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林 直樹の実話エピソード マガジン

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一つ一つの記事は非常に短いです。別サイトでの記事の倉庫代わりで、実話なのでちと恥ずかしいのですが。(実話とありますが一部フィクションにしてあります。)
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記事一覧

林 直樹の実話エピソード その17

20年前に奥さんと知り合った頃に1~2回会った事のある奥さんの友達が居ました。

それ以来自分は会ってなかったのですが、その15年後に子供が出来たと連絡が来ました。
その際、私の名前の漢字を聞かれたそうです。奥さんはなぜ?と思いましたが、その答えは赤ちゃんを見せに来た時わかりました。

私と同じ名前、漢字だったそうです。

残念ながらその友達は最近離婚して、一人でその子供を育ててるそうです。

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林 直樹の実話エピソード その16

それからの私はパチンコを辞め。(食えなくなったのもある)

若い頃、憧れ、救われた、歌の活動をここnoteで再開しました。

ギターは独学で音楽知識はないですし、歌も上手くないですが、音楽だけはずっと私の人生に流れてました。

ささやかな生活ですが、子供二人も学校を終え、この歳になってようやく好きな事をして生きてます。

今まで覚えてきた事を伝え、また私もまだまだ人生の勉強をし、これからの人生を謳

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林 直樹の実話エピソード その15

そんな中、私はまた結婚してもいいかなと思える女性と付き合いました。性格がとても良かったのです。

しかし、ゆいさんにいまだに未練があり、自分の子供の方がいいのは分かってたので、その前にと、意を決してゆいさんに復縁したいと伝えました。

・・・・・が答えはNOでした。ショックでした。そして私は心に決めました。キッパリ諦めようと。

しかしその数か月後、ゆいさんから会いたいと連絡がありました。そこで初

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林 直樹の実話エピソード その14

病気の為、一人前の仕事が出来ない私は仕方なく、昔の知識を生かしパチンコでお小遣いを稼いで行こうと考えました。

それが上手く行き、お金に余裕ができるようになった私は、ようやくゆいさんに会いに行き、子供の誕生日プレゼントとお年玉を上げに毎年通うようになりました。

この頃の私は、毎日外食をして、取っかえ引っかえ様々な女性と付き合いました。

鬱と強迫神経症持ちの子持ち、10歳年下のネイリスト、ずっと

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林 直樹の実話エピソード その13

退院した私は、その病院のデイケアや支援センターにリハビリを兼ねて毎日通う様になりました。

ようやく人間らしい感情と生活を取り戻した私にとってそこは、やっと見つけた自分の居場所でした。

しかしそれも長くは続きませんでした。見た目で病気が分かりにくい私は、医者に薬を止めてみるように言われ、その結果再発してしまいました。

そして妄想と幻聴のせいで失態を犯し、出入り禁止にされてしまったのです。

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林 直樹の実話エピソード その12

何も出来ず死んだように生きていた私は、幻覚に襲われついに精神病院に入院する事になりました。

保護室に入れられ注射を打たれた私は深い眠りに落ちました。そして目覚めた時、ようやく私は自分を取り戻したのです。

頭はスッキリし、隣人を愛せるようになってました。こんな事なら早く薬を飲めば良かったと深く後悔しました。何年もの月日を無駄にしてしまったのですから。

閉鎖病棟では様々な人が居て仲良くなりました

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林 直樹の実話エピソード その11

そんなある日、幻聴に責められ、強烈な罪の意識に襲われた私は、突然警察署に飛び込み、

「罪を犯しました、私を逮捕してください。」と泣き崩れました。
(前科もないし、事件も起きてないと帰されました。)

さすがに様子がおかしいと思ったゆいさんは、拝み屋さんに私を連れて行ったり、代わりに働いたりもしましたが、病気に無知だった為、原因が分からず。

ついに離婚する事になってしまいました。

私自身にも病

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林 直樹の実話エピソード その10

会社を辞め故郷に帰って来た私は、やっと今までの長い苦労から解放された気分でした。

そしてゆいさんの実家にお世話になる事にしました。

割と厳格な家で育った私にとって、ゆいさんの家のくだけたアットホームな感じは、プレッシャーもストレスも感じさせず、とても居心地のいいものでした。

しかし、あの時の後遺症か、次第に妄想や幻聴に襲われる事になるのです。

それは徐々に私を蝕み、非常に辛いものとなってい

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林 直樹の実話エピソード その9

さらに追い打ちをかけたのが、親が送ってよこした、私が昔書いた歌詞でした。

それを見た社長は感嘆して、皆の知るところになるのです。

その歌詞がこちら↓
鐘を打ち鳴らせ|rock3737|note(ノート)https://note.mu/rock3737/n/n8212ee90061a

これにより、みんなの喝采を浴びた私は、喜びにむせび泣き、心の中で叫びました。

「私の人生は無駄ではなかった。

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林 直樹の実話エピソード その8

選挙の手伝いは東京でした。そこで詳しい経緯は分かりませんが、私の身元が知れる事になります。

実は私の父は、若くして地元の消防団長を務め、その後議員を3期務めた地元の名士でした。
(ちなみに母は地元の女子高を首席で卒業した才女で、母方のいとこには東大現役合格者などがいます。)

その国会議員と父は同じ政党だったので、その繋がりでかもしれません。

それで私に興味を持ち始めた会社は、私の事を知ってる

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林 直樹の実話エピソード その7

子供も生まれ、後輩もでき、気の合う仲間も出来た頃、会社のセミナーに行くように言われました。

どうやらそこで、なにやら能力やらリーダーとしての適性やらが高いと判断され、会社で最大のトップ店舗に転勤を命じられました。いわゆる出世コースでした。

しかし、そこでの出世争いの激しさは、私の性格では到底無理なものであり、あまりの忙しさも相まって、憔悴しきっていた私の存在は風前の灯火でした。

そんな時、会

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林 直樹の実話エピソード その6

お金も持たずに出てきた私たちは、ホテルを転々としたり、ゆいさんの友達のアパートにお世話になったり、日雇い労働をしながら、明日も見えないその日暮らしをしていました。

そんな状態が辛くなった私は、住む場所を求めて、アパート完備の大手のパチンコチェーン店で働き始めました。

ようやく手に入れた二人の穏やかな生活、それは今まで感じた事のない、幸せな日々でした。

人を本気で愛する事に気付き、愛される事で

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林 直樹の実話エピソード その5

二人は誰にも告げずに駆け落ちするのですが、その時駅まで送ってくれた、唯一の親友はこう言いました。

「幸せにしなかったら許さねえからな。」

と、・・・どうやらゆいさんに向かって言ったようです。

後にゆいさんは言っていました。「なんか一瞬カチンときた。」

しかし私は、その言葉を忘れる事はないでしょう。

こうして私たちは二人の居場所を求めて旅立ちました。

林 直樹の実話エピソード その4

設計の仕事を辞め、やさぐれていた私は飲み屋で店の女の子と仲良くなり、その子の家に遊びに行きました。

そして2階の部屋のドアを開けた瞬間!時間が止まったのです。そこには今まで出会った事のない綺麗な女性が、振り返り私を見つめていました。

飲み屋の女の子のお姉さん、それがゆいさんだったのです。

一瞬で恋に落ちた二人は、離れる事が出来ず、そのまま1週間過ごしました。

しかし、この時二人には奥さんと

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