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シン・九州 起 ~とある次元の物語~

起 独立

仲邑はゆっくりと目を開け、向けられたマイクをゆっくりと奪った。そして、太く通る声で「本日正午をもって、九州はジャバンから独立し、九州連邦社会主義共和国となったことを、ここに宣言いたします。」


シーンと静まる会場、そして恵梨奈の「へっ?」
"何ね、何の冗談ね"、目が泳ぐ恵梨奈の頭からインタビューのシナリオが飛んだ「あっ、あれ、あの エイプリルフール? そがん冗談は...」混乱しながらも場を繕う恵梨奈。
「これは冗談でも訓練でもありません。長崎、熊本、鹿児島、奄美、宮崎、大分、阿蘇、福岡、佐賀の9つの県は、本日より一国としての機能を備えると改め、9つの州を連邦として束ねる共和国となります」仲邑の声に知事全員が顔を上げた。恵梨奈は目を剥き「な、なん言いよっとですか、へっ、九州連邦? そがん、そがん話は聞いとらんたい」と長崎ん娘で混乱中。
「さきほど 社会主義共和国 と仰いましたが、どういうことですか?」とよかとこTV プロデューサー 室井 剛は冷静に恵梨奈の前に出た。
「そうですね、最初からお話しします」仲邑はひとつ深呼吸して
「ことの発端は3年前のクルナウィルス事変でした。そもそも政策の遅れが招いたパンデミックに、非常事態宣言で人の流れを止めて、お金の流れを止めて、収入が途切れて喘ぎ苦しむ大多数の人々には雀の涙ほどの救済策でドヤ顔を見せ、多くの非正規派遣を切り捨てて利益を守る1%の大企業たちには手厚い補償をする、理不尽極まりないジャバン政府の愚策が、加えて気候危機が起こす、巨大台風が、長い極暑の夏が、毎年起きる百年に一度の水害が、この九州を襲いました。我々九州地方知事会は、苦しむ人々への支援金 給付金 助成金 手当を何度も何度も政府に要請し陳情しましたが、何ひとつ聞き届けてもらえませんでした、何ひとつです。我々は見捨てられたのです」ひと呼吸おき
「なぜ、なぜこれほど生きることが苦しいのか辛いのか、目の前で起こる災いの理由を探しました。最初はこの9人の知事から始まり、それを聞きつけた大学教授が加わり、高校や中学の校長たちが、県庁の職員が、市役所が、病院が、そしてとうとう警察や軍をも巻き込み、議論に議論を重ね、諸悪の根源を資本主義とし、そこから決別することを決めたのです。この議論に参加した人たちがシャドウ・キャビネット(影の政府)となり、この2年間で新しい国を設計しました。ひっそりと少しづつ、地下茎が伸びるように、ジャバンとマスコミに知られることなく我々は成長しました」
「ちょっと待ってください」室井は仲邑を遮った「確かに格差や非正規は資本主義の闇かもしれない、でもそれはホンの一部でしょ、そんな僅かな闇を隠すほどに光り輝く、モノに溢れたこの豊かさこそが資本主義の本質でしょう。だいたい、気候危機の原因が資本主義だなんて、話が飛躍しすぎてませんか」まさにジャバン国民の正論である。
「ほんの一部?」仲邑は室井を睨みながら「もう隠せないほどに闇は広がっていますよね。あなたも、みんなも、何かおかしいと気づいているはずです。ひと握りの金持ちにすべてが集まり、残りの人々は金が吸い上がる仕組みのなかで、清貧で真面目が美徳だと教育されて、低賃金の長時間労働で人生を奪われ続けている。そう、資本主義の本質の一つ "奪い続ける"、人々からその人生を、自然からその恵みを奪い続け、金持ちたちの利潤に変えていく。そしてもう一つの本質 "隠す"、遠く離れた、誰も知らない、良心が痛まない場所で、人々から自然から奪い続ける。遠く貧しい国々の人々が傷つこうが、そこの自然が壊れようが、お構いなしに、"だって知らないから"。たくさんの国の、たくさんの自然を壊した結果が、モノに溢れた豊かさであり、いま私たちを襲う気候危機だと、我々は気づいたんです」
室井は反論に詰まった。確かに頭のどこかにそのイメージはあった、でも何かがそれを隠した、いや違う、"知ろうとしなかった" なぜだ?
「室井さん?」恵梨奈が心配そうに見上げて、キッと仲邑を向くと「それで、何んが始まるとですか?」と目を剥いた。
「シャドウ・キャビネットは、本日を以って 連邦政府 となります。長崎県を長崎府と改め、この国の首都とします。」ザワつく会場。
局カメラマンの竹田 鉄雄が噛みついた「はっ? 何ん言いよっとね、何んで長崎ね? おかしかばい、九州ん首都は博多たい」博多生まれの、さも当然の論調が面白い。
「首都をどこにするかはシャドウ・キャビネットの中でも揉めました。最後は長崎と博多の決選投票でした。どことは言いませんが、博多弁の恫喝に凍りつく役所があるんです、黙り込む役所がシャドウ・キャビネットを機能不全にする場面もありました」眉を吊り上げた竹田の「どこの役所な?」に真顔で"そこに触れるな"と首を横に振る仲邑。
「それでは、この国の建国理念を連邦政府が選んだ暫定大統領のこの方たちから語って頂きます」と仲邑が会場の袖に向かって手を差し出した。「大統領? たち?」恵梨奈の大きな瞳が袖に集中する。ザワつく会場の袖から、みんなもよく知った二人がトントントンと知事たちの前へ現れた。
「どうもぉ~」「どがんですかぁ~」「呼ばれて飛び出てきましたばってんが」「ハリキッて行かんばねぇ」静まり返る会場 とお茶の間。
「スベっとっとかね、これは」ザワつきもない。
恵梨奈は、目の前の良く知ったベテランの二人を大きな瞳で交互に見ながら、「ど どがんことですか、これは」「何で、何でお笑いのお二人が出てくッとですか」
ハッと仲邑に目を移し「あっ、なんね、やっぱりドッキリね?」
笑顔に戻ろうとする恵梨奈を横目に仲邑は「暫定大統領 長崎 チャンポン・皿うどん のお二人です」ザワザワザワザワ...
「ふざけとっとかぁ」竹田が噛みつく「みんな真面目に聴いとったい、茶番もいい加減にせんねっ、だいたい..」皿うどんがスッと竹田の前に笑顔で入ると、「怒・らん・とっ」と持ちネタで諭す。
「しかし..ですね、大統領の..お笑いが..二人の..革命で..現実の..ですか?」と室井も大混乱中。
「だいたい二人で大統領って..何ね」と恵梨奈が冷静に加勢
「お笑いに政治家は務まらんばい」と竹田がトドメに出る。
「そいぎんた、まずは聴いてみんね」と、チャンポンが顔を竹田からテレビカメラに移して笑顔で始めた「おいたちも、最初にこん話を聞いたときは、あまりに途方もなかけん吹き出したッたい。ばってん、こがん国はどがんね」と笑顔で続ける。
ひとつ、自然の恵みも社会の恵みも、全部みんなのもんたい
皿うどんの合いの手「独り占めはおかしかばい」
チャンポンが「ひとつ、生くっとにお金は必要なかばい」
皿うどん「お金のために生くっとは苦しかぁ」
チャンポン「ひとつ、成長はできるときにすればよか
皿うどん「いつまでん成長するわけんなかッ」
チャンポン「ひとつ、みーんな正規の公務員たい
皿うどん「非正規って何ね、みんな一緒んごた働らいとったい」

「ひとつ、安心して暮らしてよかと」

シーーーンのあとに失笑がこぼれる、おそらくお茶の間でも。
「なんね、なんのお伽噺ね、お金なしでどがんすっと」と恵梨奈がやっと冷静に返す、"あたま大丈夫?"の視線と一緒に。

もう、こん国にお金はありもはん。正午を以て、こん国のすべての金融機能は停止しもした」あっけらかんと、実にあっけらかんと鹿児島州知事の潮田が言い放った。
「はぁ? な 何言いよッと、お金がないって、はっ? じゃ、じゃあうちの貯金は?」また混乱に戻った恵梨奈。
潮田は静かに「使えもさん」恵梨奈「は?」
潮田「ばってん、国外でなら、たとえばジャバンでなら使えもそ
恵梨奈「はぁ?」
潮田「お金だけではなかです、土地も建物もすべて国の所有となりもす」
恵梨奈「はぁぁ~?」会場も、おそらくお茶の間も恵梨奈と同じリアクションだっただろう、声はデカくなるが なにがなんだかわからない 

ざわつく中、仲邑が静かに仕切る「まず、この国にはお金が存在しません。お金がないから商品も借金も存在しない。自然と不動産はすべて州政府または連邦政府が所有し、食料と電気,水道,ガスといったライフライン、そして医療は、制限内で配給され、住居は貸し出されます。どれも無償です
竹田が噛みつく「待たんかぁ、なん寝言ば言いよッと、おいの家はおいのモンたい、何で借りンばいかんとか。そいと この令和の世に食料の配給とは何かぁ、だいたいそれ以外のモンはどがんすッとか、みんな裸で暮らすとか」
そうだそうだの大合唱。
仲邑が「全国民に」会場が黙り見つめる「全国民には、国民の証としてこの USKカード を支給します。」と左手にクレジットカード大の紫色のカードを掲げた。ゆっくりと続ける「このカードで、毎月何をどれくらい配給するかをお伝えします。みなさんはお近くの商店で あ、失礼 配給店でUSKカードを"ピッ"とかざして食料を受け取ってください。配給店はこれからどんどん増えていきますので安心してください。あと、食料やライフライン、医療の残量はみなさんのスマホにUSKカードをかざせば確認できます」
「もう店にも手を回しとっとか」と竹田はあきれた。
「そして、配給以外のモノやサービスは、交換 で受け取ってください」
今度は恵梨奈が噛みつく「はぁ? 交換? 服や食器を? 下着はドガんすッと」会場の怒りが一瞬で笑いに変わる。「うまかねぇ」と皿うどん。
仲邑がハハッと優しく笑うと「なんがおかしかと」と大き瞳で睨む恵梨奈。
仲邑が続ける「失礼、ちゃんと説明します。もちろん個人間での物々交換でも構いませんが、毎月 州政府からみなさんのUSKカードへ 電子交換符 カラスミ を支給しますので、カラスミと交換して衣料や日用品などを交換店で受け取ることができます。いちカラスミ 1K は、あまり良い例ではありませんが、わかりやすくジャバンの価値で言うと だいたい5000円ぐらいです」
また竹田の眉が吊り上がる「なんでカラスミね? ここは九州たい、九州なら世界に通じるメンタイたい」 室井は “えっ、そこ?” の眼差しで竹田を二度見して、ゆっくりと反抗の視線を仲邑に移すと少し上から「それは貨幣でしょ? 円がカラスミになっただけだ、資本主義との決別がきいて呆れる」
仲邑が静かに答える「カラスミは、毎月 朔日に年齢や家族構成に応じて全国民に支給されます。ただし、貨幣と違って貯めることができません。毎月 晦日にゼロになります」
室井「あっ、なるほどぉ」恵梨奈が睨む「なるほどぉ や なかばい、月に何カラスミもらえるか知らんばってん、高かモンはどがんすッと」
仲邑は「そうですね、カラスミで交換できないモノ 例えば車や船などは州政府へ申請してください。認可のうえ給付いたします」
とうとう恵梨奈が吠えた「配給に 支給に 交換に 給付 もうたくさんたい、こがん国に住みたかっち誰も思わんばい」
皿うどんが恵梨奈を笑顔で諭す「怒・らん・とっ」
チャンポンは恵梨奈にそしてテレビカメラに語りかける「お伽噺んごた、優しか国ば一緒に作ってみんね」
そして潮田が引き取る「もう九州連邦は動き始めもした。元には戻れもはん。連邦警察省と各州警察庁そして陸軍が連邦内の治安にあたり、駅や港や空港など国の入り口は連邦外務省と海軍 空軍が警備して・・・」
チャンポン・皿うどんの笑顔の後ろで、潮田の危うい物騒な言葉が不気味に響いている。

承  「牙を剥く狼たちはこの国を出ていく」につづく


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