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ワン・テイク/ニュー・シングル

 どれでも同じだからと言ってMサイズを選んでからというもの、夜は急激に薄まっていった。トンネルの向こうから蛍の光がこぼれている。おじいさんは、何度も何度も同じことを問いかけてくる。
「今は平成何年なのか」って木曜日に答えたことをまた火曜日には問いかけてくるから、スマートウォッチをプレゼントして、何でもへいSiriって問いかければ教えてくれるようにしてあげたんだ。明日が晴れでもその次が雨でも夏日でも猛暑日でも、美味しいイタリアンの店だって何でも、その手首から答えを引き出せることができるよって。

 蛍の光はエンドレスでいつまでも許しをくれるから、木漏れ日に甘えるように充電期間を設けていたのはいつだったかな。本当は来年の夏くらいまでたっぷりと時間をかけて制作期間としたいところなのに、なかなかままならないものがあって。免許を更新に行かなくちゃ。「なあ、今は何年だったかな」って、やっぱり僕に向かって問いかけてくるのはどうしてなのか、僕は道行く人に向かって話しているところ。

「ねえ、みんなどうしてなのかな」って、あの人この人、僕が見つめるのは横顔ばかりで、一瞬だけこっちに顔が向くこともあるけれど、すぐに間違いだったと気がつくみたい。停止ボタンは組み込まれてはいない。「ねえ、みんな」僕はそうやって誰かを笑わせたり、共感の企みの中に引き込もうと躍起になっていたけれど、どうやらそれは人迷惑な話にすり替わってもいたみたいだ。「はい、どうも」僕の声は届いていない。道行く人はみんな胸に蛍の光を飼っているのだから。コンビニのドアが何度も何度も開いたり閉じたり、猫じゃない、それはみえない者の仕業だ。なりたかったようにはならず、僕は邪魔師に成り下がっているばかりだ。

「今は平成何年なの」って、おじいさん。やっぱり、それは僕が答えた方がいいのかもしれないよ。ねえ、おじいさん。時間だけはあるんだ。こうして長い間、行き過ぎる人に向かってとりとめもない話をし続けているくらいには。だけど、風に乗って流れていくはずさ。夏のレコーディングを煮詰めたら、僕はもう帰らなくちゃならないんだ。

 今となっては頭からちゃんと聴く者なんていない。じっくりと見つめられるジャケットなんてないんだ。スキップされ、ピックアップされ、シャッフルされて、ピザの上にのせられるのさ。だから歩きながらでも拾ってもらわなくちゃ。コンセプトも、流れも、物語性も、求められてはいない。次、次、次。偶然でも、瞬間にでも、ほんの少しの花火を打ち上げてみせなきゃね。

「新しい曲はできましたか」2曲できたと僕は答える。
「じゃあ、水曜日に出しましょう」


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