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創作寿司

 寿司職人になりたくて僕は日々修行の中にいた。ティッシュをシャリに見立てて握る。わさびに見立てた消し屑を入れて、ネタに見立てた付箋を乗っけて。「へいお待ち!」イカだよ。タコだよ。ハマチだよ。「へいお待ち!」僕は休む間もなく握り続ける。寿司職人は忙しいんだ。「へいお待ち!」寿司職人になるために、私は厳しい修行の中に立っていたのです。シャリに見立てたティッシュを握り、消し屑のわさびを程良く挟み付箋のネタを乗っけます。「へいお待ち!」イカだよ。タコだよ。ハマチじゃなくて、カンパチだよ。「へいお待ち!」店全体を見渡して、私は次の注文に耳を澄まします。どこからでもかかってきなさい! 私の寿司は真剣勝負なのでした。「へいお待ち!」

 寿司職人から逆算して俺は今ティッシュを握っている。だんだんと手についてきた。もはやシャリにしか思えない。師匠はいない。だが、多くを見て回ってきた。上から被せる師匠は俺を壊すだろう。俺は俺のやり方を見つけた。この消し屑は俺のわさび。この付箋は俺の自慢のネタだ。「へいお待ち!」イカだよ。タコだよ。ハマチだよ。「へいお待ち!」イカだよ。タコだよ。ハマチだよ。「へいお待ち! 何か他握りやしょうか?」お茶ですかい。あいよー! お茶入りやす! 付箋の数だけネタの数はある。いやそれ以上だ。付箋は何にでも化ける。そいつは俺の見立てによるのだから。「へいお待ち! 何か握りやしょうか?」俺は客を放置はしない。馬のように目を光らせ、兎のように耳を立てている。微かな注文の気配を受けて、俺の手はもう動き出している。

 寿司職人になりたくて僕はティッシュの箱を山積みにした。「へいらっしゃい! 何しやしょう?」何が来ても驚かない。何が来ても断らない。なければ創り出せばいい。客のがっかりした顔を見たくないから、リクエストにノーはない。「へいお待ち! イカです」手さばきは夏よりも流星よりも速く客の心を根こそぎ持って行きたい。握っても握ってもまだまだ修行に終わりは見えてこない。馴染んだようで馴染んでいない。もっと技術の高い職人に比べれば、私の寿司職人としてのレベルはまだ序の口のように思えるのでした。もっともっと握らなければ、もっともっと積み重ねなければ、私の到達すべきところは一流の寿司職人なのだから。「へいお待ち! 次いきやしょうか?」どん欲な胃袋を私は求めている。厳しいリクエストを私は待ち望んでいる。修練だけが私を高みへと導いてくれるのです。「へいお待ち! ハマチです」何度握っても同じ精度で、いつ握っても最高の形で、目の前にいる者が誰であれ心から満足を覚えてくれるように、また来たいという余韻を持ち帰ってくれるように、今はまだ駆け出しの私は一時も手を抜くことなんてできないのです。

「へいらっしゃい! らっしゃい、らっしゃい、へいらっしゃい!」俺はフローリングのように目を光らせて客の数をカウントする。「へいらっしゃい! 7名様、カウンターへどうぞ!」次々と入る注文を俺は慣れたさばきで片づける。一切の無駄を省く。その動きは武芸にも通じるものがある。俺は客を一切待たせない。猫よりもクジラよりも速く俺は動く。積み重なったティッシュの箱が次々と空になる。無限仕様の付箋が花火のように消えていく。「へいお待ち! イカ、タコ、ハマチです」「へいお待ち! ハマチ、ハマチ、ハマチ、ハマチ、ハマチ、ハマチ!」舌の上でとろけるような食感に、皆が驚きの声を上げている。「ありがたーす」まだまだこんなもんじゃない。俺の目指すところは遙かに高い。一流の寿司職人。その道程はそう柔じゃない。

「へいお待ち! どうしましょう」少し利かせすぎてしまったかな。鼻の上にわさびが突き抜けるようだと客が訴えている。「へへへ。熱いお茶をどうぞ」寿司職人はただ握っていればいいのではない。客の気持ちを測ることも大事だと僕は思う。「へいお待ち! イカですかい?」私の一握りが客の口に運ばれて儚く消えていく。その刹那に浮かぶ客の表情を私は注意深く観察しています。そこに私の現在地が見えています。「へいお待ち! カンパチです」


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