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初戦は負けさせた(3月第2話の解説)

『アイドルジョッキー弥生は1番人気! でGⅠレースを勝てるのか!?』
では、小説の最初のレースで負けさせた。

 作戦どおりで、岡平調教師の指示に従わなかったわけではない。スタートは出遅れなかったし、オーバーペースになるほど飛ばしてもいない。手綱はちゃんと絞っていた。そして先頭のまま4コーナーへ。何もかも、これまでの勝ちパターンのとおりだった。今までと同じように、直線に向いて馬にゴーサインを出した。
 
 ―――どうして、なんで!!
 
 どう思い返しても、これまでの3戦と同じレース展開だった。あの振り落とされそうな加速感。今回はそれが不発だったという以外は、まったく違いがなかった。
 
 馬が苦しがっている。スタートしてすぐ、そう感じた。いや、正直に言ってしまうと感じたのではない。聞いたのだ。狂ってると言われてしまうだろうけど、馬の訴えが頭の中にはっきり流れ込んできたのだ。
 
 ―――馬込みはイヤだ。うしろに下がりたい、下げてくれ!!
 
 悲鳴にも似た言葉で、あまりに鮮明に頭に入ってきたので、思わずその声に合わせて下げようかと思ったほどだった。「脚質(注1)を固定観念で見ず、馬との折り合いをいちばんに考えろ」と、先生(調教師)からも常々教えられている。でも、タイムシーフはこれまで3戦すべて逃げきり勝ちだ。重要な一戦でいきなり脚質転換を図るなんて、トップジョッキーならともかく、話題ばかりが先行しているヘタッピアイドルジョッキーにはとてもできるものではない。それで負けたとしたら、もう何を言われるか分かったものではない。
 
 でも、やっぱり、負けたあとでは後悔してしまう。折り合いを重視すればよかったのかなぁ、馬の気持ちに沿えばよかったのかなぁ、と……。

 それまで、デビューから無傷の3連勝。ジョッキーは新人で頼りなくても、馬の強さが突出しているので、この弥生賞では断然人気だった。それが凡走。
 
 連戦連勝は主人公が際立つ1つの書き方だけど、どうしてもできすぎの感が漂ってしまう。人生、そんなに何もかもうまくいくわけないじゃないか、と。
 
 だからある程度、負けや挫折を織り交ぜないとならない。あまりに織り交ぜすぎちゃうと主人公の魅力がなくなってしまうので、ちょこっと、という感じ。その辺のさじ加減がむずかしい。それを考えるのが面白いのだけど。
 
 そしてまた、この物語の進行では、負けてもらう必要があった。負けた部分に、さまざまな重要アイテムを含められたからだ。
 
 そのひとつが、脚質。
 
 馬には、レースで力を発揮する走りのパターンがある。その最も単純なものが、レース中、前にいるかうしろにいるかだ。
 
 馬は性格がそれぞれ違う。臆病な馬は、周囲に馬がいることを嫌う。その場合は、2つ。単独で前で走るか、最後方をポツンといくか。
 
 レースで最も勝ちやすいのが、「好位差し」というもの。直線まで3、4番手くらいにいて、最後の直線で伸びて勝つという戦法だ。先頭に立たないので目標物にされず、むしろ先頭を目標に定める位置。うしろすぎるポジションだと直線の追い込みで届きにくいけど、この位置なら自分が伸びれば届く。
 
 多くの有力馬は、この戦法。最も取りこぼしがない。逃げや追い込みより消耗も少ない。
 
 でも、面白くない。好位差しは観た人の衝撃度が薄いのだ。
 
 やっぱりいちばん衝撃なのは、最後方から全馬ごぼう抜きというレース。うわぁ強い! と誰もが思う。
 
 次に衝撃度が高いのが、逃げ、だ。
 
 ずっと先頭を走って、だれも追いつけない。これも観ている人からは感嘆の声が上がる。
 
 その2つの戦法を、主人公とタッグチームを組む馬タイムシーフに、採らせたかった。
 
 それで、一つの負けが必要になった。その負けによって、逃げから追い込みへの脚質転換をしようということになったのだ。負けなければ、逃げのままでよかったのだ。
 
 物語はクラシック3冠レースを軸に進んでいくけど、これ以降のタイムシーフは、すべて後方から追い込むレースをしていく。

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