第58話 父:口癖「おいしい、おいしい」

 父はあまり嫌いな食べ物がない。
 だからボクは父が「まずい」と言ったところを見たことがない。
 母が作った料理も、いつも「おいしい、おいしい」と食べていた。
 
 父が母に気を使ってるんじゃないかって?
 いや、そんなことはない。
 決してそんなことをできるタイプではない。
 父は本心からおいしいと思って、その言葉を口にしているのだ。

 料理の作り手側からすれば、めちゃくちゃ嬉しいと思う。
 一生懸命作った料理をおいしいと食べてくれるのだから。
 それにサラリーマンだと急な飲み会でご飯がいらなくなることが多々あるが、自営業の父にはそういうのは無縁だった。
 いついかなる時も母が作った料理をおいしく食べていた。
 まぁ当たり前っちゃあ当たり前なんだけど、世の中その当たり前がなかなかできない。
 まっすぐに家に帰って来る父だからこそできたと思う。

 ちなみに父はいつも20時過ぎに帰って来ていたので、父には申し訳ないが、ボクらは先にご飯を頂いていた。
 しかし、父があまりにも美味しそうに食べるもんだから、ついついボクもまた父の横でつまんでしまった。
「しょうが焼き、晩ごはんはさっき食べたでしょ!!」
 それに近いことはしょっちゅう言われていた。

 最近のボクは専ら1人で食事をすることが多いのだが、それでもおいしい物を口にしたときは
「おいしい」
 と口に出すようにしている。
 なぜかって?
 そうやって食べる方がご飯をよりおいしく食べられるからだ。
 みんなもやってみてほしい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?