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シン・九州 承 ~とある次元の物語~

承 逃亡



「クソッ、ホントにどこもやっとらん」

寝起きの北 久は、よかとこTV から流れた脳天気な『こん国のすべての金融機能は停止しもした』の声に ビクッ と目が醒め、昨夜脱ぎ捨てた服を急いで着直すと、寝室でまどろむ今日子の「どうしたのぉ」を無視して、小文字通り沿いのタワーマンションをベンツS650で飛び出した。
小文字通りから平和通り沿いの銀行の前にはどこも人だかりができていて、どんどん人が増えている。「開けんかぁ」と自動ドアを激しく叩く輩を尻目に、次は 次は と馴染みの銀行をひと通り見てまわると、整理できてない頭でそうボヤき、小倉駅前交差点を右折して堺町一丁目の本店に向かった。
CLUB Live の扉を開けると、開店準備中の黒服 正樹が驚いた顔で「どうしたんすかキュウさん、こんな時間に」に、「あぁ」と素通りしてバーカウンターのテレビを よかとこTV に合わせた。

仲邑知事が「先ほど『この国にはお金が存在しない』と申し上げましたが、正確には連邦政府の中だけにはお金が存在します。ただし、このお金は連邦外務省 輸出入局が海外との輸出入のために使う道具であって資本ではありません」
室井ディレクターが眉を吊り上げ「まさかそのお金って、差し押さえた銀行や郵便局や証券会社の金融資産のことを言ってるんですか?」
仲邑はこともなげに「まぁ、そうなりますね」
室井が目を剥く「は? それってボッタクリ いや強奪って言うんでしょ」
仲邑は涼しげに「いえ国有化です、国民のために使う国民の共有財産ですから」
恵梨奈アナが睨む「泥棒ば、正当化しよっと?」
潮田知事が横からまたあっさりと「連邦政府外で、市中で見つけもしたお金は、即刻没収ばいたしモス」

「ふざくんなっ」久はテレビに怒鳴った。
「どうしたと、ヒサシさん?」まだドレスに着替えていないスッピンの明日香が、テレビをチラ見してスッと久にもたれ「何んが起きよっと?」と上目遣いで腕を絡める。
「フン、こんな茶番すぐに終わるち」と吐くと明日香の腕をほどきながらバーカウンター奥をチラ見して洋酒の在庫を頭に入れ、振り向きざまに「店はいつもん通りたい」と黒服たちを睨んでそのまま扉へ向かう、明日香の周りに集まった店の娘たちの「なに何ナニぃ」を背中で聴きながら。

まずは酒、と真っ先にいつもの卸酒屋へ走った。この混乱で洋酒の獲りあいになると踏んだ。茶番はじきに終わるが、混乱はしばらく続くだろう。その間に他のクラブを出し抜けると、ありったけの金で店の洋酒を買い占めた、定価の5割増しの洋酒を。その帰り、じわじわとこみあげた怒りが夕暮れの赤信号で止まると吹き出した。ハンドルを一発叩いて「あん酒屋 なんかぁ、足元ば見よっち、くらすぞ」と叫んだそのフロントガラスの前を、こっちをチラ見する高校生たちの自転車が通り過ぎた。

22年が通り過ぎた。高校を卒業して炭鉱の街から逃げるようにバッグひとつで北九州へ出てきた。落ちるように夜の街に辿り着いて、場末のキャバレーに住み込み、汚ねぇ服で掃除や買い出しの雑用から始めた。14年間ほぼ休みなく1日12時間働いて、キッチン、ウエイター、黒服、エリアマネージャそして店長へ駆け上がり、32歳で初めて自分の店を CLUB Live を構えた。堺町の本店に続き、35歳で鍛冶町の2号店を、38歳で紺屋町の3号店をオープンさせて、それぞれを彼女の夕花と今日子に任せた。3年おきの出店は界隈でも一目置かれ、今 魚町で4号店の計画が進んでいる。店が増えるたびに、車はクラウン、BMW、ベンツと増え、彼女も夕花、今日子、明日香と増えた。株にも才能があったのか、手を出した株がことごとく当たり、配当が配当を呼んで資産は膨れた。センスひとつで金が金を生む究極の商売、キャバクラの利益も高いがその上をいった。資産が膨れるとスーツもブリオーニからゼニアへキートンへとブランドが膨れた。いつのまにか、俺の周りにはブローカーやディーラー、トレーダー、コンサルタントといった金で金を生むプロたちが群がっていた。コンサルの助言でビル3棟とアパート3軒、その管理会社のオーナーになり、さらに資産は膨れ、周りにはマーケティングや広告の連中が加わった。ある時、キャバクラ常連の役人が漏らした「あの山が宅地造成されるらしい...」をマーケの連中が小耳に挟んだ。半信半疑で買った「あの山」に、なんと5倍の値がついた。以降、諜報黒服が各店に張りつき「あそこに駅の計画がある...」「あの畑に高速道路が...」を聞き逃すことなく投機で土地を買い漁り、資産はさらに膨れ上がった。コレクションのブランド時計もロレックス、オメガ、ホイヤー、ブライトリング、パテックと膨れ上がった。まさに順風満帆...だった。この財産とファミリーを掴むのに22年掛かった、22年だ、泥水も啜ったことのねぇボンボンが くっだらねぇ主義を振りかざしやがってぇ。
パッパァァー 後ろからのクラクションで現実に戻った、信号が青に変わっていた。

ボンボンどもは富裕層に目をつけるはずと踏み、現金 株券 手形 小切手 不動産の権利書 通帳と印鑑 クレジットカード ブランド時計たち そして宝石と洋酒、いま目の前にある財産をタワマンから運び出し、夕花 今日子 明日香の部屋へドタバタと隠し終えたのは3日目の夕刻だった。終ると直ぐに、心配していたファミリーの様子を見にキタキュウ ビル A棟へ向かった。昨日から誰も電話に出ない。着くなり小走りに1階の(株)キタキュウファンドへ、扉を開ける...何もない...暗い部屋を目だけで探る。机も椅子もパソコンも、株価やニュースが流れていた3枚の大型モニタも、資料もその棚も、電話もコピーもファクスも...何もない...誰もいない、笑ったり怒鳴ったりしていたコンサルやディーラーたちは、いない。もぬけの殻。急いで階段を上がり2階のキタキュウトレード(有)の扉を突き開ける...ここにも何もない...ブローカーやトレーダーも、誰もいない。アイツら、逃げやがった、さっさと、奪って、資産の半分を、俺の半分を。
「なんがファミリーかぁ」罵声は暗い部屋に吸い込まれた。
3階、4階のテナントもゴミだけ部屋に残して会社は消えていた。目を瞑り大きく息を吸い鼻からゆっくりと吐いて怒りを鎮める、沈める、しずめ...グァシャーン 目の前のロッカーに怒りを叩き込んだ。
「なんかぁこれは、なんかぁ」凹んだロッカーにひとしきり息巻くと、拳の痛みで少し冷静になれた。
とりあえず見るだけ見ておこうと向かったキタキュウ ビル B棟の2階、ビルやアパートの管理会社 (株)キタキュウ不動産に 灯りが点いている。階段を上がりそっと扉を開けると「社長ぉー」と事務のタケコさんが驚いた顔で立ち上がった。隣には広告屋の星野が困った顔で立っている。タケコさんが驚いた顔のまま「大変なことになっとっとですよ社長、A棟の連中が昨日夜逃げばしたったい、なんもかんも持って逃げよったと、ひどかぁぁ、あがん連中とは思わんかったバイ」「あぁ、さっき見てきたち、絶対に許さん、必ず見つけて代償ば払わすち」タケコさん「そがんさ、そいけんがさ今朝警察に連絡したと『横領たい』っち、そしたら警察と一緒に不動産局松茂 裕 ち人が来て『この会社とコチラで所有している不動産はすべて福岡州政府が没収します』って、こいば置いて権利書や契約書の入った資料ばゴッソリもっていかしたッタイ」国有化不動産等没収令状 と松茂の名刺を渡す手が震えている。「やめんね っち逆らったばッてん、警察があっち側タイ、どがんもならんで」そう聞くとガランとした部屋を見まわし「好き勝手しよって」と怒りの矛先を探した。間の悪い星野が横から恐る恐るくり出した「その松茂さんが『当面今まで通り、不動産の管理 保守の仕事を続けてください』と言ってましたが、それで良いんでしょうか?」の丁度良い愚問に「知るかぁ」とあたり散らして部屋をあとにした。

予想に反して茶番は続いた。そして、日常が崩れ始めた。

まず、ガソリン
茶番が始まってしばらくはガソリンスタンドでいつも通り現金で満タンにでき「フン、見んか、そがん簡単に現金の仕組みが変えらるっか」と高を括っていたら、4月も半ばを過ぎたある日、手書きで大きく「現金使えません」の文字がスタンドのそこここに張られていた。顔馴染みの店長にどういうことだと凄むと「そいがですよ、昨日 連邦政府のエネルギー省ガソリン局と外務省金融局の連中が10人ほどやってきて、給油機を全部手動にされて、現金ばそっくり没収されたとですよ。隠す暇もなかったとです」と、トホホ顔「これからは、給油量を承認されたUSKカードでしか給油できんとです。タンクの残量も全部記録されたけん、給油記録と合わんと業務停止処分になッとです。そがんなったらどがん仕事に回さるっか」と、トホホ顔
それでも、しばらくはガソリンは闇スタンドで手に入った、倍の値段で。
ところが、5月に入ると闇スタンドは日に日に減り、梅雨入り前には全く手に入らなくなった。
そして、お金の流れが止まった。

しかたなく、市役所から届いて封も開けていなかったUSKカードを持って、明日香に付き添ってもらい市役所で長い長い列に並んでようやくガソリン申請書を窓口に出すと「目的がお仕事になっとりますが、何をされとッとですか?」と窓口の女の上目遣い。
「店の経営だ」「どがん店ですか?」「何でも良いだろぉ」とキツめに睨むと「お仕事リストに沿わんと承認できんとですよ」
横から明日香が「キャバクラっちゃ、3軒も持っとっとよ うちのひと、あとビルやら...」「うるさかぁ 余計っち」
窓口の女はしばらくパソコンで探してから顔を戻すと「リストには載っとらんねぇ」
また明日香が「じゃぁなんね、キャバ嬢は仕事やなかとね」
窓口の女は「そがんなりますねぇ、ばッてんリストに無いと仕入れもできんけん成り立たんちゃなかですか?」
「うるせぇ、好き勝手やりやがって、じゃぁいい、目的は遊びだ」と怒鳴って凄むと「当面、ガソリンは公共事業とお仕事にしか承認できまッせん」と慣れた様子で涼しく答えた。
「もうよか」と吐き捨て、周りの好奇の目を睨み返しながら窓口を後にした、背中で申請書を破く音を聴きながら。
そして3台の高級車は、ただの鉄屑になった。タワマンの駐車場は豪華な鉄屑で溢れている。

そして、アパート
まだ金が動いていた4月の終わり、銀行の停止で家賃を引落せないので4月分は現金で直接取り立てることにした。シャトーヒサシ1番館にはタケコさんに行ってもらい、星野は「僕には無理です」と抵抗したが涙目で2番館へ行かせた。今日の晩メシと泊りがてら、夕花が待つ3番館は俺が取り立てに向かった、美しいエキゾーストノートを響かせてベンツS650で。
ピンポーン「西さん、大家だ、ちょっといいか」ドアをコンコン叩きながら呼び出すと「ド どうしました?」と、西 俊 は薄く開いたドアからチェーン越しに蒼い顔を半分見せた。
北「4月分の家賃を頼む、今すぐ、現金でだ」
西「えっ? ゲ 現金? いやいや、だってヒ 引落でしょ?」
北「引き落とせねぇから来てんだろが」
西「デ でも、もうこの国でお金はツ 使えないんでしょ」
ドグァーン ドアに怒りを叩き込み、閉じたドアをグァギッ とチェーンいっぱいまで開いて「やかましかぁ、住んだんやったら払わんかぁ、払えんやったら出てかんかぁ」と吠えた。
「デ でも、銀行がテ 停止して、銀行のITセキュリティ ハ 派遣も切られて、ソ そんなに持ってないです ボ 僕」
低く凄んで「今 あるだけ出さんか」
ちょっと待ってと、西は奥から震える手で封筒を持ってきた。
「5万しかなか、1万足らんち」と睨む。
「今は ソ それしか」
「明日また来るち、2万用意しとかんね」
「えっ、ナ なんで」
「詫びと利息ち」と暗く笑って見せた。

と、うしろから「いい大人がカツアゲですか」ゆっくり振り返ると10人ほどのスーツどもが疎らに囲んでいる。低く凄む「なんかぁ」
「あなたが北さんですね、初めまして州政府不動産局の松茂と申します。有名人にお目にかかれて光栄です」と妙に下から明るく寄って名刺を見せた。
さらに低く「なんかぁ」と唸る。
「お持ちの封筒、それお金ですよね。困りますねぇ、もうこの国にお金は無いんですよ」
「しらん」と凄むと、右手に 他国通貨等没収令状 を開いた松茂の「没収ぅ」を合図に、松茂のうしろにいた190cm超えの熊のような3人が、逃げ場を塞ぎながら、ゆっくりと俺の前と左右の壁になった。
下目線でこそ効く睨みは、上目ではマヌケに効かない。右の熊に掴まれた手首は1ミリも動かず、スッと取られた封筒は熊の内ポケットに消えた。
「なんかぁ」しまった、低く凄むはずの声が 裏返った。目の前の全員の顔が緩んだ。顔が赤くなる、背中に嫌な汗。
「おやおや、そんなにビビらなくても、没収に応じて頂ければ危害は加えませんから。あぁ あともうひとつ、管理会社の えーと どなたでしたっけ、あ タケコさん、タケコさんには伝えましたが、あなたがお持ちの土地、ビルそしてアパートなど一切合切は、すべて州が没収しますので」
「ふざくんなっ、好き勝手しよって、こがん無法が通る道理はなかぁ」
「いいえ、あるんです、これがこの新しい国の美しい道理なんですよ」
「汚かッ、おいのモンはおいのモンたい、どがんすっかはおいが決むったい、くっだらん主義はもうやめんかぁ」
松茂が低く凄む「もしさっきのように、州が保有するこのアパートの住人にこれからも危害を加えるのなら、いま 即刻逮捕します」
うしろの数人がスーツ内のホルダーに手をかけた。
松茂はさらに低く「わかりましたか?」
「...」
「えっ、わかったのか」と耳に手をやり恫喝に変わる。
松茂を睨みながら小さく「あぁ」とだけ返すと「いいでしょう、今日はこの辺にしておきましょう」と松茂は全員に撤収を合図した。
松茂は、少し離れて笑顔で振り返り「そうそう、小文字通りのタワーマンションのお宅にも捜査令状が出ていますので、そのうちお邪魔しますね、それじゃまた」と残して3台の黒いクラウンで去っていった。
「クソがッ」ガツッっと西が覗くドアを蹴り上げて、ウぅぅと低く唸りながら3階へゆっくりと上がり、「夕花ぁ」ドドンッと叩いたドアを急いて開けた。キレイに何もない玄関、目を剥いたままの10秒、靴のまま駆け込むと、綺麗に何もない部屋、もぬけの殻。
消えた 信じていた女も、現金と株券や小切手 と一緒に。

そして、クラブ
4月、日に日に客は減り、堺町 鍛冶町 紺屋町のネオンはひとつふたつと消えていく。CLUB Liveのキャバ嬢もひとりふたりと消え、夕花事件のあと鍛冶町の2号店を閉めた。夕花が消えて、愛やら絆やらが虚ろになり、シャトーヒサシ1番館の今日子の部屋と2番館の明日香の部屋を、日ごとネグラを変えてふたりを監視する渇いた毎日が続いた。
5月、夜の街は客も店も金も 減り続けている。それでもこの街に残る俺たちは、さしづめジリジリと干上がる沼にひしめくカバの群れだろう。洋酒もタバコも、もう闇でしか手に入らない。このつまらねぇ新しい国は健全すぎる。酒もタバコも風俗も、それを必要な闇に生きる群れは少なからずいる、闇がなければ生きられない連中、その闇には金が要る。その金を、残り少ない金を、令状を掲げた お金狩り が奪っていく。外務省金融局が組織した、ジャバン(邪蛮)のお金 を狩る、専門の外郭団体 邪狩(ジャッカル) 
どうも、仕事をなくしたヤミ金たちを集めて、九州じゅうにその数を増やしているらしい。
夜の街を徘徊するジャッカルの斥候。
紺屋町 CLUB Live 3号店前、今日子がドレス姿で客を見送りに店から出てきた「ゲヒヒヒ、また来るケン」と下品を絵に描いたような顔と似合わないダンヒルのスーツ。
「社長 すてきなスーツ、お.に.あ.い」
「ゲヒヒヒ、取っとかんね」と今日子の胸に数万円を挟む。
「あら社長 まだこん..」
遮るように「それは金だな」とビルの陰から男が令状を掲げて近づいてくる、うしろに屈強な5,6人の男を従えて。「社長逃げて」と叫んだ今日子が店に逃げ込む、と下品ダンヒルも慌てて今日子に続いて店の中へ。
ジャッカルは、現行犯を口実に店に踏み込み、街中の仲間を呼んで、イルカに追われるイワシの群れさながら、客たちの金を次々と引き剥がし、店を荒らし、酒瓶を次々と割り、客の身ぐるみを剥いでダンヒルも引きちぎり、そのうえ店の金も洗いざらい奪い取った。
「助けて」今日子の悲鳴電話を聞いた久が3号店に着いた時には、30人ほどのジャッカルが意気揚々とゴミ袋一杯の金を抱えて店から出てくるところだった。
叫ぶ久「なんかぁこれは、これは襲撃タイ、全部返さんかぁ」
ジャッカルのひとりは冷静に「じゃあ、これはなんかぁ」とゴミ袋をバンッと叩くと残りのジャッカルが笑い出す、最初は ククク と、そして30人が ウヒャッヒャッヒャッと。
その時、ウぅぅと低く唸る久のうしろから「なんしょっとかぁ」と雄叫びがが挙がった。ジャッカルに牙を向く闇に生きるモノの雄叫び、その叫びに数人が乗っかる「なんしょっとかー」さらに数十人が加勢する「なんショッカー」そして数百人の「ショッカー!」
さすがの数に真顔になるジャッカルたち「この令状が目に入らんとかぁ、こん国にお金は要らん、金持ちは要らん、みんな平等になったっタイ」
雄叫びの男が吠える「そがん建前や綺麗ゴトには イー ってなるばい」
数人が「イー ってなるっちゃ」数百人の「イーッ!」
その数百人がジャッカルめがけて突撃するが、逃げられた。いかんせん即席の素人戦隊である、この時は。この数百人が反体制レジスタンスの核となり、やがて九州連邦を転覆しジャバン復帰を企む秘密結社となる。
そう、のちのなんショッカーである。
3号店が荒れ果てた次の日、今日子が消えた、通帳とカードとブランド時計と一緒に。
6月、キャバクラの客が途絶え、キャバ嬢が消え、そしてとうとう明日香も消えた、宝石と押入れいっぱいの洋酒と一緒に。


全てを失くした日、家宅捜査でゴミ屋敷と化したタワマンの部屋を呆然と眺めながら、あの日ボンボンどもの誰かが言っていた『ばってん、国外でなら、たとえばジャバンでなら使えもそ』が何度も何度も繰り返し繰り返し頭の片隅で流れていた。もういい、もう奪われるのはたくさんだ、頑張っても報われないこの失望の国を出ようと決めた。

梅雨入りした日の真夜中、シトシトと降る雨の中を魚町二番街を西へ、小倉井筒屋を抜けてイルミネーションが消えた鴎外橋のほとり、紫江からひっそりと出てゆく漁船に、ジャバンへ逃亡するかつての富豪たち5,6人の影、その中に北 久の顔があった。

黒服の正樹が手配してくれたこの密航船に残りの現金をすべて渡した。船の後部に腰を下ろし、”あと残っているのは” と、スーツの内ポケットから出した隠し口座のカードは、もしものために隠しておいた外貨建て資産、最後の砦。これがあればまだ戦える。ジャバンで巻き返せる。
待望の店で、渇望の酒と美貌の女が金を生み、金は羨望の車や有望な不動産へと変貌し、そして次なる希望の店が生まれる。
欲望は体の中を渦巻き、噴き出してくる。
資本主義は人間の欲望にぴったりと寄り添う。野望は競争を望み、牙を剥く狼たちはこの国を出ていく。
茶番が終わった時、奪われたすべてを百倍にして返してもらうために。

「ん?」隠し口座カードの裏に何かくっついている…USKカード…「フンッ」と海へ投げた先に遠く九州が霞んでいた。


転 壱 「決めた、あの国できっとずっと二人を守る」につづく


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