をきき。
自慢そうに無い胸を反らした…。
「とても、似合ってるよッ。はい。大盛りねッ!」
小さな手にしっかりと持たせたが…。
「お兄ちゃんも、チャラいアロハがお似合いよッ。有難うッ。」
ええーッ!凄い褒め言葉じゃんッ。参るねッ!
「アハハッ。嬉しいな。又、明日ねッ。バイバイ!」
後で待つ、JC?軍がクスクス笑っている。
「良いねぇーッ!箸が転んでも楽しい歳だッ!彼氏は?もう、出来たの?ここにも、彼女募集中君達が居るから、宜しくねッ!ハハハッ。」
立ち働く、秀と、ハルを指して言った。
だって…。俺が手を出しゃ…犯罪もんだッ。
キャーキャー笑いながら。注文をして…。
意外と真剣に…。秀やハルをガン見していた…ッ!
そうなんだよね…。二人ともモテ系男子だもんな。
「その、饒舌な口の体力を他に活かせば、もっと仕事が捗りますよッ。きっとねッ!」
相変わらず、仏頂面で秀がパックの焼そばを置く。
お前は…。夏だと言うのに…愛想を家の冷蔵庫にでも忘れてきたのかい?秀ッ。
「えー。そーっすか?俺が女なら、夏希さんに惚れてるなぁ。俺は好きですッ。」
ハ…ハル?ストレートだろうね?君…。
ハルの言葉が聞こえたのか…?待ちのJK軍が…。
ギャーギャーッ。と叫び、喜んだ…?
何となく…だけど、解るよ。
腐女子じゃなくても、チャラ男と爽やか系男子の絡みなんて…。萌、一角だよね…?ハハ…。
草食系無愛想男子も混ぜた三角関係で、コミケに一冊…。違うッ!
5時も過ぎ、店を閉めていると…。
「ようッ。夏希ッ!今晩は暇かッ?」
飲み友達の幸哉が声を掛けて来た。
地元の観光協会に勤めている。
同級会でも、飲み会でも、全ての纏め役。
学生時代は生徒会長だったしね。
「飲み?一旦、ここを閉めて、宿に顔出すけど…。」
実家の民宿に顔を出して、様子をみないとな…。
「いや。軽い合コンなん…」
「暇ですッ!幸哉君ッ。俺、行きますよッ!死んでもッ。ヤッターッ!夏の初合コンッだよ。」
くいぎみ即答です。はい。
「ハハ…。じゃあ、モモで7時からだからね。おい。ちゃんと、民宿に顔出してから来いよッ?合コンは逃げやしないからなッ。」
流石は観光協会の発言だな…。幸哉。
「解ったよッ。じゃあ、後でねッ。」
夏で上がってるテンションが益々、アゲアゲだッ!
急いで家に帰り、シャワーを浴びて速攻で合コンと思いきや…。
思いの外、民宿が忙しくなり、海の家の明日のおでんが途中までしか出来ていないッ!
ブツブツ言いながらも、割り箸にガシガシと具を刺していく。
意外と偉いんだよ。俺。
30分程、遅れてモモに飛び込んだ。
「夏希ッ!こっち、こっちッ。」
幸哉が俺に気付き、立ち上がり手を振った。
俺の仲間が六人に、女の子も六人。
空いている端の席に腰を下ろして…。
「遅れて、ゴメンねぇーッ!夏希でーす!」
友達同士だと言う女の子達が一通り、自己紹介をしてくれた。
良いねぇーッ!キラキラネールの可愛い子有り、受付嬢の綺麗な子有り、スポーツインストラクターの見事なプロポーション有りで、目移りし放題ッ!
だが…。30分の遅れは痛かったッ。
幸哉…合コンは逃げないかもしれないけど…さ。
皆がもう和気あいあいと話しに花を咲かせる中…。俺の隣に座って居るのは…。
やっぱりなッ。お決まりの、余り物の地味子ちゃんだよ…。
俺好みの派手ギャルでも勿論。なく、然りとて…。キリリと眼鏡の秘書系美人でもない。
一番。中途半端?な…。ただ、ひたすらに、地味なタイプの女の子。
何故か、必ず一人は居る。「どうして、この子が合コンなんかに?」と、訊きたくなるタイプ。
そして…。俺を持ってしても、一番ッ。話し掛け辛いのも、この手の女の子だ…。
大概、この手の子が頼んでいるのは…やっぱりッ。
酒なのかジュースなのかハッキリしない、変な色のサワーだよなッ?
あーあ。おでんなんか刺してる場合じゃなかったなぁーッ!俺。
頼んだ生ビールをヤケ気味に煽りながら…。
「はぁ…。」 溜息が出る。
目の前に、スッと、お皿が置かれた。
見ると、一番端に座った俺から遠い場所の料理が…一口ずつ、綺麗に盛られている。
「あ…有難うね。」
俺は、微笑み言った。
「いえ。」 
ボソッと下を向いたまま地味子ちゃんが言い…。
サワーをチビチビと飲んでいた。
腐っている場合じゃないな…。合コンを盛り上げるのも、男の使命だッ!
「それ、何飲んでるの?」
話し掛けられるとは思わなかったのか…?
彼女はビクッとして…。
「カ…カシスソーダ…です。」
と…。横顔でも解る位、カシスと同じ色に顔を染め、ボソッと答えた。
「それって…。甘いんでしょ?」
下を向き…何気に背けているので、正面が余り見えない顔を、一応、覗き込んで訊いた。
「あ…。余り、お酒飲めないから…。甘くないと、飲めないの。に…苦いでしょ?ビールって。」
益々、赤くなり…。手にしたカシスソーダをひたすら見つめて、やっとの思いで答えていた。
うーん。やっぱり…。美人や可愛いとは…言いかねるなぁ…。
化粧っ気の無い、薄らとソバカスがある肌に、お世辞にも高いとは言えぬ鼻…。大きくもなく、黒目勝ちでもない、ただの?目に、口角が上がってる訳でもなく、プルンともしていない唇…。
何処をとっても、褒めようもなく…。
女として見るには…まるで魅力を感じない…。
この後、あわ良くば誘って…?などとは、微塵も思えないなッ。
この女を抱く妄想がまるで浮かばないッ。
「ハハッ。ビールが苦いなんて感じたのは…。もう思い出せない程の昔だな…。ああ。でも、体調が悪いと、不思議に苦い…ってか、不味いかな。」
ああ…。今も少し…苦いかも?訊かれたせいかな?
「へー。羨ましいなぁ。私もせめて飲めれば…。」
ん…?ああ…。照れているだけじゃないんだ…。
カシスソーダごときで、酔って、赤くなっているんだね…?
俺に話し掛けられて…?なんて考えたのは、少し…ナルだったかな?ハハ…。
「仕事は?何をしてるの?」
他から聞こえてくる、陽気な笑い声を苦々しい思いで聞きながらも、話す事が無いから訊いた。
「老人ホームで働いてるの。」
合ってるぅーッ!ハハハッ。
余りに、彼女に似合い過ぎる職業に、笑みが溢れていた。
しかも、少し酔いが回ったのか?
押し出す様にしていた言葉がスムーズに出る様になってるじゃんッ。ハハッ。
飲まなくても、意外とパクパク食べるんだ…?
「へー。大変な仕事だよね?体力的にも…。」
全然ッ。彼女には感じなかったが…。
属に…。世間一般では、色っぽいと言われる、薄ピンクの頬を通り越して真っ赤になった顔を、やっと俺に向け…。
「楽しいよ。とても、楽しい仕事。フフッ。」
彼女は笑った。
うーん。酔った笑顔さえも…。やっぱり…。微妙。「へー。良く、大変だって話しを聞くけどね…。」
俺は届いた、新しいビールを飲みながら…
まだ、半分以上も残る彼女のカシスソーダを見ていた。
良く、そんな量で酔えるよな…?
真っ赤な彼女は…。
「人は…知らないけど…。私は楽しい。今…。私の担当の方達…。一人のお婆ちゃんを二人のお爺ちゃんが取り合ってるんだけどねッ。凄いの二人とも積極的でッ。お婆ちゃんがタジタジで…。フフッ。」
おい…ッ。顔だけじゃない…なッ。話しも微妙…。
何か楽しいかいッ?今のジジイとババアの話し…?
仕事が大変か訊いただけだよな…?
普通は仕事の愚痴になり…。
「俺が疲れを取ってあげるよッ。」 
で、終わる所だろ?
ジジババの情報…。要らねぇーッ…。
「へー。凄いねぇ。良い歳?って言うのも変な感じだけど…。男はいつまで経っても狩人で居続けるんだな…。頭が下がるねッ?そのお爺ちゃん達には。ハハ…。」
楽しくも、可笑しくもないが…。
生まれ持っての調子の良さで、答えた。
益々、真っ赤になった彼女は…。
「フフッ。お婆ちゃんがね。朝、御飯を食べに来るのを見てから、わざわざ同じ色の服に着替えにいくのッ!フフッ。それを見て、もう一人のお爺ちゃんも、慌て着替えに行くのッ。笑えるでしょー?可愛いねーッ?フフッ。」
うーん…?それが、10代の可愛い女の子なら可愛くて仕方がないがッ。
別に可愛くでもないし、やはり可笑しくもない…。
しかも、この人。酔っ払ったんだね…?
その後も、クソ詰まらないジジババ話しが続いた!
周りを見たが…。他を狙えそうな感じもなく…。
諦めて…。地味で真っ赤な顔をずーっと見ていた。
話しが一つ終わったらしく、フフッ。と、又笑いながら…。
調度、殻になった俺の皿を取り…。
今度は、俺の好物だけを取り分け、盛った。
自分も盛って食べ始める…。いやいや…。食うね!
食いっぷりだけは、派手だよ。顔は地味だけど…。
又、目の前に置かれた皿に…。ただ…
「有難うねッ。」
と、繰り返して言った。
「それでねぇー。」
ええー。まだ、聞くのかい…?俺。老人話…。
「うん。それで?」
仕方なく頷きながら…。
腹は減っていたので、盛られた好物と…。一時間以上も見続けて、今だ。萌えポイントが一つも無い。真っ赤な顔をつまみに、酒を飲んでいた。
その内、やっと合コンがお開きになってくれた。
勿論ッ!俺は、彼女を次に誘う事など無く。
名前さえも思い出せないままに、仕方なし早々、家路に着いた。
良いや。明日も水着のギャルが俺を待ってるぜッ!
などと思いながら、シャワーを軽く浴び、布団に入った。
老人ホームの話しが詰まらな過ぎ、顔を見過ぎたのか…?
目を閉じて浮かんで来たのは、今日、店に来た水着のコギャル達でも、大人女子達でもなく…。
詰まらない話しを楽しそうに、続けるソバカスの酒に酔った真っ赤な地味顔だった…。
おいッ。何処まで、俺に迷惑を掛けるんだい…?
うなされそうだ…。

「今日も暑いねぇーッ!俺のハートもヒートアップしそうだよー。君達の水着姿にねッ!」
朝から、又、ウィンクをして陽気な一日が始まる!
「仕事も早々に、ヒートアップしてますよッ。早く手を動かして下さいッ!」
朝から、顰めっ面の秀が言う。
今日は愛想を冷凍庫にでも忘れて来たようだ…?
「あーあッ。朝っぱらから、こんな、苦ッ不味いモノを良く、飲む気になるよなッ。重っ!」
無限に減り続けるビールをガラガラと氷水に補充しながら、ハルが文句?を言った。
出たよ…。ビールが苦いヤツがここにも居たか…?
ああ…。ハルはまだ、高校生だった!
一緒に働いてなんかいると忘れるよなッ。失礼。
キャーキャーと騒ぎながらJK軍団?のお出ましだ。
「おーッ!働いてるねッ?ハル。かき氷、大盛りにしてよッ。私、ブルーハワイッ。」
へー。ハルの学校の友達か…。
今のJKは可愛いねぇーッ!年齢が解らないや…。
「へーッ。ハルの知り合い?いやーッ。残念だなーッ。俺の好み、どストライクなのにぃーッ!」
本当、皆、派手可愛いな、気合いを入れてお洒落してるって感じ?
頑張っちゃうんだよね…。この位の年頃って!
ん…?やっぱりッ。一人は居るんだな…?
一人だけ、黒髪のスッピンで露出度低めの地味水着姿…。周りに流されないって感じの子。
ナンパされても、一人だけ、あぶれそうだな…。
この前の子と同じで。ハハ…。
「ハハハッ。お兄さん、ノリが海の家の人って感じッ。私、年上狙いだからッ。宜しくぅ。イチゴにするッ!」
いやいや…。そっちが狙ってくれても…。
俺、捕まりたくないしね…。ハハ…。
「駄目だよッ。夏希さんが捕まったら、バイトが無くなるッ。大人しくその辺の真っ黒に日焼けした、高校男児を狙っとけよ。余分な事、言ってないで、早く、注文しろよなッ!」
ハルが苦笑いで素っ気なく言って…。
「嫌なヤツッ。じゃあ、私もイチゴねッ。フンッ。」
次々に注文が決まる中…。
黒髪ちゃんだけが決まらない。
うーん。これは、いかん。地味で且つ、トロイか?
「み…雅。何にする?」
ハルが黒髪ちゃんに声を掛けた…。んん…?
ええーッ!ハルッ。こんなに上玉揃いの中から、それ狙いかよッ?
明らかに、顔が赤いんですがッ。
「うん…。今、迷ってて…。」
「雅ーッ!かき氷如きで迷うなってば。本当に、いつもトロ臭いんだからー。あんたはッ。ハハッ。」
友達が皆で雅を揶揄う。
「い…良いんだよッ!雅。ゆっくり選んでね!俺はさ、レモンがお勧めだよ?」
ハルが雅に優しく言った。
「ちょ…ちょっとッ。さっき、私に急げって行ったくせにぃーッ。何ッ?それッ!酷くない?」
ねぇー?酷くない?ハル。女の趣味が…。
「ウルサいなーッ。細かいと、男に嫌われるぜッ!」
ハル…。お前の態度が女に嫌われるよ…。
「ハル君。私。レモンにするよ。」
雅が答えた。
ブーッ。ハルの顔ッ!超ウケるんですけどッ。
良いねぇーッ。アオハルだねぇーッ!ハル。
「お…おう。レモンねッ!」
かき氷機の前に居た俺を押して、自分が作り出したよ…。
ギューギュー、手で氷を押している…。
大盛りは良いけど…。
それじゃあ、スプーンが刺さらないぜ…?ハル。
そんな意外なハルを見ながら、ニヤけていた。
「ちょっとッ。夏希さん。キモい顔でニヤニヤしてないで、焼きそば運んでよッ!」
又、アオハルまでも、遙か彼方に置き忘れたか…?秀が怒鳴った…。
キモいってかッ?優しい微笑みだったんですがッ?
コイツにこそ、夏の恋が必要だなッ。
痛い目をみる位の熱い恋がねッ!
チラリと、秀を睨み、焼きそばを手に…。
「フンッ。嫌だねーッ?男のヒステリーはッ。こういう男は駄目だよー。皆ーッ。」
女の子達がキャッキャッ。と笑った。
「あ…ッ。あのねぇーッ!」
まだ、怒鳴りそうな秀に舌を出し…
「怖っ!」
外に走り出した。
しかし…人の趣味って解らないね?
友達の中にも、似合いそうな可愛い子も居たし…。
ハルは、高校生に見えない位、大人っぽいんだ。
OLさんでも狙えそうなのにね…。
あの子なんだねぇ…?
じゃあ、老人ホームの地味子ちゃんにだって、素敵彼氏が出来る可能性が有るじゃん?
良かったッ。
萌えポイントの一つも見つからなかったけど、あんな子には幸せになって貰いたいねぇー。
なんて、思ったりしていた。
俺には、無理だけど…。ハハ…。
お陰で、萌えポイントだらけのコギャルちゃんに、焼きそばを置いただけで、声を掛けるのも忘れちゃったよぉッ!
全く、迷惑な女だッ!八つ当たり半分で砂を蹴り、店に戻った。
眼福に、顔の筋肉が発達する程ニコニコして…?
今日の業務も終了した。片付けをしていると…。
砂浜を幸哉がノシノシと歩いて来る。
別に幸哉のせいではないが…。昨日の合コンを思い出し、怖い顔で睨んでしまう。
「いや…。お前の言いたい事は解るッ。昨日はツイてなかったよな…。そんなお前に朗報だッ。明日の夜、又、合コンが有るよ。今日から言っておけば、お前もなんとか時間に来られるだろ?リベンジ…」
「幸哉ッ。有難うッ!お前は一番の親友だよッ。明日は頑張るッ!俺。」
幸哉の手をにぎにぎしながら、俺は誓った…?
「あ…。ああ、頑張って…?ハハッ。明日は読モやアパレルの子だから、夏希好みの子ばっかりッ!良かったな?今日のうちに実家の手伝い済ませておけよなッ。」
結局は…観光協会さんになるんだね…?幸哉。
でも…。
「嬉しくてッ。涙が出そうだよ。幸哉君ッ。仕事、頑張っちゃうよッ。俺。」
ニヤ…。ニコニコ顔の俺に、呆れ顔で手を振り、幸哉が帰った。
すっかりご機嫌な俺は急いで店を閉め、明日に備えて、おでんの具材などを多目に買う為、スーパーに向かった。
スキップをしそうになりながら、道を行くと…。
目の前から来た女が俺に声を掛ける。
「せ…先日はスミマセンでした…。私…。余り、記憶が無いのですが…。ベラベラと、自分の話しばかりをした様な…?」
ああッ。地味子ちゃんじゃん!
緑の制服?が益々、地味さを引き立たせ?よもや、中年に見えるッ!解らなかったよ…。ハハ…。
「あッ。私、急ぐので。失礼致します!」
又、結局は…自分だけで、ベラベラと喋って…。
走り去った。
暫く、唖然とし、後ろ姿を見ていたが…。
あーあ。急いでるんだろ?何やってんだか…。
横断歩道を渡る、大荷物のお婆ちゃんを助けたと思えば…。
自転車に荷物を載せる爺ちゃんを手伝い出す。
もう、行けよッ。急ぐんだろッ?
俺は、そんな地味子を偉いな。と感じるよりも…。
お前、時間は大丈夫なのか?と、見ていてイライラした。
ああ、もう、見ないでおこう。精神衛生上、良くないわッ。
全くッ。迷惑な女だッ。知ったこっちゃ無いッ!
腹を立てながら、背中を向け…スーパーに入った。
「明日は、俺、夜居ないからね。宜しくッ。」
おでんを刺しながら、家族に振った。
「又、あんたはッ。飲みに行くの?そろそろ落ち着いて欲しいもんだけどね。はぁ…。」
いやいや…。落ち着くには…。まだ、10年も早いだろう?お袋。
「合コンでしょ?どうせ、ド派手な女達とッ。」
ここにも秀、同様。愛想を母ちゃんの腹の中に置き忘れた女が居るよ…。
まあ…。俺に対してだけだけどね…。
「スミマセン!ビール、追加お願いします。」
宿泊客の若い男が声を掛けた。
「ハーイッ!お兄さん、カッコ良いから、一番冷えてるところ出しちゃうねッ!」
ほらな…。血の繋がりは隠せないね。妹よ…?
「どうして、うちの子供達はこうかね…?真面目な人とでも、早く、一緒になって欲しいねッ。」
親父が首を振るが…。
「スミマセーンッ。追加でお刺身を頂けますか?」
可愛い女の子が言いに来たッ!
「は…」
慌て、立ち上がろうとしたが…。
「はいはいッ。一番、新鮮なところ出しちゃうね!」
親父が、素早く立ち上がり…ニヤニヤと言ったッ。
お前の血だよ…。親父ッ。
俺は呆れて腰を下ろした…。
そうさッ。俺には明日の合コンが待っているじゃないか!
気を取り直して、ニヤニヤと、おでんを作る。
「うわ…。キモっ。」
お袋…。キモって、止めれッ。
もし…。俺が、地味子ちゃんを家になんか連れて来たら…。
こいつら、腰を抜かす位に驚くんだろうなッ?
ハハッ。
「痛っ。痛いぃーッ。」
串のトゲが刺さった…。
怖い女だなッ。考えただけで、ろくな事が起こらないんだからッ!
全くッ。迷惑なヤツだッ。
自分で勝手に考えておいて、又、不快に思う…。

「お似合いだねーッ!美男美女?夏の象徴を見ているようだ。羨ましいねッ?」
初々しいカップルに焼きそばを渡して言う。
お互いの顔を見合わせ。照れて赤くなり…嬉しそうに笑った。
クゥーッ。良いねぇーッ。いつまで、続くか解らないけど…ッ。幸せにねッ!フフッ。
いやいや。今日の俺は朝からご機嫌モードなんだ。
他人の幸せだって祝福出来るってもんさッ。
「今日も無駄にご機嫌ですね…。はいッ。おでんと焼きそばねッ。」
表情筋をもっと使ってみようか?秀。
いつまで、愛想に留守番をさせてるつもりだい?
えッ。え…。ええーッ!ど…どうしたの秀ッ。
振り返って…。二度驚いたッ!
俺好みのコギャルを通り超した。今時じゃ、キャバクラでも珍しい程、盛りすぎの派手ギャルが…。
真っ赤なビキニで、秀に手を振っていた…。
「ハハッ。本当に居たんだッ。ウケるぅ。相変わらず、詰まらなそうな顔してるねッ。秀ちゃん!」
ええーッ!顎が外れてないよな…?俺。
「ウルサいなーッ。なんか…いるの?瞳ッ。」
秀が真っ赤っかになりながら…言った。
「ねえ?何にする?焼きそばとビール?」
これ又、派手ギャル達が来て。
「へー。これが、瞳の幼なじみ君?へ…。私、おでんとビールッ!」
へー。って?へ…。って?秀の感想を是非とも聞きたいなッ。俺。
「ハハッ。秀の幼馴染みなのッ?じゃあ、サービスしちゃうねッ。皆、可愛いしぃーッ。」
俺は、笑顔ってよりも…なんだか、秀が愉快でさ、笑い顔で言った。
「ワーッ!有難うッ。お兄さんもカッコ良いよッ!ノリが良いしッ。秀とは大違いだね。ハハッ。」
瞳ちゃんが言う。
「は…早く、席に着いてろよッ。瞳ッ。持って行くからッ。邪魔するな!」
ギャハハハッ。秀ちゃん。焼き餅かいッ?
愉し過ぎるぅーッ!
「秀ちゃんって…。モテないでしょッ?ノリ悪すぎッ!堅物の親父みたいッ。フンッ。」
ハハッ。友達と笑いながら席に向かう。
苦虫でも負ける程に、顔を顰めた秀は…。
「モテなくて結構だよッ。女になんか興味無いッ。」
瞳ちゃんの背中に、昭和の硬派の様な事を叫んだ…
「ええーッ!秀さんって。可笑しいと思ったら…やっぱり、そっちだったのッ?怖っ!」
昭和の硬派より、たちの悪い事を考えるんだね?ハル…。
普段より増して無愛想な顔で…注文を用意した秀はそれでも、俺には任せずッ!
自分で瞳ちゃん達の席に注文を持って行った…。
もしかして…。秀がこのバイトを選んだのって、瞳ちゃんを心配?監視している為…?かな…。
ナンダヨ…。ちゃんと、夏してるじゃんッ。秀。
いやいや…。昨日から、驚いてばっかりだな…?
秀とハルの好みが、想像の逆だったッ!
俺も、まだまだだな…?
人の見掛けに惑わされ過ぎてるのかな?
しかし…。二人が並んだところを想像も出来ない。
ハルと秀の相手を逆転させた方が…ほら。やっぱりしっくりくるよな…?
ええーッ!これ又…。
俺好みのコギャルちゃんが、冴えない中年太りを連れて来た…。
「い…いらっしゃいッ。」
超仲良さ気だよ…。
最早、俺の感覚が可笑しいのかな…?
些か…自信を無くしそうだよ…。俺ッ。
自信は無くそうとも自分の趣味が変わる事は無い。
夕方からソワソワとレジを締め、今日の合コンに備えた。
家でシャワーを済ませ、早々に30分も前に店に着いてしまったよ…。
暫くして、幸哉達が集まって来て…。
良いねぇーッ!外れクジ無しだッ。
本当に、俺好みのキラキラ女子も集まってキター。
目移りし放題ッ。
テンション上げ上げで自己紹介を済ませる。
目に飛び込んだ興奮にも少しずつ慣れ、落ち着いてくる…と…。
腹が減ったな…。女の子達を見ているだけで満腹だなッ!とは思っていたが、昼間の重労働に、やはり腹は減る。
が…。俺の前にはサラダ類が固まって有るだけだった…。
隣の可愛い子を見ると、お洒落なカクテルを手にサラダをポツポツつまんでいるだけ…。
「余り、食べないんだね?」
俺は、その横の唐揚げが食べたいんですが…?と、案に、言ったつもりだった。
「取る?」と、言う言葉を期待して。
「太ったら嫌じゃん。こんな時間に揚げ物なんか食べる女の気がしれないッ。」
うん。痩せていて可愛いもんねッ。君は。
だけど、俺は、腹ペコだよ?
まあ、仕方が無いさ。可愛い子の常だ。
自分が一番ッ。男になんかに気は使わないよねー?
気を遣わせる側の人だもんね…?君は…。
「俺なんか、幾ら食べても足りない位ッ!海の家をやってるんだけど…。重労働だからさッ。」
うん。腹が減ったんだよ。俺。
「うわ…。大変そう…最悪ッ。絶対に嫌だッ。私。海は行くもので働くなんて、考えられないッ。」
いや…。君に手伝えとは言ってないよ?
しかも、俺は楽しいんだよね…。俺はね。
「君は…?服屋の仕事は大変なの?」
何だよ…俺。可愛い子にも、訊く事は変わりないじゃんか?
「大変ッ。26歳の年増のババア達がいるんだけど、性格が悪くて、自分が年寄りだからって、私の若さを羨ましがっていじめるのッ!最悪ッ。」
ハハ…。俺…26デス。年増のジジイなんだね…?
「ネイルが派手すぎる。太った子に無理な服を勧めるな。って。自分が太ってるから、ひがんでさぁーッ。超ムカつくッ!」
俺も、思ってた…。そのネイルで仕事になるの?ってね…。朝の掃除とか出来るの?良いけど…。
君には…太ってる人の気持ちは解らないだろうけどね。仕事だからさ、お客様には、せめて、着られる服を選ぼうか…?
「今日もね…」
はあ…。まだその愚痴…?人の悪口を聞くんだね?俺。
いやいや…。贅沢だぞッ。眉間に皺は寄ってても、可愛い顔を見てれば眼福だろ?
しかも、じゃあ…早く。
「大変だねー。俺が癒してやるよッ。」
って言えば良いじゃん?俺。
その答えを言うのを望んでたんだろ?
眉間に皺を寄せ、人の悪口を言ってても尚、可愛らしい顔を見ながらも…。
真っ赤な地味顔で、仕事が楽しくて仕方が無いと、話す、ブスの方がまだ、マシなのかな…?ハハ…。
なんて、考えた。
いやいやッ!無いッ。無いッ。どうせ、詰まらない話しを聞くなら可愛い顔を見ながらの方が100倍マシだろッ?
一体、何を話したら俺は満足なんだよ?この前からまだ、聞くの?ばっかりじゃん。
これ…。腹が減ったせいかな?
考えたら、地味子ちゃんは、初めから料理を取ってくれたんだよな…。
しかも。自分にある程度の自信が有り、好感度を上げようなどと、考えるタイプでは決してないところからして、男受けが良いように。なんて、考えてはいなかっただろう。
当たり前の事として、俺に料理を取ったんだ。
次の皿には…。俺の好物だけが盛られてたっけ…。
真っ赤な顔で詰まらない話しをしながらも、俺が何を好んで食べたかを見ていたのかねぇ…?
ええーッ。何気に、凄いじゃんッ。地味子。
そう言えば…。三角関係のジジババ達は、その後、発展が有ったのかな…?ハハ…。
へッ?くだらない事を考え出したな…俺。
ああ、そうだ。地味子は、揚げ物をパクパク食べてたな?この子に言わせると、気がしれない女の部類なんだろうね。そりゃそーか…ッ?ハハ…。
いや…。一日を一生懸命に働けば、腹が減って当たり前だし、食べないよりは、美味しそうに食べる方が俺は気が楽だけどね…?
いやいやッ!無いッ。食べても、食べなくても、可愛いに超した事は無いってばッ。
又、くだらない事を考えた。
絶対にッ。空腹のせいだよ…。
「ねえ?この後、どうする?皆、纏まりそうだし。私、意外とタイプだから、構わないよ。」
愚痴?悪口を言い終わったのか?彼女が訊く。
オーッ。マジでッ?そっちから来てくれるんだッ?これぞッ。待ち望んだ夏の展開じゃんッ?
しかも、ランクは上の上、ピッタリ望みのコギャルちゃん!
本当にやったねッ!俺。
「あー。明日も…早いからさ。俺。」
ええーッ!何を言ってんのッ?勿体ないってばッ!
据え膳食わぬは男の恥だぞッ。夏希ッ。
いやね…。据え膳より…、今は唐揚げ御膳が食べたかったんだよ…。俺。
しかも…。生意気な事にッ。人の悪口を聞きながら見る、可愛い顔にも、少々、飽きてきていた…。
幾ら見ても飽きない位、可愛いのにね?
この前は、地味な顔に何時間も耐えられたのに…?
前にも増して…ビールが苦いや…。
「じゃあ、良いや。他にも誘う人は一杯いるから。」
それは、良かったよ…。
夏の恋、夏の恋と騒いでいる俺だが…。
始まりが、例え嘘でも、本当でも…。
行き着く先はマジ恋で有りたいのよ。
他に変えのきく様な、恋までは望んでいない。
恋するなら、その人だけを好きで、その人からも、俺だけを。望んで欲しいから…。
そこは…譲りたくないからねー。仕方ないんだ。
後で後悔するかな?う…ん。しない…なッ。
外れクジ無しでありながらも、結局は…当たりくじを引いた気にもなれなかった合コンがやっと、終了してくれた。ぶっちゃけ、前よりも疲れた…。
「またねッ。」
誰にとも無く…。声を掛け、急いで店を出た…。

俺の行く先はもう、決まっている…。
商店街の定食屋だッ。
もう…。唐揚げが食べたくて、食べたくてッ。
合コンの終わる間際には、女の顔を見るのも忘れ…早く定食屋に行きたいッ。それしか無かった。
揚げたての唐揚げで、頭が一杯だったんだよ。
足早に店内に入ると…。意外と混んでいた。
カウンターは一杯だ。
「あ…ッ。」
目の前に、噂の地味子ちゃんが居心地悪そうに、四人掛けテーブルに座っている。
俺に気付いて、声を出した。
ええー。そうかい…?もう一つの四人掛けを占領するのも、はばかられ…。
「ああ。え…と。これってさ、一緒に座った方が、店の為だよね…?」
実に微妙な訊き方になった…。
「う…ん。厭じゃなければ…。そうして貰うと、私も…座って居やすいんだけどさ…。」
地味子ちゃんは如何にも、彼女が考えていそうな答え方をした。
「だよね?じゃあ、相席。良い?」
俺は彼女の答えより先に椅子を引き、座り…。
「もう…。頼んだの?」 訊いた。
「うんッ。ミックスフライッ。今日、ホームのお昼御飯に出てたのが美味しそうで…。絶対に夜、食べるって決めてたのッ!」
ハハハッ。出た。やっぱり揚げ物だよッ!
しかも…。又、要らねぇーッ。その情報ッ。
なんだか、笑顔じゃ無いよ。笑い顔になってしまった…。
「ああ、俺。ビールとから揚げ定食ね。」
大将に注文をして。
「いやさー。今、合コンだったんだけど、から揚げが席から遠くてね。食べられないのに、匂いだけはしてくるのッ!もう、腹ペコだし、早く帰って、から揚げを食べようって、途中から、そればっかり考えてたよッ。俺。ビールまで苦く感じてねッ。」
おいおい…。人の事、言えねぇーな。
その情報要らねぇーし。詰まらねぇーよッ。
「ハハハッ。合コンに行った価値無いじゃん?しかしさ、匂いだけは…。キツいよねッ!ハハハッ。可笑しいッ!」
ええー。そんなに、可笑しいかい…?
地味顔が、破顔して…。やっぱり、可愛らしくは無いが…。
俺は、美顔の眉間皺より、地味顔の笑い皺に安らぎを覚えるタイプだったのかな?
「ハハハッ。だろ?キツいよなッ?参ったよッ。」
一緒に笑ってた。
前の俺なら…。こんな笑い合う状況を知り合いにでも見られて、ツレだと思われたらかなわないッ。とか、考えたかもしれないが。
やっぱり、空腹のせいかな?何も考えずに楽しんでいた。
ええーッ!楽しんでいたのかッ?俺。
まあ、少なからず、不快には感じなかった…。
「でも、解るッ。空腹ってさ、本当。ロクな事、考えないよねー?満腹は幸せだよッ。食べてから行けばさ、彼女が出来てたかもねッ?ハハッ。」
うーん。食べてから行けば…?
腹一杯だったら…。あの好みのコギャルちゃんと今、ホテルにいたかな?
なんか…。それも、即答しかねるな…?
「なんか…。仕事の先輩の愚痴を言ってて…ね。仕事が詰まらないみたいだった。」
俺は…答にもならない事を喋っていた。
「それは…可哀想だね。ああ、ゴメンね。この前、自分の事ばっかり話して。えーと…仕事は?」
可哀想だね…か。地味子ちゃんらしいね…。ハハ…
仕事…?さっき、嫌だって言われたしな…。
「夏はね…。自分の実家の民宿で出してる、海の家を…やってるんだよ。」
何故か、遠慮がちに言っていた。
「うわーッ。素敵ッ!超楽しそうだねーッ。凄く、らしいよッ!楽しいんでしょーッ?」
キラキラもしていない普通の目を、それでも、大きくして…。
まるで、自分が楽しいみたいに訊いてくる。
「ハハハッ。楽しいよーッ!凄く、楽しいんだッ。」
嬉しかったッ。自分が好きな事を共感して貰った事が、さっきの反動かな?嬉しくて仕方なかった。
届いたビールは、合コンの倍は旨かったッ!
地味子ちゃんのフライが届き…。
「え…と。せっかく作って頂いたの、一番美味しく頂きたいから、お先に頂きますッ!」
へ…。俺に合わせて、待つって思ったのに…。
作った人の事を考えるんだ。ふーん…。
海の家でもさ、ラーメンとか…作ったモノを話したり、鏡を見たりしていられると…。
「早く、食べろよッ?」って思う事もあるんだよね…
「勿論ッ。先に食べてよ。」
地味子ちゃんはニコニコとフライを見ながら、可愛くもない大きな口でパクパクと食べ始めた。
ゴクンッ。生唾が出る!
だって…。凄い、幸せそうに食べてて…旨そうなんだもんッ。
ヨダレが出そうになった頃。やっと、俺のから揚げが届いたッ。
「俺も、頂きますッ。」
早速、から揚げに齧り付き…。
「旨っ!幸せだー。ねッ?」
モクモクと大口で御飯を頬張り、言う。
「ねぇーッ。幸せッ。食べたいモノを食べれるのって最高ッ!美味しいねッ。」
ハハッ。地味子ちゃんは…そう。言葉美人だなッ。
聞いてると益々、美味しくなるよ。
「美味しいねッ。って一緒に食べるとさ、益々、旨いよねッ?目の前にも美味しい顔が有るし。ハハハッ。最高ッ!」
地味子ちゃんは箸を止め、俺をまじまじと見て…。
「凄いんだ…。イケメンなのに、性格まで素敵なんだね?え…と。夏希君は。モテて当然だねー。」
小っ恥ずかしい事を言われ…。照れるより、唖然としてしまって…。
「そ…、そうだ。ゴメン。この前、良く聞こえなかったんだ。名前は?もう一度、教えてよ。」
うーん。何故か、訊きたい気分になった…。
この先も、不便だしねぇ?
ふーん。この…先?ねぇ…。ふーん…。
「松苗紀伊だよ。きい。で構わないから。ねえ?そのビールは?もう、苦くない?」
ん…?
「最高に旨いよッ。」
本当。さっきまで、苦かったのにね…。空腹で。
「じゃあ、体調良いんだねッ?良かったッ!さっき、合コンのビールが苦かったって言ったからさ、体調悪いと苦いんでしょ?」
へー。あんなくだらない話し、覚えてるんだ?
何回、見直しても褒めようも無い顔を見ながら…。
「有難う。大丈夫ッ。ねえ?そう言えばさ…。どうなった?三角関係の進展があったかな?ハハッ。」
俺は別に気を使った訳じゃなく…。さっき、フッと思った事を訊いただけだが…。
紀伊は微妙な顔になってしまった…
「合コンの後で友達に…。怒られたよ。ホームの話しなんか、誰も聞きたく無いから。って…。夏希君。詰まらなかったと思うよ。って言われた。本当、そーだよね…?ハハ…。ゴメンね。」
そうで無くても、地味なのに…挙げ句、悲しそうになった顔を見ていたら…。
本当に迷惑な上に面倒な女だなッ。などと、思いながらも。
俺は…。普段の地味なだけの顔に戻したくなっていた。
いや…。出来れば、揚げたてのフライを食べた時に見せた、ニコニコと嬉しそうな顔にしたかった。
「ハハッ。俺さー。さっき、合コンの最中にね。そう言えば、あの三角関係は、どうなったかな?って、フッと考えてさ。何故かねー?気になって。まるで、知らない人なのに変だよね?ハハッ。」
紀伊は、又、普通の目を大きく見開き…。
「ええーッ!合コンの最中にッ?ハハハッ。なんでぇ?ハハッ。夏希君、それ変だよーッ!」
うん。うん。紀伊が、嬉しそうに笑ったよッ。
「知らねぇー。なんでかね?だからさ、紀伊。教えてよ。マジで聞きたい。ねえ、俺、ビールをもう一本飲むけど…。一口だけ、紀伊も飲む?」
意味は無かった。なんか…。酔えば、又、地味な真っ赤な顔でベラベラと話し出すのかな?なんて、思っただけで…。
「さっきから、見てたの。夏希君が飲んでると…美味しそうだよねー?じゃあさ、一口だけ。ちょうだい?ハハッ。」
何が嬉しいんだか?見ていても依然、詰まらない顔を嬉しそうにニコニコさせた。
「ハハッ。旨いよーッ。じゃあ、一口ねッ。」
俺も、何が嬉しいんだか…?イソイソとコップを持ってきて、ビールを半分位注いだ。
「じゃあ…乾杯?」
今度は何故か…?飲んでもいないのに、少し赤い顔で紀伊は、言う。
「うんッ。乾杯ッ!紀伊。それで…?」
ビールを恐々と口にする紀伊を促す。
「苦っ。でも…。なんだか冷たくて、美味しいよねッ。夏希君。」
うん。やっぱり言葉は、美人だよな…?
「でね。今日、カラオケ大会が有ったの。お婆ちゃんが…。デュエットをどなたかご一緒に。って言ったから、大騒ぎッ。その歌が、たまたま大好きだった、もう一人のお爺ちゃんまで参戦しちゃってッ!三人で奪い合い!ハハッ。」
そうで無くても騒ぎなのに。その歌が好きってさ…
空気を読まないジジイだな…ッ?
「ハハッ。普通は…空気読むよなぁ?その、歌好きの爺ちゃん?」
クソ詰まらない、ジジババ話しに合いの手まで入れていた…。どうしたんだい?俺。
ああ、今度は、満腹がご機嫌を呼んだ感じかな?
「そこッ。そこが働いてて、楽しいんだッ。普通は歳を重ねると、人って大人になって、物解りが良くなるって思うでしょ?」
ハハッ。顔が真っ赤っかになってきたぞッ!
ってか、まだ一口しか!飲んでないのにね…。
「人の顔色を見る?様にはなるよな…?普通は。」
言い。紀伊を見ると…。
苦さに顔を顰め、又、チビチビとビールを飲んでいる…。
今だ、萌えポイントは見つかりそうにない、紀伊の顔を見ながら唐揚げを食べる。
「ところが、ホームに入る位の歳になると…。子供に返るのかな?素直になるんだよー。皆、自分の事ばかりッ。羨ましい位に素直なのッ!どうしても得意な歌が歌いたかったんでしょうね?ハハッ。」
いや…。年寄りは我が儘だとは聞くけど…。
紀伊は、「素直」って思うんだね?
普通、今の話しも、迷惑なジジイだな。厄介事が増えた!って腹立つところじゃん?
なんで、そんなに楽しそうに笑ってるんだろ…?
「で?結局は、誰が栄冠を手にしたの?」
流石の俺も、選んだ手段と勝者が気になって訊く。
「フフッ。そのお婆ちゃんね、いっつもカッコいいのッ。「喧嘩するなら、私は誰とも歌いませんッ。」田辺さん…。ああ、社員の人ね。「田辺さん、お願いしますッ。」って、サッサと手を引いて、ステージに行っちゃったのッ。その時の、三人のお爺ちゃん達の顔ったらッ!ハハッ。」
始まった…。紀伊。そんなに、可笑しいのかい…?
そもそもだよ。俺から言わせると、そのお婆ちゃんは、自分が二人の爺ちゃんから好かれてるのを明らかに知っているよな?なのに…。そんな声を掛けた事、自体に問題が有るよねッ?
しかも、決着も付けさせず、逆切れ状態だッ。
正に、一番の悪の根源は…その婆ちゃんだよなッ?
でも…。どうだろう?
紀伊みたいに、もじもじしてる引っ込み思案なヤツには、その、スパッと意見を言い切れる、我が儘な婆ちゃんがカッコ良く感じられるのかもな…?
自分に出来ない事への…。羨ましさかな?
「じゃあ…。結局、まだ勝負はついてないんだ?」
紀伊はまだ、コップ半分のビールをすすりながら…
「勝負は付かないかもね…?お婆ちゃん…。まだ、亡くなったお爺ちゃんに恋してるから…。」
微妙な顔で…。いや、表情がだよ…。言った。
しかし…。言い方が良いね。紀伊らしいよ。
恋してるか…。
「へ…。そうなんだ?それこそ。カッコ良いねぇ!この人って決めて、生涯一人の人を愛し続ける。亡くなっても尚、思えるって…。理想。じゃないけどさ…自然にそう思える人と、夫婦になれた婆ちゃんは、幸せだったよねー?」
いやいや…。待てッ。紀伊が、酔ってベラベラ喋るのを見ようとしたのに…。
俺が、ベラベラ話してどーするよッ?
「う…ん。今でも、私にお爺ちゃんの話しをして、泣くんだよ…。もう、居ないって…。それは…。幸せなの?それとも…早く、忘れて…。今を楽しんだ方が幸せなのかな?どっちなの?」
どっちなの…かな?人それぞれだろが…。
もし…。俺なら?
もう居ないと悲しむ事さえも…。その人が心に居る限り…幸せかもしれない。
いつかは、思い出せなくなるかもしれない…。
思い出さなくなる事も有るだろう。
だったら、思い出して泣ける今は、それに身を委ねたら良いと俺なら思うよな?
「答えは…。出ないと思うよ。幸せってさ、本人にしか解らないし、決められないじゃん?爺ちゃんを思い出して、泣けるのも、婆ちゃんにとったら…もしかしたら、幸せなの事なのかもしれないよ?紀伊。爺ちゃんの話しをしてる時、婆ちゃんは悲しそうなだけかな?きっと…優しい良い顔してるんじゃない?」
だからさ…。お前がベラベラ話してどーするッ!
しかし…。まだ、ビール飲んでるよッ。猫の方が早く飲めるぜ?
「す…凄いな。夏希君。なんで、解るのッ?お婆ちゃん、普段見せない様な優しい顔でお爺ちゃんの話しをするんだよー?」
目を又、見開き、紀伊が言った。
「ハハッ。じゃあ、幸せなんだよ。お婆ちゃん。」
紀伊はまだ、俺を見たまま…。
「夏希君も今、優しい顔をしてるよ。知らないお婆ちゃんの事なのに…。何処までも…。イケメンなんだねー?夏希君は。」
うーん。ジジババと同じ位、紀伊も素直なんだな?
人は恥ずかしくて、言わない事まで、モロに、口にしちゃうんだね?
それとも…。酔ったのかい?紀伊。
「ねえ、紀伊。ビール、苦いでしょ?ビールってのはね、のどごしで飲むモノだと思うんだ。ゴクゴク飲まないと余計に苦いかもね?」
俺。照れてしまいまして…。
ビールの話しをしました。ハハ…。
「へへ…ッ。解ってるの。皆、そうやって飲んでるしね。だけど…。私、今の時間が余りにも楽しくてッ。これを飲み終わったら…。帰らなきゃ行けないから。勿体なくて。少しづつ飲んでたッ。ハハッ。でも、凄い良い話しが沢山ッ。聞けたから。明日も仕事だし、帰ろうッ!ハハッ。」
ビールを飲み干し、やはり、可愛くも、色っぽくも無い真っ赤な顔で笑う。
ハハ…。凄い…可愛い事を言うんじゃないよッ。
仕事疲れの酔いも手伝って、「可愛い」なんて、一瞬でも、思いそうになったじゃんッ!
お会計を済ませる紀伊の横顔を見ながら。
ほら…。やっぱり横顔でも、可愛くないよなぁ。
なんて、ガッカリして、俺もお会計を済ませたが…
「紀伊。遅いから、送るよ。俺。」
ええーッ!何を言うですかッ?俺。
でもねぇ…。一応…。女の子だしさ。当たり前っちゃ、当たり前の事じゃねぇ?
「ええ…。疲れてるのに…。良いの?」
ほぉ…。絶対に遠慮して…良いよ。って断るかと思ったのにな…?
「夏は、危ないからさ。行こう。」
紀伊は何故か、ホッとしたように…。
「助かります。」
と、ペコリと頭を下げた。
ブラブラと、夜道を紀伊に着いて歩き。
これが狙った可愛い子なら…。俺が、話しをして盛り上げなきゃ…。とか。沈黙が息苦しいッ。とか考えるのにね…。
昼間の灼ける様な暑さを冷やしていく夜気を含む風に吹かれ、妙に楽な?気持ちでいた。
「この先の…公園でね。裸の人が突然、出て来たのよ…。別に何をされた訳でもないし。いい歳して、裸位って思ったけど…。やっぱり、ちょっと怖いかな…。だから、嬉しかったのッ。」
ああ。そうだったのか。
確かに…。ここは街灯も暗いし、大通りからも奥まってるから危ないよな…。
「う…ん。たまたま、ただの露出狂だったから良かったけど…まぁ良くは無いけどさ。痴漢とか危ないよッ。この道しか無いの?」
今日は俺が居るから良いけど…。って何を心配してるのさッ。
「ねぇー。この道しかないんだよ。この先なの、アパートが。まあ、私を襲う物好きも居ないと思うけどね…。」
いやいや…。夜は顔が見えないしさぁ!失礼ッ。
まあ…。作業服だし、スカートのOLさんよりはマシ?だけど…。
「何か、防犯ブザーとか、持ちなよ。マジで危ないって。普段は?こんな時間にならないの?」
いやいや…。人が心配してるのに…。
何、ニコニコしてるんだい?紀伊。
「心配して貰うのって、嬉しいもんなんだね?今日と明日が遅番なんだ。たまに…同じシフトの人と一緒に帰る事も有るから、大丈夫だよ。」
吞気だな…。えッ?一緒に帰るって…。男?
へ…。彼氏が居るなら余分な心配だったよな…?
「へー。彼氏?」
思わず口に出していた。
「ハハッ。違うよー。彼氏が居たらこの前、合コン行って無いでしょ?あっ。さっきの田辺さんだよ。ウチが近所なの。」
ふーん…。まあ、今は、彼氏じゃなくても…解らないじゃんねぇ?
付き合えば、話しも合うだろうし安心して帰れるじゃんねぇ?
「携番教えて。今度何か有ったら俺に電話しろよ。」
だからさーッ。何を言うのッ。俺。
頼むよッ。携番を交換するべきは、明らか、さっきの合コンの子でしょッ?
紀伊と交換して何になるのさッ。
「ええーッ!良いの…?じゃあ…。」
良いの?って…良いの?俺。
流れで、携番を交換してしまった。
まあ…。紀伊の性格じゃあ、掛かってくる事はないだろうけどね…。
「私…自分の話しを気にして貰ったのも初めてだったし、心配して貰ったのも初めてだった。今日は、夢みたいに楽しかったッ!夏希君は、誰にでも優しいんだろうけど…。携番も嬉しかったッ。本当に有難うね。あ…。ここだから。お休みなさい。有難う御座いました。」
いや…。嬉しかったのは、良いけどさ…。
「本当に何か有ったら、遠慮無しに連絡してよ。一人暮らしなんだろ?マジで防犯ブザーも買った方が良いよ。じゃあ、又ねッ。俺も、楽しかったッ。ハハッ。お休みッ!紀伊。」
う…ん。そうだね。楽しかったんだよ。
あのまま、一人で飯を食べて、帰ったとしたら?
まあ、腹は満足しただろうけどね…。
ここまでの、満足感?みたいなモノは無かったかもね…?
何が満足だったのかは…良く解らないけどさ。
自分が褒められたからって、訳でも無いんだよな…
ただ。地味子の紀伊と「美味しいねッ。」って向き合って御飯を食べた事が…。
合コンを遥か前の記憶にする様な…不思議な満足感が有る時間だったんだよね。
しかし…。この道。危ないってッ。
お巡りさんとか、巡回してるのかな…?
明日も…遅いんだろ?田辺君とシフト同じだと良いけどな…。
おいッ。なんで俺にここまで心配させるかなぁ?
本当ッ。迷惑な女だよ!紀伊はッ。

「良いねぇーッ!太陽よりも眩しいよッ。君達の水着姿ッ!サングラスが必要だねーッ。はい。おまちどおさまッ。」
いやいやッ!朝から良い光景だねーッ!
「えーッ!調子良いなーッ。お兄さん!」
やっぱ、こうでなくっちゃッ。
昨日、〆に?地味な顔を見ていたせいで、益々、朝からのコギャルちゃんが眩しいことッ!
おーッ!ハル友軍団のお出ましだッ。
「お兄さんッ!又、来ちゃったッ。ハル、ちゃんと働いてるぅ?」
ん…?今日は、雅ちゃんは…。
「うるせーなッ。働いてるよ!早く、注文しろよなッ。あれ…?雅。どうしたの?服なんか着て…?」
こ…コラッ!ハル…。若いな…ッ!
雅ちゃんが赤くなり、下を向いている。
友達の可愛い子ちゃんが、何か言おうとしたが…。
「雅ちゃんは、昨日の日焼けが痛いから、今日は、焼かないんだよねーッ?」
慌てて、俺は口を挟んだ。
周りの子達が、ハルに対して、無神経だの何だの言い出せば…。雅ちゃんはもっと恥ずかしがっちゃうもんね?
「はい…。そうです。わ…私、レモンにします。」
ハルは…何かまだ、言おうとしていたが…
「私、イチゴッ!ハルッ。早く。」
「私、ブルーハワイッ。サッサとして。」
次々に注文されて…。
勿論。雅ちゃんのレモンを大盛りにする為に、イソイソと作りに行った。
又、ガチガチのレモンと、他も出来上がり…。
「有難うッ。又ねーッ!」
テーブルに皆が向かって行った。
「ううんッ。ハル君。ちょっと来なさい。」
まだ、締まらない顔で、雅ちゃんに手を振るハルを、咳払いしながら、呼んだ。
「ハ…ッ?何すか?」
ニヤけ顔のハルに…。
「ハル君。女の子にはね。女の子の日が有ると保健体育あたりで習ったよねッ?」
ハルは…ハッとして。真っ赤になった。
「そ…そっか…。」
「ここから先、今の様な状況には、私の様に対応しなさいッ。以上です。」
ええーッ?な…何なの?秀ッ。
ハルよりも、秀が感心して頷いてるじゃんッ!
何?俺。凄い?凄いんだねッ?
「伊達に、歳…取ってなかったんですね…?初めてッ。感心しましたよ。夏希さん!」
秀…。言い方ッ!
「有難う…」
でも、お礼を言ってみた…。
バタバタと目の保養が押し寄せ、幸せな忙しい日が今日も終わった…。
いちいち、声を掛けていて…。誰も頼んでないけどね…。
些か、疲れ気味に家に着く。
予定がない日に限って…。明日の用意も万端だ。
シャワーを浴び、部屋に寝転ぶと…。
さあ、いけない…。暇なせいで又、余分な事を考え出した。
本当に…。余分な事をね。
うーん。紀伊は今日の帰り道、大丈夫かな…?
でも…。携帯を教えて有るんだから、何か有れば掛けてくるよな?
でも…。あいつの事だから、窮地になるまで遠慮して掛けないよな…?
でも…。田辺君と帰れるかもしれないしね…?
でも…。ウルサいなッ。俺ッ!
こんなに、ウジウジと考える男じゃなかっただろう?
しかも、何ッ?例えば…。例えばだよッ。今日、送ったからって、又、遅番?ってのは有る訳だろう?
紀伊がアパート変えるまで送るつもりかよッ!
もう…。考えるのよそうッ。はい。終わりねッ。
いやね…。別に紀伊が居るとか、考えた訳じゃなくてね。
たまたま、昨日、紀伊の食べてたフライが美味しそうだったからさ…。マジでね。
昨日の定食屋に又、来ちゃったよ。俺。
店に入ると…。
いやいや…。偶然だってばッ。
「ど…どうしたのッ!又、合コン?夏希君。」
う…ん。この顔だよな…。又、ガッカリしながら…
普通の目を見開く紀伊を見て。
「ハハ…。又、相席、良い?」
座りながら、言う。
「勿論ッ!へへ…。恥ずかしいなッ。昨日、夏希君が余りにも美味しそうに食べるからさ…。今日は、から揚げ頼んじゃったんだッ!」
な…ッ。何、赤くなってんだよッ。
地味顔も見慣れて、可愛いなんて思うじゃんッ!
勘弁しろよ…。俺。
「ハハハッ。変なのーッ。俺さ、昨日、紀伊が美味しそうだったからさー、フライが食べたくなって来たんだよッ。」
ミックスフライと、ビールを頼んだ。
「ハハハッ。可笑しぃー。二人してッ。ハハハッ。」
ええー。そんなに愉快かい?紀伊。
又、破顔する、地味顔を見つめていた…。
紀伊のから揚げが来て。
「お先に、どうぞ。揚げたてが最高だよ。」
先に言い、ビールが届いたから…。
「苦いの、一口飲む?」
おいおい…。又、飽きもせずに真っ赤な地味顔を見て、飲む気かい?俺。
「嬉しいッ。頂きますッ。明日はお休みだから…。大丈夫だ。」
へ…ッ?
「大丈夫…って?」
ええーッ!ま…まさかッ。酔って、俺を誘おうなんて思っちゃったり…?
「昨日…。酔っちゃって。頭がガンガンして、眠れなくてね…。参った。ハハ…。」
ええーッ!コップ半分のビールでかい…?
しかも、俺ッ。今、何を考えたッ?ハズっ!
ってか…。地味子の紀伊にまで、そんな感情を…?
早く、彼女を見つけなきゃッ。
間違った道に入るぜッ。俺。
「ええー。じゃあ、止めとけよ…」
真っ赤な地味顔を見れないのは残念だが…。
残念にまで思うんかいッ?駄目だこりゃ…。
「嫌だッ。飲みたいのッ!こ…こんな楽しい事、滅多にないんだからッ。あ…。だから…。く…ください。へへ…。」
いやいや…。飲む前から、真っ赤じゃん…?
「はいはい。知らないよッ!後で頭抱えても。俺のせいにするなよな。紀伊。」
なんて…。言いながら、又、イソイソとコップ半分のビールを注ぐんだね?俺。
「うわー。見た目は…超美味しそうなんだよねぇ?又、乾杯ッ。へへ…。」
う…ん。堪らなく、楽しいんだね?紀伊。
「はい。乾杯ッ。」
見た目は…全然ッ。美味しそうじゃないのに…。
言葉が美味しいモノを食べた時みたいに満足する?
紀伊と…。又、今日も乾杯してた…。
「ああーッ。なんで…?少し苦くないかもッ!少し美味しいかもッ。」
ビールを一口飲み、大きな口でから揚げを頬張りながら、小さな目をクリクリさせる。
ハハッ。相変わらず、旨そうに食うよなぁ?紀伊。
「なッ。から揚げに合うだろ?しかも、慣れてきたのかな?ビール。」
自分がビールやから揚げの発明者が如く、言う…。
「うんッ。今日も、美味しいねッ。」
俺のフライが届いた。
「頂きますッ。うんッ。今日も美味しいねッ!」
二人で大きく膨らんだホッペで笑った。
いや…。「幸せ」みたいで…可笑しいだろ…?これ。
いや。幸せだろ?これ。
だって、フライと、ビールが旨くてさ。
ハハ…。もう、真っ赤な、美味しい顔が目の前に有るんだからさッ。
「ねぇ…。」
紀伊が、真っ赤な顔を俺に近付け、小声で言う。
「え…?」
俺も顔?耳を近付けた…。
「昨日の私のフライより…アジが超デカいよッ。ラッキーだね?夏希君ッ。」
な…ッ。内緒で…何を言うかと思えば…ッ!
「ハ…ッハハッ。そうなの?ハハッ。それは、ラッキーだなッ。俺。ハハッ。」
思わず、笑ったッ。
「いやいやッ!マジでだよ。一目見て、ええーッ!って思っちゃったよッ!」
地味顔を真顔にして、紀伊は言う。
俺は、紀伊の皿に残る、から揚げを見て…。
又、紀伊に顔を近付け…。紀伊も顔を寄せた。
「紀伊のから揚げ、昨日の俺のから揚げと…まるで同じだよッ。」
小声で言った…。
「…。な…ッ。何、それーッ!嬉しく無いじゃんかッ!私が損じゃんッ!…。ハハハッ。夏希君ッ!可笑しいッ。もーッ。」
又、地味顔が、破顔する程に笑う。
「ハハハッ。だってぇ、本当なんだもん。でもさぁッ。美味しいよねッ!」
「う…。うんッ!凄い。凄い。美味しいねッ!なんか、納得はいかないけど…。ハハハッ。」
又、チビチビと、ビールを口にしている紀伊を見て…。
「今日も送るから、俺。安心して食べてよ。紀伊。」
だよな…。あれだけ家でウジウジ考えてたんだ。
先に言って、安心させたいじゃん?
「あ…。有難うッ!嬉しいなぁ。私、昨日から…。こんなに幸せで良いのかなーッ?昨日が楽し過ぎてね、今日、働いててもニコニコしてたのッ。私。馬鹿みたいでしょ?ハハッ。」
いやいや…。それは…。良かったね。
「ハハッ。ニコニコしてたんだ?そんなに、楽しかったの?ビール飲まされて、頭痛に苦しんだのにかよ?ハハッ。」
なんか、吊られて嬉しくなるじゃんかッ!
勘弁しろよッ!どんどん可笑しくなってるしッ。
「ねえ?夏希君。彼女…は?居ないなら…。宝の持ち腐れだね?こんな、性格まで…まるごとイケメンがほっておかれるのは、可笑しいよッ。」
は…始まったッ。紀伊の褒め殺しだよ…。
何だよ…?宝の持ち腐れッて!
だからさ…。普通は口にしないってッ。その言葉…
て…照れるだろッ。流石の俺でもッ!
「いやいや…。彼女は居ないよ。だから、合コン行ったんだろ?紀伊は…何か俺を勘違いしてるな。性格だって、紀伊の方が数倍は良いよ。」
いやいや…。遂には…褒め合いかよ…?俺達。
「ウグッ。か…から揚げが、喉に詰まったッ。職場の人に言われるのとは。訳が違うは…。や…止めてよッ。そんなカッコ良い顔で褒められると…。て…照れるじゃんかッ!私。」
真っ赤な地味顔をまだ、赤くして、紀伊が怒鳴る。
いやいやッ!まんま、お返し致しますッ!
「紀伊だって、余り、褒めるなよッ!お…俺も、人並みに。て…照れるじゃんかッ!」
紀伊に付き合った訳じゃないが…。俺まで、赤くなってるじゃんッ。
「ええーッ!だって、夏希君は言われ慣れてるでしょう?私は…。免疫が無いんだからッ。う…うなされちゃうよ!今晩ッ。」
う…うなされるんかいッ?超ウケるんですけどッ。
あーあー。又、チビチビと、ビールすすってるよ…
フライに夢中で、まだ、余っているビールを自分にも注いで…。
紀伊の置いたグラスにも少しだけ注ぎ足した。
「こ…殺す気なの?夏希君ッ。褒めて、心臓バクバクさせて、ビールの頭痛でトドメを刺す気なんだね?た…倒れても知らないからッ!私。」
コイツ…お…可笑し過ぎるぅーッ。
「ハハハッ。紀伊。可笑しぃーッ。ハハハッ。倒れたら、俺がおんぶして帰るよッ!ハハッ。」
な…ッ。何を言ってるんだいッ!
酔ったの?俺?酔っちゃってるの?ビール一本で?
いや…。紀伊の楽しい言葉に酔ったんだな?
「ギャーッ。止めてよッ!私…。それこそ、死ぬよッ。即死だよッ!は…這ってでも帰るからッ!」
這って…帰るんかよッ?
「ハハッ。今、紀伊が、這ってる姿を想像しちゃったじゃんッ!ハハッ。紀伊こそ、俺を笑い殺す気なのッ?ハハッ。」
楽しいんだね…?俺。
かなり…。楽しいんだね?
「笑顔ってさ…。ご馳走だよね?その笑い顔だけで満腹になれるし…酔えるッ。へへ…。」
いやいや…。酒の本酔いだと思うよ?紀伊。
しかも…。まだ、褒めるんだねッ?
「紀伊の言葉って…。良いよね?褒められたからじゃないけどね。いつも…幸せになれる。ホームの人達も、きっと、紀伊から沢山の幸せを貰ってるんだろうね…?」
ええーッ!何が起きましたかッ?
紀伊が、ビールをグイッと飲み干した!
「だ…駄目だっ!これ以上、褒められたら私、自分と言う人間を勘違いしちゃうよッ!夏希君も、飲み終わったし、帰ろうッ。」
唖然とする俺を残し、ヨロヨロと会計をした。
「あ…。危ないよッ。紀伊ッ。待っててッ。そこに居ろよッ。動くなッ!」
何で…俺が慌てふためいてるんだよッ!
「はーいッ!へへ…。」
小学生みたいに、手を上げて…。フラフラした。
「参るね…。ビール一杯だぜッ?大将ッ。早く、お会計ッ。」
俺は、大将に愚痴っていた…。
「お…おうッ。ちゃんと、送れよッ。」
大将まで、慌てて言う。
「了解ッ。ご馳走様ッ!ああー。紀伊、行くよ!」
俺は、紀伊の腕を取った…。
「はーいッ!へへ…。ご馳走様でしたッ。幸せでしたーッ。」
又、手を上げて…地味な赤ら顔でヘラフラ笑った。
いや…。可愛くないって…。
絶対にッ。可愛くないぞッ。俺。
「ハハッ。幸せそうだわッ。気を付けてなーッ。」
大将が声を掛ける。
「いや…。参った。ハハッ。幸せなら良いかッ?」
俺も、手を上げて店を出る…。
作業着姿の地味顔の美人な言葉に、店内で笑いが起きていた。
だから…。可愛くないってばッ。俺。
「あーあー。気持ち良いねぇ?夏希君。へへ…。」
空を見上げて、紀伊が言う。
「うーんッ。気持ち良いねぇ?紀伊。俺、夏の夜って大好きッ。夏自体が大好きだけど…。夏の夜はさ、毎日が特別な気がするんだッ。ハハ…。」
紀伊の腕を持ち歩きながら…。
人に話さない様な思いが口から溢れた。
「フフッ。夏希君は…。イケメン過ぎるなッ。顔、性格。言葉まで、イケメンかよッ!私は…。自分に…特別な夏の夜なんて、無いと思っていたんだけど。夏希君が言葉にすると、そうかも…。なんて思っちゃうねー。イケメンパワーかなッ?ハハ…。」
又、始まったッ。褒め殺し上戸?かよッ?
「何だよ。それッ?ハハッ。だって、夏の夜には、お祭りや花火が有るだろ?そうだッ。紀伊。今度、お祭りに行こうよッ?浴衣、有る?」
ブーッ!な…何でッ?何が、どうしたの?俺。
ま…祭なんてッ。一杯、知り合い会っちゃったりするよーッ?
地味子ちゃんと、行く気なのッ?
うーん。祭に行って…。美味しいねッ。って屋台のモノを笑い合って食べたかったりして…?
「な…ッ。なんて?お祭りに行こうよ…?って?」
突然、紀伊はキョロキョロと後ろや横を見る。
な…何?この行動は…?何ッ?
「だ…。誰も居ないよね…?もしや、わ…私?私とお祭りに行くの?な…夏希君が?」
ええーッ!紀伊に話し掛けたよな?俺。
「嫌かな…?お祭りが嫌い?紀伊。浴衣が無い?」
紀伊のリアクションがハテナ?で…。
訊きまくってしまった…。
「こ…紺色の花火が沢山書いて?有る浴衣です…。帯は…赤です…。下駄の鼻緒は緑だった?」
いやいや…。そこまでの情報は要らねぇーッ!
しかもッ。お前の下駄の鼻緒の色?
訊かれても、知らねぇーよッ。俺。
重ねて、しかもっ。浴衣の情報は、お楽しみにしておけよーッ!
いやいや…。お楽しみなんかいッ?俺。
もーっ!変だよッ。紀伊も俺もッ。
俺は、口から出る言葉が…。変だよッ。
「へー。可愛いねー。じゃあ、それ着て、一緒に行こうっ!俺も、紺だよ。お揃いだッ。ハハッ。」
お…お揃いかよッ!大丈夫?マジで大丈夫?俺…。
「お…お揃いでッ。お祭りッ。ス…スミマセン。ちょっと、目眩が…。」
頭を抑えて、紀伊は立ち止まってしまった。
「だ…大丈夫?」 訊いた。
「はぁ…。はぁ…。ねえ。夏希君。しゃ…社交辞令とか…?今、凄い酔っ払ってるとか…?」
半端なく疑われてるよ…。俺。
「ハハッ。ないないッ。マジだよ。ねえ?もし…行きたくないなら…。断って…」
言い掛けるも…。
「とッ。とんでもないッ!絶対に行くよッ。会社辞めてでも行くッ!私ッ。」
ええーッ!何でそうなるの…?
すっげー。力。入ってっしッ。
そこまでの覚悟で祭に来られても…。ねえ?
「いや…。紀伊。落ち着こうか?会社辞められたら困るし…。紀伊がさ、遅番じゃない日のお祭りにしようかね?ハハ…。」
紀伊は一気に酔いが醒めてしまった様で…。
「自分にまさか、浴衣を着て、殿方と祭に行く日が来るなんて…。よもや、浴衣もタンスで蒸れて駄目になるかと思ってたのに…。えらいこっちゃッ。」
ブーッ!と…殿方って何だよッ!
えらいこっちゃってか…?
「ハハハッ。紀伊は、可笑し過ぎるぅーッ。たかが、祭でテンパり過ぎッ。」
紀伊は…。
「いや…。夏希君。君にとっては、些細な日常かもしれないけど、私にしたら、天と地が逆転する程の出来事で…。祭の日が、地球最後の日でも、悔いが無い位に嬉しいお誘いなんです。」
と、真剣に言った。
歩き方まで、テキパキとしてきてんじゃん?
「地球最後の日じゃ困るよ!紀伊とはまだまだ遊び足りないからねッ。」
こ…告白かッ?俺?
いやいやッ!夏はこれからだぜッ。夏希ッ!
落ち着こうかッ?俺も。
「あの…。私。醒めた酔いが…又、回りそうなんですが…。ボランティアの趣味でもあるの?可哀想な…女を救う?みたいな…?」
本当…。紀伊。発想が特殊だよなッ?
でも…。チャラい俺が、真面目っ子の紀伊にそう思われても、仕方ないかもね…?
「紀伊。言っておくけど、俺、こんな見た目だけどさ、誰彼構わずに誘ったりはしないよ。紀伊と一緒にお祭りの屋台で買ったモノを…。美味しいねッ。って笑い合ってさ、食べたくなったから誘ったんだぜ。ボランティアとか言うなよなッ。紀伊は魅力的だよ。俺は、そう思って紀伊を選んで誘った。」
な…何、マジに怒ってんのッ。俺。
落ち着こうか?って言ってんじゃん?
いや…。落ちついたから…この答えなんだよな?
「違うッ。違うの。ゴメン!夏希君がいい加減だって言ったんじゃなくて…。自虐ネタ?自分に凄い自信が無いからさ…。夢で終わっちゃった時に…怖いから。防御しちゃうのッ。今の言葉も…。最高に嬉しいッ。でも…。本当に?ってどうしても、疑うのよッ。私みたいなのは…。」
解る…。言っちゃ悪いけど…。紀伊の見た目なら、それ、良く解るよ。じゃあ…。
「紀伊。着いたよ。じゃあさ、家に勤務表が有る?」
アパートに着いて…。俺は言った。
「有難う。え?勤務表?有るけど…。」
戸惑う紀伊に…。
「じゃあ。勤務表持ってきて。お祭りに行く日を決めよう。今、直ぐにねッ。俺、祭をタグって…。いや、ググった方が良いかな?持ってきてよ。」
と、言った。
紀伊は、俺をマジマジと見つめ…。
「じゃあ…。上がってよ。道じゃ話し辛いじゃん?」
アパートを指して言った。
ええーッ!簡単にそんな事、言うなよなッ。
俺だから、良いけどッ。危ないなぁーッ!
「き…紀伊ッ。危ないだろッ?そんなの簡単にッ。男を家に上げちゃ駄目だよっ!」
いやいやッ!親かよッ。俺。
「簡単じゃないよッ。私もね。いや…。私みたいにモテないのは特にッ。誰彼構わず家に人は上げないよ。夏希君だから上がってよ。って言えたのッ。」
う…嬉しい事を言うんじゃないよッ!
喜びそうになっただろうッ。いや…。喜んでるよ!
「あ…。有難う。かな?じゃあ…。」
「うん。ここッ。どうぞッ。」
ええーッ!1階かよッ。もーっ!危ないなぁーッ。
いや、人の住居に文句言っても…。ねえ?
「危ないなぁーッ。1階なの?」
結局…。言うんかよッ。
「ねー。またに…。窓に人影とか写ってね。気持ち悪いけど…。家賃的に仕方ないし。ねー?」
ねー?言われても…。ねー?
コーヒーを入れて貰い。
「有難う。せめて、2階なら…良いのにな。仕方ないけど…人影が写ったら、今度は電話しろよッ。」
だから…。何処まで地味子の心配するの…?俺。
「あ…。有難うッ。これ…勤務表だよ。」
俺はコーヒーをすすり、祭を検索して…。
「浴衣って…。苦しいじゃん?その…。体調が悪い日は…?」
まあ、例の女の子の日の事を訊いたんだけど…。
紀伊はコーヒーカップを口から離し…。
又、普通の目を見張り。
「凄い…なぁ。流石に付き合い慣れてるねッ?夏希君。そんな事まで気を遣って貰える彼女ってメッチャ幸せじゃんッ!凄いよ…。えーとね、この日からなの…ここから先は…大丈夫かなッ。」
又、褒め殺しが始まり…。
紀伊が又…。要らない情報を詳しく言いッ。
指をさした。
「ハハ…。妹が居るんだ。でね。デートの時に…ああ、憂鬱ッ。躰、キツいのにッ!って、愚痴ってるからさ。それだけだよ。」
謙遜などと言う事をしてみたり…?
「そうなの?でも…。それを聞いても気を遣ってくれない人も沢山居るよッ。夏希君は、基本、優しいんだよ。へー。妹さんも可愛いんだろうなー?」
一人で色々納得して、地味顔で頷く紀伊と、祭の予定を何回か決め。
「じゃあ、又、連絡する。コーヒーご馳走様ねッ。」
玄関で言った。
「ああ、今から凄い楽しみッ。浴衣出そッと。待ってるねッ?お休みッ。夏希君。今日も有難う。」
堪らない嬉しそうな顔で紀伊は言う。
おいおい…。子供の遠足かよ…?
なんて、思いつつも…。
「ハハッ。俺も、楽しみッ!お休みッ。紀伊。」
クセで…投げキッスしてた…。馬鹿だ。
「ギャーッ!」
後ろで、紀伊の悲鳴を聞きながら…。
警察が来るわッ。なんて…苦笑していたよ。俺。

「ああー。暑いのにッ。俺のハートまで、熱くするんだね?君達はッ。はい。おまちどおさまッ。」
又、朝から目が幸せな光景にハイテンションな一日が始まった。
昼になり、秀の?瞳ちゃん達が来た。
「秀ちゃんッ。又、海の家に似合わない顔で働いてるねッ?やだやだッ。私、焼きそばッ。」
相変わらず、盛、盛りのド派手な瞳ちゃんが秀を冷やかす。
「全く…。余計な世話だッ!又、来たのッ。瞳ッ?」
秀はつっけんどんに、言い返す。
他の子も注文を済ませ、席についた。
「私は、秀ちゃんが彼女の一人も出来ればって親切で言ってるのッ!ねえ?お兄さん?早く、してよねッ。秀ちゃん!」
瞳が秀とまだ、話したそうに、俺に振る。
「ハハハッ。ねえー?」
俺は、笑って秀を見る。
「ウルサいッ。早く、席に行けよッ。」
秀は、まだ素直になれず?言った。
瞳ちゃんが遅れて一人で席に向かう…。と…。
「ねえねえッ。俺達と合流しようよッ!」
店の少し前で、ナンパされたッ!
「え…ええ…。」
瞳ちゃんが困り、秀を振り返るが…。
秀は…ソワソワしながらも、知らん顔の振りだ。
「良いじゃん?大勢の方が楽しいよッ。」
馴れ馴れしく、瞳ちゃんに近寄ったッ。
「秀…。人間にはなッ。張って良い意地と張っちゃいけない意地ってのが有るんだッ。今は、意地を張るべき時じゃ無いよ。行けッ!」
秀は焼きそばの手を止め…。
「でも…。なんて…」
苦い顔をする。
「俺の彼女に何かッ?って、瞳の肩に腕を回せば良いんだ。告白と…一石二鳥だぜッ。」
俺は、秀にウィンクをし、尻を叩いて押し出した。
秀はやっと、慌てて走り出した…。
「だ…大丈夫なんすか?瞳ちゃんがもし…望んだナンパなら…?」
ハルが心配そうに訊く。
「ハハハッ。若いなッ。見てろよ。ハル。」
俺は、言う。
勿論。ヤバければ出られる様にしてね。
「お…俺の彼女に何かッ?」
秀…。まんま、言うんだね…?
瞳ちゃんが肩に回された腕に、目を丸くして秀を見る。
「なんだよ。男連れかッ。紛らわしいなッ。」
男達はブーブー言って立ち去った。
俺は…
「さあ…。ハル。ここから、秀が漢になるかの勝負だぜ…。良く、見てろよ。」
ハルに言う。
「ちょ…ちょっとッ。秀ちゃんッ!何よッ。俺の女ってッ。か…彼氏が出来なくなったらどうしてくれるのッ。も…もーっ。」
ビキニよりも赤い顔で瞳ちゃんが文句を言った。
「ウルサいッ。瞳ッ。俺が責任とる。一生なッ。」
秀は、一言。言い切った。
「も…。遅いッ。言うのが遅いよッ。秀ちゃんッ!もーっ!ずーっと、待たせてッ。泣けるぅー。」
瞳ちゃんが秀に抱き着いたッ。
おいおい…。まさかの秀が?一番ゴールかよ…ッ!
俺…。先、超されたの…ッ?
「ヒューッ。やるなーッ!秀。なッ?ハル。」
それでも、俺。超嬉しかったんだ。
「お…漢ッスね…。カッケーよッ。秀さんッ!」
瞳ちゃんが仲間にギャーギャーと冷やかされるなか…秀が店に戻った。
「俺ッ。ここで働いて良かったよ。夏希さん。有難うッ。ああ…ッ!全然ッ。焼きそば出来て無いじゃんッ!何をしてたんだよッ。二人も居てッ。又、夏希さんの鼻の下みたいに伸びちゃうじゃんッ。全くぅーッ!役に立たねぇーなッ。」
え…ええーッ!そうかい…?秀。一言だけで…。
もう、普段モードかい…?そんな、感じ…?
ハハッ。照れだよなッ?全く、秀は、寿司のさび抜きじゃないけどさ、ツンデレのデレ抜きだよなッ!ツン?え…。変じゃねぇ?
「はいはい。鬼軍曹が怖いから、働こうねーッ?恋をしても、尚ッ。柔らかくならないヤツも居るんだねー?本来はこう言うのモテないよ。覚えておきなさい。ハル。ハハハ。」
俺は嫌味の一つ位は言いたくなって言ったが…。
そこそこ、自分も幸せっぽかったから、笑った?
「は…はいッ。了解ですッ!」
メモでも取りそうな程、ハルは真剣に答える。
「あ…。あのねぇーッ!俺、運ぶからッ。焼きそば詰めとけよッ。ハルッ!」
怒りながらでも…やっぱり、自分で運ぶんだね…?
可愛いな…。秀は。
良いねぇーッ!アオハルだッ。
さあ…次は?ハルと俺だね?どっちが早いかな?
ええーッ!どっちがってか…?
ハルは目的の彼女がいるけどさー。
俺は…?まだ、これって、落とすべき相手も定まってなくねぇ?
定まってない…のかな?
あれ程までに心配して…。祭にまで誘っちゃって?
まだ…自分を誤魔化すの?
顔が美人じゃないから…?いや…。違うだろ?
うーん。ぶっちゃけ、怖いんだよね…。
紀伊が、良い子過ぎて…。プレッシャーが有る。
傷付けちゃいけないとか…。
チャラい子なら傷付けて良いって訳じゃないよ。
でも…さ、慣れていない分。幻滅させちゃいけないとか、妙に責任取らなきゃ…。とか…。
ともかく、変なプレッシャーなんだよね。
しかも…。紀伊、本人が言ったけど、地味子ちゃん程…。ガードが固いし。疑い深い。
こんないい加減な俺が…。信用されるまで根気よく向き合っていけるのかね…?
なんて、結局は慣れない異例な恋愛に尻込みしてるチキンだってだけかもしれない?
全部がね、ハテナ?なんだよ。自分にさえ、自分が解らない。
ただ、紀伊と会ってると楽しいんだ…。俺。
秀の急展開もあり、今日も楽しく働いたなー。
おッ。幸哉が又、来たよ…。夏だねーッ!
合コンたけなわか…ッ?
「おうッ。夏希、どーゆー事ッ?この前の合コンだよ。何が不満で帰った?お前の好みにピッタリだったじゃんッ?」
文句?文句を言いに来たのかい…?
俺が俺自身に、どーゆー事か訊きてぇーんだよッ。
「いや…。文句なんてなかったよ…。最高に可愛い人選だった。有難うね。でも。お腹がね。空いてたんだ…。俺。」
ぶっちゃけ。何故か、つまらなかったしね…。
「なんだ?それ。又、合コン有るよ。この前程の高レベルでは無いけどさ。どーする?ハハッ。勿論。参加だよね?」
幸哉は俺が飛び付くと思って言った。
ヤッホーッ!勿論ッ。
「う…ん。暫くは…合コン、いいや。」
ええーッ!この俺がッ?合コンの誘い断るのッ?
何してるの?俺。
「ええーッ!行かないのッ?死に前かッ?夏希ッ!な…何か、悩み事なら言えよッ?」
幸哉がのけ反る程、驚いて…。
俺自身も、驚いてたッ。
無理したんじゃない。なんだか…紀伊と祭に行く前に他の子と、チャラチャラしたくない自分が居た。
遠慮とかじゃなく…。
合コンに参加した所で、紀伊と居る時より楽しい気持ちになれないだろう。って感じてた。
「ハハ…。悩み?ね…。悩みかもね?いや、ちょっと。気になる子が居るからさ。それだけだよ。その内、合コン、合コンって又、騒ぐかも?その時は、参加するから。ハハ…。」
うーん。後で後悔するなよ?俺…。
「あっ。そうなんだ?ビックリした…。じゃあ、又誘うよ。じゃあなッ。実家。手伝えよッ。」
ハハ…。やっぱり、最後は観光協会だよ…。
手を振り、幸哉を見送った。
海では、数カ所で、男女のグループがBBQの準備をしていた。
ハハッ。夏だねーッ。夜には花火かい?
可愛い子が沢山で、楽しみだねぇ?
君達。ゴミは、キチンと片付けて帰えろうね。
俺も、すっかり海の家の人だ…。ハハ…。
良識人になっちゃったのかな…?
合コンまで断っちゃうし…。今年の夏は、調子が狂いっぱなしだな?
初合コンが不味かったかね…?
ほら…。紀伊の幻なんか見えだしたよ…。
重傷かよッ。俺。
ええーッ!げ…現物…!いやッ。現実じゃんッ!
「こ…こんばんは。えーと、ち…近くまで散歩に来て…。そう言えば、夏希君。海の家って言ったよな…?なんて思い出したから…。見るだけのつもりでね…。まさか…。居るとは思わなかったッ。」
うん。私服もやっぱり…地味なんだね?
でも…。制服になれちゃったのかな?
芸能人のオフショットを見てる感じ…?
新鮮だな…。なんて思っちゃったじゃんかッ!
「ああッ!昨日は有難う御座いました。又、又、御迷惑掛けちゃって。初めに言わなくて御免なさい。ハハ…。」
又、酔ってないのに赤い顔で言う。
「いや…。俺が、飲ませちゃったから。頭、大丈夫だった?」
いやいやッ!お前の頭が大丈夫?
又、付き合って、赤くなってますがッ!
「うんッ。お祭りの事で興奮してね…。全然ッ。忘れちゃってた!ハハッ。」
ハハッ。思わず…。イソイソと浴衣を出してる姿を想像しちゃったわ。
「ねえ。紀伊。缶ジュースと、冷めちゃってるけどさ、焼きそばの余りが有るから。軽く、お茶していかない?時間…。ないか…」
又、懲りずに紀伊を誘い掛けたが…。
「う…嬉しいッ!良いのッ?ええーッ!海の家の焼きそばなんてッ。学生の時、振りだよッ。」
ええーッ!くいぎみ来たよ…。
そ…そこまで嬉しいんだね…?紀伊…。
「ハハッ。冷めてて不味いかもよ?じゃあ、紀伊。こっちに来て、ジュースを選びなよ。俺は…。ビール飲むけど。ああ。その前に家に電話しちゃうからね。」
紀伊に手招きをして、まだ、氷が残るオープンクーラーを見せた。
「ああ。民宿、忙しかったら無理はしないでよね?私、帰るから…。」
心配そうに紀伊は言った。
「もしもし。俺?忙しい?ハハッ。じゃあ、帰らなくて良いよねッ。宜しくッ。」
明日のおでんまでもが、出来ているそうで、安心した。
「OKだよッ。紀伊。何にする?」
紀伊はクーラーを覗いていたが…。モジモジと、遠慮がちに…。
「ま…又…。ビールを少し貰っちゃ駄目かな…?ああ、今日は自力で帰るからッ!約束するからッ。」
ハハ…。必死だよ!頭痛がするのに…何故飲みたがるかね…?この子は。
実は、俺も、ビールを勧めようと思ったんだ。
でも、実家が忙しきゃ送れないから、止めたんだけど。もう、紀伊が、酔っても安心だ。
「勿論。OKだよッ!ハハッ。しかも、ちゃんと送るからね。じゃあ、三日目の乾杯するかッ?」
俺は…クセでね…。紀伊にウィンクをした。
「ググッ。」
え…。何か、変な声を出したかい?紀伊。
時に、ビールと、焼きそばを出し。店の前のテーブルにセットした。
「わ…私。今年の夏の事…。絶対にッ。忘れない。こんなに、幸せな夏ってないものッ。」
だ…だからッ。可愛い事を言うんじゃないよッ!
夕陽と海のマジックで、又、可愛いなんて思っちゃうじゃんかよッ。
「紀伊は、大袈裟だなーッ。たかが、ビールと冷めた焼きそばだよ?」
夕陽が照らす紀伊にビールを注ぎ言う…。
「外で食べる焼きそばってさ…。夏希君が言う。夏の夜と同じで、特別ッ。半分以上、雰囲気で食べるモノだと思わない?」
思うッ!全くッ。その通りだよ。紀伊。
「ハハッ。痛く、同感ッ!俺に言わせれば、90%は特別で出来てるねッ。屋台の焼きそばは。じゃあ、特別焼きそばに乾杯ッ。ハハッ。」
紀伊は、ニコニコよりもニヤニヤに近い程、嬉しそうな笑顔で…。
「三日目の乾杯ッ!遠慮無く、頂きますッ!」
スッゴい。た…楽しいんだね…?紀伊。
ああ…。又、紀伊の赤い地味顔見ながら乾杯か…
あーあー。又、美味しそうに焼きそばを大口で食べてるよ…。ハハ…。
「今日は外だから、益々。美味しいねッ!夏希君。私、こんなに美味しい焼きそば初めてッ。へへ…」
は…始まった。真っ赤になってるよぉ?ハハッ。
紀伊のへへ…。が出ると、酔ってるか、照れてる証拠だぞー。
「そんなに…美味しいかぁ?でも…。紀伊のその顔見てると、美味しくなるなッ!ハハッ。」
又、チビチビとビールをすすり。
「そうだッ。昨日ね…。お婆ちゃんが又、泣いたから、訊いたの。泣いてるけど、幸せ?って。お婆ちゃん、心でお爺ちゃんを思うとそれだけで温かくなるの。ってニコニコしてね、そんな人が居る事が幸せね。って言ってた。聞いた時は…。へぇー。って感じだったけど…。今、私。解るなッ。」
ハハッ。又、ベラベラ話し始めたね?紀伊。
「今は解るんだ?紀伊…?」
前は…。お婆ちゃん、幸せなのかな?って俺に、訊いてたよな…?確か…。
ふーん。今は、解るんだ…。
「うんッ。全部じゃないけど…。何かを思って、温かくて…幸せな気持ちになる。って事は共感できるの。だって…。お祭りの事を考えるだけで、幸せになるんだもん。私。へへ…。」
か…可愛い事を又、言うんじゃないよッ!
缶ビール如きで、クラクラしたわッ。俺。
真っ赤な夕陽で染まり、ビールで追い打ち?を掛けた、真っ赤っかな顔を傾げ。
「う…ん。違うな。お祭りに夏希君がね、私を誘ってくれた事を思うと…。温かくて、幸せな気持ちになるんだッ。お祭りも、勿論。楽しみだよッ!でもね…誘われた事が。堪らなく私を幸せにしてくれるんだよねッ。へへ…。今、凄いッ。幸せ者なのよ。私ッ。へへ…。」
う…わ…。これ、又。心で思っても口には出さないはずの、ハズい事を言い出したね…。
こ…これ。可愛い過ぎるッ。って思うでしょッ!
「き…紀伊は、素直過ぎて…。こっちがハズいッ。でもさ…。紀伊は誘われたのが嬉しいんでしょ?だったら…。他の人がさー。違うお祭りに誘ったら?又、凄い喜ぶんだろ…?」
俺は…。何、拗ねた様な事を言ってるのかね…?
実際。付き合った訳じゃなし…。紀伊を縛る権利?もないよね。
たださ…。やたら誰にでも、喜んで着いて行くと危ないよ。って言いたいだけなんだ。俺はねッ。
はあ…あ。はいッ。嘘を付きましたよ。
嫌なんです。紀伊が他の男と花火の浴衣で出掛けるのがッ。非ッ常ーにッ。嫌なんですッ!俺。
もーっ!そう。言えよッ。俺。
「行かないよッ!私…。夏希君じゃなきゃ行かないよッ!あ…。だって…。あの…。や…やっぱ、夏希君じゃなきゃ、美味しいねッ。って笑い合えないしさ…。酔っても、安心出来ないしッ。つ…辛い日も訊いて貰えないし。わ…私のつまらない話しを聞いてくれないもんッ。やっぱり、夏希君じゃなきゃ。ね…ねぇ?」
あーあ…。紀伊。耳や首まで真っ赤っかだよ…?
鼻の穴の中まで赤かったり…?鼻血かよ。ハハ…。
しかしさ…それ。堪らない…落とし文句だよねぇ?紀伊。
俺が、思ってる以上に小悪魔なのかい?
いや…。やっぱり、素直なだけだよなー?
じゃあ…。
「ああッ。良かったッ!紀伊が他の男と花火の浴衣で歩いてるのなんか、絶対にッ。見たくないッ!って思ってたからね。今の言葉を聞けて、安心したよッ。俺。」
素直になった。
「ハハッ。我が儘だッ。夏希君。自分は色んな子とお祭りに行くクセにぃー。私みたいなのまで、自分だけじゃなきゃ駄目なんてッ。欲張りだよー。」
卑屈に考えたんじゃ無くて、普通に紀伊は言った。
「いや。行かないよ。少なくとも、今、紀伊としか約束してない。ってか、紀伊と同じだね。俺もね…なんかさ、例え他の子と行っても、美味しいねッ。って笑い合える気がしないんだよな…。」
そう。この地味で真っ赤な顔が無きゃ始まらない。乾杯も、美味しいねッ。も、紀伊の地味顔と、美人な言葉が無きゃね…生まれないよ。きっとね。
「そ…そんなの。私だけが超幸せ者じゃんッ。嫌だな…。きっと、バチが当たるッ。」
だから…。俺と祭に行くのを幸せ者って思うのも、紀伊だけだってば。
なんて、謙遜した所で…。その言葉にニヤニヤする自分がいるんだよ…。参るねッ。
「ハハッ。俺も幸せ者だよ。今もねッ。大好きな海に綺麗な夕陽が落ちて、大好きな紀伊の美味しそうな笑顔が有る。紀伊だけじゃない。俺も、幸せ者だッ。だから、バチは当たらないな。ハハッ。」
ま…又かよッ。紀伊がグイッとグラスを空けた。
「珍獣?うん。珍獣だな。夏希君。多分。物珍しいんだね?私がさ。今まで綺麗な子ばっかり見てきたから…地味な私が珍しいんだ。だから、勘違いしちゃうような言葉を言ってくれるんだな…。」
ええーッ!なんだか、宙を見つめてブツブツ言ってますが…ッ?
だ…大丈夫ッ?紀伊。気をしっかり持てよッ。
でも…言えてる部分も有るよ。
「ハハッ。珍獣はないけどさ、言えてるかもね。確かに、俺の周りには居ないタイプだよ。紀伊はさ。でも、珍しいから誘った訳じゃないし、珍しいから紀伊にハマった訳じゃ無い。嘘は言って無いよ。ここに紀伊と居て、今、俺は幸せなんだよね。」
きっと…。紀伊が幸せそうだから、俺にも幸せが移っちゃうんだけどね。
ああ…。暗くなってきた…。
「夏希君が…幸せだったら、私なんか…。大幸せだよ。いやいや…。又、明日も一日中、ニヤニヤしちゃうね?私。へへ…。」
大幸せって…。何だよッ。ハハッ。
しかも、会話が褒め合いのバカップルになってるじゃんッ!
何なのこれ…?
確実に楽しいんですけどッ!俺。
「ねぇ。紀伊。提案が二つ有るよ。」
「ええーッ!まさか…まだ、私を幸せ者にする気?」
ハハッ。発言まで楽しいはッ。
「いやいや…。紀伊が幸せかは解らないけど。一つ目は、夏希君。って呼ぶの止めない?」
俺が呼び捨てなんだからさ…。
「あ…。御免なさい。馴れ馴れしくて、嫌だったよね…。えっと。安岡さん?で…良いかな?」
じゃあ、俺は「松苗さん」だね?ち…違うッ!
そっちかよッ。紀伊。
「ハハハッ。って…。違うだろうッ!俺が、紀伊。って呼んでるんだからさーッ。紀伊は?夏希ッ。だろッ?何?安岡さんってッ。超嫌じゃんッ。」
又、だね?普通の目を…今日は剝いてるよッ。
「な…夏希ッ?って…。とんでもないよッ!そんな恐れ多い事、出来ないッ!私。」
お…恐れ多いんかいッ!
水戸光圀かよ…?俺。
「ハハハッ。何?恐れ多いって!紀伊。又、俺を笑い殺す気だね?ハハハッ。夏希君。って呼んでも返事しないからッ。夏希。ねッ?」
いやいや…。そんなに剝いても?残念ながら…目はそれ以上大きくはならないよ…?紀伊。失礼ッ。
「な…夏希…?」
目はデカくしたのに、蚊の鳴くような声で言う。
「はいッ。そうそう。」
「夏希ッ。」
「何?紀伊。」
「ギ…ギャーッ。無理無理ッ。絶対に、バチが当たるぅーッ!幸せ殺されるぅーッ!」
これ又、デジパーでも、緩パーでもない、普通のパーマさえあてていない、切りっぱなしの?地味な髪を掻きむしる。
「ハハハッ。紀伊は大袈裟で、可笑しいねッ?例え幸せ死んでも、夏希ね。決まり。じゃあ、二つ目の提案。もうちょっと、時間は有る?幸せついでに、紀伊と、花火がしたいんだけど?暗くなったし…」
ええーッ!酔いすぎた…?嘔くのッ?紀伊。
紀伊が…口に両手を当てている。
「は…嘔くの?紀伊?具合悪いのッ?」
ブルブルと、濡れた犬みたいに紀伊が頭を振り…。
「普通の人達の夏みたいで…。まさか、私が殿方と夏の海で花火をするなんてッ。夢に見た事さえなかったから。驚き過ぎたぁ。良い夢を有難うねっ。夏希君。」
出たよ…。殿方がッ。ハハッ。
俺は花火を持ってきながら…。
「やっぱり、やらないッ。夏希君。って呼ぶならやらないッ。」
「ああッ。夏希ッ。夏希ッ。花火、やりたいッ。」
「うん。一緒にやろ?紀伊。ハハッ。」
バケツを用意して、羽でも生えて飛びそうな程に舞い上がってはしゃいでいる紀伊と、誰かがくれた、些か湿っぽいし、しょぼい花火を楽しんだ。
「綺麗だねッ。夏希…。へへ…。」
花火の光が紀伊の地味顔を彩りどりに染める。
「綺麗だね…。紀伊。」
は…花火がッ。だ…よ…?
「幸せって…。長く続かないって、私。思ってたけど…。三日も続くんだね…。凄いなッ。へへ…。こんなに、綺麗な花火初めてだッ。」
花火に染まる紀伊の頬に涙が…ッ?
「俺は…。多分。この綺麗な花火より…。紀伊の浴衣の花火に萌えるんだろうな…?へへ…。」
紀伊の頬を濡らす涙を手で拭い…。
紀伊が乗り移った様なハズい言葉を口にしていた。
「もーっ!夏希のせいで、せっかく買った宝くじも台無しだよッ。三日間で一生分の幸せを貰っちゃったもんッ。でも…。いいや。何よりも嬉しい言葉と思い出が残ったからッ。へへ…。」
そうかい…?今まで涙してたのに…。
いきなり、リアルな事を持ち出すんだね?紀伊。
「ハハハッ。それは残念だなッ。紀伊の宝くじが当たったら、唐揚げ定食をご馳走になれるのにッ。」
最後の線香花火にそっと火を着けながら…。
俺も、妙にリアルな事を言ったッ。
「ハハッ。ちょっとーッ。夏希ッ。笑わせないでよッ!種が落ちちゃうじゃんッ。」
「いやいや…。紀伊が突然、リアルな事を言い出したんだろ…?」
二人で真剣に線香花火を見つめながら。
本当に他愛も無い会話をやり取りする…。
こんなに、穏やかな一生も…良いかもね?俺。
なんて…。
周りでBBQにはしゃぐ、水着姿のギャルを目で追う事が一度も無かったんだよ…。
そんな、自分の変わり様に呆れてた…。

つ…遂に、花火大会の当日になった。
「今日、俺は浴衣を着て、デートです。夜は手伝えないので、宜しくお願い致します。」
朝食の席で家族に言った…。
「な…ッ。何なの?昨日から、聞いてるけど?何、何?マジなのッ?」
「遂に、年貢の納め時かい?夏希?」
「はあ…。どんなド派手な女の子やら…。怖っ!」
家族さえ、俺の異変に気付く程…。
念入りに?行動していた。
「あの…。具合でも悪いの?店長…。」
ハルが心配して声を掛ける。
「だよなッ?まるで普通の人みたいだよな?今日。」
秀が相変わらず、憎たらしい事を言う。
「な…何がだい?若者達。普段通りだよ。俺。」
いやいや…。明らかに可笑しいのは自分でも解ってるよッ。
だって…。色んな意味で緊張するんだもん。
二人で浴衣を着るんだよ?前にも言ったけど…。
知り合いに会わない可能性の方が少ないんだ。
絶対にッ!声を掛けられる…。
なんて、言うの?俺。
結局…。俺は最低の人間なんじゃん?
地味顔の紀伊を人に見られたくない。とか、考えてるんだろ?
じゃあ…。祭になんか何で誘ったのさッ。
今更、何なの…。俺。
あれだよな…。昨日の夜辺りから、ソワソワしてたんだろうな?紀伊。ハハッ。
何を食べるにしても、又、あの大きな口でパクパク旨そうに食べるんだろうな?紀伊。ハハッ。
金魚掬いとかやるかな…?
うわ…。紀伊、超トロ臭そう…。ハハッ。
きっと、期待してる浴衣姿でさえ…地味なんだろうな?紀伊。ハハッ。
ああ…。早く時間が経たないかなー?
おいッ。一体、何なんだよッ!精神分裂かッ。俺。
ハタと気付くと…。心配そうなハルと、気持ち悪そうな秀が、一人、百面相をしてる俺を遠巻きに見ていた…。
「いやね…。逆に。君達よりもナイーブな年頃なのよ。俺。ハハ…。」
「恋っすか?店長が…。」
いや…。何?店長がってッ!が。は何ッ?ハル。
「良かったら、相談に乗りますよ?」
な…ッ!ちょっと前までツンだったクセにッ!
青二才めがッ。青二才ってさ…。今時使わねぇーよ…。俺。
「いや…。君達は、しっかり働いてくれ給え…。気持ちだけッ。頂いておくよ。秀…。ハハ…。」
結局…。一日中、いつもの軽口を、好みの女の子達に掛ける事もなく…。
静かーに…。働き続けた…。
早めに、店を閉め。
家で浴衣に着替えた。
紀伊の家に向かう途中、早くもダチに声を掛けられた…
「祭?俺も行くんだ。彼女とねッ!」
そうかい…?来るんだね…?しかも、彼女と。
又、
「ほぉー。夏希、デート?良いよねーッ。俺は、仕方なく男同士で行くよ。夏だってのにねッ。」
良いのかね…?ハハ…。男だけでも…来るんだね?
ほらなッ。皆、来るんだよ?だから何…?
ああ。紀伊のアパートに着いたよ…。
チャイムを鳴らす。
「はーいッ。夏希?」
玄関のドアが開き…浴衣姿の紀伊が出て来た。
ええーッ!だ…駄目だッ。症状が悪化してるぅー。
き…紀伊。可愛いッ!
「か…可愛いねぇーッ!紀伊。とっても可愛いッ!」
ええーッ!紀伊じゃあるまいし…。
口に出すの?俺ッ。
「な…夏希こそ…。似合うとは思ってたけど…。想像以上に、凄い、カッコ良さの破壊力だねぇ…。私。本当に、一緒に歩いても良いのかな…?」
いやいやッ。又、褒め殺すんだね…?
「ハハッ。一緒に歩かなきゃ、祭にいけないよ?行こう。紀伊。」
浴衣の紀伊にソワソワしちゃって、俺は言った。
「うんッ。楽しみッ!夏希ッ。何、食べるぅ?」
い…いきなり、そこかよッ。
カタカタと下駄を鳴らして紀伊がはしゃいだ。
「いやいや…。紀伊。現地に行ってゆっくりと、全部。見てから決めようよッ。食べた後で、これも有ったッ!って後悔したくないじゃんッ?」
ブラブラと祭に向かいながら話す。
「それッ。良くやるよ…。私。食堂のメニューでもね。ええー。これ有ったのッ?て…。流石は慣れてるね?夏希。」
食堂で、しまったッ。って地味顔の紀伊を思って、笑えた。
「ハハッ。いや、俺も久々だから今の祭に何が売ってるか、興味有るだけだよ。ねえ…?紀伊。下駄が痛かったり、俺の歩調が早かったら言えよ?」
軽い、緊張に早足になりそうでさ…。
「グハッ。出たよッ。夏希のイケメン発言だッ!了解デス。絆創膏も沢山持って来たしッ。ハハッ。」
いやいや…。出たよッ。紀伊のイケメンが…。
「紀伊。余り…。自分のツレを、イケメンって言わないよね?普通の人は。」
紀伊は巾着袋を振りながら、凄い楽しそうに。
「フフッ。手前味噌じゃいけないけどさ。大丈夫。私のツレは誰がどう見てもッ。イケメンだから!」
いや…。無駄に嬉しそうだね…?紀伊。
ハハッ。見てる俺まで幸せになる!
そろそろ、時間的にも人通りが増えて来たな…。
ど…どうする?俺。手なんか…。繫ぐ?
「おうッ。夏希じゃんッ?え…?」
正面からダチが、可愛い彼女連れで声を掛ける。
だよな…。早速かよ…。ってか、もう。帰りか?
「おう。郁。何…?もう帰りなの?」
俺は色々、考えてた割に動揺もせず…。
普通に訊いていた。
「はあ…。馬鹿でさ、下駄がね。痛いんだってッ。慣れないもん履いて来るから…。絆創膏を買いに、コンビニまで逆戻りだぜッ!夏希は?デート…?」
見ると、彼女は泣きそうになり、顔を顰めている。
俺は紀伊を振り返ると…申し訳無い様な様子で…。
超ッ。離れて、地味顔を下にして俯いている。
まるで…自分が知り合いなのが悪い様にね…。
馬鹿なの?紀伊。誘ったのは俺の方だよ?
「勿論ッ。デートだよ。ああ、紀伊。ちょっと、彼女の下駄ズレ?見てやって。絆創膏を貼ってよ?」
紀伊は…今までの中でも一番大きく目を剝いて…。
彼女に、走り寄って来た…。
ハハ…。顔が真っ赤だよ!紀伊。
「あのなーッ。郁。彼女はお前の為だけに浴衣で来たんだよ。有り難く思わなきゃッ!その態度、バチが当たるぜッ。なあ、紀伊?」
紀伊は深く、コクコクと頷き。
「そ…そこに、腰掛けて。絆創膏貼るからね。痛かったでしょ?超ー。解るよッ!」
彼女に言った。
「有難う…。本当に有難うッ。」
彼女が紀伊と俺に、安心した笑顔を見せて言った。
「チェッ。俺が悪者かよ…?まあ…。それ、言えてるよな。有難うね。え…と。紀伊ちゃん?」
ダチは頭を搔いて、紀伊に礼を言う。
「いえ…。でも…。痛みは有るから、ゆっくり歩いて下さい。これ。又、剥がれたら張って。ね?」
と、替えの絆創膏まで、彼女の手に渡す。
「ハハ…。流石は、夏希の彼女だな?似てるよお前達。良かったな?由紀。んで…。さっきはゴメンなっ。ゆっくり歩いて、祭に行こう。」
由紀ちゃんは少し、泣いちゃって…。コクコクと頷いて…。
「良いねッ?素敵な彼でッ!私の彼もね。ハハッ。」
と、紀伊の手を握った。
「へへ…。」
ええーッ!酔ってないのにッ?へへ…。かよ。
しかも、あ…赤過ぎるぅー!顔。
「ハハ…。じゃあな。郁。行くよ?紀伊。」
俺は紀伊に手を差し伸べたッ。
紀伊はカタカタと寄って来て…。俺の手をパッと掴んだ。
素敵なネイルも無い。綺麗でも無い。
堅実に働く人の手を、俺は力を少し力を込めて握り…。
トマトも顔負けの真っ赤な紀伊と、微笑み合った。
これ…。かなり、幸せじゃんッ。俺?
似てるってさッ。ハハ…。参るね…。嬉しいやッ。
「あの…。夏希?人に、デートなんて言っちゃっても…。良いの?」
紀伊は戸惑う様に訊いた。
「ハハッ。困ったねッ。明日には皆。知ってるよ?手も繫いでるし。これから、まだまだ知り合いに合うだろうしねー。困ったから…。俺の彼女にならない?紀伊。」
こ…これはッ。遂に、告白だね?俺ッ。
「き…今日だけ?って事なのかな…?」
ええーッ!祭限定なんて、有りかよッ?
仕事じゃ無いんだからさッ。可笑しな発想だよな?
いやいや…。一日は無しっしょ?
でも…。どうするよ?夏はこれからだぜッ?俺。
「ずーっとじゃ駄目かな?い…一生とか…さ。」
な…何ですとッ?
こ…これはッ。プロポーズの域デスが…??
この夏だけじゃ無くて、人生まで掛けるんだねッ?
恐ろしい展開だな…。おいッ。
いやいやッ。他人事かよッ!
「ハ…ハ…ハハハッ。夏希?いきなりプロポーズ?ステーキじゃあるまいし…。」
いやいやッ。座布団一枚。紀伊。
そうじゃねぇーってッ。
「ハ…ハ…ハハハッ。まあね。プロポーズもステーキも、いきなりなんだよ。俺。」
ええーッ!空腹で又、可笑しくなってるぅーッ!
早くッ。今すぐにッ。訂正しなさいッ。俺。
「今から、付き合ってみて…。紀伊が俺を気に入ってくれたら、それも有りかな?ってね。」
全然ッ。訂正してねぇーよ…。それ。
「ねえ?一応、マジで訊くけど。これは…。マジ?まさか、ドッキリとか…。モニタリングとかじゃ無いんだよね?」
だよねぇー?言った俺が、ドッキリだもん。
「違うよ。紀伊。自分でも参る事に…。大真面目なんだよね。これが。ハハ…。どーよ?」
どーよ?じゃねぇーよッ。
断られたらどーするのッ?祭が台無しだよ…。
いやいやッ。そんな問題じゃねぇーッ。
そっちの心配かよッ。俺。
「解った。じゃあ。はい。だな。」
一人。又、コクコクし始めたよ…。
ええーッ!はい。だな。だな?え?
ああ。OKね。
「そう。じゃあ。紀伊さん。食べ物を選ぼうか。」
「うん。夏希さん。選ぼうか。」
「腹が減ったよね。」
「そうだよね。腹がね。」
「ビールも、飲むよ。」
「そうだよね。ビールもね。」
姿勢を正し正面を見たまま、二人は変な感じで、歩いていた。
「ああ。夏希じゃんッ。えっと…。デート?なんだよね…?彼女…かな?」
又、声が掛かり。繫いだ手をチラリと見て訊く。
「うん。彼女だよ。嫁になるかもしれないけどね。」
ダチは、アングリと口を開け…パクパクさせた。
「じゃあ。」
又、正面を見て歩き出す。
「そんな事まで言っちゃうんだね?夏希。」
「言っちゃうんだね。参るね…。紀伊。」
「ええ。本当に。参ります。しかし。取り敢えずはさ。後で振り返るとして。今は、祭に集中するか?満腹が二人の基本だからね。私達。」
「全く。同感だよ。二人とも、肉体労働者だから。じゃあ。何はさておき、定番の、唐揚げとビールは今、買うよ。紀伊もどうだい?」
「お供します。ただ。他も食べたいので、唐揚げはシェアでどうでしょうか?ビールは一本づつ、頂きましょう。頭を冷やす為に。」
「そうしましょう。じゃあ。俺が、買います。初デートですから。」
「それは、有難う御座います。言い合う状態に精神が追いついていないので、お言葉に甘えます。」
では、いざッ。とは言わないまでも、ビールと唐揚げを買った。
ビールを開けて紀伊に渡し…。自分も開けた。
「有難う御座います。乾杯です。」
「いえ。どう致しまして。はい。乾杯です。」
一気に、半分以上飲んだかな…?
流石の紀伊もグイッと飲んだ。
「紀伊。唐揚げをどうぞ。あーん。です。」
「はい。あーん。」
紀伊の大きな口に入れ。自分も、頬張る。
「あ…。美味しいねッ。夏希ッ。90%特別で出来てる味だッ。へへ…。」
早っ!もう…へへ…。タイムですか?
顔も真っ赤だし。早っ。
「うんッ。特別に美味しいねーッ。紀伊。」
ハハ…。唐揚げの旨さにやっと普通に戻って、やっぱり二人で美味しいねっ。と、笑い合う。
「紀伊。もう一つ、あーん。」
と、ニヤニヤ言う俺に…。
「え…。ええーッ!なつ…夏希ッ。何?どーゆー事になってる…。ええーッ!これ…何なのッ。」
あ…。幸哉だ。ハハ…。パニックってるぅー!
「紀伊。早く、あーん。うん。ああ、幸哉。仕事?」
紀伊は、口をモグモグしながら…。
「こ…こんばんは。へへ…。」
頭を下げた。
だよね?合コンで合ってるもんね?二人。
「いやいやッ!勿論。こんばんは。だけどさッ。何なのさ?これ。」
俺もモグモグしながら…
「何?って。デートだよ。今、やっと通常のデート状態になったところだ。」
幸哉は。益々、険しい?顔になり…?
「何の事だよッ?話しも、状況も、全てが見えねぇーよッ。俺。」
頭を掻きむしる。
「状況は、俺がデートに誘った。そこまでは良かったが、いきなりプロポーズをしたから、二人で放心状態が暫く続いてさ。今、ビールを飲んで、唐揚げを食べたら、旨さで普通に戻った。って感じ?」
紀伊はビールを通常通りにチビチビと飲み。
「感じ?へへ…。」
ハハ…。始まった!口を挟んだよ…。
「いやいやッ!感じ?じゃねぇーってばッ。今、何て、仰いました?プロポーズッ?結婚のッ?」
俺は唐揚げの空を捨てて…。
「へへ…。」
慌てて、紀伊の腕を掴んだ。
一気に飲んだせいで、定食屋状態だ。ハハ…。
「幸哉。取り敢えずは又だ。俺達、色々食べないとならないから。じゃあなッ。」
茫然自失の幸哉を道のど真ん中に残し…。
次の店にトットと、向かった。
後が…怖っ!

「紀伊。ぐるぐるした、ポテトが有るよッ!半分こしよッ。」
「わーッ。初めて食べるッ!へへ…。」
ポテトを買い…。紀伊を切り株に座らせて、又、シェアして笑い合い、食べていたが…。
「困りますッ。」
声がした。
「ねえッ。大変。女の子が困ってるよ。夏希…。」
紀伊がいきなり、シャンとして?言った。
あれは…ッ?ハルの…。雅ちゃんッ?
「紀伊。ここで、待っててねッ。動かないでよッ。」
俺は走り出し…。
「雅ちゃんッ。ゴメンねー。待ったッ!」
と、手を上げ、駈け寄った。
「あ…。店長さん。」
雅ちゃんが驚き…。
「ええ…。男かよ…。じゃあねぇー。チェッ。」
と、男達が散って行った。
しかし…。祭だな?こんな、地味な子にまで…?
いやいやッ。人の事は言えねぇーよ…。失礼。
「ちょっと、こっちに来てよ。話しはそれから。」
急いで紀伊の所に戻る。
「紀伊。この子、バイト君の友達なんだ。えーと。それで…どうしたの?雅ちゃん?」
雅ちゃんは紀伊に頭を下げ…。
「私、トロ臭いから…。皆と、はぐれて…。有難う御座いました。」
紀伊が少し除けて。
「まあ、掛けて。ねえ、夏希。危ないよ。又、何か有ったら…。」
ああッ!こ…これは、チャンスだよッ!
「うん。勿論ッ。今、ハルを呼ぶからさ、雅ちゃんハルと帰りなよッ!マジで危ないよ。」
携帯でハルに電話しながら言う。
「ええーッ。ハル君に…なんだか、悪いな…?」
雅ちゃんは下を向く。
「ああッ。もしもし、ハル…?」
ハルに事情を話すと…。
「す…直ぐにッ。行きますんでッ。それまで雅を宜しく!」
だよね…?でも、返事位は、訊こうか?ハル。
「ハハハッ。直ぐに来るってさ。途中で電話切っちゃったよッ。ハル。」
雅ちゃんは、まだ遠慮らしく…。
「ハル君…。迷惑がっていませんでしたか…?お祭りの夜なのに。悪いな…。」
紀伊が解るな…。って顔で雅ちゃんを見る。
「ハハハッ。全然ッ。大丈夫だよ。ハルはねッ。雅ちゃんが大好きだからさッ!ねえ、気分を変えて…どうせなら、ハルと祭を楽しみなよッ?」
世話好きなオッサン状態だな…?俺。
「ないないッ。私なんか…。ハル君が嫌がるよ…。」
雅ちゃんが目を剝いて…。手を振る。
紀伊は俺の言い方でハルの気持ちを察したようだった…。
「お祭りってね…、奇跡も起きるんだよ?今ね、この私がだよ?この人にプロポーズされたのッ。考えられないでしょ?全然ッ。お似合いじゃ無いじゃんか?世の中って何が起きるか解らないよね?しかもさ…。雅ちゃんッ。私が男なら、電話が来ても…。気の無い子を迎えには、行かないなー。あッ?ほらね。しかも…あんなに急いでッ。ハハッ。」
ああッ。紀伊。ハルがよく分かったねッ?
「ハルッ!こっちだよーッ!」
手を振り回し、走りながらキョロキョロとしているハルを呼んだ。
「み…雅ッ。良かった!心配させるなよッ!マジで心臓止まり掛けたぜッ。俺。」
ハルや…?眼中に無いんだね…?俺達の事は…。
「良しッ。せっかくのお祭りだから、俺様がビールと何か買ってやる。二人で食べろよ?」
「ちょっと…、夏希ッ。ビールは駄目だよッ。」
「あ…。ああッ。そうかッ!ハハ…。行こうぜ。ああ、ハル。雅ちゃんが又、はぐれない様にしっかり、手を繫いでろ。買った後は、俺達の初デートを邪魔するな。ハルがキッチリと、雅ちゃんを送れよ。おけっ?」
と、クセで…。ウィンクをした…。
紀伊が立ち上がり…。
「そうしよう。行こッ。夏希。二人とも、ジュースと、何が食べたい?遠慮しないで良いよ。私の財布じゃ無いからッ。ハハッ。」
言いながら、俺と手を繫ぐ。
ハハ…。紀伊らしい。ハルと雅ちゃんの緊張を解して、手を繋ぎやすい様にしたんだね?
流石はッ。俺の彼女だ!
「ヤ…ヤッター。何にしようか?雅ッ。はい。手、かせよッ。絶対に離すなよッ?」
ハル…。俺のビールでも飲んだのかい?
夜目にも赤いって顔でハルと雅ちゃんも手を繫ぐ。
「私…。ハ…ハル君と、同じのが良いッ。」
ブハッ。ハルッ。堪んないねぇー!夏だッ。
ハルと雅ちゃんに、ジュースとフランクフルトを買って…
「有難う御座いましたッ。お姉さん…。私にも、奇跡だ。ハハ…。」
紀伊に雅ちゃんがそっと呟いていた。
「でしょッ?夏の夜だもんッ。」
ええーッ。うつったのかな?紀伊が似合わないウィンクを雅ちゃんにしてみせる…。ハハハッ。失礼。
「んッ?何だって?雅…。」
ハルが訊いて。
「ハルッ。良いから、ちゃんと、そっちに座って食べろよ。手を離してると危ないからッ。じゃあ。又ね。雅ちゃん。ハルの手、離しちゃ駄目だよ。」
ニコニコ顔の紀伊の手を取り歩き出す。
後ろから…。
「プッ…。プロポーズーッ?」
ハルのデカい声が聞こえたよ…。
女の子は…おしゃべりだね。雅ちゃんッ。
すっかり、雅ちゃん事件で酔いが落ち着いた紀伊とブラブラと二人で歩き出し、タコ焼きを買って紀伊の大きな口に入れてやる。
「美味しいねッ。夏希のあーん。が益々。美味しくさせるよー。へへ…。」
うわッ。歯に青のりがッ!
「ハハハッ。紀伊、歯に青のりッ。」
「いや…。夏希。言おうか迷ってたけど、歯に青のり、口にソース、唇に鰹節…。トリプルだよ。」
紀伊が空いてる指で、俺の口と、唇を拭い…。
ペロリと自分で舐めた。
「へへ…。夏希ちゃん。ご馳走様ッ。へへ…。」
か…躰が…痺れた。
カーッて、熱くなる。照れじゃない。
恋の痺れ…。でも…。
「ハズっ。俺。早く、言って下さいよ。紀伊さん。」
紀伊に堪らなく欲情した、自分を誤魔化す。
だって…。ここで、浴衣を脱がす訳にいかないもんね…?ヤバっ。
「そこの、き…金魚を掬ってみるよ。紀伊もやる?」
金魚掬いに、紀伊を誘い。
躰と頭を冷やしてみる事にした。
「うん…。やるけど…。」
ハハ…。掬えないよねー。紀伊には無理だろうな?
紀伊に掬われる金魚がいたら、お目に掛かりたい!
ええーッ。何ッ!このしと…?何者なんですかッ?
プロッ?プロなんだね?紀伊。
俺が、1回掬って破けた紙を見ている間に…。
紀伊は、なんとッ!3匹の金魚を掬っていたッ!
「な…ッ!嘘でしょ…?何者よッ!紀伊…?」
紀伊は、見た事の無い不敵な笑みを浮かべ。
漫画なら…「キランッ。」と、描きたい様に…。
又、金魚を掬う。
「ホームで、地域交流のお祭を良くやるのよ。もうさ、これ系は、プロの域だよね。ハハハッ。」
親父が嫌な顔で…笑う紀伊を見ていた。
勇ましく、浴衣の袂をまくりヒョイヒョイと掬う。
紐があれば、バッテンにたすき掛けしそうな勢いなんですが…ッ!
人垣が出来て…「おぉーッ。」歓声が上がるッ。
「ハハ…。混んできて可哀想。叔父さん、有難う。戻すよ。」
と…。金魚を全部、戻してあげた。
「おぉーッ。」 又…歓声が上がるッ。
キャッチアンドリリース…。偉い釣り人かいッ?
流石は俺の彼女だッ。
「そ…そうかい?」
親父はニヤリと笑ったよ。人間だもの…。ね?
「ハハハッ。全部いらないの?紀伊。」
「私の家、昼間は暑くて可哀想。又…。結婚でもしたら、可愛い金魚鉢で飼うんだッ。へへ…。」
俺を振り返り、小さな目でウィンクをしたよッ!
ギャーッ。躰と頭を冷やしにきたのに。
今度は…躰に電流並みの痺れが走るッ!
小悪魔…いや、大魔王なのかいッ?紀伊。
地味なクセにッ。可愛い過ぎるぅー。
「そ…そうなんですね?良いですよね。そ…うしましょうね。」
何でだよ!逆だろ?普段はッ。
俺が赤くなって言った…。参りました。
「夏希ッ。次は?射的かな…?」
ええーッ。射的もプロ並みに上手いのッ?
祭の達人なんだね…?紀伊。
でも…。射的だけは、負けないよッ。俺!
ええ…と…。いやいやッ。これでこそッ。紀伊だ。
一体において、何を狙っているかさえも解らない?
「ウギャッ!痛いッ。」
ブーッ。ハハハッ。ギャハハハッ。
ウギャッ。って!何ッ。
「き…紀伊ッ。だ…大丈夫…。ブーッ!」
「笑ってんじゃんかッ。夏希ッ。えー?」
「ブーッ!ハハハッ。紀伊。お…おでこに丸いか…型がッ…。ブーッ!」
何を狙ったのか?台を打ち。跳ね返ったコルクは紀伊のおでこをバチンッと直撃したッ!
「ブーッ!いやいやッ。笑い事で済んだけど…。目だったら危なかったッ。もう、止めなさいッ。一体…何が欲しいの?俺が取るから。」
マジで危なくて…。次は俺に飛んで来そうだしッ!
そこかよ…。俺。へへ…。
「あの。赤いビーズの指輪ッ。」
紀伊は…。小学生が喜びそうな指輪を指した。
「おけっ。」
俺は一発で、仕留め?
ギャーギャーと喜ぶ紀伊に、隣のお揃いブレスも取った。
「ギャーッ。カッコ良すぎるぅーッ!スナイパーなのッ。夏希?」
俺がもし…スナイパーならね、「うん。」とは言えないよね?紀伊。
「まあ、プロの域かな!ハッハッハ。」
金魚すくいの敵は?打ったな!小さっ。俺…。
後、余り玉?は一つか…。
俺は女の子が好きそうな、大きくて、取るのがムズいウサギさんの耳を狙う。
ウサギさんは、グラグラと長い間…。揺れ。
チラリと紀伊を見ると、賛美歌でも歌い出しそうに?指を組み合わせ、固唾を呑んでいたッ!
ハハハッ。真剣だよ…。
ウサギさんがゴロリン…。あ…。落ちたッ。
「き…キャーッ。夏希ッ。ヤッター!」
き…紀伊が何とッ。俺に抱き着いて。キターッ!
き…キャーッ!ヤッターッ!
いやいやッ。違うッ。勘弁してよッ。紀伊ー!
「ハハハッ。ヤッター。紀伊ッ!」
思いとは裏腹に、俺は…。せっかくなんでぇ。紀伊を抱き締め返してみたりしていたッ。てへッ。
流行りの香水でも、お洒落なシャンプーでも無い…紀伊の香りがした…。
ウサギさんじゃなくて、紀伊に感動していたが…
「はいよ。これ、景品だよッ!」
面白くも無い?出店の人の声に…。
紀伊が我に返る…。チェッ。
俺から離れ…。大きなレジ袋を受け取った。
「有難うッ。夏希も、有難うッ!可愛い。へへ…。」
袋を覗き…。ぴょんぴょん跳ねる。
ウサギさんより…可愛い。
片手に袋を下げ…。俺と手を繫ぐ。へへ…ッ。
「貸してごらん。俺が持つよ。紀伊。」
手を出して言うも…。
「嫌だッ。私が持つ。せっかくの婚約指輪だもん!」
今度は俺が、今まで中で一番目を剝いたッ。
「じゃ…。じゃあさ…。俺がはめるよ。貸して?」
いやいやッ。ビーズの指輪をかッ?
「うーん。今は…。幸せ過ぎて、身が持たなそうだからさッ。家に帰ってから。はめて…下さい。」
家に帰って…はめて…。
な…何を言うの?紀伊。ギャーッ!ヤバっ。
違うッ違うッ。全然ッ。意味が違うからッ。俺!

「紀伊…ちゃん?」
遠慮がちな声が聞こえ。紀伊が驚き…。振り返る。
「ああッ。皆。」
紀伊よりは、明らかに…華やかで可愛い!集団が、紀伊に声を掛けた。
考えたら…。俺の知り合いだけじゃないよな…?
紀伊の職場だって、近いんだもんね…。
「ええーッ。まさかの、か…彼氏デスか…?」
可愛い子が目をクリクリさせて、訊く。
「デ…デ…イト?なの…ッ?紀伊…。」
少し年上の美形さんも訊いた。
「ええーッ。紀伊にまさかの、イケメン彼氏ッ!無いッ。無いッ。ええーッ!」
茶髪の、これまた。俺好みの子が、普通に失礼な事を叫んだ?
「う…ッ。え…と…。」
紀伊は…俺に言っても良いの?って目を向ける。
こんなに、上玉?揃いのホームなの?
爺ちゃん達。羨ましいッ!いや…。本当。
早まったの?俺。なんて事…微塵も思わずに…?
「あー。初めましてッ。紀伊の彼氏…って自分で言うのも何かな…?ハハ。夏希です。んで、デート中です。ねッ?紀伊。」
俺は、頭を下げ、頭を掻き、頭を紀伊に向け…言った。頭尽くしだ…?
紀伊を見ると…。又、顔色が赤だよ…。
「うんッ。」
さて。ここからが、俺のダチって訳にはいかない…
じゃあ。バイバイ。ではなかった…。
流石は、女の子達だッ。
「あのぉ?一体。何処で、知り合いに…?」 
早速。訊かれる。
「ハハ。始まりは…。合コン。だよね?紀伊。」
紀伊は…モジモジして…。頷く。
「合コンッ!え…と、合コンの中で…。紀伊を選んだのっ?」
ええーッ。しかし。これ、失礼だよな…?
「ハハ…。たまたま、隣同士で…話してて。その後、偶然、会って。盛り上がった。かな?紀伊。」
いや…。まだ、モジモジ君なのかい?古っ。俺。
紀伊は又、頷く。
「盛り上がる…?紀伊とですかー。」
いやッ。本当。失礼だな!
「ええ。ホームの話しでね。ねッ?紀伊。」
「もう、老人ホームに…興味が?その歳で…?」
敵?は益々、不思議そうな表情だ。
「いやいや…。全然ッ。興味は無いよ。ハハ…。でも、気になったんだ。きっと俺は…。紀伊の言葉と行動に興味が有ったんかな…?」
いやいやッ。紀伊。君は俺側の人だよ?
何、皆と一緒に真剣になって聞いてるのさッ?
「紀伊の言葉と、行動?えー。興味湧くかな…?」
ええー。まだ訊くんだね?
しかもッ。重ね重ね。失礼だな!
「紀伊の言葉がね…凄い。美人?でさ。紀伊の美味しそうに食べる仕草が可愛くて、可愛くて。見ていて飽きなかった!ハハ。」
おのろけかよッ。俺。最低…。
「ええーッ。まさか…夏希君が、コクったのッ?」
いやいやッ。君。逆に紀伊がコクるとでも…?
それこそ…。まさかッ!だろ?
「勿論だよッ。俺。どんどん、紀伊にハマっちゃって。他の子が全然ッ。目に入らなくなっちゃって。コクった挙げ句に。プロポーズしちゃった。」
エンドレスに続く失礼な質問に…俺は終止符を打つ様に言った?
「え…ッ。ええーッ!プロポーズーッ?」
ハハッ。やっぱり、幸哉と同じ反応だな?
「うーん。紀伊が俺をもっと、気に入ってくれたらOK貰えるかもね…?ハハッ。」
紀伊は、結局。最後までモジモジしていた。
「き…紀伊が気に入られたら。じゃなくて…?紀伊が選ぶ側…?かよッ!な…何様なんだーッ!」
終いには…。紀伊の首を両手で掴み絞めるッ。
首を絞められても、紀伊は以前モジモジしていた!
「へへ…。」
「な…ッ!へへ…。だとッ。紀伊ッ。男不足の職場に、彼の友達を提供しようって気は無いのかッ!一人でこんなイケメン隠してッ!許せんッ。」
冗談…?目がマジですが…。
「か…隠してないよ…。だって、いきなりなんだもん。夏希が…。」
「ステーキみたいな事、言ってんじゃないよッ。しらばっくれて!」
だよね?やっぱり、そこ。いくよね?
ああ…。でも、紀伊は俺と結婚したら、この大好きな職場を辞める事になるんだよな…?
解ってるのかな…?意外と…言い辛いよな…。俺。
「き…紀伊は今の仕事が大好きだから…。俺と一緒になると、辞める事になるからねぇ…。嫌かも…」
言っちゃったーッ!
「はいッ!私ッ。直ぐに辞めますッ!明日にでも!」
一番、俺の好みの子が高く挙手した…。
ハハ…。人生ってこうだよな…?
前の俺なら…。超喜んで即、こっち側いったけど…
「あれだね?田辺君は…ショックだよね…?」
な…ッ!やっぱりかッ。田辺は…呼び捨てかよ。
いや…。田辺はやっぱり、紀伊狙いだと思ってたんだよッ。俺。
「そんな…。田辺君は友達だもん。」
いやいやッ。紀伊。友達が彼氏、彼女に昇格?する様を、さっき見たばかりだろッ?
しかも、老人ホームに勤めてるってだけで、「いい人」ってイメージが有るぅーッ…。
なっ?こう言うピンチがいつかッ。くると思ったんだよなッ。
「す…スッゴい心配なんですけど…。た…田辺君?」
同僚は皆で一瞬の沈黙の後…。美形さんが…。
「紀伊の方が…。1000倍心配でしょ…。」
言い…皆がコクコク頷く。
「いやー。紀伊は全然、心配しないよね?俺が紀伊にベタ惚れだから。ハハ…。ねッ?紀伊。」
「へへ…。」
同僚は皆で一瞬×2倍の沈黙の後…?
「馬鹿らしくなってきた。行こう。」
「ねっ。腹ペコなのに、ご馳走様になりそうだ。」
「いや。酒でも飲まなきゃやってらんねーッ。」
いやいやッ。1000倍心配って言うから…
しかし…。同僚も、紀伊の「へへ…。」には、いつも参ってるんだね…?解る。
「へへ…。じゃあね。皆、楽しんで。」
夏なのに冷たい空気が流れ…。
「お前にだけはッ。言われたくないッ!」
皆が一斉に紀伊に怒鳴った!
や…八つ当たりだよ…。と…。
「おーッ。夏希ー。やっぱり、会ったねー!相変わらず…。女の子だらけだね?周りはッ!」
おいッ。超人聞き悪いじゃんッ。俺。
「いやいやッ。嫌だな。彼女の同僚の方々ですよ。」
俺は焦って言う。
「あ…。こんばんは。」
ダチが…。俺の隣の紀伊をスルーして、茶髪ちゃんに声を掛けたッ!
だ…だよね…。違うよ。彼女はこっちだ…。
いやいやッ。茶髪ちゃん。頭、下げるんかいッ?
「ううんッ。彼女の紀伊だよ。」
咳払いの後。紀伊の頭に手を置いて言う…。
唖然とした、ダチ達が、我に返り、紀伊に頭を下げるまでに3秒はあったな…。ハハ…。
「こ…こんばんは。」
紀伊も、頭を下げた…。
年上美形さんが…
「ううん。な…夏希君。こちらは…?」
わざとらしい咳払いの後。訊いたが…。
道からやって来た幸哉が声を掛けて来て…。
「おーいッ。夏希!ああ、お前らも居たの?え…。えーと。何か、人数増えてない?合コンなの?」
いやいやッ。幸哉ッ。初デートに合コンと合流しねぇーからッ。俺でも。
ああッ。美形さんに訊かれてたな?
「えーと。俺のダチです。えーと。幸哉達、こちらは、紀伊の同僚の方々で…。」
説明途中だったが…茶髪ちゃんがいきなり前に出てきて、幸哉に…。
「こんばんはッ。あのぉー。合流します?合コンと間違えたついで?にッ。ハハ…。」
ゆ…幸哉狙いなのッ?こんな堅物狙いなのッ?
俺のダチも…。パンクのヘッドバンギングかよ?
むち打ちになる程、ブンブンと頷いていた…。
ええーッ!紀伊の同僚もだよ…。
「ハハッ。良いですねッ。行きましょう!幸せボケに付き合ってる時間が勿体ないしッ。夏だし!」
幸哉…。やっぱり、仕切るねぇー。
皆が意気投合して、ワラワラと歩いて行って…。
道には、紀伊と俺が今度は取り残されていた…。
「凄いね…。皆、職場で見た事の無い程、ニコニコしてたよッ?この、お祭りは…奇跡だらけだ。夏希のイケメンパワーかな…?」
いやいやッ。全然ッ。関係ないよなッ。それ。
「いや…。この祭の展開に、そろそろ…。ついていけなくなってるよッ。俺は…。」
周りで起こる意外な展開に自分の人生が掛かったプロポーズが薄れていく…?
ああッ。そうだった!
「き…紀伊。これは、焼き餅なんだけど。た…田辺君って。紀伊が好きなの?」
どうしてもッ。気になって正直に訊く。
「ハハッ。焼き餅ッ?嬉しいけど…。全然ッ。違うと思う。老人ホームなんかで働いてると、他のオフィスみたいな恋愛の話題が無いんだよね。で、地味は地味同士?みたいにくっ付けたがるってだけ。」
そうかな…?一緒に帰ったりする限り…全く興味が無いって言えるのかーッ?
もーっ。男子禁制の場所で働かせたいッ。
「ところで。さっき…お友達が、相変わらず周りに女の子ばっかりって言ってたよね…。」
ほ…ほらみろッ。あの。馬鹿共が馬鹿な事を言うからッ。俺の場合ねっ。見た目で軽く見られがちなんだからさーッ!勘弁しろよなッ。
は…反撃かい…?紀伊。
「その事は当たり前だと思ってるから良いの。ただ…。付き合ってからは、私一人が良いな…。なんて思ったり…?へへ…。」
紀伊は射的で取った戦利品の袋を持ち上げて見ながら言った。
「勿論ッ。勿論だよ。紀伊一人に決まってる。俺、浮気なんかしないよ。これ、本当なんだ。実は、俺もね、付き合うからには取り替えのきく様な恋はしたくない派の人間なんだ。」
力説するでも無く、自分がしたい恋愛を言った。
「だと、思ってた。見た目は違うのにね。自分と似ている匂いがするの。夏希は。」
解るね。俺は紀伊ほど偉い?人間じゃないけどね…
自分と考えが似てるって思う。
俺が考えた事は紀伊に伝わる気がする。
だから、誰にでも自慢したくなるんだ。
昼間、ダチに会ったらどうする…?なんて考えてた事が嘘の様だ。
紀伊なら、誰に会わせても自慢出来る!
「紀伊。俺の家、近いんだ。寄ってく?ただしッ。家族は居るし、ギャーギャーとウルサいと思う。紀伊が嫌なら、全然構わないからさ。正直に言ってよね。それに対して俺は何も思わ…。」
「行くッ!夏希。私、行きたい。よ…寄らせて!」
くいぎみ来たけど…。
マジで?知らないよ。どーなっても!俺。
「そ…そう?じゃあ、行こうか?ああ、民宿が忙しくてバタバタしてたら、即、ずらかろうねッ。」
昨日、確認した状況からして、大丈夫だとは思ったが…。言った。
「いや…。手伝えよ。夏希。酔いも醒めたしね。人も多いから、私は一人で帰っても大丈夫だ…」
「そんなの!嫌だよッ。紀伊を送って指輪をはめて。今日の祭が終わるんだ。中途半端になる位なら、寄りたく無いッ。」
今度は俺がくいぎみ来たよ…。
「まるで、子供だね…。夏希。ここで考えても仕方ない。寄りたいから、取り敢えず行こうよ。」
繫いだ手を紀伊が振る。
「う…ん…。じゃあ…。」
自分で誘った割に、俺は渋々と…直ぐそこの家に向かった…。
予感?だったのかな…。

ええーッ!な…ッ。何デスカ?これ。
民宿が、大パニックになっている…。
それは、ずらかるなんて状況を遥かに超えていた!
「ああッ。お兄ちゃんッ。携帯鳴らしたのにッ!」
いきなり怒鳴られた。
ええー。携帯を取り出すと、着信が10件以上も入ってるぅーッ!
ハルに掛けた時には、何も無かったのに…ッ。
「美弥…。どうしたの…?何が起きたの…。」
唖然としたまま、妹に訊く。
「松屋旅館が、ガス管壊れて、大騒ぎッ。近所が分散して受け入れたのッ。うちは老人会の人達を受けて…。パニックだ…」
言い掛けるも…。
「美弥ッ。運んでぇーッ!ああッ。夏希。早く手伝ってよッ!ええーッ。か…彼女さん?ああッ。ごめんなさいッ。ちょっと…。今、パニックで。」
母が驚きながらも、頭を抱える。
「こんばんは!夏希ッ。私に妹さんのジャージとティーシャツを貸してッ。自分も、直ぐに、着替えて来て!早くッ!」
え…。ええーッ!だ…誰ですか…これ?
「は…はいッ。」
俺は急いで紀伊の分を渡し、自分も着替えた。
「手伝います。指示して下さい。」
着替えた紀伊が、声を掛け手伝い。
全員分の食事は何とか、行き渡った。と…。
「あ…。スミマセンが、そちらの方と、そちらの方にスプーンを下さい。」
誰?と、呆気にとられていた親父が…。
「は…はいッ。」
返事をして、紀伊にスプーンを渡す。
「ああ…。有難う!嬉しいわ。スプーン!良く解ったわねー!」
渡されたお婆ちゃんが喜んだ。
「フフッ。ゆっくりと召し上がって下さいね。」
紀伊が微笑む。
「こちら、細かく切ってきますね?あの、皆様、お肉を細かくされる方、挙手をお願い致しまーす。」
紀伊が老人会の人に大声を掛け手を上げる。
「ああ。助かるよー。お願いッ。」
と、何人かが手を上げた。
「夏希。覚えて、どんどん持って来て。あ…。スミマセンが、キッチン入ります。」
紀伊が、母に声を掛けた。
「よ…宜しくお願い致します。どの位の大きさに?」
母はまだ、呆然としながらも、紀伊に着いて行く。
「この位の大きさが食べやすいです。」
紀伊が見本を作った。
妹も、着いて行き…。
「私も、手伝う…。」
「お願い致します。じゃあ、私、皆さんの状況を見に行きます。夏希ッ。出来たのから運んでッ!」
だ…だから…。誰だよ?これ…。命令だよ…。
「は…はいッ。親父もッ。」
家族全員が「誰?」と、思いながらも紀伊に従う…。
「お汁にとろみをつけてらっしゃる方。挙手をお願い致します。御飯も柔らかくされる方、言って下さいねー。」
紀伊は大きな声で老人達に話し掛けながら、食卓を回り、俺に指示を出す。
俺達は、御飯をお粥にしたり、食べ物を小さくしたりと、紀伊大佐に言われるまま一心に働いた。
初めは宿を移された不安でシーンと静まり返っていた、食卓は笑い声も聞こえ始めて、皆が紀伊に声を掛けては、雑談をしながら、色々頼む。
食事を食べ終える頃。
「食後にお薬を飲まれる方は、お水、白湯等、遠慮無くおっしゃって下さいねー。」
何人かが手を挙げて、紀伊に頼んでいた。
皆が食事を終え、ザワザワと話している。
「だって…。私は、お風呂にも入れないもの…。」
車椅子の老人が友達に言っていた。
「夏希…。直ぐに。私にお風呂場を見せて!」
「は…はいッ。紀伊、こっちだよ。」
俺は紀伊を連れ、お風呂場に走った。
紀伊はザッと、見回し。
「バリアフリーになってるし…。椅子は庭のプラスチックチェアーを代用出来るかな…。借りるか…。良し。」
紀伊はブツブツと言い。
食堂に戻っていった…。俺も慌てて後を追い掛け。
「皆さーん。お風呂をこれから、見て頂いて。介助の必要な方は遠慮無く仰って下さいね。車椅子の方でお風呂に入りたい方も、勿論。遠慮無く。仰って下さいねー。では、お風呂場はこちらでーす。車椅子の方は、少々お待ち下さい。」
紀伊は高々と手を挙げて老人達を促す。
俺達は、もう…。言う事も無く…。
「へ…部屋に布団を…敷くかな…?」
俺が呟き。
「だよね…。」 親父が言った。
「ああ…。私達は、片付けでもするか…。」
お袋が呟き。
「だよね…。」 妹が頷く。
そこから紀伊は、何人かの老人の軽い介助をして。
車椅子の3人全てをお風呂に入れていた。
俺達が部屋の準備を整え、夕飯の片付けを、やっと終える頃。
一人の車椅子の老人が…。
「本当に気持ち良かったわ。旅に出てお風呂を頂けるなんて夢の様!有難う御座いました。お嫁さん?大したもんだわ!素敵な方よねー。フフッ。」
俺の家族に言う。
黙って顔を見合わせた後…。
「ハハ…。まだ、彼女なんです。老人ホームで働いてるから…。今日、たまたま居合わせて。」
肩を竦め、代表?で俺は答えた。
当たり前だよね…。ハハ…。
「まあ、そうなのッ?じゃあ、私達は、超ラッキーだったのねッ?お食事も、食べやすくて!皆、大喜びッ。久しぶりに、楽しいわ!あの子は絶対に離しちゃ駄目よ。お兄ちゃんッ。」
ハハ…。お婆ちゃんが超ラッキーなんて、言うのが可笑しくて…。
「ハハッ。俺達もラッキーだったんです。楽しんで貰えて、嬉しいですッ。あっちが、離れないと良いんだけど…。ハハ…。」
笑いながら、言った。
家族は全員頷いた…。おいッ。
「夏希ー。ちょっと、お願いしますぅー!」
噂の?紀伊の声が聞こえる…。
「は…はいッ。何?紀伊。」
急いで、風呂場に行くと…。
ずぶ濡れの紀伊が…。
「全員、終わったよ。これ…。着替えないと出られないから…。もう一式、借りて良いかな?」
と、言う。
「勿論ッ。待ってて!直ぐに持ってくる!」
紀伊が着替え、食堂に戻って来た。
「あの…。私…。何だか…差し出がましく…。指示してしまって…。スミマセンでした。これ…。明日の朝の食事について…皆様に訊いておきましたので宜しくお願い致します。へへ…。」
あ…。やっと…。いつもの紀伊に戻ったよ。
「いやいやッ。本当にッ。助かったわ!大パニックで、お客様に気の毒する所でした。頭が下がるッ。貴方を連れて来た事が、夏希の生まれて初めての親孝行だったわよ!ハハハッ。」
お袋…。言葉ッ!
「いやいやッ。本当だ。有難う。紀伊さん…だったかな?大助かりだったよ。流石はプロ?だね。皆様に喜んで貰えた。」
親父が言う。
「あッ。私、松苗紀伊と申します。自己紹介が遅れて、スミマセンッ。」
紀伊が言ったが…
「自己紹介してる場合じゃ無かったもんね。本当に助かった!お兄ちゃんには…まるでッ。勿体ない人だよね…。紀伊さん。意外にも程が有ったわッ!兄に呆れて、別れないでね。私、心配だよ。」
美弥も…。言葉ッ!
「紀伊。マジでゴメンねッ。こんな事になるなんてさ…。明日も仕事なのに…。でも…。実際、助かったよ。お風呂、車椅子の方が超喜んでたよッ。有難うね。取り敢えず、俺、送るよ。」
紀伊は皆に喜ばれ、嬉しそうにモジモジしながら、地味な顔をニコニコさせた…。
「明日、遅出の早上がりだから全然。大丈夫だよ。じゃあ…。今日は遅いので、失礼致します。美弥さん。スミマセンがお洋服をお借りします。」
と、頭を下げる。
「ええー。お洋服って…。恥ずかしいッ。捨てても構わないからねッ。紀伊さん。今度、絶対にゆっくり寄ってねッ!我が家に起こりそうな奇跡を詳しく聞きたいもんッ!」
美弥が言った。
「捨てるなんて、とんでもないですッ。勿体ない!是非、又、寄らせて頂きます!」
又、地味目を見開き?紀伊が言う。
「本当にッ。又、ゆっくりと、来て頂戴。それと、悪い所は直させるから、夏希と、絶対にッ。別れないでね!」
お袋…。目がマジで…。怖いってッ!
「ああ、紀伊さんに逃げられたら、我が家はお終いだッ。何か有ったら直接、ここに来なさいね。俺達が夏希に天誅を…。」
いやいやッ。どんだけ、振られる前提だよッ。俺。
「ハハ…。凄い嬉しいです。私が…。夏希に嫌われないと良いけどな…。」
紀伊は又、地味顔を真っ赤に染めて言う。
「冗談じゃ無いッ!ふざけるなッ。」
全員が口を揃えて言った…。
デスよね…。
やっぱり…。紀伊は、自慢の彼女だよ。
「じゃあ、行こうか?紀伊。」
俺が言うと…。
「夏希。今直ぐに指輪を買って渡しなさい。明日にでも、紀伊さんが誰かに取られたら。大変だわ。」
だ…だよね…。お袋。
「あ…あ。もう…。貰って有ります。」
紀伊はもっと赤くなり、レジ袋を上げた。
「ええーッ。お兄ちゃんッ。レジ袋で婚約指輪を渡したのッ!どこまで、間抜けなのッ?」
美弥が目を剥き驚いた。
「ち…違うよッ。祭の射的で取ったんだ!」
咄嗟に言い訳?をしたが…。余計、悪化した…。
「射的ッ!射的で取った景品が婚約指輪かッ?間抜けだとは思っていたが…。スマンッ。紀伊さん!」
親父が頭を下げる…。
「ち…違うんですッ。私が、夏希に頼んで…。自分でそれを婚約指輪って言ったから。本当に可愛くて素敵なんですよ…。これ。」
と、レジ袋から、ご丁寧にビーズの指輪を取り出した挙げ句。
少し自慢そうに…皆に見せたッ!
「な…涙が…。」
「私なら、この男は選ばない…。」
「夏希のレベルなら、この程度か…。」
皆…。言葉ッ!
言いたい放題だなッ!
「わ…私。夏希と出会ってから、生まれて初めての楽しい事ばっかりで…。沢山、沢山。幸せを貰ってて。もう…。お腹いっぱい。って感じなんです。これ以上、何か貰っても困ります。幸せで…。太りそうッ!へへ…。」
紀伊…。まんま、お返しするよ。俺。
「天使なの…?」
「いや、もう、神…仏…の域だな。」
「有りがたや…。」
手を会わせないでッ。親父ッ!
「はぁ…。この人達…。切りが無いから、行くよ。紀伊。」
俺は、自分の分の悪さに…。
紀伊の手を引き、逃げ出してみた…。

「楽しい、ご家族だねッ。夏希。私、幸せ者だッ。」
着ていた浴衣を片手にチラリと紀伊を見て…。
「楽しいね…。モノは言い様だな。紀伊に掛かっちゃ、悪い人が世の中に居なくなる。」
苦笑いで言った。
「私…。習慣で、色々と仕切っちゃってさ…。嫌な印象になったかな…?夏希を尻に敷いてる?みたいな…?」
自分の行動を思い出し、紀伊は頭を抱えた。
「本当にね…。驚いた。誰か、別人が乗り移ったと思ったよ。俺。」
俺の言葉を聞いた紀伊がアングリと口を開け…。
「余り…。必死で覚えて無いの…。そんなに…?」
今度は髪を掻きむしる。
「凄かったよ…。夏希ッ!あれやれ、これやれってさ…。ハハッ。凄い…カッコ良かったッ。今までの中で一番にね!お陰で。家族は皆、紀伊の大ファンだッ。久々…。いや、初めて褒められたよ。紀伊を選んで大正解ッ。幸せ者は俺だね。」
又、幸せ者比べを始めながら、夜道を行く。
祭はとっくに終わり、人気の少なくなった道は…。
いつもだと少し寂しく感じたのにな?
恋愛初期の興奮に激するでも、駆け引きを伺い、様子を探るでもない…。
今、吹く風の様に生温かい、ずっと前から続いていたような、永遠にこのまま続くような。柔らかい空気が二人にながれて、寂しさを感じさせない。
紀伊の地味な顔を横目でチラリと見た。
調度、地味な目で?紀伊もチラリとこっちを見て。
目が合い、二人で意味も無く微笑む。
俺は…幸せに、繫いだ手を大きく振りだす。
「へへ…。」
紀伊の地味顔がニッコニコに変わる。
こんな、地味な幸せも有りだよな…?
いや、これが本来の幸せの姿なのかもね。紀伊。
「皆の恋の行方はどうなったかなー?由紀さん。下駄ズレは大丈夫かしら?ハル君はコクったかな?突発合コンで、カップルなんか誕生したら…。奇跡だねッ!全員が幸せだと良いな。ねっ。夏希。」
幸せに違いないと思わせる紀伊の笑顔を見て。
「特別な夏の夜だもん、良い奇跡が沢山起こるよ。きっとね。」
クセで又、ウィンクをしていた。
「フフッ。その夏希の顔を見ていると、そんな気がするから不思議だねッ。さあ、着いた。有難う。」
紀伊が鍵を開けながら言う。
又、同じ事を考えてるよ…。ハハ…。
「じゃあ、紀伊。指輪を貸して。はめさせてよ。」
玄関で浴衣を渡し、言う。
「じゃあ。上がって。」
受け取った紀伊はおいでおいでをして促した。
「うん。お邪魔します。紀伊、疲れてるから指輪をはめたら、直ぐに失礼するからね。俺も朝、又大変だしね。」
レジ袋から指輪を又、大切そうに取り出す紀伊を見ながら言った。
「はい。お願いします。へへ…。ああ、なんだか緊張してきたーッ。」
嫌な事を言わないでよ!こっちが緊張してきたー!
「は…ハハ…。嫌だなー。紀伊、仮の指輪なのに相変わらず大袈裟なんだからッ。」
震えそうになる指で指輪を持ち、笑いで自分の緊張を誤魔化した。
「はい。」
差し出された紀伊の薬指にやっとビーズの指輪をはめた。
「可愛いねえ。紀伊が可愛い、可愛いって言うからさ、可愛いく見えてきた。ハハッ。」
照れ笑いをする。
指輪をはめた手を上に挙げマジマジと、見つめ…。
「私に、こんな素敵な夏が来るなんてね…生きてて良かった。有難う。夏希。」
指輪を見上げた紀伊の頬を見つめていたらキスをしたくなって…。
一大決心でパッとキスをした。
人生で、こんなに緊張してキスをしたのは…初めてだった。しかもほっぺなのに…
躰が熱く痺れる…今度は欲情では無い。
紀伊が堪らなく大好きだって気持ちに躰が痺れた。
驚いて、目を見開いた紀伊は…。
「へへ…。」
嬉しそうに真っ赤な顔で照れ笑いをした後。
俺の頬にキスをした。
「へへ…。幸せに…する。って違う気がする。二人で幸せになろうね。紀伊。」
と、紀伊の真似をして笑った。
そう…。だって俺ばっかりが紀伊に幸せを貰ってる感じなんだもん。
幸せにする。なんて、とても言えなかった。
「えー。私ばっかりが、幸せにして貰ってるけど…夏希を幸せに出来るかな…?私で。」
郁が言ってたな?「似てるよ、お前達。」って…。
繰り返し思い出す。
「ハハッ。今、全く同じ事を考えたよ。俺ばっかり幸せを貰ってるって!だから二人で幸せになろうって言ったんだ。俺。じゃあ…。帰る…ね。又、明日、連絡して良い?紀伊も何か有ったら連絡入れてよね?」
立ち上がりながら言った。
「うん。明日の朝、泊まりの方達の事、面倒だけど宜しくね。」
流石は、紀伊だ。
この幸せボケしたバカップル状態でも、泊まりの老人達の事を忘れないで言う。
「うん。家に帰って、もう一度、紀伊のメモを確認するよ。本当に有難う。俺も凄い楽しかった!」
玄関で靴を履き紀伊に言った。
着いてきていた紀伊は…。
「そ…それとッ。夏希。あ…。指輪をはめて貰ったけど…。ほっぺにキス…はしたけど…。あの…。誓いのキスは…まだ、してないよッ。」
ええーッ!だ…誰?これ?
紀伊から言うのッ?ってか、して良いのッ?
それよりもッ!紀伊に言わすんかよッ!俺。
「え…遠慮してたんだ。紀伊のその真っ赤な可愛い顔を見てると俺…。調子が狂うんだよね。いつもの俺…。って言っても遊び人だった訳じゃないよ!でも…。ほっぺにキスしたのでさえも、ドッキドキしちゃってさ…。ハハ…。考えられないよ。こんな自分。」
紀伊は…もっと赤くなり。
「へへ…。嬉しいな。それ。」
と、笑った。
「紀伊…。俺…。誓いのキスをしましゅ。」
か…かんだよぉーッ。俺。
「ひゃい。」
いやいやッ。紀伊も可笑しな返事だし…。
厨房の…。いやいやッ。中坊の付き合いじゃあるまいしッ。って自分に言い聞かせながら…。
それでも尚、カチンコチンに固まったまま…。
動かない腕をロボットの様に無理やり動かして。
さっきのキスの百倍も緊張しつつ…。
紀伊の肩に手を掛けた。
俺の緊張が伝わったのか?強く掴み過ぎたのか…?ビクンッと紀伊の躰が震える…。
とても…ロマンチックとは言いかねるキスを俺達はした。
「へへ…。」
又、紀伊が乗り移ったのかな…?俺まで一緒に照れ笑いをした。
合わせる目に…。幸せに…。
躰が又、ビリビリと甘く痺れていたよ…。俺。

「おはよー御座いますッ。いやいやー、夏は良いッすねぇー!」
馬鹿が付くほど、陽気なハルの様子に昨日の夜の成功?が伺える。
「おはよー。朝から…。マラカスでも振り出しそうな程に陽気だな…。ハル。何か、有ったの?」
ミジンコ位は?陽気になった秀が訝しげに訊く。
「えー。聞きたいんすかッ?仕方ないなー。」
ハルが一人モジモジと言う。
「いや。良いわ。働こう。」
秀が呆れて素っ気なく返した。
「いやいやッ。そこッ。普通は聞くっしょ?彼女が出来ましたーッ!俺。」
ハル…。自分で言うんだね?結局。
「雅ちゃんと上手くいったか?良かったなー!」
そうかそうか。紀伊に知らせなきゃな。
きっと、自分の事みたいに、喜ぶぞー。紀伊。ハハハッ。
「本当に有難う御座いました!雅が、店長の彼女が素敵な人だ!って…。すっかり大ファンになっちゃって。俺は…。あの状況に興奮して良く解らなかったんだけど…。」
ハルが首を傾げる。
「へー。ハルも彼女が出来たのか。良かったなッ。そうか…店長の彼女ってやっぱり、そんなに美人なんだ…?」
秀が勝手に納得し、頷く。
一通り、秀に祭の話しをして…。
「ハハッ。秀、顔は地味顔だよー!驚く程、普通の真面目っ子だ。ただね…。言葉が飛び切り美人だ。紀伊が発する言葉は、人にパワーを与える。普通なのに、凄い人なんだよ。」
自慢だね…?俺。
「そう…。雅も言ってた。何か、奇跡も起こるって思えちゃった!って…。へー。凄い人だな。本当に奇跡が起きた!ハハッ。」
幸せなんだね?ハル。ハハッ。
雅ちゃんは、あの後でハルに…。
「ごめんなさい。お祭りの夜に迷惑掛けて。デートとか無かったの?ハル君は…。誰にでも優しいからなー。断れなかったよね…。ごめんなさい。」
と、繰り返し、謝ったらしく。
ハルは…。
「勘違いするなッ。俺、雅じゃなきゃ来なかった。本当に話しを聞いた時は焦ったよ!でも…。祭に雅を誘いたかったから。棚からぼた餅かなー?超ラッキーだ!俺。ハハッ。これ、告白だよ。」
って、手を出して言ったんだって話した。
雅ちゃんは…。
「本当に世の中って何が起こるか解らないな…。」
真っ赤になって、ハルの手を取り、紀伊の話しをしたんだってさ。
「店長は…。何気に凄い人なんだな…。そんな彼女が居るなんて。俺もハルも店長のお陰で上手くいったんだし。」
なんか…。納得いかなそうに、秀は言うッ。
「違うよ。たまたま、俺が手助け出来たってだけ。後は、あくまでも、お前達の頑張りの成果だよ。楽しいねーッ。夏はこれからだし。さあ、張り切って働こう!」
そう…。今朝も紀伊がメモをしてくれたお陰で老人会の方々に大満足で帰って頂けた。
口々に素晴らしい民宿だったと…褒めて貰って。
「夏希。正直、お前を見直した。伊達に色んな女と付き合ってきた訳じゃなかったな。一番、最高の彼女を連れて来たんだから。」
親父がしみじみと言っていた。
「紀伊さんはギャンブラーなのかもね?こんなの…普通は選ばないだろうにねッ。」
美弥は相変わらず口悪く言う。
「あら、人間、何かしら取り柄があるモノよ。昔から夏希は人を見る目は確かなのよ。性格の悪い子は居なかったもの。ただ、今回の紀伊さんは出来過ぎだってだけでね。」
それ…。褒めてるのか…?お袋。
なんて、くだりが有りつつも、ここに来た。
家族や皆と話しながらも、頭の中では紀伊と交わした…。交わしたって、詩人になってきたな…。俺。
キスの事でフワフワしていたんだけどね。
本当…。調子が狂うよな。キスでこんな状態じゃ、この先、身が持たないぜ…。
でも…。先を急ぐ恋じゃない。って感じるんだ…。
大切に、ゆっくりと進んで行きたいと思える。
こんなのも、初めての感情だよ。
始めは興味も無い地味子だったのにね…。
「ああッ。いらっしゃい!ハハッ。」
ハル友軍団のお出ましだ!
「い…いらっしゃいッ。」
ハルがソワソワと出て来て言った。
皆の注文が済み、やはり一番最後の雅ちゃんが…。
「昨日は有難う御座いました。ご馳走様でした。紀伊さんにも…お礼が言いたいんですが…。宜しくお伝え下さい。へへ…。」
俺に声を掛ける…。
「え?何それ…?雅?」
皆が不思議そうに訊く。
ははぁ…。さては、話してないな?昨日の事。
俺はハルをつつきながら。
「いやいやッ。どう致しまして。紀伊もきっと、大喜びだよーッ。ハハッ。」
と、言った。
ハルは、察したらしく。
「み…雅。バイトの後、会える?デ…デートしよ。」
ハハッ。雅ちゃん。紀伊も顔負けな程に、真っ赤だよー。可愛いなぁ。
「はぁぁーッ?何ッ?何なの?雅!」
皆がギャーギャーと騒ぎ出した…。
「ウルサいよッ。お前ら。昨日、俺が雅に告ったんだよッ。付き合ってるの。俺達ッ。なッ。雅。」
ハルが堂々と言い切った。
うん。それで良しだ。カッコ良いねーッ。ハル。
「うんッ。へへ…。」
う…うわ…。地味な子は皆がこの笑い方か?失礼。
「へーッ。そうか、そりゃ目出度いねッ。ハル、皆に焼きそばを奢れ。雅の話しを聞くから。」
代表格のコギャルちゃんが言う。
「え、えー。そんなの駄目だよッ。それでハル君に嫌われたら困るッ。私。あ…。」
雅ちゃんが言ってしまってから、真っ赤っかになって下を向いた。
か…可愛いなーッ!ええーッ。すっかり地味顔ファンかよッ。俺。
「ハハッ。雅ちゃんだけにご馳走したんじゃ、えこひいきだからなッ。秀、大皿に一つ焼きそばを出して、紙皿に皆で取って食べてねッ。目出度いからね、特別だよ!」
まだ、暇な時間だったし、俺は言った。
「はーいッ。店長。えこひいきは良くないから、瞳達にも宜しくッ。俺も目出度かったからさッ!」
すかさず、条件を出し、秀にしてはご機嫌で焼きそばを用意する。
いやいやッ。君達…。俺も目出度いんですけどッ。まあ、良いか?夏だもんねッ。
「了解ッ。瞳ちゃん達にも出すよッ。ハハッ。」
山盛り焼きそばをハルが持っていき…。
「有難う御座いますーッ。」
皆が振り向き言った。
若さが弾ける様な笑顔が夏の海に良く似合う。
ワラワラと混み始め、夕方まで忙しい一日は今日も続いて…。
恒例の様に?夕方の浜辺を幸哉が歩いて来る。
は…?合コンの誘いでも無いだろうに?
しかも…。難しい顔をしてるけど…。
「おうッ。幸哉、どうした?合コンなら行かないけど。俺。」
難しい顔のまま…
「いや。合コンじゃない。」
首を振る。
「ああ、そう言えば…昨日、あれからどうした?茶髪の可愛い子は、幸哉狙いッぽかっただろ?」
この顔は…余り、良い感じじゃなかったんだな…?
と、思いつつも訊いた。
「うん…。あの後、祭を皆で回ってさ。ビールを飲みながら、金魚掬いやったりしてたんだ。」
「金魚掬い…。凄いだろ…?皆。」
「ああッ。あれはプロの域だ。」
やっぱりッ!紀伊でさえも、あれだ、他の人達なんか…。金魚を全部掬う勢いだろうな…?
「いや…。そんな事は良いんだよ。ワイワイと騒いでる間にな、可愛い感じの子と茶髪の子が、あいつらと仲良くなってて…。二組で飲みに行っちゃったんだよ。」
ええーッ。茶髪ちゃん…。乗り替えかよ…。
ってか、今までの幸哉の趣味からすると…。
可愛い感じの子が狙いだったかな…?
残ったのは…?年上美人系かー。今まで…幸哉が年上と付き合ったって事は…?無いなッ。
いやいや…。それでご機嫌斜めなんだね?
「俺と山田さんが残ってな。ああ、山田華子さんって嘘みたいな名前なんだ、彼女。」
や…山田の挙げ句、華子かよッ!花子じゃなくて良かった。
いや…。意味は無いけど。
「二人になって…。俺、年上なんて…扱い?慣れてないだろ?困ってさ、「どうしますか?」って訊いたんだよ。彼女…「せっかくのお祭りをもう少し楽しみたいな。」って言った。」
うわ…。幸哉なんか、商工会とか、知り合いだらけの祭だよな?
二人っきりって…。
ははぁ。彼女に間違われて、迷惑したってオチかい…?
「じゃあ、ってビールを又、買ってね。二人で分け合って、唐揚げ食べたり、ポテト食べたりして…。美味しかったよ。ブラブラ歩いて回ったんだ。」
ん…?だから?何が言いたいんだい?幸哉。
「途中から、凄い混んできて…。彼女とはぐれそうになったんだよね。」
ええーッ。ま…まさかッ!
そのまま、巻いて帰ったのかいッ?幸哉ッ!
紀伊の同僚なのに…。ちょっと…気まずいかな…?
「危ないからさ。手を繫いだんだ。俺達。俺から繫いだんだよ。」
ああ…。まかなくて良かった…。じゃねぇーよッ!
ええーッ。手を繋いだッ?
しかも、幸哉がかよ!何…それッ。
「なんだか…。凄い、変な感じだったよ。」
だよなー?だろうね。そうだよッ。
祭で手を繫いだら…。もう、カップルだろうッ?
それも意味は無いけどさ…。
「ビールも飲み終わったし、腹も一杯だった。なのに、この俺がチョコのバナナなんか買ってさ。二人で手を繫いでバナナ食べたんだ。」
いや…。ゴメン…。何が言いたいの?幸哉。
バナナまで、付き合わされたって苦情かい…?
俺に責任を取って、バナナの金を払ってくれ。とか…?
でも、この俺がって…。自分が買ってんじゃん?
「はあ…。」
結局は、憂鬱な程、散々だったんだね…。スマン。
いや…?待てよッ。それ…俺のせいかい?
お前が乗り気で仕切った合コン?だったよなー?
でも…。これ…。成り行き上…ねぎらうか…?
「いや…。幸哉…。それは散々だっ…」
「楽しかったなぁ…。」
うん。散々だったね。ん…?
ええーッ!たッ楽しかったッ?いやいやッ。何?
「はあ…。楽しかったッ。なんか…。毎年さ、行ってる祭なんだよ…。なのに、久しぶりに祭に行ったって感じだったのよ。俺。」
そうか…。幸哉の今、言った事は、何故だか解る気がした。
フッとね。マッタリと祭を味わってる二人が目に浮かぶ様だったんだ。
きっとさ…。美味しいね!って笑い合ってたんだよね?幸哉達も…。
「彼女を家まで送ったんだけど。道なんか…もう、ガラガラに空いていたのに…。ずっと、手を繫いでた。俺…。なんか、嬉しくてさー。繫いだ手を大きく振ったりしてたよ。ハハ…。子供みたいだろ?」
うん、うん。幸哉。解るよッ!一緒だよ。俺。
「ハハッ。俺も。お前と同じ事してたよ。幸哉。幸せ過ぎてさ。」
で…?結局、何なんだろ?
「あのさ…。紀伊ちゃんに…今日も連絡する?出来れば…。華子さんに…意中の男性が居るのか…訊いて貰えないかな…?」
め…珍しいなッ!幸哉が真っ赤だよーッ。
皆で赤くなって。流行り病か…?
しかも…。意中ってかッ?今時、使わねぇーよ…。
ハハッ。こいつは愉快だッ。
「後、10分待てよ。紀伊の仕事が終わるからね。直ぐに訊いてみるからさ。そこに座ってて。俺も片付けちゃう。」
幸哉は言われた通りにして…。
「そう言えば、大変だったってな。松屋旅館の件。」
「ああ…。実はね。」
昨日の紀伊の活躍を話しながら、仕事を終えた。
「へーッ。良かったなー!夏希達を見た時はね…。唯々、驚いて、お前がとち狂ったかと思ったけどさ、後で、お似合いかもな…?なんて、考えてたんだ。俺。ハハッ。」
幸哉が言った…。
途端に俺の電話が鳴った。
「ああッ。噂をすれば…だ。紀伊だよ!幸哉。」
幸哉がビクッと緊張した。
「もしもし、紀伊。お疲れー!」
「夏希もね。あのさー。ちょっと訊きたいの。幸哉君ってさ…。彼女、居ないんだよ…ね?」
「えっ?居ないけど。何で?俺も紀伊に訊きたい事が有ってさ。山田華子さん?って…。」
言い掛けると、紀伊は…。
「今、その、山田華子さんに訊かれてるんだよ。居ないんだよね?彼女。」
「確実にね。それ…山田さんが訊いたの?」
「うん…。あの後、幸哉君とお祭を回ったらしくてね。好きな人が居るか訊いて欲しいって…。」
「そこに…。山田さんが居るのね?紀伊。」
「うん。居るよ。」
「ハハッ。じゃあ、ちょっと…電話、変わってよ。」
「えっ?山田さんに?うん…。」
電話の向こうで紀伊が話していた。
「ほらッ。幸哉。山田さんに変わるから、自分でキッチリ訊けよ。ちなみにな。今、お前に彼女が居ない事は伝えたぜ。」
電話を幸哉に渡す。
「ええーッ。い…いやいやッ!夏希ッ。待ってよ!お…お前が訊いてくりぇよッ。」
かんでるよ…。幸哉。
首を激しく振り、電話を持とうとしない…。
「お前なーッ。馬鹿か?何を、モタモタしてんだよッ。夏だぜッ?」
と、又、ウィンクした…。
「も…もしもし…?」
山田さんの声がした。
「早くッ。」
無理やり電話を押し付けた。
「も…ッ。モスモス…。」
幸哉…。気持ちは解るけどさー…。ハンバーガーかよ?
「き…昨日は…。有難う御座いました。華子さん、お…お元気ですか?」
ブハーッ。手紙かよッ!超ウケるぅー。
完全に舞い上がってるよ!幸哉ッ。
「げ…元気です。幸哉さんもお変わりなく…?」
いやいやッ。昨日の今日で体調が変わったら、それこそ、大病だぜッ!
山田さんもテンパってんな…。
「あ…。あの。突然ッ。失礼とは存じますがッ。山田華子さんッ。わ…私と、お付き合い願えませんでしょうかッ?」
いやいや…。幾つだよッ。お前ッ!
いつの時代にワープしたんだい…?幸哉…。
もう…。聞き耳を立てながら、笑いを堪えるのに必死で口を押さえていた。
「は…はいッ!喜んで。不束者ですがッ。宜しくお願い致しますッ!」
ふ…不束者ーッ?ブハーッ。山田さんまで異次元に行ってるしー。
お付き合い飛ばして、結婚かよッ?って話しだ。
もう…。駄目だッ。と、思った瞬間。
「ハハハッ。二人ともッ。可笑しすぎるぅー。」
電話の向こうで、紀伊の弾ける笑い声が聞こえた!
だよねーッ。紀伊。
「あ…。ああ、変わります。おいッ。紀伊ちゃん。」
幸哉が電話を渡しながら、俺を睨む。
「ハハハッ。可笑しいねッ。紀伊。」
「うんッ。可笑しいねッ。夏希ッ。ハハッ。夏希さぁ、時間ある?もし、民宿がO.K.なら、これから四人であの定食屋に行こうよ!私、この二人が心配で仕方ない。でも、お腹も減ったしッ。ハハハッ。」
「俺もー。ハハハッ。ウチは今日こそ、大丈夫だから。じゃあ、ここの茫然自失で、且つ、腰が抜けかけてるのを俺は連れて行くから…。ええーッ。そっちも同じッ?ハハハッ。じゃあ、現地でね!」
山田さんもボケーッとしているらしいが…。
「ほらッ。幸哉ッ。紀伊と付き合ってデートしてやるよ。待たせちゃ悪いだろ?行くぜ?」
背中をバシッと引っ叩いて言った。
「お…おう。夏希…。夏って良いよな…?ハハ…。」
ヨロヨロと歩き出した幸哉が言う。
「だよなッ。今年は特に最高だなッ?幸哉ッ。」
まだ、明るさの残る空を見上げ…。
全員が幸せだと良いな。紀伊が言った言葉が、頭を過った。
本当にそうなるかもよー?紀伊。ハハッ。

「お疲れ様!二人のお付き合いに。乾杯ッ。へへ…」
2本のビールを向かい合う同士…。
紀伊には俺が、華子さんには、幸哉が注いで。
な…なんと、紀伊の音頭で乾杯になった!
「か…。乾杯ッ。」
まだ、ぎこちない二人もグラスを合わせる。
「ねえ、夏希。今朝、大丈夫だった?」
昨日の事件を華子さんに話しながら、紀伊が訊く。
「うん!有難う。紀伊のお陰で皆、大喜びで帰って行ったよ。しかし…。老人の方々は俺が思う以上に、食べ辛かったり、飲み辛かったりするんだねぇー?今回で、良く勉強になったよ…。」
俺と紀伊の話しから、得意分野だけに、華子さんもポツポツと口を出し始めた。
幸哉は仕切りに感心して、話しを聞いていた。
それぞれの定食が届き…。
紀伊は…。
「ねえ、夏希ッ。美味しいね!一個、交換して食べようよッ。ハハッ。」
いつもなら言わない事を言い出す。
だよね…。又、二人の為に言ったんだろ?
全く…。紀伊らしいね…。
「美味しいね!紀伊ッ。そうしよう!色々食べれるしね。楽しいッ。ハハッ。」
わざとらしくすら感じる芝居をして、チラリと幸哉を見ると…。
「揚げたて、美味しいなッ。一つ、どうぞ。は…華子さん。」
いや…。唐揚げ…。喉に通ってるかい?幸哉。
ブルブル震える手で、幸哉が唐揚げを華子さんに渡した。
「あ…有難う御座います…。焼き立て?も、美味しいですッ。一枚どうぞ…。」
いや…。味、解ってるの…?華子さん。
ブルブル震える手で、華子さんも肉を幸哉に渡す。
「ああーッ!息苦しいんだけどッ。俺。華子さん!幸哉って呼び捨てで良いよッ。華子さんが嫌じゃなければ…。幸哉も…」
ジリジリして、俺が言い掛けたが…。
「は…華子で良いですッ!あ…。華でも…。」
華子さん…。くいぎみにキタね。ハハッ。
「だよねーッ!私も夏希って呼んでるしッ。その方が付き合ってるって感じ?なんて!ギャハハッ。」
ええーッ。大丈夫…かい?
一人、先走って酔い酔いですが…?紀伊。
真っ赤な顔で、且つ、フライのパン粉とソースまでご丁寧に口の端に付け、大笑いする紀伊を皆が見つめて…。
一瞬、呆れて沈黙した後…。
「ハハハッ。紀伊。酔うの早過ぎッ!しかも、ソースが付いてるしッ!」
俺が言い、ソースを指で取って舐めた。
「ハハハッ。弱いんだねー。お酒ッ。」
幸哉も笑う。
「ハハハッ。やだなーッ。紀伊。そんなに弱きゃさー、私が酒豪みたいじゃんッ?勘弁してよー!」
華子さんが苦情を言い、笑う。
パッと、その場の緊張が解けていた。
「じゃあさ、華子って呼ばせて。華子は幸哉でね!」
幸哉が普段通りになって、仕切った…?
「うんッ。幸哉ね!へへ…。」
いやいや…。紀伊かよ。
「俺、本当に、昨日の祭が楽しくて…。久しぶりに祭を楽しんだって感じだった。又…。別のお祭り行こうねッ?華子ッ。」
幸哉も…酔ってきたのかな…?今の状況にね。
「私もッ。もう…。思い出して…。眠れない程、楽しかった!又、手を繫いで…。行こうねッ。幸哉」
ああ…。人事ながら…いや。人事だからな?心がむず痒くて仕方ないッ。
「ああッ。唐揚げ、美味しいッ。夏希。ビールに合うよねーッ!幸せだねッ。へへ…。」
ハハッ。自分が良い役目を果たしたなんて、考えもしていない紀伊がマイペースに言い…。
相変わらずの、真っ赤な地味顔で、モクモクと御飯を頬張る。
「ハハッ。だろ?紀伊のフライも美味しいねッ。御飯が進むよッ。紀伊の美味しい顔も有るしねッ!」
俺も御飯を頬張り、笑い合っていた。
「うんッ。本当!唐揚げ、美味しいッ。ビールが進むねッ。幸哉。」
華子さんも、モクモク食べて幸哉に微笑む。
「ハハッ。華子の焼き肉も美味しいねッ。バンバン御飯が進むよ!」
幸哉も華子さんにビールを注ぎながら、モクモク食べて、笑い合っていた。
「へへ…。二人の美味しいねッ。が、さらに、美味しくさせるんだよねー?夏希。」
楽しいんだね…?紀伊。
いや…。紀伊は、二人の幸せが嬉しいんだよね?
「う…ん。本当だな。夏希君が、お祭りで紀伊の言葉が美人で。って言ったじゃない?素敵な言い回しだなー。って思ったけどさ、本当。紀伊の言葉って…。幸せになれるね。」
華子さんが感慨深気に言う。
「華子の言葉だって同じだよ。昨日、お祭りで、食べ物を買った時。「半分こにしようよ。量は半分でも美味しさが二倍だよ。」って言っただろ?その言葉に惚れたんだ。俺。あっ…。へへ…。」
グハッ。又、照れてるよーッ。幸哉。
へへ…。って。紀伊かよ。
「きっと。人間、幸せだって感じると、素敵な言葉が口から出るのかもね?自然と、優しい気持ちになるからねッ。」
そこからも、色々と話して、御飯も食べ終えた。
幸哉達もすっかり打ち解け、大丈夫そうだし。
「紀伊。真っ赤っかだから、そろそろ、帰ろうね。幸哉達は、ゆっくりしてよ。お先ねッ。」
紀伊を促し、会計を済ませた。
「じゃあ、ドロンします。お先です。へへ…。」
紀伊が二人に頭を下げた。古っ。
「じゃあ、又。有難うね!」
二人が手を振り、俺は軽く手を上げ、紀伊の腕を持ちながら店を出た。
「ねえ、夏希。やっぱり、奇跡が起きたね!」
ご機嫌な紀伊が言った。
「ああッ!幸哉のせいで、忘れる所だった!雅ちゃんとハルも付き合う事になったよッ。紀伊に宜しく伝えて欲しいってさ、雅ちゃんが。」
紀伊は真っ赤な顔の口を押さえ…。
「うわーッ!やったーッ。超嬉しいッ。おめでとうって伝えてねッ。夏希。凄いねーッ!幸せのループだ!そうそう、他の二人も又、夏希の友達と飲みに行くんだって!楽しかったみたい。ハハッ。」
ほーッ!マジ、皆が幸せじゃんッ!
「紀伊の願いが叶ったねー。全員が幸せだ。喜んでる紀伊の顔を見てる俺も幸せだしッ。」
まだ、真っ赤な地味顔をニコニコさせる紀伊を見ながら、言う。
「いい歳して…。恥ずかしいけど…。実は、昨日のキ…キスで頭がフワフワしてたの。でも、華子さんの事件で私が何とかしなきゃ!って…。シャンとしちゃったよ。へへ…。」
全く…。似てるんだねー。俺達。
「ハハッ。まるっきり一緒ッ!ハルはさ、上手く行くって思ってたけどね。幸哉には驚いちゃって。始めの感じじゃ、違う子と…。って思ったし、あんな照れてる幸哉も珍しかったからね。ハハッ。」
言いながら、昨日のキスを思い出して…。
赤くなった。
紀伊も照れ臭そうな感じはしたけど…。
元から赤くて解らないッて話しだ!
「ねえ…。夏希。今度の休みには、気の進まない…同級会が有って駄目だけど。次の休みに、ウチに泊まらない?かな…。なんて…。」
ブーッ!な…ッ。何て?と…泊まるッ?
の…飲み物が有ったら、吹き出してる所だぜッ!
いや…。当たり前の事なんだけど。
いや、当たり前って事はないだろー?
いや?プロポーズしてるんだか、当たり前か…?
いや…。ウルサいなッ。俺。
「ほ…ほらッ。沢山、話したいし…。あっ。でも、夏希はお休みが無いから…。無理か…」
「と…泊まるよッ!店、潰してでも、泊まるよッ!俺。絶対に泊まるッ。」
くいぎみだよ…。しかも。紀伊の事、言えねぇ…
店、潰すなよ…。俺。
「いやいやッ。店、潰して来られても…。私が、困るよ。民宿が大丈夫なら、ウチから直接、海の店に行けば良いよ。ね…?」
いやいや…。祭の時と、立場が逆転したデジャヴかよ…?
「だ…だよね。ハハ…。ああ…。びっくりした…。」
心臓が動いているか確かめる為に手を当てた。
「私ッ。誰にでも、こんな事、言ってるんじゃないからね!なんだか…。早くツバつけないと。って焦っちゃってさッ。ほ…本当だよッ。」
ええーッ!ツバつける…って…。
「ハハハッ。何だよ!紀伊。ツバつけるって!オヤジ臭い事、言ってッ!超ウケるぅー。ハハッ。」
誰も、紀伊がやたらと、男を連れ込むなんて、思わないしさー。
「いやいやッ。マジだよッ。夏希の店には可愛い子が沢山来るだろうし…。お祭りで、紀伊は心配しない…なんて、夏希は言ったけど。心配は…する。」
そうなのか…。だよね。でも…。
「紀伊より可愛い子なんて、一人も居ないよ。紀伊より興味深い子も居ない。俺…。超嬉しかった!お泊まりに誘われてッ!凄い。凄いッ。楽しみ!」
そう。紀伊より美味しそうに食べる子も、紀伊より美しい言葉を話す子も、紀伊より誇れると思える子も、他にはいやしないさ。
アパートに辿り着いた。
「へへ…。嬉しいッ。夏希の言葉は全部、嬉しいの塊だねッ。」
ん…?そう言えば…。同級会って言ったよな…?
「あの…。コーヒー飲んでいく?」
紀伊の言葉に思考が一時中断された。
「良いの?頭…痛くない?大丈夫なら、早いし…お邪魔しようかな?」
ああ。そうだ。同級会の事、訊きたいしね。
「うんッ。大丈夫!寄ってッ。へへ…。」
解るよ…。俺も酒を飲み始めた若い頃、酔ってるウチは大丈夫で、さめ掛けた頃にガンガンしてくるのを味わったからさ。
まだ…。へへ…。タイムなんだね?紀伊。
なんて、考えながら…。お邪魔した。
コーヒーを落とす紀伊に。
「え…と、紀伊。同級会って…。」
訊いた。
「ああ…。高校。そういうの好きな人って居るじゃん?多いのかな…?続いててね…。結構、集まるんだよ。次の幹事だから行かない訳にいかなくて…。ああー。」
ああー?余り…。乗り気じゃ無いの?
「嫌なんだよね。夏希は…。解らないかもしれないけど…。ああ、嫌味じゃ無くてね。地味には地味なりの悩みも有ってさ。」
ん…?悩み?同級会で?
「それは…?どう言った…?」
?ばかりで訊いてみた。
「ハッキリ言って、落としやすいとか、言葉は悪いけど…。男に飢えてる?とか、思うんじゃない?変に誘って来るヤツとかも居てね…。まあ、断るだけなんだけどね。どうしても雰囲気、悪くなるじゃん?そんな事だよ。」
いやいやッ。そんな事だよ。じゃねぇーってッ!
えらいこっちゃッ!紀伊かよ…。俺。
いやいや…。嫌だし、心配だし、嫌だし。いや…。二回目だよ…。
「い…ッ。嫌だし、心配だな。俺。あの…。帰りのお迎えとか…。行っても良いかな…?」
思わず。幼稚園かッ。と突っ込みたくなるし、独占欲の強いヤツとか…ウザいって思われる様な事を言ってしまったよ…。俺。
しかし、薄らまだ赤い地味顔に嬉しそうな驚きが広がり…。
「嬉しいッ!本当?こっちこそ、良いのッ?夏希が来てくれれば、帰り易いし嬉しいなッ!」
良かった。紀伊がもし断ったら…。
変装して見張るつもりでさえいたよッ!
「紀伊。これからはさ、そういうの初めから言ってよ。遅番の時とかも。「夏希。迎えに来て。」って、彼女なんだからね。紀伊は。しかも、家族イチ押しのねッ!」
ハハッ。又、赤さが増したよ…。
「紀伊に何かあったら…。俺が、家族に殺されるわッ!これ。マジでねッ。ハハッ。」
「か…彼女なんて改めて言われると、凄いなって思うよね。彼女か…。私って…。世界一、幸せだ!」
又、幸せの大安売りが始まり…。
「いや…。一番は俺だな。」
勿論。俺は言い返していた。
今の話しの流れで、遅番の日を訊いたりして、幸哉じゃないが、次の祭の予定を話したりした。
「じゃあ…。そろそろ、帰るね。紀伊。」
俺はソロソロと立ち上がり…。
キスをしたいな…。どうだろう。そんな雰囲気じゃないんだけどさ…。
でも、キスをしたいな…。昨日は紀伊が言ってくれたけど…。
毎回、紀伊に言わせたら…最低だよな?
泊まりの事も紀伊に言わせちゃったし…な。
ああッ!そうか!解ったよッ。俺。
「後…。もう一つ。紀伊に言いたい事が有る。」
一緒に立ち上がった紀伊は…。
「えっ?何かな…?」
と、少し不安そうに動きを止めた。
「俺ね。昨日も言ったけど、紀伊との恋愛は…。今までとはちょっと、違うんだよね。表現がムズいんだけど…。急ぎたくないって言うか…。ゆっくりと大切に進んで行きたいって思うんだ。」
紀伊は微妙に驚いた?顔になった。
「う…ん。そこが微妙でさ。正直に言っちゃうけどね、だからって、紀伊と、と…特別な関係になりたい気持ちも、多いに有ってですね…。」
今度、紀伊は照れ臭そうな顔になっていた。
「た…例えば。今、俺はキスをしたいな。って考えているんですが…。じゃなくてッ。ああーッ!要するにッ。紀伊のペースで進みたいんだ、俺。だからここから先、紀伊からGoサインを常に出して欲しいんだけど。どうかな?嫌かな?無理?」
一気に言ってみた。
紀伊が又、驚き顔に戻って…。
「なんか…。夏希はガンガン行くって印象だったから、驚いたけど…。ちょっと前から、普段とは?違う恋愛に戸惑ってるんだな…。って感じてた。大切にされてるんだね…。私って。」
又、照れ臭い顔に戻ったよ…。ハハ…。
「実は、だから…。泊まりの事も自分で言ってみたの。へへ…。うんッ。了解ッ!私の方からガンガン行くよね!夏希。覚悟して。ハハッ。」
ええーッ!ガンガン来ちゃうのッ?紀伊が…?
超嬉しいじゃんッ。覚悟するッ。俺。
「ハハッ。何それッ。とか、言って、実は…期待してますぅ。なんて…?へへ…。」
立ちっぱなしの変な状態のままで、二人は話し合って?いた。
「じゃあ、夏希。早速だけど…。おやすみを言う時には、必ずキスをして欲しいなッ。へへ…。」
凄い…良いな。これ。
「喜んでッ!」
古っ。何処かの居酒屋みたいな返事をして。
「おやすみ。紀伊。」
まだまだ、緊張の残る、拙いキスを紀伊にした。
バカップルと呼ばれようとも、構わない程の幸せを噛みしめながら…。
踊る様な足取りで帰路を行く!ハハ…。

「熱い恋をしてるかいッ?夏だからねッ。ハハッ。おまちどおさまー。イチゴね。」
今日も、心までをも焼き尽くす様な太陽の下。
ご機嫌に仕事が始まった。
「ああーッ!焼そば焦げてますよッ!秀さんッ。」
ハルが声を上げた。
「はぁ…。あ…。ああーッ!ヤバっ。ギリギリセーフかな…?アブねぇ…。はぁ…。」
秀が深い溜息を連発しながら、焼そばをパックに詰めては…。
「はぁ…。」 又、溜息。
「何?何ーッ?秀、瞳ちゃんと何か有った?」
一応、訊いてあげた…?偉そうだね…。俺。
「はぁ…。キスした。」
ブーッ!キスだとーッ。な…生意気なッ!
いや…。意味は無いけど。
「キ…キスッ!良いなぁーッ。羨ましいッ!」
いやいや…。リアル過ぎる感想を有難う。ハル…。
「よ…。良かったじゃん?夏だねぇーッ!秀。」
俺は言ったが…。
「いや。俺、卒業が来年だし。今直ぐに、結婚は無理だから…。」
ええーッ!いつの時代の人ですかーッ?中世の騎士かい?秀…。
キスして…結婚ってか!
キスで妊娠でもしたのかい?瞳ちゃんが…。
「お…俺はッ。一生懸命。我慢してたのにッ!瞳がさ…。俺、歯止めが効かなくなりそうで…。」
不安そうな秀と、不思議そうなハルに…。
「調度、暇な時間帯だからな。俺の数多く…。も、ないが、経験から、恋愛のお話しをするよ。ハルも良かったら、聞いておけ。」
と…言い。
「俺は、決してな。その場の雰囲気や、快楽に溺れろと言う訳じゃないよ。だが、一生懸命、我慢する必要も無いと思うな。その人が好きで、キスをしたいと思う事は自然だよね?秀。」
真剣な二人に、続けて…。
「ただし、キスは、だ。次の段階は、話しが別だ。高校生だからいけない。大学生なら良い。なんて、倫理の話しじゃなくてな。その場で盛り上がっている恋愛感情だけに流されるなって話しだ。進む前に、照れ臭いだろうが、キチンと二人で話し合って、ピルやコンドームをフルに使うべきだと思うよって話し。冗談抜きにな。」
高校生だな…。ハルなんか、真っ赤になってる。
秀は…?超真剣だよッ!
「それでもッ。100%安全って無いんだ。覚えておけ。そうなった時の事は、絶対に考えておかなきゃいけないッ。責任を取る…って言い方は嫌だけど、覚悟が無いなら、するな。そうなった後で、必ず二人が不幸になるからね。」
コクコクと二人で頷く。
「又、ただし、だ。それをちゃんと、言葉で相手に言え。ここが一番、大切だよ。相手を大切に思うのも、大好きなのも、可愛いって思うのさえも、言葉にして伝えてこそのモノだって、今回でお前達も良く解っただろ?」
もっと深く頷く二人に…。
「厄介な事にね…。女の子って俺達が思うより、半端なく繊細なんだよ。俺達が…勝手に相手を思う余り、我慢する事によって、下手したら、自分に魅力が無い?なんて、落ち込んだりするんだよねー。」
偉そうに演説をぶつ自分に、些か呆れながら…。
「気持ちは、君以上に有る。でも、責任が取れない以上は出来ない。大切だから。いつかは、きっと。ってな…。自分も我慢してるんだって思いを必ず、言葉にして伝えろ。俺達、人間には、言葉って素晴らしいモノが有るんだからさッ。一生懸命に伝えて、それで、解って貰えない様なら…。俺から言わせりゃ…。その女自体が、バツだな。悪い事は言わない。辞めておけ。」
俺も…。いつのまにか、説教臭くなったもんだ…。なんて、感じる。ハハ…。
「夏希先生の講習終わりッ!さあ、ギャルちゃんのお出ましだ!仕事、仕事ッ。」
照れ臭さに、話しを締めた。
二人は…こんな、俺の話しでも、それぞれに考える所も有ったようで…?
無言で配置に着いた。
「イェイッ!いらっしゃいッ!セクシーな水着が眩しいねぇーッ?彼女達!何にするぅー?」
「イェイッ。って…。古っ。今、感心していた自分を疑うな…。二重人格者かよッ!」
秀が呟き。
「本当…。そうすね…。」
ハルが首を振っていた。
「ああーッ!ハル、紀伊がね、自分の事みたいに大喜びでさ、雅ちゃんにも、おめでとうって伝えてくれってさ!本当、世界一!性格が美人なんだよね。紀伊は。ハハハッ。」
振り返り、言う俺に…。
「今度は、堂々と彼女自慢かよッ!こっちが恥ずかしくなるよ!」
秀が苦笑いした。
「でも…。なんか、カッコ良いッスよね?店長。」
ハルは言い。
「…。チェッ。全くだな。」
秀が肩を竦めた。
「ハハッ。お前らも、言葉に出して、バンバン褒めろよ!彼女達の事をさッ。褒められて、悲しむ人は居ないからねッ!夏だしッ。」
又、得意のウィンクをする。
「夏ね…。意味、解っからねぇー。」
秀が言った。と…。
「秀ちゃんッ。来たよー!」
瞳ちゃんが手を振って駈け寄った。
友達がワイワイと、着いてくる。
「お…おう。瞳さーッ。何か上に羽織ってろよッ!お前…か…ッ。か…可愛いんだから。危ないだろッ!心配させるなッ。俺以外に見せるなよッ。」
ギャーギャーと友達が冷やかし…。
真っ赤になりながら、超嬉しそうに、瞳ちゃんは…
「うんッ。そうする。へへ…。」
と、笑う。又、紀伊かよ…?
「ヒューッ。やるじゃん。秀。100点だッ。」
俺は親指を立てた。良いね。ハート一つ。
「す…素早いな…。秀さんッ。ぎこちないけど…。俺も早く実践しよ!」
うわ…。ハル、空回りするなよぉ…。
約束通り、瞳ちゃん達にも山盛り焼そばを出した。
イソイソと持って行く秀を見送りながら…。
「な…何か、雅達の時より…。凄くッ。多くないッスか?あれ。」
目を剝いて、指を指し騒ぐハルに。
「ハル。当然の事だよ。秀だって…。人間だもの。」
俺はハルの肩に手を回した。
「で…。ハルは?デートして?」
ハルは…又、赤くなり。
「お…俺は、手を繫ぐだけでも…一杯一杯デス…。」
言った。
「良いんだよ。それで、良いんだ。ハル。大切に思えば思う程。マジならマジなだけ、ゆっくりと、時間を掛けて、相手のペースで進めば良いんだよ。俺も…。この歳で初めて思った事だけどね。」
又、ウィンクをしてみせた。
「は…はいッ。」
ハルは、なんだか嬉しそうに、元気な返事をした。
皆のマジ恋が、ゆっくりとゆっくりと…。
夏の時を刻み始めていた…。

今日は遂に?紀伊の同級会だ。
「今夜、一旦は帰るけど…居ないので、宜しく。」
朝食の席で又、俺は家族に言った。
「紀伊さんと、食事かい?」
「合コンとか言ったら、引っ叩くよ!」
「いやッ。今から家の外に出さんぞッ。監禁だ!」
いやいや…。オヤジ。段々、変になってるよ?
「いやね。紀伊が同級会なんだ。誘って来るヤツとかも居るらしいから。迎えに行くんだ。俺。」
言い訳も面倒で正直に言ったが…。
「ええーッ。そいつは、大変だッ!夏希。あんた、一緒に参加しなさいッ。」
いやいや…。お袋…。それ、無理だし。
「それ、ヤバいな…。兄貴に比べれば、皆、まともな良いヤツにしか見えないよー。紀伊さん。そう…仕方が無い、私が見張りに、潜り込むか?」
な…ッ。なんて失礼なッ。仕方が無くもないし!
しかも、無理だし!お前、誰?って話だわッ。
「夏希…悪い事は言わない。紀伊さんに…同級会には行かないで!って泣き着いてお願いしなさい。」
出来ねぇーよッ。そうしたいけど…。いやいやッ。
どんだけ、信用無いんだよ!コイツらにッ。俺。
「大丈夫だよッ。俺以上の男なんて、そうそう居るわけないだろッ?同級会に。フンッ。」
「星の数ほど居るわッ。大馬鹿がッ!」
全員が口を揃えて怒鳴り返してきた。
ええーッ!そうかい…?そんな感じ?
こんな所に居たら、自信を無くして不安が募る一方になりそうなので…。
「もう!行ってきますッ。宜しくねッ。フンッ。」
海の店に逃げ出した…。
そわそわしながら一日を過ごし、夕方そうそうに店を閉めた。
家に帰り、シャワーを浴びて支度をする。
今頃、同級会は始まっているな?
それでも…。どうせなら、楽しんで欲しいって気持ちと、楽しくて、盛り上がったら嫌だな…。って気持ちが入り乱れる。
今までの俺なら…「楽しんでね。」で終わりだったのになぁ…?
落ち着かないまま、時間調整をして…。
指定のホテルに向かう。
しかし…。いつからこんなに焼き餅焼になったんだろ?なんて、考える。
それこそ、付き合ってきた彼女達の方が余程、男ウケするタイプだったのにな…?
さっきも言ったけど…心配なんか、余りした事が無かったかも…?
歳かなー?自信満々だったもんね…。若い頃の俺。
う…ん。違うか…?
紀伊は、誰にも取られたくないって事だな。
グチグチと考えて歩いている間、前までなら振り返ったであろう、コギャルに目もくれない自分にさえ気付かずにいた。
ともかく、同級会の紀伊が心配過ぎて。
そろそろ、紀伊に言われた終わりの時間が近い。
ホテルのラウンジ喫茶に入り、出口付近が見える席を選んで、コーヒーを飲みながら、紀伊を待つ。
「いつ出るか解らないので。」 と、会計は済ませておいた。
あっ…。ガヤガヤと同級会と、覚しき人達が塊で出て来た。
おっ。紀伊だ…。
見慣れぬワンピース姿の紀伊は、お洒落をした女の子達と、数人の男に取り囲まれ、ノロノロと歩いて来た。
「ハハッ。紀伊。もう、解ったよ。良いじゃん、今更、見栄を張らなくても!」
酔って大きな声で女の子が言う。
「いや…。本当なんだもん。」
紀伊のウンザリした声が聞こえて…。
「いやいやッ。お前に彼氏が出来るなら、皆が結婚してるって話しだろ!ハハッ。」
男も酔っているのか?大声で笑った。
俺は席を立ち、ウェイトレスさんに頭を下げて、店を出た。
「ハハハッ。酷いよ!それは。」
他の女の子達が声高に笑う。
「なッ。二次会行こうぜ。俺なら、その後も付き合ってあげても良いし。ハハッ。」
男の一人が紀伊の肩に手を回そうとした。
俺は慌てて走り寄って、紀伊の手を引いた。
「紀伊、お待たせ。ってか、俺、待ってたよ。」
紀伊を後ろから抱き締め、言う。
「ああッ。驚いた!夏希。もう、着いてたの?」
紀伊が驚いて言う。
「うん。紀伊の事が堪らなく心配でさー。早く着いちゃった!俺。ハハッ。」
と、答える俺を、紀伊と居た同級生の人達が唖然と見つめている。
「あの…。これ、彼氏の夏希。本当の彼氏だよ。へへ…。」
紀伊が、皆に向かって言う。
「ハハッ。紀伊。何なのそれ?本当のって?え…と、こんばんは。紀伊の本当の?彼氏ですが。」
笑って、皆に頭を下げた。
「紀伊…。まさか…。この日の為に…。見栄張りたくてお金で雇ったんじゃないよね…?」
ええーッ。紀伊の周りって…失礼な人しか居ない?
「ハハッ。面白い事言うな。お金で雇われて、プロポーズまではしないよね?紀伊。」
確信を持たす為にも、又、俺は言い、紀伊を見る。
「へへ…。だから、本当の彼氏だっていったじゃんか。ね?」
紀伊にしては…珍しく、少し自慢そうな言い方をして、皆を見た。
余程…。嘘だと疑われ、嫌気がさしていたのだろうな…?
「プ…プロポーズ…。されてるの?お前が…?このイケメンに…?マジ…で?」
一人の男が目を丸くして訊く。
お前が…って、これ又、失礼だなッ。
「幾ら何でも、冗談でプロポーズはしないよー。ハハッ。もうさー、出てくる時、家族中で、紀伊が他の人に取られたら困るから、早く、迎えに行けって言ってさー!大騒ぎだった。ハハハッ。」
紀伊は…。
「夏希の家族は、大袈裟なんだよ。私なんか、誰も取りやしないのにね。ハハッ。」
それでも、嬉しそうにニコニコ笑って言う。
「いやいやッ。現に、危なかったじゃんッ!えっと紀伊はね。俺のだから、取っちゃ駄目だよ。」
さっき、紀伊に手を出そうとしたヤツに…。
クセで…ね。ウィンクをしてしまった。
男は何故か…。真っ赤になっていた…。
そっちの気が有るんじゃないよな…?おいッ。
「ハ…ア…。凄くカッコ良いのにね…。勿体ないねぇ。何で…紀伊なのかね…?これは、もう。世の中の七不思議の一つだ…。」
女友達は、首を振る。いや…。友達なのかも怪しいけどね…。
「ええーッ。逆だよー。紀伊が俺には勿体ない。って、周りの皆には言われてるよ。俺も…。そう思う。出来過ぎた彼女だもん。紀伊は。」
紀伊は、又、真っ赤な顔でモジモジしていた。
何事かと…ワラワラ他の人達も寄って来て…。
誰?って顔で俺を見る。
「この人、紀伊の彼氏だってさッ!世の中、間違ってるよねッ。」
何故か怒って紹介された…。
「ええーッ!嘘でしょうーッ。嘘だと言ってくれ!紀伊がこのレベルの男ゲット出来るなら、私、芸能人も狙えるかもー!」
いやいや…。失礼ってか…。
自分。どんだけ自信過剰だ…?
「学生時代は…知らないけど、今の紀伊はね、モテモテだよ。周りの奴で紀伊を嫌いな人は一人もいない。皆に羨ましがられてるよ。男女問わずにね。超自慢の彼女だよ。」
まんま、自慢気に言ってやった。
どーしても、納得いかなそうな人々に…。
「へへ…。じゃあ、私、帰るから。皆、又ね。行こうか?夏希。」
紀伊が言い。
「うん。行こう、紀伊。はい。」
手を出す俺を見て…。何が気に入らないのか…。
「飲み直そう!やってらんない。」
「人間、顔じゃ無いって事なのかな…?」
「いやいやッ。絶対に顔だよ。たまには間違いも有るってだけだろ?」
まだ、追い打ちの失礼な言葉が飛んだ。
紀伊は、そんな言葉も全然、気にならない様子でニコニコ顔で手を繫ぐが…。
入口に荷物を沢山持った老夫婦が入って来た。
たまたま、ベルボーイが他の用で不在だった…。
紀伊ならきっと、手伝うよな?
俺は紀伊の顔を見て、手を解き駈け寄って…。
「うわーッ。じいちゃん、ばぁちゃん、荷物、沢山だねー!俺、フロントまで運ぶよっ!紀伊、二人を連れて来てね。」
と、声を掛ける。
「ああ。有難う!助かります。孫にお土産を買ったら。こんな荷物になっちゃって…。ホテルの人が居ると思ったのに…。」
じいちゃんが荷物を受け取る俺に言う。
「へーッ。きっと、喜ぶねーッ。お孫さん達。」
二人の荷物を全部持って歩きながら、言う。
「五人も居るのよー。一人一個でもこの騒ぎッ!」
ばあちゃんが紀伊に言う。
「それは、賑やかで楽しいねーッ!ハハッ。」
紀伊も声を掛け…。
「若いけど…。ご夫婦かい?子供は多いと、楽しいよー。」
じいちゃんが俺達に訊き。
「まだなんだ、これから夫婦になる所。楽しくなる様に頑張るよ!ねっ。紀伊。なんて…ハハッ。」
紀伊を振り返る。
「フフッ。明るくて、楽しい旦那様ね?何より優しいし。幸せそうね。二人供。」
ばあちゃんが紀伊に笑い掛けて…。
「うん。今、凄く幸せなのッ。私はね。」
紀伊が言うと…。
「幸せはねぇ、伝染するのよ。貴方が幸せなら、彼も幸せ。きっと、周りの人まで幸せになるわよ。フフッ。ねっ。あなた。」
「そうだな。ばあさん。」
こっちが幸せになりそうな笑顔を二人で見合わせて言う。
「ハハッ。全くそうかもね。周りも幸せなの増えて来てるもんね?紀伊。」
「うんッ!確かにッ。ハハッ。ねっ。夏希。」
俺達も顔を見合わせ笑った。
遠巻きにその様子を見ていた紀伊の同級生は…。
「俺達も…。幸せになれる様に二次会を楽しむか?」
「だね…。紀伊…。お似合いかもね…。あの彼と。」
などと話していた。
やっぱり、幸せは伝染するんだな…。
今日も幸せな奴等が沢山増えると良いよな。夏だもんなッ!
俺は、じいちゃん、ばぁちゃんと、ニコニコ話す紀伊の地味顔を…。
本当、誰にも取られなくて良かった!
なんて、見つめていた…。

「紀伊。もし、疲れてなかったらウチに寄ってく?さっきも言ったけど、紀伊が他のヤツに取られるって大騒ぎでさ。信用無いじゃん、俺って。」
ブラブラと、道を歩きながら紀伊に訊いた。
「寄りたいッ!良いの?あっ。美弥さんから借りた洋服持って来てないけど…。」
繫いだ手を大きく振り、紀伊は答えた。
「ハハッ。いつでも良いよ。そんなの。じゃあ、顔だけ出していってくれると、俺が助かる!行こ。」
紀伊がどうしても、っと、途中でケーキを買って、実家に寄った。
今回は、「えーッ!」と、なる事も無く。
「ただいまー。皆がウルサいから、紀伊を誰にも取られずに、ちゃんと連れて来たよ。」
俺は、嫌味半分で言ってやった。
「突然、スミマセン。お邪魔致します。」
モジモジと、真っ赤な顔で紀伊が言う。
最早、モジモジしてるのが通常の紀伊になりつつあるな…。
「ああッ。紀伊さん!良かったー!私、悪夢から覚めちゃって他の人にいかないか心配で、心配で。」
相変わらずの失礼さで美弥が言う。
「ハハッ。又、そんな冗談をッ。美弥さん、突然だったから…。お借りしたお洋服、持って来ませんでしたが、スミマセン。」
言う紀伊に…。
「そんなのいつでも良いけど。マジだよ!ねぇ?」
美弥が真顔で母に振る。
「本当!来てくれて良かったわー!紀伊さん。心配したわよー。普通のッ。人と上手くいったら…。ってさー。ハハッ。」
普通…じゃないんかいッ。俺。
「ハハッ。お母さんまで、冗談を!私なんか、夏希と違ってモテないし…。あっ。ケーキどうぞ。」
紀伊は、やはりモジモジと笑い答えた。
「まあっ。有難う!気まで使って貰って…。さあ、上がって。皆で食べましょう。ねぇ、お父さん、生きた心地しなかったわよね。心配で。」
母は父に振る。
「紀伊さん。本当だよ。同級会って聞いた時は、もう、終わったと思った。変装して、潜り込んで見張ってようかとまで考えたんだがね…。」
いやいやッ。無理だから…。
マジで考えたんかい…?真顔で父が言う。
「ハハハッ。お父さん、可笑しいッ。私…。皆にそんな嬉しい事を言って貰えて…。幸せ者です。」
薄ら涙を浮かべ、紀伊はやはりモジモジと言う。
「なッ?紀伊。嘘じゃないだろ?何故かッ!信用無いんだよ。この人達に、俺。」
紀伊に言う俺に…。
「当たり前だろッ!」
全員が又、口を揃えて言う。ええ…。
紅茶とケーキを美弥が配り終えると…。
「いやいやッ。皆さんが間違ってます!私、さっき同級会で、思わず、夏希の事を同級生達に自慢しちゃいました。凄い驚かれて、世の中間違ってる!こんなイケメンが紀伊なんてッ!って、当たり前なんだけど…。全員が言って…。」
紀伊が言い掛けた…。
「何処のどいつだッ!連れて来いッ!天誅を与えてくれるわッ!」
父が初めに騒ぎ…。天誅が流行りらしいな…。
「はあーッ?そいつら、全員。眼鏡を作り直せッ。」
美弥が騒ぎ…。
「病院に行った方が良いわね…。皆。」
母が呆れて締めくくる。
「ほ…本当なんですッ!職場でも、同級会でも、私なんか、地味だから…。彼が居なくて、可哀想って扱いで。だから、皆、夏希を見ると腰を抜かす程、驚いちゃって。私自身も…。今でもこんな素敵な人が自分の彼氏だなんて、信じられない位なんで。」
地味顔を真っ赤にして紀伊が力説する。
「その上…。ご家族の方にまで良く言って頂いて…毎日が幸せ過ぎて、怖い位。長い夢の中に居るみたい。醒めなきゃ良いけど…。」
「いやいやッ。紀伊さんのその勘違いが、醒めなきゃ良いけど…。」
美弥が呆れ半分で、まだ言い。
「紀伊さん?明日は…。遅出かしら?」
母が突然、訊いた。
「あ。私、明日は、お休みなんです。」
紀伊は答えた。
「じゃあッ。泊まっていかないかッ。紀伊さん!それが良いな!母さんッ。」
親父がとんでもない事を強く言い出した。
「そう思って、訊いたのよッ。紀伊さん!是非ッ。そうして頂戴な。」
母は…身を乗り出して言う。
「ハハハッ。必死で怖いわッ。あんた達ッ!でも、良かったら、そうしてあげて。紀伊さん。又、ボロジャージ貸すから!ね?」
待てッ!待ってーッ。
俺達の意思の関係ない所で、恐ろしい物事が進んでいるよ…。
「ええーッ。良いんですかッ?嬉しいです!是非ともッ。泊まらせて頂きます!私。」
ええーッ!そうかい…?そんな感じ?紀伊。
紀伊がGoサインと言うより…。親がガンガン来るんですけど…。何?これ?
「は…早くッ。紀伊さんの気が変わらないウチに布団を部屋に持って行きなさいッ。夏希ッ。」
親父が立ち上がり、俺を無理やり促す。
「ああッ。じゃあ、紀伊さん!お風呂に入って。美弥は着替え持って来てッ。着替えれば、こっちのもんだわッ。」
いやいや…。こっちのもんだわ…って、意味が解らないし、怖いわッ。オフクロ…。
「いや…。私、何かお手伝いしてから…」
紀伊は、半ば呆然としながら言うが…。
「ハハハッ。無理だよ。兄貴の部屋でゆっくりしてあげて、言い出すと聞かない人達だからさ。」
美弥に言われ、風呂に連れられて行く。
で…。数十分後。
ベッドは有るのに…。新婚初夜の様に、ビッチリと並べて敷かれた夜具に風呂上がりの二人が呆然と座り込むといった今の状況になっていた…。
「な…何か…。ゴメン。無理やりで…。とんでもない人達だろ?迷惑掛けるね…。紀伊。」
ハタと、照れくささが沸き起こり…。俺は、言う。
「す…凄い事になったね…。で、でもッ。嬉しい!私、楽しくて、嬉しいッ!へへ…。」
小さなローテーブルで、又、湯上がりのビールをチビチビ飲みながら、紀伊はまだ、モジモジと言う。
「お…俺もッ。楽しくて、嬉しいさ。ただ…、突然で参るよね…?」
「うん。突然で…参るよね。」
二人が同時に、ポテトチップスに手を伸ばし、同じモノを掴んで…。
「ハハハッ。気が合うねッ。紀伊。」
「ハハハッ。気が合うねッ。夏希。」
笑い合い、緊張?が解れる。
「ねぇ、夏希。今日は…。初めてのお泊まりだからさ…お話しをして過ごそ?」
紀伊が提案して…。
初めてがウチってのもな…。なんて考えてた俺は…
「うんッ。紀伊。そうしよう。俺、訊きたい事も言いたい事も沢山有るんだ。」
俺も賛成した。
「ええー。何かな?」
又、不安そうに真っ赤な地味顔を傾げる。
「うん。先ずさ…。俺、夏の間、休みが無いじゃん?デートも夜しか出来ないけど…。ゴメンね。」
謝ったが…。
「いや…。私も働いてるんだから、似た様なもんじゃん。夏希が行きたければ、夏の間はアミューズメント施設も遅くまでやってるし…。でも、私はね。私は…行き慣れた定食屋さんで少しのビールを分けて貰って、美味しい定食を食べるのが、一番楽しいんだけどねッ!」
出来た彼女にも程が有るね…。
しかも、紀伊の嬉しそうな表情を見ていると本当の事だと思えるから、不思議だ。
「俺もッ。なんだかんだで、紀伊と初めて仲良くなったあの店が落ち着くよね?ハハッ。」
「うんッ。へへ…。後は…。言いたい事…。何か?」
へへ…。がやっと出てきた…。
「う…ん。なんだか…。すっかり家族で紀伊がお嫁さんに来てくれる。的になっちゃってるけど…。プレッシャーじゃないかな…?紀伊の御家族や…仕事の事も、気になってて…。」
前にもさり気なく言いったが又、言い辛い感じで、でも…訊いた。
「ああ。全然ッ。問題無いよ。夏希と結婚したら…勿論。ここに入って、民宿手伝うつもりでいたし。ウチは4歳上の兄が結婚してて、子供も二人居るからさ、私の居場所が無い感じでね…。実家の引っ越しと同時に家を出て、アパート借りたのッ。」
真っ赤な地味顔で話し出し。
「お姉さん…。義理のね。安心すると思う。私が、一生、結婚も出来ないんじゃ?って心配してるっぽかったから。顔を出す度に、「紀伊ちゃん、彼は出来た?」って訊くのッ!正直ね…。ウザかったよ!ハハッ。」
少し苦々し気に言う。
「ハハッ。余計な世話だねッ。でも、安心した。本当に良いの?紀伊。ってか…。その選択しか無いんだけどさ…。俺との結婚には。」
申し訳無い様な感じで言った。
「私ね。こう見えて、夏希の事以外はポジティブなんだよ。起こりもしない事に悩むより、住めば都って考えるの。きっと、民宿も楽しいんだろうな!って、今からワクワクするッ。しかも…。夏希が居れば何処でも幸せだよ。私。へへ…。」
益々、赤さを増した地味顔が堪らなく愛おしくて…
「紀伊ッ!大好きッ。」
思わず、キスをしてしまった。
「へへ…。私もッ!」
ニコニコ顔で紀伊もキスを返して来た。
「ねぇ、今度の紀伊の休みに夜になっちゃうけど…紀伊の実家に行って良いかな?俺…。紀伊のツバを付けるじゃ無いけど…。あのアパートが、道も危ないし、1階だし心配で…。早く、紀伊と一緒に住みたいなぁ…。なんて…。」
照れついでに言う。
「いや…。ちょっと、無理かな。」
ええーッ。無理…?ええーッ。早過ぎる?
「ウチ、今、和歌山なのよ。でも、話しは着いてるから、大丈夫。」
ええーッ。わ…和歌山ッ!
だって…。さっきの同級会は…?
話しは着いてるって…?
「私が高校を卒業と同時に和歌山に引っ越してね。親が気に入って住み着いちゃってさ。兄も向こうで結婚したから。」
いやいや…。そうかい…。
「和歌山…。そりゃ…ちょっとやそっとじゃ、無理だね。話しが…着いてるとは…?」
いずれ、夏が過ぎるまでは行けないけどな…。
「実は…私、親にだけは…結婚かも?って話して有るからさ、挨拶なんか後でも良いんだよ。良かったねー。って、凄い喜んでいたし。ハハッ。」
は?そうなの…?喜んでたのか…。でも…。
「あの…。それは、俺が…長男だとか、民宿の跡取りだとかも…お話し頂いて有るですかね?」
思わぬ展開に…変な訊き方になる。
「勿論で御座います。「楽しそうねッ。泊まりに行けて嬉しいわッ。ね。パパ!」って、電話で母が興奮気味に申しておりましたが。」
良かったー!苦労するんじゃ?なんて言われたら…返す言葉も無い所だ。
流石は、紀伊の親だなッ!
知りもしないが何となく…。そう思った。
「ああ…。良かったー!取り敢えず、反対されなくて助かったよ!」
って言うか…。紀伊がそこまで話しを進めてくれている事に驚いていた…。
「貴方の好きにしなさい。ってさ。忙しい時期過ぎたら、遊びに行くよ。って話して有るの。なんか…独りで先走って、恥ずかしくて言えなかったんだよね…。へへ…。」
照れ隠しか?バリバリとお菓子を囓り、言う。
「いや…。ぶっちゃけ、俺の親だけが猛烈に先走ってて、焦ったからさ、嬉しい驚きだよッ!紀伊。」
嬉しさに、ビールを煽り…。
「で…。仕事は…。」
言い辛いついでに?訊いた。
「うん。遅くても一ヶ月前には言わないといけないからね…。夏希に訊いてから、言う日にちを決めようと思ってたんだけど…。」
そうか…。じゃあ…。
「明後日にでも言ってよ。紀伊。早い方が向こうも良いんだろ?代わりの人を探したり…。」
紀伊は、又、小さな目を見開き…。
「あ…明後日ッ。早っ!ああ…。驚いたぁ!うん。解った。じゃあ、明日、辞表書くよ。」
余りの急展開に…驚きながらも嬉しそうに言う。
プルプルッ…。
二人で顔を見合わせたが…。
「ああッ。私だ。誰だろう…。」
電話を見た紀伊が…又、驚きの表情を浮かべ…。
「や…山田華子さんだよ。何かな…。もしもし…。」
まさか…もう、幸哉と問題でも…?
付き合ってから、そう何日も経っていませんが…。
嫌な予感に耳を棲ます。
「紀伊ちゃん?遅くにゴメンね。今日ね幸哉君のウチに行ったの。それで…」
「えッ。ええーッ!あ…。大きな声出して…ゴメン…。」
紀伊の悪でかい声に掻き消され…。
山田さんが何を言ったのかは聞こえなかったが…。
時に、紀伊の声に驚いて、目を見開いた。
まさか…別れた?頼むよ…。幸哉…。
「け…け…ッ。」
ええーッ。紀伊?どうしたのッ!
「け…結婚ですかーッ!」
ええーッ!け…け…結婚だとーッ!
俺は、口を押さえて…見開いた目を今度は剝いた!
「紀伊ちゃん…。ウルサいし、耳が痛いよ。ハハッ。ステーキよりも、もっといきなりだったわ。」
ハアハア…と、胸に手を当てて息を整える紀伊の電話から、山田さんの笑い声が聞こえたが…。
俺達はまだ、驚いたままで立ち直れなかった。
口に手を当てたままの俺に、ハアハア言う紀伊。
それでも…紀伊が先に立ち直り。
「あ…。あのッ。仕事は…?直ぐに辞めたりしますか?まあ、一ヶ月後って話しですが…。」
俺も自分達の死活問題?の質問にブンブンと頷く。
「うーん。私の年齢を考えると、妊娠したら辞めるかな…?ん?何で?」
普通に不思議そうな山田さんに…。
「私、実は、明日ッ。辞表を出しに行くのでッ。結婚は秋ですが、早めに辞めて、夏希の家を手伝うって事でッ。二人…同時退社はどうかと…。」
勢いで紀伊は、言い切ったッ!
「ああッ。そう言えば、紀伊ちゃんもプロポーズされてたっけ?」
いやいやッ。ずーっと前に言って有りますよねッ。
ステーキ並みのいきなりでしたが…。
しかも…妊娠って…。やること?早っ!幸哉ッ。
腹立つわーッ!意味は無いけど…。
「大丈夫だって。一ヶ月も有りゃー、何とかなるわよ。紀伊ちゃんらしいなー。私、この幸せは逃せないから。会社の心配までしてられないッ。」
鼻息が聞こえて来そうな山田さんの言葉に…。
「だよねーッ。私も右に同じッ。女の多い職場だもん、仕方ないよねッ。うんッ。そうだよッ!」
紀伊まで鼻息が…。
と、言いつつ…。俺も深く頷き続けた。
「一応、キューピッドの紀伊ちゃんには、初めに言いたくてね。夏希君にも宜しくねッ。」
山田さんが普通に?戻り、言った。
「ああ。今、夏希の家なんです。隣で目を剝いて驚いてるよ!ハハハッ。私もだけどねッ。」
紀伊が言い。
「へーッ。夏希君って、確か…実家でしょ?もう、泊まったりしてるんだ…凄いね…紀伊。」
山田さんが今度は驚いている。
「うんッ。夏希の両親と、妹さんが是非、泊まって行けって言ってくれて。遊びに寄っただけが…突然、お泊まりになったの!へへ…。」
又、少し自慢そうに、紀伊が話す。
「そうかッ。幸哉のご両親も凄い気さくな方でさ。ウチの親も、勿論の事ながら、大喜びだし!良かったよねッ?反対されなくて。それだけで私達は幸せだね。ハハッ。」
山田さんも幸せそうな声で話していた。
そっかー。良かったね。幸哉ッ。
「うんッ。じゃあ、又、一応…明後日に。お休みなさいッ。」
紀伊が電話を切り…。暫くの沈黙の後…。
「驚いたねーッ!」
二人同時に口を開いた。
「ハハハッ。まさか…。先を越されるなんてッ!」
俺が笑い出し。
「ハハハッ。私なんか…辞表、先越されたらヤバいって思わず…明日、出しに行くって言っちゃったじゃんッ。ハハッ。」
「凄い、勢いで言ってたよね…。紀伊。」
「だってーッ。まさか、こんなに早く結婚だなんて思わないじゃんッ!あ…。私もか?ハハッ。」
腹を抱えて楽しそうに紀伊が笑う。
所詮は…。山田さんの幸せが嬉しいんだね…?紀伊も。
「しかも!妊娠って…!早過ぎだろ?幸哉ッ。先越され過ぎて、腹立つんですけどッ!ハハハッ。」
俺も…幸哉の幸せが愉快で笑っていた。
明日にでも、冷やかしの電話をしてやるぞッ。
「良いんだよ。私達はゆっくりで。多分…。幸哉君は山田さんの歳を考えて、結婚にしたんでしょ?子供も早くってさ。さあ、驚きに目も醒めちゃったけど、夏希も早いし、私も言ったからには、明日、辞表書いて出さなきゃ。寝よ。」
だよね…。俺達はゆっくり行こうね。紀伊。
「だねッ。寝よう!紀伊。」
歯を二人で磨き。
二組の布団から、手を繋いで…。
「お休みッ。紀伊。」
と、キスをした。
「へへ…。幸せ。お休みッ。夏希。」
返されたキスに少しだけ、興奮しながらも…。
ギューッと無理やり目を閉じた。
ええーッ!もう、寝息立ててるよッ!紀伊…。
そうかい…。早っ!

「ねえ、紀伊さん。アパートって…狭い?」
失礼な事を朝一番でオフクロが言いだした。
「はぁ…?まあ、狭いですが…。」
紀伊は、?で答えたが…。
「昨日、皆で考えたんだけどね。まだウチには美弥も居るし、初めは二人でアパートに住んでさー。ここに通って貰えば良いと思って。」
親父と美弥も頷いた。
「へー。そう?じゃあ、紀伊、直ぐにアパート借りようよ。実はさ…。」
紀伊のアパート状況を話して。
「心配でねー。俺。」
と、言った。
「そりゃー、いかんぞッ。何か有ってからでは困るからな。夏希。サッサと木村の親父に頼んできなさいッ。」
親父が目を見開き言う。
木村の親父とは…不動産屋の親父の友達だ。
「だよねーッ。じゃあ、紀伊、今日の夕方に木村不動産行こうね?」
もう、有無を言わさぬ状態だ。
「はあ…。でも…私は、このウチでも…。」
紀伊が言い掛けるも…。
「あのねー。紀伊さん。嫌でも後々には、この賑やかな二人の面倒は看て貰う様になるんだから、まあ、私が嫁に行くと仮定してだけどね。今のウチに新婚を楽しみなよ。民宿は手伝って貰えば助かるけどさッ。」
美弥がまたにはまともな事を言った。
「勿論ッ。手伝いますッ!あ…。仕事が辞められてからですが…。後…。お役に立つか自信は有りませんが…。ハハ…。」
又、何故か地味顔を赤くして紀伊が言う。
「いやいやッ。実証済みだ。夏希よりは役に立つ!」
言葉ッ。親父ッ!
ええ…。そうかい…?家族が全員頷いた…。
「紀伊、良いじゃん。取り敢えず、あのアパートは心配だし、借りてみて、不便だったり…。こ…子供が出来たりしたら…。ウチに入るって事でさ。」
今度は俺が真っ赤になって言った…。
「朝から、何、照れてるんだかッ。全く、お気楽なんだから。」
オフクロが呆れ。
「なんか…気味悪いよね。すっかり純情な男に生まれ代わっちゃって…。」
凄く嫌そうな顔で美弥が見る。
「キモいぞッ。夏希!」
いや…。キモいってあんたが使う方がキモいって話しだよ。親父…。
「ハハハッ。可笑しいッ!私、楽しみで仕方ないです!民宿も皆さんの家族になれるのもッ。夏希に又、感謝しちゃいそうッ!」
楽しそうに、笑う紀伊を家族は見て…。
「やっぱり…。天使?」
「いや…。神仏でしょ…。」
「う…ん。マリア様かもしれんな…。」
言い合い…。
「紀伊ッ。もう、行くよッ!辞表書くんだろ?送るからッ。」
又、分の悪さに…。俺は、逃げ出した。
紀伊をアパートに送り。
「じゃあ、夕方ねッ。行ってきます!」
と、キスをして海の家に向かった。
到着早々に…。何だか微妙な空気が漂っている…?
「おはよー!ん…?何か有ったの?」
いつもよりまだ、苦虫をかみつぶしたような秀が黙ったままで焼きそばをガシガシ作っている。
困った顔をしたハルが…
「秀さんが…瞳さんと…別れるそうですぅ…。」
そっと俺に言う。
「はあーッ?どうした?秀。」
付き合い出して少し経つと誰にでも起きうる喧嘩だとは思いつつも訊いた。
「瞳とは、合わないって解っただけです。全てにおいて、余りにも考えが違うから。疲れるし、付き合いきれないってだけです。もう、良いんですよ。」
秀は焼きそばの手を止めずに投げやりに言った。
「そうか…。秀が良いなら良いよな?ただな、秀。明日から瞳ちゃんはお前の隣には居ないって事だからな。いつも横を向くと居た瞳ちゃんはもう、居ないんだぞ。解ってる?」
秀の手が動きを緩めた…。
「俺はね…。綺麗な物を見掛けた時とか、美味しい物を発見した時も、直ぐに考えるんだ。ああ、紀伊に見せよう。今度は紀伊と食べよう!ってね。ハルは雅ちゃんとって考えるよな?秀だって…瞳ちゃんとって考えるんじゃない?」
ハルは直ぐに深く頷き。秀は…遂に、手を止めてしまった…。
「考える事の全てが同じ人間なんて…多分、居ないよな?秀。男友達とだってそうじゃねぇ?」
ハルと秀が又、俺の話しに聞き入っていた。
なんか…この時間帯は説教タイムになってきてる?
「二人が深く付き合えば付き合っただけ、意見の相違は出てくるさ。だって、一緒に居る時間が多くなるんだから当たり前だよ。ただ…。じゃあ、明日からこの人が居ないんだって考えた時に、自分がどう感じるのかじゃないのかな?秀。」
俺は、秀の手が完全に止まり、焦げそうな焼きそばの火を一旦、止めに行きながら…。
「綺麗な物も美味しい物も、最も共有したいと思える相手が、もう、隣には居なくなるんだよ?一緒に喜び合えないだけじゃないな…下手したら、他の人にその位置を取られるかもしれないんだぜ?」
秀は益々渋い顔になっている…。怖っ。
「俺さー、付き合うって、凄い事だと思うのよ。沢山、居る人達の中でさ、お互いを好きになって初めて付き合いが始まるんだからねッ。」
ハルはいつも通りに、カクカク頷き続けている。
赤べこの様だ…。
秀は…般若の面の様だ…。怖ってばッ。
「だからー、ちょっとの意見の違いに腹を立てるよりも、いっそ自分から折れちゃってさ、二人で、綺麗だよねー。美味しいよねッ。って感動を共有したい気持ちを優先に考えた方が、俺は人生が豊かだって思うけどなぁー?」
コテを握ったままで秀は俯いていた。
「何も…いつでも折れろって言う訳じゃ無いし、折れるのがどーしても納得いかないのなら、それも伝えれば良いよ。俺が間違ってるとは思えないんだけど、楽しい事や…悲しい事さえも一番に共有したいと思うのは、やっぱりお前なんだってね。」
秀が微かに頷いた。
「ただ、俺が言いたいのはね、隣に居て欲しい気持ちが有って、手放したくないのならば、キチンと話しをしてから、結果を出した方が良いよって事だ。面倒臭がるなって事だよ。人との付き合いなんて…凄い面倒な物なんだからさ、疲れるのは当然なんだよ。特に異性とはね!」
二人に恒例のウィンクをして…。
「どーよ?秀。」
と、訊いた。
「パン屋が…。大学の近くに…美味しいパン屋が有ってね…。俺…瞳に食べさせたくて…。」
照れ臭そうに、秀がポツポツと言う。
「ハハハッ。決まりだな!秀、早く瞳ちゃんに電話してやれ。きっと、心配して待ってるよ。瞳ちゃんも!ハルは焼きそばの続きを作れ。さあーッ!今日も張り切って働くよーッ。ハハハッ。」
秀の背中をバシッと叩いて言った。
「ラジャーッ!ここは任せてッ。早く、秀さん!」
ハルも秀を押した。
「あ…ああ。」
秀は携帯を手に店の裏に走って行った。
「しかし…店長って…イケメンですよねぇ?」
ハルが紀伊の様な言葉を発し、首を振る。
「ええーッ。今頃、気付いたの?ハル。」
すっかり、説教ジジイと化した自分にも、ハルの言葉にも照れて戯けて見せた…。
「それさえなけりゃね…。」
ハルはもっと首を振った…。
暫くして秀が戻り報告をしたが…。
「楽しい事や…悲しい事さえも一番に共有したいと思うのは瞳だって言ったら…。私もそうだよ!って言ってくれて…。パン屋に今度、行く事になった。あの…。有難う御座いましたッ!」
良いけどさ…又…。まんま言ったんだね?秀。
本当に…。素直なんだか、憎たらしいんだか解らない奴だな…。でも。
「ハハハッ。良かったなー。又、隣に瞳ちゃんが居てくれてさッ。はいッ。じゃあ、秀、早く働けよッ!」
いつもの仕返しに言ってみたよ…。俺。
「ラジャーッ!」
朝の顔とうって変わって良い笑顔を秀が見せた。
夏だねーッ。ハハ…。
ああッ!そうだよ。幸哉のヤツにも冷やかしの電話しなきゃなッ。
全く、この分じゃ子供も幸哉達が先に出来た!ってなるな…?
なんか…納得いかないけど、紀伊の言う通り、俺達はゆっくり進めば良いんだよな。
でも、アパートは急がなきゃ…。田辺の事も気に掛かるしねッ。
紀伊と二人きりの生活か…。
幸福な想像にニヤニヤとしていると…
「又、鼻の下が伸びてるよ…早く焼きそば運んで!」
ええ…。又、早くも鬼軍曹に戻ってるよー。秀。
「はいはい。ブレないねぇー。秀は。」
首を振り、ハルと苦笑いをする。
ハルも俺も安心半分の笑いだったけどさ…。
昼のピークを過ぎ、幸哉に苦情…。いやいや…。冷やかしの電話をした。
「やる事が早いねぇー?相変わらずッ。」
嫌味半分で言うと…。
「ええーッ。夕方、言いに行こうと思ってたのになぁー。情報、早いねーッ。紀伊ちゃん?」
驚き、訊いてくる。
「紀伊がね。昨日、突然、ウチに泊まってさ。そこに華子さんが電話をしてきたんだ。」
「そうか…。夏希、俺。こんなの初めてなんだけどさ…。華子とは、生活をしたいって思ってたんだよね。付き合うんじゃなくて…。ただの日常を一緒に過ごしたくてね…。」
成る程ね…。言ってる感覚は実に理解出来るよ。
「ドキドキしたり、何処にデートで行こうか?とかってよりも…。毎朝の光景に華子が居て、こ…子供なんかと笑って居られたらな…。なんて…?」
幸哉の照れ臭い顔が目に浮かぶ様だった!
「ハハハッ。良いねーッ。そう思える人と出会えて二人とも幸せだよなッ。幸哉。俺も夕方ね、紀伊とアパートを決めに行くんだよ。家族がそうしろってさ。お前がどうせ来ると思ったからね、居ないよって…電話したんだ。」
そこから、紀伊が辞表を出しに行ってる事なんかも話して…。
「良かったなーッ。紀伊ちゃんが民宿を手伝ってくれるなら、安心だなッ!」
やはり…観光協会発言で電話を終えた。
夕方、閉店の少し前に辞表を提出した紀伊が、その足で海の家に来た。
ハルが先ずは祭の礼を言う。
「良かったねッ。なんだか嬉しいッ。」
やはり、満面の笑みで紀伊は言う。
秀に紀伊を紹介していると…。
「秀ちゃんッ。」
手を振り、瞳ちゃんが走って来た。
紀伊に瞳ちゃんを紹介して…。
「うわーッ。可愛い彼女ッ。お似合いだねッ!」
紀伊がニコニコと秀に言う。
「いや…。今日も別れそうになって…。夏希さんに救われたんですぅ…。」
秀が真っ赤になり頭を搔きながら告白した。
「やっぱなーッ。秀ちゃんの言葉にしては、気がきき過ぎてると思ってた!ハハッ。」
瞳ちゃんが笑って言うと…。
「ええー。違うよ。きっと、夏希のそれは切っ掛けで、二人の一緒に居たいって気持ちが今の結果になったんだよー。だって…。二人とも、凄い幸せな顔してるもんッ。ねッ。夏希!」
紀伊が自分も幸せそうに言う。
様子を見て居たハルが…。
「う…ん。雅の言う通りだ。凄い人だな。紀伊さんは…。流石、店長の彼女ッ!」
深く頷いた。
「だな…。店長が凄いんじゃなくて…紀伊さんが凄いんだな…きっと。」
秀も頷きながら微妙な事を口走るッ。おいッ!
「あーッ!お姉さーんッ。」
な…なんとッ。雅ちゃんまでが参戦だッ!
「み…雅ッ!どうしたのさ?」
ハルが驚き訊く。
「あ…。待ち合わせの場所に早く着いたから…。お姉さん!先日は本当に有難う御座いましたッ!私にも奇跡が起きたよッ!ハハッ。会いたかったから、来て良かったー!」
雅ちゃんの嬉しそうな言葉に…。
「ねッ。夏は毎日が特別なんだよッ!本当に良かったねー!」
又、満面の笑みで、雅ちゃんの手を取り言う。
紀伊達にジュースを出し、テーブルに座らせた。
俺達は残りの仕事を片付けていたが…。
珍しく、秀が手を緩めながら…。
「紀伊さん…。なんだか、以外だったけど…。超お似合いで…。余りにも、店長の彼女って感じで…驚いた。」
すっかり、仲良くなり盛り上がる彼女群の中でニコニコ笑う紀伊を見て言う。
「ですね…。普段の店長からは以外で…。でも、一番、以外じゃない。」
ハルもテーブルを見つめながら訳の解らない事を言い出す。
「ハハッ。実はね…俺が一番、以外だったよ!」
初めて紀伊に会った合コンからの自分の気持ちの変化を二人に話しながら…。
「俺だってさー、お前らの彼女が逆のイメージだった!人間…解らないよねぇー?お前達はまだ若いから、この先、何が有るか解らないだろうけど…。」
俺も又、明るい笑い声の聞こえるテーブルをみながら…。
「ただ、さっきも言ったけどさ、誰にも代えられない、絶対に隣に居て欲しいって思う気持ち以上に大切な物なんか…無いんじゃん?ぶっちゃけ、こんなに強く他のヤツに取られたく無いッ。って思ったのは俺も初めてなんだよね。だから、結婚なんだ。」
二人は合コンの話しに驚きながらも、最後はやはり、深く頷いた。
仕事を終え、紀伊だけになったテーブルに腰を下ろして、話しをしつつ、残務をこなす。
「ああ、楽しかった!今日の事件とか…色々な話しを聞いたよ。やっぱり、夏希は自慢の彼だッ。へへ…。」
紀伊はニコニコと満足そうに言う。
「いやいや…。こっちは紀伊は凄い人だって二人とも言ってたよ!自慢は俺の方だ。惚れるなよッ!って心で思ったけどね…。ハハッ。」
正直に考えた事を言ってみた。
「ないないッ。ハハッ。ハル君も秀君もね、ここで働けて良かったって言ってるみたいよ。何処でも教えて貰えない人生勉強が出来たってさ!」
紀伊が自慢そうに、告げ口?をする。
「皆でさ、私達も夏希の話しって言うのを聞きたかったよねー?って言ってたんだよ!ハハッ。」
「うーん。男同士の秘密だなッ。後は…紀伊の自慢話しばっかりしてるだけだよ。ハハッ。」
人生勉強…?そんな大袈裟な話しじゃないし…。
でも、なんだろ?彼女達にハルや秀がそんな事を話してくれているのが妙に嬉しかった。
二人で不動産屋に向かい、繫いだ手を大きく振る。
紀伊の嬉しそうな地味顔と大好きな夏の風に、新しい生活も幸せいっぱいだな…。きっとッ。
なんて…感じていた。

「ヒューッ。彼女達、可愛いねー!夏の太陽に惑わされず、性格の良い男を選ぶんだよーッ。はい。イチゴとレモンお待ちどおさま!良い恋をしてね!」
ちょっと…言う事が変わってきたか?俺。ハハ…。
「ハハッ。全くね!顔で選ぶのは散々、懲りたよねーッ。良い恋するね!有難うッ。」
かき氷を受け取り、コギャルちゃん達が笑う。
紀伊と俺の実家の近くにアパートを借り、お互いに仕事をしながら、ジワジワと引越を済ませた。
まだ、落ち着かないが、やっと二人の生活がスタートした所だ。
明日は幸哉達の結婚式に紀伊と呼ばれている。
美弥に店を頼むか…と思ったが、思い切って秀とハルに任せる事にした。
「大丈夫。いつも俺がやってる様なもんじゃん。」
秀が相変わらずの口の悪さで言い。
「大丈夫ッすよ!いつも俺が荷物も運んでるし。」
ハルまで微妙な事を言う。
いやいや…。俺も一生懸命に働いてますよね…?
しかし、幸哉の結婚の早さには皆度肝を抜かれたみたいだ…。
そりゃそうだ、先日まで合コンしてたんだもんね…
紀伊と俺の式も9月に決まり、8月の終わりには和歌山からご両親がウチの民宿に来る事になっている。
全てが幸哉達の様に派手ではないまでも…ジワジワと進む。
こんな地味さが俺達流だって思えるしね。
夏も盛りで、夕方になってもまだ、賑やかなビーチを後に紀伊の待つ我が家に足取りも軽く向かう。
「ただいまーッ。紀伊。」
パタパタとスリッパを響かせ、地味なニコニコ顔の紀伊が走り出てきて…。
「おかえりッ。夏希。」
と、ほっぺにキスをしてくれる。
「紀伊もお疲れッ。」
俺もキスを返し言った。
「へへ…。私、先にお風呂入っちゃった!御飯やっておくから、夏希も入っちゃったら?」
「うんッ。有難う。汗酷いし…じゃあ、入るね。」
俺は風呂に向かった。
狭くもないが、広くもないお風呂…。
「二人じゃ…ちょっとキツいかな…?なんてねッ。」
独りで照れて赤くなる。
紀伊の作った美味しいご飯を二人で頬張りながら。
「明日は楽しみだねー!」
紀伊がニコニコと言う。
「うんッ。なんかさ…人事とは思えないよな。俺達繋がりで、結婚する奴が居るなんてね…。」
俺はしみじみと言った。
「私達もさ…先に進もうか…?」
ビールを呑んだせいじゃなく…紀伊は真っ赤な顔で言いだしたッ。
突然で照れる暇も無く…。
「そうだよねッ。」
力強く答えてしまった。
「じゃあ、お風呂も入ったし、食べ終わったらベッドに行こうか。」
ああ…。ベッドなどというリアルな言葉に、我に返ってしまった。
カーッと顔が赤くなるのをこれ程感じたのは初めてじゃないかな…?
「しょ…しょうだね。ベッドににぇ。」
噛ッ噛にかんで答えたよ…。俺。
「ハハハッ。何なのー。その顔色と、かみ具合ッ!夏希なんか慣れてるでしょー!それじゃあ、私の反応と同じじゃんッ。ハハハッ。」
紀伊が腹を抱えて笑い出す。
「あのね。俺にとって紀伊は全てが特別なのッ。今までとは全然、別の話しなの!」
真顔で反論すると…。
「それは光栄デス。でも…余り期待はしないでね。さて、ご馳走様!」
紀伊は照れて席を立った。
「ご…ご馳走様でした。」
俺も照れ隠しに水を含んだが…。
「じゃあ、先にベッドに行ってて。えーと、裸で行けば良いのかな?」
紀伊が心臓を止める様な爆弾発言をサラリとした!
「ブーッ!」
含んだ水を全てリバースしてしまった!
「ご…ゴメンッ。いや、服のまま来て下されば、後は私が…。」
台拭きをやたらとゴシゴシ動かしながら言った。
「あ…そうなの?ハハハッ。どうせ脱ぐならと思ってね。」
地味顔で派手に過激な事を言う紀伊を又、「誰ですか?」と見つめていたよ…。
そんな微妙な会話の後、俺は寝室に向かったが…。
その後もソワソワと寝室を歩き回り、紀伊を待つ間にいい加減疲れてしまった。
「お待たせ致しました…。」
モジモジと言い、入って来た紀伊を優しく…のつもりだったが…抱きしめ、ベッドに誘った。
大切に大切に時間を掛けて紀伊を抱く。
紀伊は、やはり地味に可愛らしい小さな声を出して俺に答えた…。
これ程、緊張感と感動を伴うセックスをしたのも初めてだった。
「紀伊。これから一生、大切にするからね。」
二人の荒い息の下、俺は誓った。
「へへ…。幸せ者だ。私。」
薄ら汗の浮かぶ地味顔で紀伊は微笑んだ。
そんな紀伊を見つめて…。
「俺…。その言葉と笑顔に、どんどん紀伊を好きになっていったんだよな…。本当に紀伊に会えて良かった。」
「あの合コンに夏希が遅れてこなければ…違う席に座って、話さないままで終わったよね…?私がラッキーだったんだよ。」
「実はね…。初めて定食屋で会った次の日、紀伊のフライが美味しそうで…って言ったの、半分は嘘なんだ。紀伊が心配で堪らなくなって、定食屋に探しに行ったの。俺。ハハ…。」
「ハハハッ。私も夏希の唐揚げが美味しそうで…っての半分は嘘。また…夏希が居るかな?なんて考えて、定食屋に行ったの!同じだね。」
「そうなの?ハハハッ。やっぱり二人が結ばれるのは運命だね。」
「素敵な運命に感謝するよ。私。」
「俺も。」
二人でキスを交わし、微笑む。
又、幸せが躰一杯に膨らんで、繫いだ手を大きく振りながらお風呂に二人で向かって行った。

晴天の青空の下、幸哉と華子さんのガーデンウェディングが進み…。
「新郎の挨拶」なるものが始まるらしい。
紀伊と俺は並んで幸哉の挨拶を聞く。
「えー。俺の友達に、自分も派手で派手な女の子も好きなチャラ男が居ます。ある祭でそのチャラ男が…今まで連れていた事の無い様な真面目っ子を連れているのに会ったんです。俺は驚いて、何が起こったんだ?このチャラ男に…。と、?だった。その祭で華子と出会いました。華子はその真面目っ子の同僚だったんです。それまで…年上と付き合う事を考えた事も無かった俺は、華子と過ごす時間の幸福感に、初めてチャラ男を理解した。ああ…そうか。彼はただ、真面目っ子に恋をしただけなんだって。そして、俺も又、華子にただ…恋をしたんです。普通に過ごしているだけの時間に、繫いだ手を大きく降りだしたくなる様な幸せを感じる。そんな事は初めてでした。毎日、その普通の幸せを感じたくて、結婚を決めました。ずーっと繫いだ手を離さずに歩いて行こうと思います。本日は有難う御座いました。」
ただ…恋をしただけか…。全くだよなッ。幸哉。
フと紀伊を見る。涙ぐみ…力いっぱい幸哉と華子さんに拍手を送ってい。
こんなに…全てが綺麗な人は居ないね…。又、改めて思った。
式が進み…最後のブーケトスの花束を紀伊がキャッチした。
地味顔を驚きに真っ赤にしながら、クシャクシャの笑顔を俺に向ける…。
そんな紀伊の地味顔に又、俺はだだ恋をする!


















































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