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シン・九州 転 壱~とある次元の物語~

転 亡命
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「いってきまぁーす」息子ふたり揃って大きな声
2023年9月4日 夏休みが終わった始業式の朝、真っ青な空とオレンジの日差しの中で「いってらっしゃい、気をつけてネ」と東 京子を健軍小学校へ送り出した。
「はぁーい」大きな声で笑顔が振り返る。おやまぁ、私とはずいぶん...
始業式の朝といえば"どこから来るんだコイツは"と朝を睨んでたっけ。
この国に逃げてきて子供たちは変わった。喘息がちで弱々しかったふたりが、近所の子供たちと真っ黒になるまで外で遊び回れるようになった。
なにより、ふたりの目がいつも輝いている。そして私も。
3人の生活が、生きていることが、なにより楽しい。

あの日、2023年4月1日 この国が独立した日
まだ酒が残るパジャマ姿で、頭痛に顔を歪めながら、寝癖爆髪のまま、6畳1K の狭い台所で、子供たちのお昼を ヒドイお昼 ひとつまみのキャベツの焼きそばを炒めていると、耳元で語りかけるような『もう、こん国にお金はありもはん』に思わず振り返った。
テレビを見ていた青白い顔の武と丈がビクッと私を振り返る。えっドラマ?
「生くっとにお金は必要なかばい」「安心して暮らしてよかと」「お金がないから借金も存在しない」信じられない非日常の言葉が続く、どうやら生中継みたいだ、そんな夢みたいな...

4年前 2019年の秋
夫が勤めていた会社の倒産、荒れた夫の浮気、虚勢のDVと、絵に描いたように転がり落ちて離婚した。まだ5歳の武と3歳の丈を連れて、ときわ台のアパートへ隠れた。
小さいながらも堅実な飲食店チェーンの経理を任されていたから、疎遠な実家に頼らずともシングルでやっていける自信はあった。
『よぉーし、ここがドン底。あとは上がるだけ』で なんとかなっていた、
春までは

その年の暮れに大国で見つかったクルナウイルスは、年が明けて2020年 ジャバンに上陸するとあッと言う間に感染爆発を起こした。
初めて見る、人が疎らな大都会東京。
いや、人のほうが変わった。感情を読み取れないマスク顔たち。互いに関わろうとしない人の群れ。
通勤で池袋へ向かう東武東上線車内の暗く俯くマスク顔の群れは、「コホッ」と漏らした老人へ怒りのような視線を注いだ。
街中のピリつく空気。
クルナ事変は、少しづつ少しづつ平常を奪っていった。
そして2020年春、ジャバン政府の非常事態宣言で外食産業への人と金が止まり、私は職を失った。冗談じゃないと しがみつこうとした会社が消えて、私と武と丈は異常な世界に放り出された。
まさかドン底より下があるとは

経験を活かせる職は直ぐに見当たらず、まぁ焦らずやろうと貯金と支援という名の借金で食い繋いだ。こういう時、お金はドンドン減っていく、ヒモを締めても目の前でドンドン消えていく。
2021年の夏 支援は止まり、貯金は底をついた。
ほぼ毎日ハロワに通っても、武器のない31歳シングルマザーのニーズは乏しく、あえなく借金生活が始まった。
最初は銀行から借りた。こういう時、借金はドンドン増えていく。さらに悪いことに(いや必然かも)子供たちの喘息悪化で病院代がかさんだりする、とうとうヤミ金にも手を出した。
病院代が足りなかった帰り道、一言も話さない私に武が「ごめんなさい」と俯いた。凍りついた。いつのまにか、お金のことしか口にしない嫌なお母さんになり果てた。
「ごめんネ」と泣いたその夜、なんでもやると決めた。
いつもはチラ見するだけのウェブ広告「高収入求人情報 キャンディ」をクリックして、そして私は、熟女キャバ嬢になった。

すぐに鎮圧されるんだろって想っていた夢の国は、意外にも続いていた

丈が小学校に上がった2023年4月の終わり、とうとう倒れた。
飲めない酒、慣れないオヤジ、昼夜逆転、子供たちとのすれ違い。
1年半ほど続いたキャバ嬢と借金返済の生活に、33歳のすい臓が悲鳴をあげた。医者は「禁酒と滋養と安静ね」って簡単にいうけど、借金は悲鳴なんか聞いてくれないし、食費も病院代もガンガン出ていく。安静になんかしてらんない、"まだまだぁー"とキャバ嬢を続けるしかなかった。
でもほんの半月ほどで、すい炎の激痛はお腹だけじゃなく背中まで襲い、子供たちの前で意識を失った。子供たちの叫ぶ声。遠のく意識の中で、この前九州から逃げてきた夕花って新人熟女が脳裏に映る。
「そりゃネ、あの国は食うには困らないし、全部タダよ。でもね、つまんないのよ、刺激もなけりゃ毒もない、そりゃ逃げるって。でネ、持って来た現金はすぐに使っちゃったし、超ぉ期待してた株券も小切手もあの国の口座はすべて凍結されててね、だからまたキャバ嬢ってわけ、ったく、こんなことなら宝石を隠しとけばよかったわよ、ってこっちの話 うふふ」

"食うに困らない、全部タダの、どこがつまんないのよ!"
とブラックアウト寸前で脳裏の夕花へ言い返した。

山口県下関市に集まる亡命難民、中国自動車道の下りに渋滞する亡命車列、毎日流れる夢の国のニュース

入院先にも借金取りはやって来た。
「大丈夫かい、店に出なくて。入院代と返済分で手取り消えちゃうねぇ」
"何で私の手取り知ってんのよ、でもそう、月末の返済額には遠く届かない"
「まぁまた借りてくれるとそれはそれで嬉しいけどさぁ あはは」
早々に退院した帰り道、頭の中ではお金の計算と夕花の悪態とニュースの難民が渦巻いていた。
"逃げられる?子供を連れて。守れる?"
"ここで生きる?キャバ嬢で。ずっと生きられる?"
答えが出ないままアパートに着くと、笑顔を作り、「ただいまぁ」と開けたドアの先に、半ぶっこのパンをかじる9歳の武と7歳の丈。
ちゃぶ台に並ぶコップの水。
涙を溜めた目で笑顔を作る武と、「おがえりぃ」と涙で駆け寄る丈。
ふたりを抱きしめた今、決めた、逃げると決めた。
決めた、あの国できっとずっとふたりを守る。

2023年5月23日(火)
九州連邦 首都 長崎府、省庁特別区となった常盤区で現在、連邦政府各省庁舎の建設が急ピッチで進んでいる。それら庁舎群を見渡せる常盤区の入口には、かつて美術館だった紫の大統領官邸がそびえている。その官邸のオンラインルームでは朝から機密の会議が続いていた。
「..が空母イザナミを旗艦とする第4艦隊、以上が連邦国防省 海軍の兵力及び艦と火力となりモス。続いて空軍の..」
「いや、まずはそこまでにしましょう」と仲邑崎山を遮り、モニターに映る6人の知事へ「ご存知の通り長い歴史の中で、現在ジャバン麦国と同盟関係にあり、大国とは敵対関係にあります。ジャバンが九州連邦の独立を制圧できない理由はいくつかありますが、最大の理由はいま崎山国防相から少し説明した圧倒的な軍事力です。我々は対大国で九州に配備していたジャバン軍の8割もの戦力をマルっと戴きました。全核弾頭も九州連邦の手中にあります。ジャバンは迂闊に手を出せないどころか丸腰同然です。なので、いま麦国と再軍備の真っ最中でしょう、もの凄い借金をしてね」と、キリッとした視線を送る。
四国の4知事が映る1/4画面から徳島県 泉井知事が「なるほど、だから口喧嘩しかできないのかジャバンは」と大きく頷く。
すぐさま2/4画面の北海道 貴涼知事が「ならば勢力を拡大しては?」に、崎山がキリッと答える「ジャバンさぁの軍事力は、いずれ我が軍と均衡しモス。そもそも、オイたちに侵略の意思はありモハン」
仲邑「そう、力が均衡する前に、私たちにはやるべき事があります」
3/4画面の琉球県 木俣知事は真剣な面持ちで「仲邑外務大臣、我々にも力を貸してほしい」と訴えると、他画面の5人もそれにうなづいた。

2023年5月26日(金) 9:12am
下関港国際ターミナルの前を、京子と武と丈は手を繋いで人の河に流されていた。この埠頭一帯に流れ込んでいる亡命難民で、見渡す限りの人ひとヒト。みんな大きな荷物に疲れた顔で流されるまま埠頭の先端へ向かっている。"大丈夫かナ?"と見渡した京子の周りもみんな不安顔。聞いたところで誰もわからないだろう、SNSにも不安な質問しかない。
海の向こう、すぐそこに九州が見えているのに...

5月25日(木) 4:22am 日の出前
まだ半分寝ている武と丈の手を引いてときわ台のアパートを静かに出た。
大きな荷物と、その中の置いていけない想い出がズッしりと肩に喰いこむ。

前の晩 5月24日(水) 7:34pm 晩御飯の後
ふたりを目の前に正座させて「明日の朝まだ暗いうちにこの家を出ていく。ひとりひとつのリュックと水筒しか持っていけない」と話すと、ふたりとも置いていくぬいぐるみにあやまりながら、泣きながらリュックをパンパンにした。
「あれ?そこの着替え入ってないジャン」とキツく言うと、涙を倍にして「もう無理だもん」と私のリュックに入れだした。ぉいぉい
荷物を詰め終わり、置いていく想い出たちを眺めていたら、武が「これ」と大きなアルバム2冊を大事そうに抱えて持ってきた。「あっ!」と目を剥いて荷をほどき「しょうがないかぁ」と自分の着替えを2日分あきらめた。

5月25日(木) 4:42am
ときわ台駅に向かう途中のコンビニに寄り、「好きなお菓子をこれで買えるだけ買っといで」と500円づつ渡すと、ふたりとも久しぶりの笑顔満開で駆け出した。私は非常食のカロリーマテをポケット満タンに買い込むと、あと残りは下関までの切符代と549円。
今月の給料を使い果たして、なんか...サッパリした。
3人揃って、笑顔で 4:58am発 池袋方面の始発に乗り込んだ。

「現在政府令により、山陽新幹線は新山口駅以降が封鎖されておりますので、こののぞみ3号も新山口駅までの折り返し運転となります。新山口駅より先においでのお客様は5番線より山陽本線に乗り換えて、、、」

「現在政府令により、山陽本線は下関駅以降が封鎖されております。下関駅より先へはおいでになりませんのでご注意ください。また、合わせて関門橋も封鎖されておりますのでこちらにもご注意ください。次は下関ぃ、下関です。皆さまお忘れ物のないよう、、、」

戸惑いながらの鉄道旅、初めて乗る新幹線に口一杯にお菓子を頬ばってハシャぐ子供たちの横で"どうか職質されませんように"と帽子を深くかぶり鉄道警備員と目を合わせないように、大人しく小さくなっていた私。
だって、どう見たって夜逃げだし、大きな荷物を抱えた貧乏シングルマザーとその家族にしか見えないから。
ところが、拍子抜けするぐらいスンナリと夕方の下関駅に着いた。
まぁいいかっ、と改札を出てエスカレータを降りたところで合点がいった。目の前に広がる連絡通路には、似たような大きな荷物の貧乏そうな家族が通路狭しとひしめいている。
"なるほどぉ、こんだけいたら警備員もいちいち気にしないかぁ、ビクビクして損しちゃった"
駅を出ても街のアチコチに、バスのロータリーにも、ペデストリアンデッキにも、グリーンモールにも、まるで街を占拠しているように、大荷物の人たちが溢れている、モノ凄い数。
突然、パトカーが大音量でウゥゥゥーと鳴り響かせて「亡命難民はすぐにココから立ち去りなさい、迷惑に留まれば条例により連行します」を何度も何度も街のアチコチにばら撒いた。
「うっるさいわねぇ 何度も何度も、どこに行けってゆうのよ」と隣のふっくらとしたオバさんが遠のくパトに噛みついた。
「あのぉ、このあたりのみなさんって、九州へ行こうとしてます?」
「あたりまえでしょ。なにあなた いつ来たの?」
「さっき着いたんです」
「あらそう、うちらもね この辺まで来たら何とかなるだろって、3日前にね。でもなんともならないのよ」 "ん?なんとも?"
「私、東京から息子ふたりと逃げて来たんです、どうしても九州へ行きたいんです、行けないと困るんです」
「みんな一緒よ、みんな逃げてきたのジャバンから。噂だけど下関の亡命難民はもう3万人を超えてるらしいわ。でもね、ここから先に行く手段がないのよ、車も電車も船も、橋もトンネルも、すべて封鎖されてるの」
「でも、SNSに書き込みがありましたよ、九州まで連れて行ってくれる漁船があるって」
あった ね、渡し賃なんと30万円、でもこの前みんな摘発されちゃったって」続けて「行き止まりの街よこの街は、だからねみんな居場所を探して、東の海響館っていう水族館のあたりからこの駅付近まで、2kmぐらいかな、駐車場や歩道や路地なんかの空いてる場所をしかたなくネグラにしているのよ。この街の人たちから見たらうちらは厄介者だからネ、ああやって警察がウロついてるの」続けて「でもね、なんか変なのよ。いっつも同じパトだし、警官は少ないし、強制退去されるって感じじゃないし、ずっと手をコマネいてるって感じ? まぁうちらが心配することじゃないけどね」
ハァぁ〜 暗くなり始めた街を眺めてため息が出た。
「もう夜かぁ、お金なくてね、晩御飯どうしよう」とふっくらさん。
「あのぉ、もしよかったらこれどうぞ、色々教えてもらったお礼です」とポケットのカロリーマテ 二つを笑顔で渡す。
「えっ、良いの? ありがとうホント助かるわぁ」と強めの握手。
「ねぇ、もしよかったら...」と連れていかれたのは、隙間なく難民に占拠された広いペデストリアンデッキの『平家踊りの群像』裏。
でも、休める場所があるだけでもありがたいありがたい。
ふっくらさん家族との挨拶もそこそこに、カロリーマテと水でおなかを満たして、3人肩を寄せあって初めての野宿。
長い長い5月25日が、ストンっと眠りに落ちて、終わった。


転 弐「いま迎えに来たケン、みんなば迎えに来たケン」につづく


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