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シン・九州 転 弐~とある次元の物語~

転 亡命
  2

5月26日(金) 7:38am
「ちょっと、ちょっと起きて」
人生初の三角座り寝を、昨日のふっくらさんに揺り起された。
「あっ おっ おはようございます、うっ」おなかにすい炎の痛みが走り、変な寝かたでお尻も痛い。ハッ とふたりを探すと、武はたぶん寝ながらデングリ返しをしたんだろう、頭が下でお尻が上、足の間によだれ顔が覗く寝相で『群像』の台に寄り掛かってる。丈は私の...立膝の下で、真ん丸だ。
ふたりの寝相に驚いたままの顔をふっくらさんに向けると、
「さっき情報が入ってね、どうも国連が動きだしたらしいの。でね、亡命難民の救助活動が始まるらしくって、今日の午後 フェリー乗り場に九州行きのフェリーをたくさん用意するんだって!」と笑顔で私の肩をポンと叩いた。
見渡すとデッキを埋め尽くした人たちのそこここで
「ええぇぇぇ」「うぉー」「やったぁぁ」
歓声が挙がっていて、人々の塊が巨大なイキモノのように のったりと動き出している。
ふっくらさんに笑顔でお礼を告げて、"行かなきゃ" とふたりを起こし...
いやいやこれがなかなか起きない、呼んで揺らしてつまんでひねり、ようやく反抗的な目で私を見返すと、渡した朝ゴハンのカロリーマテに
「ゔえぇぇぇ」「うっそぉー」「またぁぁぁ」
罵声を挙げやがった。化粧っ気のない私の睨んだ顔に黙るまで10秒。
ふたり揃って黙り俯いて、私をチラ見しながらカロリーマテを水筒の水で流し込んでる。 私もゴックンと飲み下す。さすがに毎度まいどのプレーン味にも飽きてきた。チョコレート味も買っとけばよかった...

8:02am 長崎府 大統領官邸 大統領執務室
「なんね こがん朝早ぅから」と暫定大統領 長崎 皿うどん はモニターの初老に喰ってかかった。
「朝早いだぁあコノヤロォ、うるせぇんだよ、この盗っ人フゼイが偉っそうにぃ」と、のっけから江戸っ子全開のジャバン首相 賀酢 禿吉と、九州連邦首脳とのトップ会談がホットラインで始まった。
暫定大統領 長崎 チャンポンが まぁまぁ と手を広げて「盗っ人とはなんね、穏やかじゃなかバイ」
賀酢は「鼻っから穏やかじゃねぇってんだコノヤロォ、ったくよぉ、こちとら気が短けぇんでぇい、さっさと戻ってきやがれってんだコンチクショォ」
仲邑外相が穏やかに「賀酢さん、もともとあなたが蒔いた種でしょ。我々を見捨てたあなたたちを我々が見限ったんです。もう戻れるわけがない」
賀酢「見捨てただぁ?自分のことしか考えねぇ輩に言われたかねぇなぁ。こちとら国を守らにゃならんのだ」
仲邑「国? 金持ちを、いや ジャバンの株主を、でしょ?」
賀酢「なぁ、じゃぁよ、せめて海軍だけでも返してくれよぉ。今ヨォ、軍人が足りねぇから警察官を大量に軍へ送ったら、下関の難民退治に回す警官がぜんぜん足りぁしねぇんだよ。なぁ、他は目を瞑るからよぉ、頼むよぉ」
「できモハン」と崎山国防相が冷めた声で即答する。
賀酢は「おやおや、これはこれは、元 九州方面参謀本部最高司令官 崎山元帥どのじゃぁ、ござんせんかぁ...このぉ裏切りモンがぁ」と吠えた。
皿うどん「ガラ悪かねぇ」
仲邑が珍しく声を荒げて「誰よりも九州を憂いていたのは、守ろうとしたのは、崎山君ですよ。彼の覚悟に共鳴したからこそ、九州方面の全軍が崎山君を信じ崎山君に従った。正義はこちらにある。その彼を裏切り者呼ばわりなど、絶対に許さない」
賀酢は目を細め「んじゃぁよ、ハッキリ言うわ、核弾頭だけ返せコラ」
崎山「できモハン」
賀酢「あぁぁぁ、んだゴラァ」
皿うどん「ほんなごつガラの悪かねぇ」
仲邑は大きく息を吐き「九州連邦という地理的な位置で核を持てば、麦国も大国もどちらも手を出せない、絶妙なパワーバランスを作り出せることを何年も前に崎山君は見抜いていた。敵に心臓を渡すバカはいないでしょ」
賀酢「その心臓はこっちのモンだろがぁ、盗っ人猛々しいとはコトコトだ」
皿うどん「ん?コトコト? なんか煮込んどっと?」
賀酢「うるせぇ」
チャンポンがまるで政治家の如く「そいぎん、当ぉ面は麦国と大国の両方にいい顔ばしてやり過ごせばよかぁ。ジャバンは虎の皮を剥がれた狐同然バイ、敵でんなか」
怒り心頭の賀酢「なぁんだぁとぉ、ゴルゥあぁ」
「話は変わるバッテンが、いい加減に下関の封鎖ば解かんね、賀ぁ酢ぅ。コッチに来たか人が山ンごとおらすっちゃろ?」と皿うどんがそらす。
賀酢「勝手に話し変えんなコラァ。それに なんだぁ 賀ぁ酢ぅ? ひとの名前を伸ばして呼び捨てたぁ、どういう了見でぇ」
皿うどん「もうただのヤンキーたい」
賀ぁ酢ぅ「フン、誰が封鎖を解くかってんだべらぼうめぇ、債務者どもを逃がす訳ゃねぇだろ このスットコドッコイ」
チャンポンが「コッチは働き手ば増やしたかケン、封鎖ば解かんね」
賀ぁ酢ぅ「バカヤロォ、借金払ってから言えってんだコノヤロォ」
そしてニヤリと笑い「フン それによぉ ヤツラの掃討作戦はもう始まってんだよ。昨日の夜ヨォ、助けが来るぞぉ ってデマを流したってわけよ。今ごろ、巨大ゴミ運搬船 ルツボ に向かって、ゾロゾロ ゾロゾロ バカみてぇに歩いてる頃だろうよ。ヒッヒッヒッ、ゴッソリまとめて強制送還だぁ

9:34am
下関駅前からフェリーターミナルまでのほんの500mを、もうかれこれ2時間近く、河のように流れる人の群れは、淀んでは流れ、淀んでは流れ、そしてとうとう、止まった。
埠頭を埋め尽くす人の河のアチコチで「おーぃ」「どうしたぁ」「なにぃ」と不安の声が挙がる。
とその時、ボォーーー と埠頭一帯に汽笛が響き渡った。
遠く埠頭の先に近づく巨大な船から、そしてもう一度 ボォーーー 。
「おおぉ」「やったぁ」とあちこちで歓声が上がる、笑顔の歓声が。

8:44am
大統領執務室でチャンポンは目を剥き吠えた「何万人もの人を、ゴミ扱いすっとかぁ」
賀酢「フン、誰が逃がすかよぉ」
チャンポン「そがんこつ許さんバイ。崎山国防大臣!関門開門作戦ば始むっタイ」
崎山は「はッ」と敬礼を返し指令室へ向かった。
賀酢はニヤリと「はぁ?作戦だぁ?ハハッ 何のお遊びだそりゃ」
仲邑は真剣な眼差しで「宣戦布告と取っていただいて構いません。市ヶ谷に調べさせればいい。いま陸軍 健軍基地の全ミサイルを永田町にロックオンさせます」
賀酢はカメラの外に目配せをして真顔を返す「あんだとゴラァ」
仲邑は賀酢を睨みながら低く吠えた「今後一切、九州への亡命難民に手を出すな。即刻、関門橋の封鎖を解除しろ」
賀酢は目を剥き「まさかてめぇ、核を載っけてんじゃねぇだろうなぁ」
仲邑は視線を外さずに「さぁあな」
賀酢は「ぁぁああ」と凄むが、打つ手は何もない。
そして皿うどんがトドメをさす「これから下関の亡命難民ば救出するケン、指ばくわえて観とけっち下関ん軍に伝えんね。もし、手ば出しよったら わかっとぉね
賀酢は、うぅぅぅ と睨み返していた。

10:26am
埠頭を埋め尽くす人々の先頭でなにやら騒ぎが起きているみたい。
「なんて言ってんだ」「わからん」「あれで行くんだよな」「デッカイけど、なんか汚ったねぇなあの船」「早くしろよ」
河のアチコチで不安と不満が止まらない。
と、左手の塔から
「亡命難民に告ぐ、黙って前に進め、騒げば容赦なく発砲する。くり返す、亡命難民...」が大音量で埠頭一帯に響き渡った。
と同時に、人の河を見下ろす 市民会館や国際ターミナル 光汽船 門司運輸 などの屋上に、銃を構えたジャバン軍兵士がズラッと並び現れた。
巻き起こる悲鳴と罵声「なんだぁぁぁ」「なんでジャバン軍がいるんだぁ」「イヤァァァァ」「国連じゃねぇのかぁ」
パーン、パパーン、バーン 空に向かって一斉に火を噴いた威嚇射撃に河が黙ると、再び大音量で
「亡命難民に告ぐ、黙って前に進め、次はない。騒げば容赦なく射殺する。くり返す、亡命難民...」が響き渡る。
武も丈も私の両腕にしがみついて顔を伏せて震えている。武は喘息の咳が始まった。私も初めてだ、銃を見るのも向けられるのも。
頭上から「早く進めぇ」と叫ばれても、すい炎の痛みと震えで足が出ない。それに、この河の先に何が待っているのかはだいたい想像がつく。
周りはみんな俯き、唇を噛みしめている。怒声にビクつきながら。
しかたなく、ゆっくりと進み始めたその時、右手の海から

 キーン キーーン キーーーン

と不気味な金属音が埠頭一帯に響き渡った。
「なにぃ」「なんだぁ」とみんなが海に目を向ける。やがて大音響の

ギャーーン ギャギャァーン ゴゴゴッゴッゴッ

に「キャァー」「イヤァー」「ウワァー」と悲鳴の河が海からあとずさる。
そして、海面がせり上がり、しぶきが割れ、まるで鯨のように、しぶきから巨大な潜水艦が飛び出した。

潜水艦2uu

まだ大音響は続いている、そのうしろ、そのまたうしろの海もせりあがり、次々と潜水艦が浮上した。
この狭い港に、3隻も。
どの潜水艦にも、紫色で大きく USK の紋章。

目の前で何が起きているのかわからない。
口を開け、目を剥き、あとずさったままの姿で押し黙る人の河。

ガガガガッ っと3隻とも甲板の扉を開けた。
と、一番うしろの艦から何かが3つ打ち上げられ、上空で止まった。
ドローンが3機。
そして、そのドローンたちが、巨大なふたりを映し始めた。

10:58am
海峡ゆめタワー
153mの高さにある球形総ガラス張りの展望室からは関門海峡一帯が見渡せる。ジャバン軍は、この展望室を下関に展開している 亡命難民掃討作戦 の管制室として接収していた。
いま管制室では、なかばパニックで、目の前の港で起きているタダならぬ事態を作戦本部に伝えていた。
「ほ 本部 こちら管制室、ヒトマル:ゴウハチ い いまフェリーターミナルにロサンゼルス級原子力潜水艦『五島』が、き 緊急浮上しましたぁぁぁ。えっ えぇぇぇ そ その後ろからも もう一隻 ロ級原潜『屋久島』です。えっえっえっえっ そ その後ろからも浮上します。あ あれは オハイオ級 弾道ミサイル潜水艦『奄美』です。そんな こ こんな狭いそれも浅い海域に、なんて操舵だ、ありえない」
「あっ、3隻とも ミサイルハッチが開きます。えっ 奄美が、奄美が何か打ち上げましたぁぁぁ。ん 止まった? ドローン?3機..何か映像が 、
ビッ ビッ ビッ ビックライト・ドローンが...3機で連邦大統領の立体映像を映していますぅぅぅ」

11:04 am
京子は、潜水艦の上に巨大な姿で現れた、昔テレビでよく見た漫才師をポカンと見上げた。大音量の「どうもぉ~」「どがんですかぁ~」「飛び出てきましたばってんが」「ハリキッて行かんばねぇ」に静まり返るポカンの河。
皿うどんの「スベっとっとかね、これは」で、ポカンの口が閉まる。
チャンポンが真顔に変り、真っ直ぐな視線で叫ぶ「海峡ゆめタワーと屋根ン上のジャバン軍に告ぐっち。今すぐ難民掃討作戦ば中止せんね。もし、こん人たちに危害ば加えたら、容赦せんバイ」
皿うどんが笑顔で下を向きゆっくりと「こがん遅ぉなってほんなゴツ申し訳なかぁ。いま迎えに来たケン、みんなば迎えに来たケン
チャンポンが東の海を指し「ここにおらす全員ば、あん船たちで九州に連れていくケン、もう安心してよかバイ」
あぁぁぁ わぁぁぁぁ うぉぉぉぉ
埠頭一帯が、人の河から湧き上がる歓声で埋め尽くされた。
涙が、涙が止まらない。私も武も丈も。

11:13 am 管制室
「本部 本部 こちら管制室、連邦大統領が難民全員を連れていくと言っています。巌流島に配備している対潜水艦攻撃ヘリ シーホーク 3機が直ぐに離陸できます。いますぐに攻撃命令を ... あぁぁぁぁ」
「こちら本郡、どうした管制室 送れ」
管制室の全員が東の海を見て立ちすくんだ。
「こちら管制室、ヒトヒト:イチナナ 関門海峡に...九州連邦海軍 第1艦隊が...」
露払いのイージス巡洋艦『薩摩』『豊後』がゆっくりと埠頭に入ってくる。ドック型輸送揚陸艦『別府』『由布院』『嬉野』がそれに続き、そのうしろで タ級ミサイル巡洋艦『日向』ア級ミサイル駆逐艦『肥前』が睨みを利かしている。そして関門橋の向こうには 旗艦 空母イザナギの雄姿が。
スゴスゴと逃げ出す巨大ゴミ運搬船 ルツボ
「これは...戦争...ですか?」
「こちら本部、管制室 ヒトヒト:フタフタを以て 亡命難民掃討作戦を終了する。一切の武力行使をヤメ撤収せよ。くり返す...」
管制室全員が、圧倒的な敗北を受け入れられずに、ただ立ち尽くしていた。


転 参 「よう来んしゃったぁ、大変やったろぉ、偉かねぇ、もぉ心配なかバイ」 につづく


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