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第五十五話 ネコの目

 ジャングルから戻った僕ら、のんびりと毎日を過ごす。ようやく、人の声が聞こえてくるという日常が戻ってきた。
 
こんな経験はあるだろうか?
森の中で生活していると、街中で聞こえるような音や、居ないはずの人の声が聞こえたりとかする事が時々起こる。
恐らくこれは僕が思うに、「耳の記憶」というものであって、何か「それ」に近い音が聞こえると、耳が記憶している音へと変換してしまうのではないかと思う。

これは時々視覚にも現れ、見えないはずのものが見えたりもする。自分の知ってる物に近い物が見えると、視覚が記憶してる形へと変換してしまうのだ。

ある一定の期間を越えると、不思議な事にそれが無くなる。
人間社会から突然、こういうところに来ると、時に起こりうる現象なのだ。(きっと複雑に出来ている「人間の脳」故の現象なのでしょう。今までの生活とのバランスを取る為などの。)
 
そんなジャングルから戻り、人の営みのある、そして視界の拓ける世界へと戻ってきた。
太陽が眩しい。
 
宿に戻るとチビが待っていた。片付けもそこそこに、遊びに付き合わされる。土いじりとしているとミミズが出てくる。すぐに近くに居た鶏が駆けつけ、手からミミズを奪う。さっきはゴキブリも食べていた。
これ(鶏)をまた人が食べるのだろうか…。

宿には新たにフランス人のカップルも来ていて、僕らは仲良く、ここで毎日語り合う。
 
そんな平穏な日が続く、ある晩のこと。
 
夜になると電球目掛けて沢山の昆虫達が集まってくる。それはジャングル以上に沢山の数の昆虫が見れる。緑に光るクワガタ。大きな大きなカブトムシ。枝に擬態するカマキリなどなど。僕はいつものようにそいつらを捕らえ、一匹一匹撮影をする。

そんな事をしていると、いつもの双子の猫が僕らの部屋の前でジッっと何かを見つめている。
僕は不思議に思い、外に出て猫の目線の先を確認しに行く。
 
「どうした?何見てるんだ?」
ネコらに話し掛け、その目線の先を見るが何もない。
 
しかし相変わらず猫は何かを見つめている。
視線の先は何も無い、何も居ない、只の高床式の小屋の屋根。

どうしたのだろうか…?
そして今度は二匹揃って、その屋根から床の下へと視線を落とす。更に素早く今度は後方、広場の辺りに視線を移す。僕も同じ方向を見るが、まったく動くものなど居ない。
昆虫も、コウモリも、何も。
しかしその後もずっと、何かを目で追っている。その猫達が、今度は僕の方を見る(でも目線の先は僕ではない)。
 
「いやいや、君達、何見てるの?こっち向くのは止めてくれないかな??」
僕は背筋が寒くなり、小屋へと入ってしまう。
 
怯えながら部屋に戻る。
 
「どうしたんですか?」
浅野さんがその姿を見て声を掛ける。
 
「いや、いいんです…。何でもないですよ…。今日は早く寝た方が良いみたいです…。電気はお願いしますね。」
 
不思議そうな顔をする浅野さん。
 
そうだよ、何も見えるものだけが世の中の全てではない(現に見えてても、見えない人もここに居るわけだし)…。
森の中では幻覚や幻聴もあったけど、自分の感じない何かを動物が感じる事があってもおかしくない。
 
しかし高等な脳を持つ人間なら幻聴や幻覚も見えるかもしれないけど、動物が見ているっていうところが怖い…。
 
さあ、寝よう。考えるのは止めて_。

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