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ポッドキャスト「余白な学校」〜ファブラボ鎌倉代表・渡辺ゆうかさん前編〜

rokuyouは学校の中でウェルビーイングを育む重要性があると考えて、オープンに学びと学校を研究する場として、ポッドキャスト「余白な学校」を、NPO法人青春基地とともに始めました。このポッドキャストは、公立高校の中で新しい学びづくりを実践研究している学びの研究者たちが様々なゲストをお招きし、オープンに学びや学校について考えていく番組です。
Apple MusicやSpotifyなどお好きなプラットフォームからお聞きいただけます。
https://anchor.fm/yohaku-ga-gakko

ポッドキャストでは、「ウェルビーイング」と「余白」をキーワードに、新しい学びと学校の在り方について考えていきます。

今回は、ゲストのファブラボ鎌倉 代表/一般社団法人国際STEM学習協会 代表理事の渡辺ゆうかさんと青春基地の石黒和己さん、rokuyouの下向依梨との3人の座談会をお届けします。

【profile】
渡辺ゆうか
ファブラボ鎌倉 代表/一般社団法人国際STEM学習協会 代表理事
多摩美術大学卒業後、都市計画やデザイン事務所に従事した後、2011年5月に東アジア初のファブラボの1つであるファブラボ鎌倉を、慶應義塾大学環境情報学部教授田中浩也氏と共同設立。創造的社会における創造的市民への行動変容についての研究とファブラボ鎌倉の運営を通じた実践を行う。

ないものはつくろう、壊れたら直そう

石黒(和己):
私が渡辺さんとお話をしたいと思った背景は2つあります。一つは、渡辺さんが「教える」のではなく「つくる、生成する」なかで学ぶあり方を探っていること、もう一つは学校での学びの中には少ない身体性や非言語をつかった学びについても掘り下げられるのではないかと可能性を感じたことです。
まず最初に、そもそもファブラボのコンセプトや由来からお伺いしたいと思います。

渡辺(ゆうか)さん:
ファブラボの基本は、「自分たちでつくろう」ということです。その手段としてデジタル工作機械を使うことが多いのですが、必ずしもデジタルを使わなくてもよいと思っています。これまでのもの作りと決定的に違うのは、アイデアやデータを共有するということです。「世界の人と一緒に自分たちで作る」というのが、基本的なコンセプトになっています。

石黒:
具体的にはどんなことをされていらっしゃるんですか。

渡辺さん:
3Dプリンターやレーザーカッターといったデジタル工作機械を使ったものづくりをしています。データを作らないと基本的に機材は動かせないので、パソコンでデータを作るところから行っています。
それぞれアイデアは異なるので、テキスト通りやればいいというわけではありません。アイデアの1つとして、プログラミングを使ったりセンサーを組み込んだりと多様な仕掛けを施していきます。

石黒:
具体的にはどんなものを作っていますか。

渡辺さん:
3Dプリンターだと、キーホルダーをつくることから始まり、ちょっとしたキャラクターを作ってみます。少しスキルが上がったら、機械やロボットのパーツをつくります。少し違う視点では、シュレッターが壊れたからその修理のパーツをつくってみるといったことを実践した子たちもいます。
ないものはつくろう、壊れたら直そう、それが基本のコンセプトです。「ないものをつくる」にデジタル技術が加わると、たとえ結果的につくったものを使わないとしても、培ったスキルは役立つと思います。「ないものは自分たちでつくればいいんだ」という感覚を身につけてもらえたら嬉しいです。

下向(依梨):
私、絵を描くことに苦手意識があって、何かものを作ることに対しても、美術や工作の成績が悪かったのでつい抵抗感を持ってしまうんです。 ファブラボは市民の方々がふらっと訪れるような場なのかなと思っているのですが、私のような、ちょっと苦手かも、できないかもと思っている人たちにはどのようなアプローチをされていますか。

渡辺さん:
みなさん自分でハードルを上げてしまっているんですよね。ファブラボ鎌倉では、「苦手でもきていいですよ」「草むしりをしてくれたらラボ使えますよ」といったことを伝えるようにしています。そのため「よくわからないけれど来てみました」という方がたくさんいらっしゃるんです。
その一歩を踏み出すのは勇気がいるので、 一度知り合ったり、話を聞いたり、私たちが出張授業をしたりということが、ある種のきっかけになっています。 人と人との繋がりが一歩を後押ししているのではないかと思っています。

ノンジャッジメントで、「できる」の自信をつける

下向:
ファブラボの原点は、こんなものがあったらいいなという思いをカタチにすることだとおっしゃっていましたが、そこに難しさはありませんか? 私たちは学校で探究学習のプロジェクトを進める中で「やりたいことをやってみたらいいんだよ」と伝えても、何をやればいいかわからないという生徒が多くいるんです。
どのようにして、ファブラボに訪れた方の「こんなものがあったらいいな」という思いを引き出していますか? また、こんなものを作りたいという思いはどのようにして出てくるものなのでしょう?

渡辺さん:
第一歩は、自分ができるという自信をつけることが大事だと思います。絵を描くことはトレーニングの問題で、 “自分は下手だ” という思い込みを取り除く必要があるんです。アイデアスケッチという手法で、自分のアイデアをコミュニケーションツールとして他者に伝えていきます。その際には「うまく描かないで」と伝えているので、講師も必ず下手に描くようにしているんです。自分のアイデアが何かさえ伝わればいいので、ミミズが這ったような絵でも、それがアイデアであれば「正解」なのです。そうやって上手い下手のジャッジメントを取り除いていきます。

石黒:
上手い下手というジャッチメントが学校教育の深いところまで浸透していて、それが高いハードルになっていると感じています。これは日本だけの特徴でしょうか? 海外のファブラボでも、上手い下手を取り除くことは、大事なファーストステップになっていますか?

渡辺さん:
基本的に日本国内に限っての話になります。他者に褒められた経験があるかや、その絵が実物像に近いかで評価されてきているので、そのアプローチ方法を変えないといけないと思います。しかし、それ以外の方法を先生が知っているかというと、現段階では出てきにくいでしょう。アイデアを形にすることが判断基準になれば、みんな楽になると思います。

下向:
アイデアを形にすることを判断基準にしていくというのは、とても大事なキーワードですね。私たちも探究学習に携わる中で、「評価はどうするんですか」と尋ねられることが少なくありません。どうしても基準が定まりにくいですし、見栄えがいいものが評価されがちです。頭の中にある ”こういうものを作ってみたい” が形になっていることが1つの基準になるといいですね。

渡辺さん:
グローバルのファブラボでは、スパイラルディベロップメントという何度もプロトタイプを作りアイデアの質を上げていくことを行っています。アイデアのラフなスケッチは、プロでもミミズが這ったようなラフの状態から少しずつ完成度を上げていく人も入れば、最初から精緻なデザイン画を描く人もいます。経験がない人ほど後者をやりがちなんです。そもそも筋トレをしていないのに、速く走れるはずがないですよね。まずは基礎的なトレーニングからスタートすればいいんです。「プロでもこれぐらい時間かかるんだから大丈夫」という感覚を掴んでもらいたいと思います。基本的には、プロセス全体を評価基準とし、完成した作品で優劣はつけないことを意識しています。

下向:
何度もプロトタイプを作る過程に対して「どうしたらいいかわからない」「面倒くさい」と思う人も少なくないと思います。どのように試行錯誤の後押しをされるのかが気になりました。

渡辺さん:
頭で考えてばかりで、「手で考える」ことをやらずに育っていくと、そういう傾向が強まるかもしれません。一概にはいえませんが、手を動かす方が思考が回る子もいます。だから、まずはやってみようと促します。これはいい悪いではなく特性の違いでしょうね。

石黒:
作るというプロセスが入ってくるだけで、教育の捉え方にパラダイムシフトが起こると感じています。渡辺さんは学校教育の中でも取り組まれていらっしゃるんですよね。

渡辺さん:
そうですね。湘南学園中学校高等学校の1年生の情報科の授業で、デジタルファブリケーションを導入した実践授業を行ったのですが、時間数が足りないことや必須科目の枠組みでそれぞれ学びのベクトルが異なる中でどう進めるかは悩ましかったです。

先生との関係性が良好だったので今回はうまくいきましたが、全ての先生に再現性を求めるのは酷かもしれないとも思います。また、スタッフ2名体制で授業を回すことを徹底していたこともあり、普通の学校での授業は難しいかもしれません。そもそも一人一人に自信をつける丁寧なアプローチがとても難しく、苦戦をしたところもありました。

学校の評価基準とは別の視点の重要性

下向:
学校の授業の中で、1人1人に自信を持たせるのはとても時間のかかることだと思います。そこをなぜやっていくのか、どんなふうにやっているのか教えていただけると嬉しいです。

渡辺さん:
現在の学校では、テストで点数が採れる、部活動ができるなど、何かしら寄りどころがある子は自信をつけていくことができます。私はその枠にはまらない子たちはどうやったら自信をつけていくことができるのだろうと考えていました。授業で関わる中で見えてきたのは、私たちのような外部の人が「すごいじゃん」と言っただけで、彼ら彼女らは自信をつけていくということ。それを毎週続けていくことで、自己肯定感が上がっていくというデータもとれました。それぞれの子どもの頑張りを見直すタイミングがあれば、前を向いて学びに向かっていくきっかけになるのではないかと思います。

下向:
舞台に立つとスポットライトはいろいろな角度から当たるので、どの場所にいてもライトが当たっていますよね。今の学校は子どもにあてるスポットライトの数が少ないと感じています。学校の外側から関わっている私たちがライトの役割を果たせる側面があるかもしれませんね。

渡辺さん:
誰かの一言が、何かのきっかけになり、背中を押すことにつながるといいですよね。学校、塾、家のトライアングルでがんじがらめになっている子が多く、狭い世界で自分を捉えてしまっているので、多様な関わりでもう少し視界が広がるような経験を設けられるといいなと思います。

下向:
渡辺さんがそうした思いにたどり着いた背景を教えてください。

渡辺さん:
高校卒業後にアメリカの短大のコミュニティカレッジで学んでいたことが関係しています。コミュニティカレッジには多様な人種の人がいて、まさにカオス。おじいちゃんやおばあちゃん、リタイアした人、移民の方、目の見えない人など。そして、自然に助け合ってコミュニティが成立しているんです。

そうした体験をしたので、帰国して同じ人種、同じ世代で学ぶ環境につまらなさを感じてしまいました。1人ずつ接すると変わっているところがあるのに。だから、ファブラボコミュニティにはグローバルでカオスな状態を大事にしているんです。

下向:
カオス感から生み出される創造性があるのかもしれないと考えているのですが、「カオス感」と「つくる」ということにはどんな関係性がありますか?

渡辺さん:
カオスに触れると「ここまでやっていいんだ」って思うんです。そして境界を超えると、さらに「ここまでやっていいんだ」と思う。その環境から戻ってくると自分を出してもいいんだと思えるようになるんです。カオスがあることで自分の価値観のベクトルがどこに向いているのか、どの範囲なのかという境界線が見えてきます。自分はここまでは許せるけれどここまでは許せないとか、自分はこれを面白いと思っているんだとか、ここまでいきたいと思っているんだということに気づいていけると思います。ひとりひとりの想像性を発揮しなさいといっても、同じ文化圏で同じ言語で話している限りは難しい。同じ生活スタイルから飛び出さないと分わからない部分があるのではないかと思います。その地域にいながらカオスに触れられる場所、他の人の世界や違う文化圏、 他世代の価値観などに触れる場所があるだけでも、少し楽になる人はいるのだと思います。

下向:
様々な存在、振れ幅のある空間は、自分の価値観の際が見える場所でもあると思います。私自身も学生時代にそういったところを求めていました。画一的な価値観の中で息苦しさを感じていましたし、自分はこうであらなければいけないといったプレッシャーもありました。地域にいろいろな人たちがいることによって画一的なところから抜け出せると感じます。

「つくる」を渡す、伸び代を残す

石黒:
ファブリケーションそのものがカオスを広げていく存在だともいえますか?

渡辺さん:
ファブリケーションは、自分とは誰かを言語ではないもので表現できます。作ったもので自分を表現できるんです。自分は何を大事にしてる人なのか、何に興味関心があるのかは作品を見ればわかるので、言語でのコミュニケーションはできなくとも、周波数が合う人と出会うことができます。(下向)依梨さんがおっしゃったように、自分のことがわからないと他の子に合わせることが普通になってしまうんです。その価値観が画一的であることに気がつかず、人に合わせて息苦しさを感じている人も多いと思います。ファブリケーションは、自分の中の偏愛できるものを見つけられるツールとして有効なのではないかと思っています。

石黒:
「つくる」ことを通して、その人のある種の変人性やその人自身のオリジナルの視点が湧き上がります。それを周りの人たちが表現として見ることができるから、「こんな側面もあったんだ」とか、「こんなこと好きだと思っていたんだ」という新たな一面がどんどん見えてくるということですよね。

渡辺さん:
そうですね。あとは、触れ幅を大きく捉えているので、デジタル技術が好きなのか、表現が好きなのか、視覚的に伝えることが好きなのか、もしくはプロジェクトマネージメントが好きなのか、それとも人とのコミュニケーション自体が好きなのかというような特性を捉えられるともっと楽になると思うんです。

下向:
捉えるというのはある種自己認知の話だと思うのですが、渡辺さんはファブラボに通ってくる方の特性をどう認識しているんですか。

渡辺さん:
自分でつくるというプロセスと、他者と協働する、ラボ自体に通い続けられるモチベーションを持っているかを見ています。ラボに通い続けられるモチベーションを持っている人でも、100回通った時のその理由は様々です。作ることが目的な人もいれば、 地域の方をサポートするのが目的な人も、雑巾だけ届けに来る方もいるんです。それぞれ接続点が違うので面白いなと思っています。

特性を見出すとは別の話になってしまうのですが、ライフステージによって身体の使い方も変わってくると思います。すごくやる気があって徹夜も大丈夫な状態なのか、それとも徹夜はできないけれど週何時間だったらコミットできるのか。色々な関わり方を残しておくことは大事だと思います。

下向:
ファブラボは、心理的安全性のある場だと思いました。関わる人たちのいろいろな目的を受容する器がつくり手を見守るファシリテーター側に求められる大事な素養になりそうですね。

渡辺さん:
機材が使える場というだけでは、排他的になってしまうんですね。ファブラボ鎌倉は「ありがとう」が言える関係性が作りやすいです。畑や落ち葉があるので「落ち葉を拾ってくれるだけでもすごく助かります」とか言うこともありますよ。作ることは、実は皆さんが思ってるよりパワーがいるんです。アイデアを考えて形にするのは、30、40分ではできないんです。パワーが十分でない子にそれを要求してしまうとより追い込んでしまうことになります。作る気力がないからファブラボに足が向かないというのはすごくもったいないので、お茶飲みに来るだけでもいいですよとか、心理的な安全を担保することをとても大事にしています。


後編では、ファブラボ鎌倉の変遷や、ゆうかさん自身についてお届けします。


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